ワーナーがネットフリックスに11兆円で身売り ハリウッド再編成は日本映画界にも影響する?

映画界が大きく揺れ動いている。12月5日、米国のワーナー・ブラザース・ディスカバリーが、Netflixに約720億ドル(約11兆円)で買収されることが報じられた。動画配信ビジネスで苦戦していたワーナー・ブラザースだが、ハリウッドを代表する老舗スタジオの身売りは、大きな波紋を呼んでいる。
ハリウッドのメジャースタジオは、ユニバーサルが2009年にコムキャストの子会社となり、20世紀フォックスは2019年にディズニーに買収され、パラマウントは製作会社スカイダンス・メディアに2024年に合併されている。米国の映画界が激変していることを感じずにはいられない。
ワーナー・ブラザース本社の身売りに先駆け、日本では今年9月にワーナー・ブラザース ジャパンが手掛けてきた洋画配給は、東宝グループの東和ピクチャーズに委託されることが発表されていた。宣伝は東宝東和、営業は東宝、と東宝グループが担当することになっている。11月28日から公開されたミステリー映画『WEAPONS/ウェポンズ』が、ワーナー・ブラザース ジャパンが配給した最後の洋画となった。
佐藤二朗の怪演ぶりが話題を呼んでいる『爆弾』(2025年)、新感覚アクション時代劇として好評を博した『るろうに剣心』(2012年)など邦画のヒット作も放ってきたワーナー・ブラザース ジャパンだが、製作部門の去就が気になるところだ。
日本でも「ハリウッド離れ」「洋画離れ」と言われるようになって久しい。かつて「映画の都」と称せられたハリウッドは、このまま配信ビジネスに飲み込まれてしまうのか。日本映画界にどう影響するのか。10月に掲載した「日本映画界は興行スタイルが大きく変わった?」に続き、映画業界関係者を取材した。
オールインを続けるハリウッドの危うさ
映画情報番組『週刊ハリウッドエクスプレス』(WOWOW)の番組ディレクターを長年務め、TBSラジオの人気番組『アフター6ジャンクション』にも出演している映画ライターの飯塚克味氏に、まずワーナー・ブラザースが身売りした件について聞いた。
「ワーナー・ブラザースは映画製作を続けるでしょうが、劇場公開はヒットするのが確実な作品だけになり、リスクのある作品はNetflixでの配信のみになるケースが増えるんじゃないですか。ハリウッドが大きな転換期を迎えていることは間違いないでしょう」(飯塚氏)
近年のハリウッドは人気シリーズもの、過去のヒット作のリブートものが目立ち、企画力不足が問われていた。『アベンジャーズ』(2012年)や『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年)などのスーパーヒーローものに頼るようになったのも、ハリウッドの低迷を予兆していたと飯塚氏は指摘する。
「コロナ禍と2023年のハリウッド俳優と脚本家の長期ストライキで“ハリウッド離れ”がいっきに顕在化した形ですが、以前から危うい状況にありました。『アベンジャーズ』は大ヒットはしましたが、かといってロバート・ダウニーJr.やクリス・エヴァンスが他の作品に出演しても話題にはならない。ハリウッドの映画会社は目先のヒットだけにこだわって、新しいスター俳優や若い監督を育てることをしなかった。ひとつの作品に、製作費300億円や400億円と信じられないような金額を投じるようになった。ギャンブルで言えば、持ちチップすべてをベットするオールインをずっと続けていたわけです。当然ですが、ギャンブルは勝ち続けることはできません。将来のことを考えた映画づくりをしてこなかった結果が、今の状況をもたらしているように思います」(飯塚氏)
一部の劇場が聖地化しても、全国に広まらないもどかしさ
日本では2008年ごろから興収面での「邦高洋低」状態が続いているが、すべての洋画がつまらなくなったわけではない。デミ・ムーアが主演した大ヒットスリラー『サブスタンス』(2024年)は、今年3月の米国アカデミー賞では作品賞や主演女優賞など5部門にノミネートされ、大いに注目を集めた。日本ではギャガが配給し、5月に劇場公開したものの、日本での興収は3億円程度にとどまった。関心がさめたタイミングでの公開だったことが惜しまれる。
ワーナー・ブラザース ジャパン最後の洋画配給作となった『ウェポンズ』も、鑑賞した観客からの評価はかなり高い。ワーナーがこうした状況でなく、宣伝に力を入れることができていれば、もっとヒットしていたはずだ。
香港映画『トライライト・ウォリーアーズ 決戦!九龍城砦』(2024年)は、今年1月にクロックワークスによって日本で公開され、ファンの口コミによって興収5.7億円のヒット作となっている。香港の若手イケメン俳優たちが活きのいいアクションを披露した『トライライト・ウォリーアーズ』も、しっかり宣伝していればオオバケしていた可能性がある。
日本では「洋画離れ」という言葉がひとり歩きし、洋画宣伝がうまく機能していないようにも感じられる。
「面白い映画はファンによって見つけられ、一部の映画館は盛り上がっているんです。『トライライト・ウォリーアーズ』は新宿バルト9でロングラン上映され、リピーター客が殺到していました。インド映画『バーフバリ 伝説誕生』(2015年)と『バーフバリ 王の凱旋』(2017年)は新宿ピカデリーで1年近く上映が続き、それぞれの劇場はファンに聖地と呼ばれています。劇場内はすごく盛り上がっているんですが、残念なことにその熱気が外には伝わっていない。東京だけでなく、全国区にその熱気が広まっていれば、10億円、15億円規模のヒット作が生まれていたはずです」(飯塚氏)
最近の映画宣伝は、インフルエンサーたちを試写室に集めてのインフルエンサー試写が盛んに行われている。新聞や雑誌への広告出稿よりも、効率がいいと考えられている。
「以前のように、大きな劇場に一般のお客さんを集めての試写会もやってほしいですね。劇場を借りるのでお金は掛かりますが、大きなスクリーンで上映し、整った音響設備で初めて本来の面白さを発揮する映画もあります。本当に面白い作品なら、一般のお客さんたちも口コミで面白さを伝えてくれるはずです。配給会社や宣伝担当者たちが、映画の持っている力を信じてほしいですね」(飯塚氏)

今もマーケティング用語として残る「カリギュラ効果」
洋画が活況を呈していた1970年代~80年代は、主演俳優や監督の来日イベントがない作品でも、宣伝素材の少なさを逆手にとった洋画宣伝が印象に残った。「全米が震撼した」「衝撃のラスト」といった派手なキャッチコピーで煽る宣伝も多かったが、インターネットでリアルタイムに海外の情報が伝わる現代では、過剰すぎる宣伝は難しくなっている。
そんな中、かつての洋画宣伝を彷彿させる【SF大作『スター・ウォーズ』の2倍、実に46億円もの製作費を投じた歴史大作が令和に降臨】と謳った予告編で注目を集めているのは、2026年1月23日(金)から劇場公開される『カリギュラ 究極版』だ。『時計じかけのオレンジ』(1971年)に主演したマルコム・マクダウェルが悪名高きローマ皇帝カリギュラを演じた米国とイタリアとの合作映画だが、1980年の公開時は男性誌「ペントハウス」創刊者であり、『カリギュラ』の製作総指揮を執ったボブ・グッチョーネが勝手にポルノシーンを追加するなど、猥褻性ばかりが話題になった。
新たに作った予告編のナレーションには「カリギュラ!」のギャグで知られるせんだみつおを起用するなど、往年の洋画宣伝を思わせる手法を選んだ宣伝プロデューサーの大場渉太氏にも話を聞いた。
「1980年の公開時、僕は中学生でしたが、『カリギュラ』は『絶対に観なくちゃいけない作品だ』と思って新宿プラザ劇場に向かったんです。でも、成人指定だったので入場できませんでした(苦笑)。僕と同じように『カリギュラ』を劇場で見逃した人は少なくないはずです。見ることができない状況ゆえに、逆に見たいという心理になることは『カリギュラ効果』と呼ばれ、今でもマーケティング用語として残っているんです。『カリギュラ』を配給した日本ヘラルドの伝説的な宣伝マン・坂上直行さんに当時の話を聞いたのですが、配給会社とマスコミが一緒に面白がって宣伝を仕掛けていたそうです。『カリギュラ 究極版』はそんな洋画宣伝の面白さや熱気も再現したいですね」(大場氏)
実体を伴わない誇大な宣伝は、現代ではクレームの対象になってしまいがちだ。しかし、『カリギュラ 究極版』は酷評されまくった『カリギュラ』とは別物になっているという。
「未使用の撮影済みフィルムが大量に見つかり、それらの素材を使い、『カリギュラ 究極版』は当時の一流スタッフが作ろうとした本来の姿にしたものなんです。ボブ・グッチョーネが追撮したポルノシーンはカットしていますが、上映時間は178分あります。『カリギュラ』と同じように見えるカットでも、別のテイクを使っており、ほぼ新作といっていい作品です。劇場公開後にはパッケージ化、配信もされると思いますが、無修正版は劇場でしか見ることができません。権力者が腐敗していく歴史ドラマとしての面白さがありますし、CGではない迫力ある首刈りシーンはぜひスクリーンで堪能してほしいです」(大場氏)
怖いもの見たさという、往年の映画宣伝の手法を使った『カリギュラ 究極版』が、どこまで話題を集められるのか期待したい。
映画界から多様性が失われることの懸念
動画配信の存在感が強まっていることを感じさせたワーナー・ブラザースの身売りだが、日本の映画界も影響を受けることになるだろう。ワーナー・ブラザース ジャパンが配給していたワーナーの洋画は、東宝グループが扱うことになった。すでに東宝東和はユニバーサル、東和ピクチャーズはパラマウント作品の日本での配給を手掛けている。
今年の東宝は世界的なヒット作となった『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』に加え、藤本タツキ原作の『チェンソーマン レゼ篇』、『名探偵コナン 隻眼の残像』もメガヒットし、各映画賞を席巻中の『国宝』は邦画実写映画歴代1位となる興収177億円以上を稼ぎ出している。洋画のメジャースタジオ3社も、東宝グループが扱うことで、「東宝」一極化がますます進むことになる。
世界各地の多様な映画が上映されてきた日本映画界だが、新宿シネマカリテやシネ・リーブル池袋、札幌のサツゲキの年明けの閉館が決まるなどミニシアター系の映画館の淘汰が進んでおり、このままでは多様性が失われることにもなりかねない。
ひとり勝ち状態が続くことは、日本映画界だけでなく、「東宝」にとっても必ずしもいい結果を招かないだろう。白亜紀の終わり、巨大化しすぎた恐竜たちは自然環境の変化に対応できずにほとんどが死滅していったことが知られている。
映画関係者のみならず、ひとりの映画好きとしてもできることを、先述の飯塚氏は語ってくれた。
「なんだかんだ言っても、若い世代も配信などで映画は観ているわけです。これからの世代に、映画館で映画を鑑賞する楽しさを伝えることが大切なんじゃないですか。劇場で知らない人たちと一緒になって笑ったり、感動する面白さを若い時期に知ってくれれば、大人になってからも映画館に通ってくれるはずです。目先の損得だけでなく、将来も見据えて映画界は取り組むべきでしょう。自分が大切にしてきた場所が失われないように、小さいことから積み重ねていくしかないと思うんです」(飯塚氏)
伊藤万理華、河合優実らが共演したSF青春映画『サマーフィルムにのって』(2021年)では、未来社会では映画館だけでなく、映画の存在自体が消えてしまうことが描かれていた。フィクションだと笑っていられない状況が現実に向かいつつある。映画というメディアが生き残るかどうかの岐路に今まさに立っている――と言うのは大袈裟だろうか。
年明けの2026年は、マイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael/マイケル』の日本配給権をキノフィルムズが買い付け、6月に公開することが決まっている。また、ギャガは洋画を専門にしたレーベル「NOROSHI A GAGA LABEL」を立ち上げ、海外の映画祭を賑わせたアート系の作品を2月から定期的に公開する予定だ。洋画ならではのゴージャスさ、多様性に富んだ作品をぜひ劇場で楽しみたい。
取材・文=長野辰次

『カリギュラ 究極版』
出演/マルコム・マクダウェル、ヘレン・ミレン、ピーター・オトゥール、ジョン・ギールグッド、テレサ・アン・サヴォイほか
配給/シンカ R18+ 2026年1月23日(金)より新宿武蔵野館、TOHOシネマズ シャンテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
(c)1979、2023 PENTHOUSE FILMS INTERNATIONAL
https://synca.jp/caligula_kyukyoku_movie/
飯塚克味(いいづか・かつみ)
2024年までWOWOWで放送された『週刊ハリウッドエクスプレス』のディレクターを務め、映像ソフトライターとして「DVD&動画配信でーた」(KADOKAWA)や映画情報サイト「映画スクエア」などで執筆中。
大場渉太(おおば・しょうた)
P2、日活、東京テアトルなどの宣伝&映画会社を渡り歩き、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)、『マルホランド・ドライブ』(2001年)、『ヤッターマン』(2009年)、『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』(2019年)など数多くの映画や映画祭を宣伝プロデュースしてきた。現在は宣伝会社「ガイエ」のゼネラルマネージャーを務めている。
