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		<title>サイゾーオンライン/視点をリニューアルするニュースサイト</title>
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		<description>視点をリニューアルするニュースサイト/サイゾーオンライン</description>
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		<copyright>Copyright (c) CYZO Inc. All Right Reserved.</copyright>
		<lastBuildDate>2026-10-05T22:00:56+09:00</lastBuildDate>
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			<item>
		<title>スクールゾーン無双、井口の傘トーク開花、続・腰つま事変……【週刊お笑い雑話】</title>
		<link>https://cyzo.jp/geinou/post_418682/</link>
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		<description><![CDATA[今週あったお笑い界隈の話題をピックアップ！　ライター・新越谷ノリヲと担当編集Sが勝手にしゃべります。お聞き流しのほどを～。 スクールゾーン無双 編集S　ゴッドタンに、みんな大好きスクールゾーン。あいかわらずの達人ぶりを発]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>今週あったお笑い界隈の話題をピックアップ！　ライター・新越谷ノリヲと担当編集Sが勝手にしゃべります。お聞き流しのほどを～。</p>
スクールゾーン無双
<p>編集S　ゴッドタンに、みんな大好きスクールゾーン。あいかわらずの達人ぶりを発揮していました。</p>
<p>新越谷　フリップでお題出されてすぐやるの、すごかった。</p>
<p>編集S　その後の劇団ひとりとの3人コントも出色でしたね。</p>
<p>新越谷　即興コントやるのに「打ち合わせ要らない、名前だけ決めてもらえれば」って、とんでもないことですよ。しかも劇団ひとり相手に。なんというクソ度胸。</p>
<p>編集S　劇団が押されてましたもんね。</p>
<p>新越谷　そうなんですよね。この手の企画で劇団ひとりが主導権を握られるのはホントに珍しいと思うんですよ。これの大規模なやつが劇場版キス我慢なわけで、そう考えるとスクールゾーンの異常性が見えてくる。</p>
<p>編集S　最終的には巻き返しましたけどね。</p>
<p>新越谷　はしもが急にキスするのもすごかったし、劇団の「続けろ」もすごかった。非常に高尚なものと非常に低俗なものが同時進行してる感じ。</p>
<p>編集S　はしも、泣いてましたもんね。</p>
<p>新越谷　それにしても、佐久間さんもスクールゾーンだけは特別扱いしてるなと思うんですよ。</p>
<p>編集S　ほう。</p>
<p>新越谷　ゴッドタンって、基本的に芸人を剥がす番組じゃないですか。ゆにばーすを呼ばなくなったのも、霜降りを呼ばなかったのも、剥がすべきじゃないという判断だったという話をしてる。逆に言えば、ゴッドタンという番組は芸人を剥がすために呼んでると言ってもいい。ラブレターズなんて剥がされまくってもう全裸だし。スクールゾーンだけは、そのままの持ち芸をやらせてる。絶対に剥がさない。</p>
<p>編集S　そういえばそうだ。</p>
<p>新越谷　剥がされないのがいいことばかりじゃないし、実際ゴッドタンに剥がされることは売れることなわけだけど、やっぱスクールゾーンが特殊なところにいるなということは感じます。以前に、眉村ちあきもゴッドタンにはこういう出方をしてた。</p>
<p>編集S　そうでした。シンプルに「すごい」を求められてた。</p>
<p>新越谷　スクールゾーンって眉村ちあきだったんですね。</p>
<p>編集S　違うと思います。</p>
井口の傘トーク開花
<p>新越谷　今週はロンハーで好きな場面がありまして。井口がね。</p>
<p>編集S　また井口。井口好きなのはもうわかってますから。</p>
<p>新越谷　いや、そうなんだけど、そうじゃなくて。</p>
<p>編集S　いちおう聞きますけど。</p>
<p>新越谷　カーネーション吉田の付き合いたい男芸人ランキングだったわけですけど、例によって井口は最下位なわけですよ。決定的な最下位。</p>
<p>編集S　そういうところが好きなんですか？</p>
<p>新越谷　聞けよ。</p>
<p>編集S　はい。</p>
<p>新越谷　1位の狩野英孝はポジティブでいいところを見つけてくれる。井口と一緒にいたらチビッコ悪口カップルになってしまうというのが吉田の言い分で。それは非常によくわかるんです。狩野は晴れてれば「いい天気だね」と言うし、雨が降ってたら「相合傘できるね」と言う。で、ザキヤマさんから「井口は雨だったら何を言うんだ？」という振りが来るんです。</p>
<p>編集S　はい。</p>
<p>新越谷　そしたら井口は「傘って一向に進化しないよね」と返すわけですよ。すごくネガティブ、完全に対極。100点満点の大正解だし、スタジオも、まあウケてる。傘に悪口を言ってるわけだから。</p>
<p>編集S　なるほど。</p>
<p>新越谷　そう、なるほどなんです。「傘が一向に進化しない」は井口の得意技というか、10年以上前からずっと「ぶちラジ」で言い続けてるフレーズなわけですよ。なんの関係もない場面でも言うし、そういう主旨の傘のコーナーもある。つまり井口にとって、いつも振ってるところにボールが来たという状態だったわけです。そりゃホームラン打つよな、という。気持ちのいい瞬間だったなと思うわけです。</p>
<p>編集S　あの、なんというか。</p>
<p>新越谷　なんでしょう。</p>
<p>編集S　そんなことで気持ちよくなれる人生って、いいですね。</p>
<p>新越谷　そうだろ。</p>
続・腰つま事変
<p>編集S　騒動もようやく収まったようですね。伊集院がラジオで蓮見のクレしんを「腰が抜けるほどつまらない」通称「腰つま」と言った話。</p>
<p>新越谷　よかったんじゃないでしょうか、結果的には蓮見のギャグがたくさん増えて。</p>
<p>編集S　キングオブコントのラップにも入れるべきという意見も。</p>
<p>新越谷　意見というか、川北が言ってるだけですけど。というか、今年ラップあるんですかね。</p>
<p>編集S　あ、そういえばどうなんだろ。梅田サイファーもあんまり穏やかじゃないみたいだし。</p>
<p>新越谷　めちゃくちゃいい感じで定着してたスタイルなので続けてほしいですけど。それで思い出した話していいです？</p>
<p>編集S　どうぞ。</p>
<p>新越谷　かまいガチのテーマソングがCreepy Nutsじゃないですか。</p>
<p>編集S　そうですね、番組当初から変わってないはず。</p>
<p>新越谷　もう何年も前だけど、かまいたちが番組内でCreepyに新しいテーマソングを依頼するというくだりがあったわけですよ。</p>
<p>編集S　そういえばあったような。</p>
<p>新越谷　で、そのときはまだCreepyも売れ始めたばかりで、かまいたちはけっこう上から言ってたんです。「作らせてやってもいいよ」くらいのテンションで。</p>
<p>編集S　まあ当時の力関係としてはそうなんですかね。</p>
<p>新越谷　それが、そうでもなくて。その直前くらいに、Creepyはやすともの「いたって真剣です」のテーマを作ってるんですね。しかも、かなりやすともが丁寧に対応したりしてて。で、図らずもCreepy的にはここですんなり作っちゃうと、かまいたちとやすとものアレをアレしてしまう立場になってしまった。で、結果として。</p>
<p>編集S　かまいガチのテーマは変わらなかった。</p>
<p>新越谷　苦い思い出です。</p>
<p>編集S　なんであなたが苦いのよ。</p>
<p>（文＝新越谷ノリヲ）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T22:23:36+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/01/20250109-cyzoonline-column-ocha-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[写真：イメージ]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x tatsuo対談 バンドマンとしての在り方とは？</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_374195/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_374195/</guid>
		<description><![CDATA[　日本で初めてエアーバンドというジャンルを確立したゴールデンボンバー。エンターテイメントを徹底的に追求したステージングに、ポップでつい踊り出したくなるような楽曲で2010年代を代表するアーティストとなった。 　そんな彼ら]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　日本で初めてエアーバンドというジャンルを確立したゴールデンボンバー。エンターテイメントを徹底的に追求したステージングに、ポップでつい踊り出したくなるような楽曲で2010年代を代表するアーティストとなった。</p>
<p>　そんな彼らだが、デビューまでにはかなり苦労も伴ったという。エアーバンドという特殊なジャンルにまだ時代が追いつかず、理解をなかなか得られなかった。そんな下積み時代から彼らと親交があり、ゴールデンボンバーの中の人（共同制作者）としても彼らを支えるtatsuo。なんとKIBAはそんなtatsuoとバンド時代から交流があるという。さっそく対談が実現した。</p>
<p>――まず、お二人の関係から教えてください。</p>
<p>KIBA：元々はずっとバンド活動をされていて、地元で彼がやっていたMissingTearというバンドで一緒にやったんですよね。</p>
<p>tatsuo：いくつだろう、ぼくが17、8歳くらいの時ですよ。</p>
<p>KIBA：確かGargoyleのツアーで九州に行った時に一緒にやる機会があって。十代でもびっくりするくらい上手くて、本当にすごいなって思いました。</p>
<p>tatsuo：確か与太郎さん（※Gargoyleメジャーデビュー時のギタリストの一人。2001年に脱退）が燃えた時じゃなかったでしたっけ？</p>
<p>KIBA：そうかもしれないね（笑）</p>
<p>――与太郎さんが燃えたってどういう状況ですか？</p>
<p>KIBA：当時ステージで与太郎君が火を吹いたりしてたんだけど、エアコンの関係か何か分からないんだけど、火が戻ってきて髪が燃えちゃって。</p>
<p>――マジですか？</p>
<p>tatsuo：与太郎さんが燃えてても演奏止まんないんですよ。すごいですよね。</p>
<p>KIBA：終わって病院行って、「顔をやけどしてる」って。</p>
<p>――そりゃそうですよ……。</p>
<p>KIBA：次のライブは確か与太郎君抜きでやったと思います。顔面包帯だらけだったんですよ。自分じゃ動けないから、「何か食べたいものある？」って聞いたら「ちーかま」って言ったことだけ覚えてます(笑)</p>
<p>――tatsuoさんのMissingTearはGargoyleくらいハードなバンドだったってことですか？。</p>
<p>KIBA：いや、そんなハードではなかったですね。その当時流行ってた……なんてジャンルって言えばいいんですかね。</p>
<p>tatsuo：いわゆる90年代ソフトヴィジュアルのハードロック系です。</p>
<p>――じゃあジャンル的には対バンされるまで面識があったわけではないのですね。</p>
<p>KIBA：まだ彼らは十代でしたしね。</p>
<p>tatsuo：いや、ぼくらもまさか一緒にできるとは思ってなかったんで。もう、ほんと何か雲の上のような先輩だったんですよ。</p>
<p>――そこからまたどういったお付き合いがあったんですか。</p>
<p>KIBA：ちょこちょこライブで一緒にはなりました。すごい覚えているのが、新潟でのライブ。Gargoyleの曲をやってくれて。</p>
<p>tatsuo：そうです、そうです。</p>
<p>――何の曲だったかは覚えていますか？</p>
<p>KIBA：「DOGMA」だったと思います。しかもちょっとびっくりするくらい上手かったんですよ。「ちょっと待ってくれ」っていうレベルで。</p>
<p>――それまではGargoyleのカバーはやったことあったんですか？</p>
<p>tatsuo：ちゃんとはやったことなかったんです。Gargoyleはリフとかソロとかカバーするとなるとかなり大変じゃないですか。だからこういう時にしかできないんですよ。</p>
<p>――自分たちの曲をいきなりステージ上でやられるとやっぱり焦るものなんですか。</p>
<p>KIBA：いや基本的に嬉しいですよ、やっぱりそれは。</p>
<p>――everset(※2002年結成)になってからは、交流とかはなかったですか？</p>
<p>KIBA：いやあります。ちょこちょこライブも一緒にやらせてもらったし、Gargoyle20周年記念のトリビュートアルバムに参加してもらったりとか。</p>
<p>――tatsuoさんから見てGargoyleというのはどういう印象を持たれていたのですか。</p>
<p>tatsuo：やはり日本を代表するバンドですよね。昔も今も。メタルだからどうこうというわけでもないし、いわゆる日本の誇るオリジナリティがあるバンド、先駆者ですよ。</p>
<p>――メジャーシーンでの活動がメインとなった立場から見ると、どうでしょうか。</p>



<p>tatsuo：商業的な意味になると難しいんじゃないですか。メタルだからどうこうというよりも、いろんなことが絡んでくるんで。</p>
<p>でも、それとこれとはまた生き方が違うというか、こっち側だとビジネスになっちゃうし、そっち側だと【生き様】みたいな感じですよね。ここが融合すればいいんですけど、メジャーになるとディレクターやらメーカーの人たちっていうのは、結果を出さないといけないですし。</p>
<p>だけど「バンドオリンピックがあればGargoyleは金メダルですよね」っていつも一緒にやらせてもらうてときは言ったりしてました。</p>
<p>KIBA：それで言うと、逆にeversetのライブハウスでの活動は当時もよく見てて、このバンドが売れへんかったら、ライブハウス界隈はやばいなって思ってました。Gargoyleみたいに特殊な音楽性でもなかったし、ストレートな部分もある、聞きあたりの良いロックとして、楽曲も演奏もすごかったんです。</p>
<p>ライブ力とか、お客さんに対するアピールだったりとか、ステージ上を支配する力だったりとかもすごかった。本当にちょっと、これは、上に行かなあかんバンドやなっていう目で見ていました。そこに気づけなかった人たちはかわいそうですよ。気づいてライブハウスに行っていた子たちは本当賢いと思います。</p>
<p>――現在eversetでの活動の後に音楽をプロデュースするという側になったということですか。</p>
<p>tatsuo：そうですね。サウンドプロデュース、作曲、編曲みたいな感じですね。</p>
<p>――きっかけはあったんですか。</p>
<p>tatsuo：もともとぼくがMissingTearってバンドの時に、テレビ朝日ミュージックに所属してたんですよ。</p>
<p>――テレ朝に所属……それはミュージシャンとしてですか。</p>
<p>tatsuo：いや、バンドで。昔、Break Outって番組がありましたよね。その流れでテレ朝ミュージックに所属して上京して来たんです。その時のプロデューサーさんが、会社立ち上げたんですよ。何年か経って色々なご縁もあり、そこでアレンジ＆プロデュース業務したんです。</p>
<p>――プロデュース側はいわゆる裏方になるかと思いますが、そこに対して抵抗とかなかったのですか。やっぱり表がいいとか。</p>
<p>tatsuo：音楽をいっぱいやりたかったんで全然抵抗はなかったですね。若手にはぼくの苦労経験から「だったらこうした方がいいんじゃない」って、中立の立場でアドバイスできますし。バンドマンだったらこう思うだろうけど、裏方に入ってからこう思うようになったから、その間を取ったらどう、とか。</p>
<p>いつも若手には、「自分の好きなことをやり続けて、ライブハウスにいる方がいいのか、それとも武道館なのか、どっちがいい？」って聞きますね、極端ですけど。そこでなんとなく「どっちがいいんだろう」って気づくと思うんですよ。まあ、どっちも正解だと思うんです。生き方の問題なんで。</p>
<p>――傾向として、どっちが多いとかあるんですか？</p>
<p>tatsuo：そりゃやっぱり武道館ですね。みんな売れたいんです。でも、たぶんぼくも若い頃にそう聞かれたら「武道館」って言ってたと思いますね。</p>
<p>ぼくは関わった子たちに末永く音楽やってほしい。でも根性がないと辞めちゃう子も多いので、そういった意味でもどっちがいいの、とは聞きますね。</p>
<p>――音楽を続ける難しさって当然あると思うんですけど、そこから見てGargoyleのこのキャリアに対してはどのように考えますか。</p>
<p>KIBA：ぼくらはそっちじゃないほうを選んでるから(笑)</p>
<p>tatsuo：いや、Gargoyleは日本の頂点まで行ってるじゃないですか。当時の言い方だとインディーズっていう言い方ですが、売れてるっていうのを経験してると思うんですよ。そこをぼくは経験してないんです。だからKIBAさんの説得力とはまた違ってくると思います。</p>
<p>――KIBAさんはどうでしょう。売れたっていう感覚はありましたか。</p>



<p>KIBA：感じたことはないかもしんないですね。売れて一番になった方たちはたくさんいらっしゃって、武道館の人はもっと売れてドーム行きたいと思うだろうし、ドームの人はワールドツアーしたいとか、もっともっと先に行きたいと考えてると思います。</p>
<p>ただぼくの場合、自分らの音楽だったりとか自分自身の歌だったりとかで、一番にはならないだろうなって常に思っていました。自分のやりたいことや好みもあるし、自分の持ってるもので、もしかしたら誰でも好きな一番じゃない人に向けた二番は行けるかもしれないけど……みたいな感覚だったかもしれないです。</p>
<p>そんな中、一番の人はこの方からこの人に移ったけど「二番はずっとあいつら」みたいになれたら、最高やなくらいに思っていました。実際そうはなってないかもしれないですが、そういう感覚は、二十代くらいからありましたね。</p>
<p>――KIBAさんがtatsuoさんのように自分がプロデューサーになってみたいだとか誰かをプロデュースしてみたいだとか、そういった気持ちってなかったのですか。</p>
<p>KIBA：あんまないですね。ぼくが言える範囲内でなら思うことありますけど、総合的に音楽も含めて見られるような才能が自分にあるかっていうと、それはないと思うし。</p>
<p>ちょっとしたことなら言えるだろうとは思います。でも、ぼくが見てきた世界はここまで、これ以上は見てない、そこから先は言えないってなるかと思います。</p>
<p>tatsuo：いや、KIBAさんのほうが見てる世界がすごいですよ！</p>
<p>――先ほど、tatsuoさんから、「根性がないと辞めちゃう子も多い」とありましたが、tatsuoさんから見て、ご自身がバンドでバリバリやってる頃と比較して、いまの若手と当時と異なる点はありますか。</p>
<p>tatsuo：音楽だけじゃないですけど、ゆとり世代ってリアルにあって、怒られ慣れてなくて、やっぱり打たれ弱いとかはありますね。大きい声を出して怒られたこともないだろうし、殴られたこともないと思います。でも我々は当時、それが当たり前にありました。それこそ打ち上げで、一気飲みで負けたらボコボコにされて(笑)　そういうギリギリの世代だったんですよ。</p>
<p>――古き良き時代ですね(苦笑)</p>
<p>tatsuo：その文化って良くないなと思いますけど、でも、そこで「負けんぞ、このやろう」みたいな、肝が据わってくるというか、そこに耐えられたら、その先はそんな苦労することはないかなって思うんです。</p>
<p>だから今の子っていうのはそういう経験もないし、言動も気を付けないとハラスメントになりますし、それこそお酒飲む子も少なくなりました。昔は飲み強制的なノリでしたし。</p>
<p>――YouTubeなどもあるので、tatsuoさんが若手だった頃と比べて教則的なものが多い現代においては、楽器の演奏レベルは高くなっていると聞くのですが、それはいかがですか。</p>
<p>tatsuo：多いですよね。でも、上手いように見せてるだけの子も多いんです。やっぱりYouTubeとかだと、一生懸命レコーディングして、それを映像に当ててるだけの配信者も多くて、歌もそれが多いってのが、めちゃめちゃ多いです。基本それだと思うんですよ。<br />
オーディションとかだと最初に映像見ることが多いんですが、最終的には一発撮りの映像にしないと、後に出来ないじゃんって大変なことになります。</p>
<p>――前もちょっと聞いたことがあるかもしれませんけれど、KIBAさんとしては、対バンする若手のバンドと、今と昔の違いを感じたりしますか？</p>
<p>KIBA：あんまり若い人とやる機会ないですけど（笑）</p>
<p>tatsuo：若いバンドいないんですよね。いまは三十歳手前くらいが若手ですよ。</p>
<p>KIBA：なんかちょっと思うのは、いまの話を聞いていると、現在の状況だったら、ぼくはバンド始めなかったかもしれないなって。</p>
<p>tatsuo：そうかもしれないですね。</p>
<p>KIBA：なんかやっぱりちょっと、（ライブハウスやバンド界隈は）悪そうで、自分にはない大人びたものだったりとか、影がありそうだったりとか、子供だった自分が見たことない塀の向こう側にありそうな世界、っていうイメージがあったんですよ。それがどんな世界なのかなとか、そういうものに逆にワクワクしたっていう面があって、そういうのも見たくて、やってみたいと思えた面もあったと思うんです。</p>
<p>今の方が良い時代なんだろうけど、クリア過ぎて。そういう清廉さにあまり興味がわかなかった当時の自分はバンドをやらなかったんじゃないかなって聞いてて思いました。</p>
<p></p>
<p>――演奏技術の向上の一方、バンドマンが少なくなってきているっていう話も聞きます。それはなぜだと思いますか。</p>
<p>tatsuo：何でですかね。</p>
<p>――若い子とか、バンドよりもダンスグループを選択することが多いとか。</p>
<p>tatsuo：ダンスとかは学校でも科目に入ってたりもしますしね。</p>
<p>KIBA：それだけ細分化してるってことじゃないですか。バンドが減ったんじゃなくて、これもこれも、って選択肢が増えたんです。ぼくらの頃は、ダンスやってる人とか身近にいなかったですし。</p>
<p>tatsuo：いなかったですよね。ダンスって。</p>
<p>KIBA：ぼくで言うと、世代的な話で恥ずかしいですが、子供の時なんか野球やってる子しかいなかったですよ。サッカーすらなかったですから。だからバンドに限らない話だと思います。</p>
<p>少し違うかもわからないけど、バンドっていうか音楽はそういう中でも、ぼくらの世代の時から、ちょっと商業に結びつく面があったと思うんですよね。うまいこといけば、音楽って何とかなる、とか。でもその他のものは商業に結びつく面が少なかったと思うんです。</p>
<p>例えばダンスとかですごくなっても、踊って食べる人よりは、教えて食べてる人の方が多かったようなイメージです。今は踊ることで食べられてますって人が増えているのかもしれないなと思いました。</p>
<p>そう考えると、自分のやりたいことで経済的に成立するジャンルが増えてきたからじゃないですかね。バンドや野球みたいなのが減ったのは、別に野球やバンドが悪いからじゃなくて。選択肢が増えたのはいいことなんじゃないかな、と思います。</p>
<p>tatsuo：若い子ってYouTubeで収益とか言うじゃないですか。でもこれをやればこれくらい稼げるとかを見せるのって、あんまりよくないなと思うんですよ。意外とそこ、若い子って言ってくるんですよね。これをやれば、これくらい稼げる、でもバンドだったら稼げないでしょ、お金かかるし。だってリハだってお金かかるし、みたいな。</p>
<p>KIBA：それはでもちょっと羨ましいですね。っていうのも、僕らはステージに立って、お客さんいる前でやるあの興奮が忘れられなくてバンドをやり続けているところがある。</p>
<p>tatsuo：そうそう。</p>
<p>KIBA：あれから、あの魔力から逃れられないみたいな怖ささえある。</p>
<p>tatsuo：でもそう、中毒ある。ステージ中毒！</p>
<p>KIBA：それを知らなくてもやれてるのなら、ちょっと羨ましい。それがなかったら僕はやってないですからね。<br />
（文・構成＝Leoneko　撮影=石川真魚）</p>
<p>（後編へつづく）</p>
<p>Gargoyle Live情報<br />
1/18 新宿WildSideTokyo<br />
https://ws-tokyo.com/events/23812<br />
1/19 目黒鹿鳴館<br />
https://eplus.jp/sf/detail/4233550001-P0030001<br />
2/2 高田馬場CLUB PHASE<br />
https://tiget.net/events/353714<br />
4/2 新宿LOFT<br />
https://eplus.jp/sf/detail/4252420001-P0030001<br />
全公演の詳細は公式HPをご確認ください。<br />
<br />
</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:53:13+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/01/0078-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1704"></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x tatsuo 対談　インディーズから見るメジャーとメジャーから見るインディーズ</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_375160/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_375160/</guid>
		<description><![CDATA[　前回の対談から後編をお届け！ ――現在のtatsuoさんは、ゴールデンボンバーへ楽曲を提供しているのですか？ tatsuo：ゴールデンボンバーは編曲と、オケを作っていますね。 ――ゴールデンボンバーとの出会いを教えてい]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　前回の対談から後編をお届け！</p>
<p>――現在のtatsuoさんは、ゴールデンボンバーへ楽曲を提供しているのですか？</p>
<p>tatsuo：ゴールデンボンバーは編曲と、オケを作っていますね。</p>
<p>――ゴールデンボンバーとの出会いを教えていただけますか？</p>
<p>tatsuo：最初は池袋サイバーです。</p>
<p>――池袋サイバーとなるとインディーズというか、アマチュアの方でも出演が比較的可能なライブハウスでしたね。</p>
<p>tatsuo：サイバーに、事務所のアーティストの関係で行ってたんですよ。撤収するまでちょっと時間があったんで、次のバンドも観ていくかって残っていたら、楽屋になんかすごい悟空みたいな頭の奴がいたんです。それがゴールデンボンバーでした。ライブを観たらすごい良くて。演奏はしてなかったんですけど。</p>
<p>――演奏は当時からしてなかったんですね。</p>
<p>tatsuo：はい。今と変わらないですね。面白いと感じたし、楽曲も良かったんです。それで事務所の次の会議で、シャレでいいから事務所で面倒を見てみませんかって話をしたら、翌々週くらいに事務所入ってきたんです。それからの付き合いですね。</p>
<p>――その当時からお客さんはいっぱいいたのですか？</p>
<p>tatsuo：いや、全然。三十人くらいですかね。しかもイベント全部でそのくらいの人数だったと思います。</p>
<p>KIBA：そのちょっと後くらいに、ぼくも何度か一緒になった気がするんですよね。</p>
<p>――Gargoyleでですか？</p>
<p>KIBA：Gargoyleじゃなかったかもしれないんですけど……。ステージはライブハウスでもエンターテイメント性がすごく高くて、おもしろかったですよ。</p>
<p>tatsuo：うちのイベントで連れて回ってたことがあるんで、それとかですかね。</p>
<p>KIBA：かもしれないです。</p>



<p>――今やもう、ゴールデンボンバーは紅白にも出演したトップアーティストになってしまいました。</p>
<p>tatsuo：どんどん売れていって、武道館初めての時は会場の真ん中の席で当時の社長と「ここまで来ましたね」って、しんみり話をした覚えがあります。でもやっぱり彼らを見ていると、売れると売れるで大変なんですよね。</p>
<p>――例えばどんな大変な面があるのですか？</p>
<p>tatsuo：常にトップにいなきゃいけないんですよ。（アーティストとして）活動的でいなきゃいけないし。かといってちょっと渋谷とかで飲むと、隠し撮りをされたりするじゃないですか。</p>
<p>――あそこまで露出していると顔バレしますよね。</p>
<p>tatsuo：やっぱりしますね。全盛期の時なんてすぐにバレるし、生きづらくなるなって見てて思いました。売れると何かが引き換えに犠牲になるんです。</p>
<p>　あと、メンタルの強さがないとダメですね。叩かれることも多いだろうし、揚げ足も取られます。難しいですよね。</p>
<p>KIBA：それでも、そうなりたくて、ものすごくたくさんの人が音楽をやっている面があるじゃないですか。そこで得られたことは、きっとすごいものだろうと思います。そうなりたくないと思っている人なんて、実際はいないんじゃないかな。</p>
<p>　YouTubeだろうが、ライブ活動だろうが、何だろうと自分たちの活動をたくさんの人に認めてほしいっていうのが、根本にあるはずなんですよ。まあ音楽だけじゃなくて芸術すべてに言えるのかもしれませんが。そこに辿り着けたのがすごいし、tatsuoくんはそれに携わるって経験が出来て、素晴らしいことだよね。</p>
<p>――KIBAさんもすぐに顔バレしそうですよね。</p>
<p>KIBA：あっ、そう？　でも、絶対数が少ないから(笑)　気軽に生きてますよ、ぼくは。</p>
<p>――tatsuoさんから見てKIBAさんのボーカルスタイルとか歌い方とか、メジャーのスタイルからするとだいぶ異なると思うのですが、印象ってお持ちだったりしますか。</p>
<p>tatsuo：ぼく、X（※X Japan）とかからバンドを好きになったんですけど、そこから色々なバンドを辿っていくじゃないですか。で、ロッキンf（※かつて流通していたメタルやヴィジュアル系を中心とした音楽誌。現在は『WeROCK』と改名）とか見てると「あっGargoyleがいるな」とか見てて。忘れもしないのが中学校の時に『天論』（※Gargoyleの4thアルバム）を買ったんですよ。もう一曲目からびっくりしちゃって！ なんだこれ！って。</p>
<p>――１曲目の『審判の瞳』はボーカルスタートですよね。名曲です。</p>
<p>tatsuo：衝撃でしたね。でもやっぱりあの当時はボーカルにカラーがないと売れない時代だったと思うんですよ。癖が強いじゃないですか、みなさん。本当に衝撃的でしたね。</p>
<p>　KIBAさんのボーカルスタイルは唯一無二なんで、ほんと素晴らしいと思いますよ。ライブもよく歌えるなって思いますよ。全曲制覇とかやってたじゃないですか。あれ普通の人やれないですよ。</p>
<p>――全曲制覇は、喉が潰れたりしなかったんですか。</p>



<p>KIBA：そんなでもなかったです。歌いすぎて歌えないとか、あんまりないですね。なんででしょうかね。特に何もしてないけど。</p>
<p>tatsuo：KIBAさんが歌えないとか言うイメージないですよ。でもすごいですよね、ほんと何もしないですもんね。</p>
<p>KIBA：ボイトレは昔ちょっと行ったことあって、すごい良い先生だなとは思ったけど、僕の歌でなんでやってるのかなと思い辞めました(笑)</p>
<p>tatsuo：安定してますよね。ボーカリストって波が日によってあるじゃないですか。でもGargoyleは演奏もそうですけど、常に安定しているイメージ。「今日ダメだったね」みたいなライブないんじゃないかって。</p>
<p>――KIBAさんは普段から喉のケアをされていないと聞いていたんですけど、逆にtatsuoさんは日々気を付けてることはありますか。</p>
<p>tatsuo：いや、ないですね(笑)</p>
<p>――今でも毎日ギターを弾くとかもない？</p>
<p>tatsuo：それがもう、時間に追われているんで弾かないですね。ギター録りって、仮ギターを録ってレコーディングするっていうよりも、（演奏内容を）忘れちゃうんで、全部一回ギターも打ち込んでるんですよ。もう指先は、すげー柔らかいです。やわやわです。</p>
<p>――ギターを打ち込んで、その後は実際に弾き直すんですか？</p>
<p>tatsuo：それはそうですね。清書って感じで最初からやるんで。</p>
<p>KIBA：tatsuoくんは音楽の最前線で戦ってるじゃないですか。ゴールデンボンバーも。ぼくらみたいなのとはまた違うところで。いろんな今流行りの音楽とかにアンテナを張るんですか？</p>
<p>tatsuo：そうですね。聴くし、息子と娘とかが朝なんか聴いてるんで「それ、何の曲？」とか質問したりします。</p>
<p>KIBA：アンテナの貼り具合が違うんだろうな、ぼくらとはね。すごいよ。</p>
<p>tatsuo：それこそ、バンドはあまり聴かないですね。K-POPとか聴いちゃいます。バンドって良くも悪くもさほど昔と変わらない面がありますから。</p>
<p>　でもバンドマンの頃は売れてる音楽というのに一線引いてたんですよ。けど東京ドームとかまで行ける人たちって、心打たれる何かがあるから行けるんだろうなと思って。それを聴いたりして影響受けないともったいないなと思うようになったんですよね。</p>
<p>――楽曲を作ったりする際に売れている曲を参考にすることってあるんですか？</p>



<p>tatsuo：参考というか、発注の際はこういうイメージの楽曲なんで、こんな風にしてくださいって指示があるんですよ。なので、そういうのに寄せて作りますね。基本がこういう音楽で、こういうテンポで……みたいなのが多いです。</p>
<p>KIBA：話は変わりますが、日々どうやって毎日を過ごされてるんですか？</p>
<p>tatsuo：いや、薄いっすよ(笑)</p>
<p>KIBA：そういうところに興味があるけど。</p>
<p>tatsuo：まず、５時に起きるんですよ。うちの息子が中学で野球やってて。6時集合とかなんですよ。だからそのくらいにもう起きて、それから朝飯食って、６～７時くらいから一階のスタジオにこもって仕事です。夜の６～７時には切り上げて、１０時くらいに寝ちゃうんです。</p>
<p>KIBA：ご飯でも食べて？</p>
<p>tatsuo：毎日飲んじゃいますけどね。</p>
<p>――ご自宅で飲まれるのですか。</p>
<p>tatsuo：そうですね。あとは近所に飲みに行ったりもありますけど、毎日酒だけ。そういう生活だから太っちゃいます。</p>
<p>KIBA：でも時間帯はすごい健康よ。</p>
<p>tatsuo：そうですね。時間帯は健康なりましたね。</p>
<p>――tatsuoさんのようなお仕事の場合ですと、休みとか、明確な休日みたいなものはないのですか？</p>
<p>tatsuo：ないですね。リアルに休めないです。</p>
<p>KIBA：ずっと発注が来るの？</p>
<p>tatsuo：発注も来ますし、（スケジュールを）巻いとかないといけないんで。ちょっと空きそうなときがあっても、巻いて作業しといた方が「過去の自分よくやった！」ってなる日が来るんで。あと、パソコンが普及しているお陰で締め切りがめっちゃ早いんです。</p>
<p>――どのくらいなのですか？</p>
<p>tatsuo：もう、今日の明日とかありますよ。</p>
<p>KIBA：えっ！ 曲を？</p>
<p>tatsuo：はい。本当に今、すごいですよ。テレビも挿入歌とかでも放送の二週間くらい前に書いたやつが、もう流れてるみたいな。</p>
<p>――話は変わりますが、tatsuoさんは歌詞も書くんですか。</p>
<p>tatsuo：詞はほぼ書かないですね。ぼく、歌詞のセンスはないと思います。</p>



<p>KIBA：それは逆に音楽が得意すぎるからかもしれないよね。別にこんだけ得意だったら、それやっとけばいいし、それぞれ、やりたいことをやるべき世界やし。</p>
<p>tatsuo：KIBAさんは歌詞を作るのに時間かからないんですか？</p>
<p>KIBA：あーその時によるかな。十分くらいで書ける時もあるし、二か月くらい何も書けない時もあります。たぶん良くないのは、締め切りがないことですかね。</p>
<p>　前はメンバーがみんないたんで、この時期にレコーディングしましょう、じゃあ、この日までに歌詞を…みたいなのがあったから、とりあえず書くんです。それで、その日までで一番いいものだったらいいか、ってなります。</p>
<p>――締め切りはあった方がいいんですか？</p>
<p>tatsuo：多分ミュージシャンって締め切りがないとずっとダラダラしてますよ。</p>
<p>KIBA：本当にそう！ 本当にその通り！</p>
<p>tatsuo：まだ時間あるからいいか。みたいな。</p>
<p>――作曲する際に歌詞があった方がやりやすいんですか？　それともない方がいいんですか？</p>
<p>tatsuo：どっちでも大丈夫ですね。まぁ曲先の方がパターンとしては多いです。</p>
<p>――tatsuoさんはもう一回バンドをやろうとか、そういう気持ちはないんですか。</p>
<p>tatsuo：今はなんか気持ちが追い付かないというか。仕事で手いっぱいでそういう気になる暇もないっていう感じですね。ライブを観に行っても「こんな曲があるんだ、これを取り入れよう」っていう考えになるんですよ。ステージに立つとなると、仕込みも必要だし、ちょっと時間が…っていうのもありますね。</p>
<p>KIBA：それも1つの関わり方だよね。そういう関わり方がtatsuoくんに合ってるんだろうし、才能を伸ばせたり発揮もできてるし。ステージでもすごく才能を発揮してたけど、今のtatsuoくんには今の形が合ってるってことなんだろうし、無理にやるもんじゃないから。むしろ今の関わり方でそんなに成功している人は少ないんだし。</p>
<p>　もしかしたら今バンドやってる人たちの中にも、バンドから出てこっちの方が向いてる、やってみたいって人がいるのかもしれない。そういう人の指針になるんじゃないですか。ステージで弾くよりも、tatsuoくんみたいなのやってみたいって人が今は多いかもしれないよ。</p>
<p>――tatsuoさんは、ご自身でやってみて合ってるなとは思いますか？</p>
<p>tatsuo：なんか自分がやってたバンドよりも関わってる若手にどんどん追い抜かれて行って…なんだろうこの気持ち…っていうのは、ありましたよ。ありましたけど、難しいんですよね。ミュージシャンの中にもタレント性って必要じゃないですか。そこもないとダメで。でもいや、俺はタレントっぽさはねえな、どっちかっつったら裏方向きだな、とは思っちゃいますね。誰かを立てるタイプなんですよ。だからあんま立とうとも思わないんだろうし。</p>
<p>――tatsuoさんって今後、目標とかあったりしますか。</p>



<p>tatsuo：目標というか、願望はありますよ。いっぱい稼いで海外に移住する。南国に移住する（笑）</p>
<p>――ストレートな質問になりますが、音楽プロデュース業って収益の面では良いのですか？</p>
<p>tatsuo：いや、びっくりしますよ、ない。</p>
<p>――低いってことですか？</p>
<p>tatsuo：低いっていうか、皆さん思ってる稼ぎじゃない。</p>
<p>KIBA：ぼくはそろそろ九州くらい買えるんじゃないかって思ってたけど(笑)</p>
<p>tatsuo：そう思うでしょ、みんな言います。</p>
<p>――ゴールデンボンバーに関わっている方ですからね。</p>
<p>tatsuo：みんなに言われるんですよ。一億円くらい持ってるでしょって。でも本当にない！</p>
<p>――案件の単価自体に変化はあるのですか。</p>
<p>tatsuo：ずっと横ばいです。でも、物価が上がってきてるし、機材も倍に上がってます。CDが売れないんで、印税も配信になってから激減してます。</p>
<p>――そういうものなんですね。今後もプロデュース業を続けていかれるのですか。</p>
<p>tatsuo：そうですね、続けられるだけ、続けて。でもこの仕事がなくなったら何しようかな、とは考えちゃいますね。</p>
<p>――KIBAさんにはどうですか。</p>
<p>KIBA：自分が楽しいなと思えることをやっていく。</p>
<p>――KIBAさん毎回ぶれませんね（笑）</p>
<p>KIBA：それしかない。楽しくないことは嫌。<br />
（文・構成=Leoneko、写真＝石川真魚）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:52:24+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/01/0115-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1704"></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA（Gargoyle） x でんでけあゆみ（バックドロップシンデレラ）対談 ―― ライブに奇跡を起こしたい</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_381001/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_381001/</guid>
		<description><![CDATA[　インターネットの技術のおかげで、YouTuberのように自分の企画次第で一流タレントをしのぐ知名度や富を得る人が増えた。かつては小学生の「将来なりたい職業ランキング」１位がYouTuberだったなんてことも起きた。 　]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　インターネットの技術のおかげで、YouTuberのように自分の企画次第で一流タレントをしのぐ知名度や富を得る人が増えた。かつては小学生の「将来なりたい職業ランキング」１位がYouTuberだったなんてことも起きた。</p>
<p>　2025年の現在は、YouTuberが「将来なりたい職業ランキング」１位ということはなくなった。それは、YouTuberが華やかな職業に見える一方で、成功者はほんの一握りであり、かなりの根気と努力、そして運が必要だということが少しずつ世間に浸透したからであろう。</p>
<p>　だが、インターネット誕生前に比べて、誰もが自分を表現する場を簡単に得ることができ、その企画次第では商業的に成功することが可能となったのは間違いないだろう。</p>
<p>　それはバンドにも言える。</p>
<p>　音楽をユーザーに届ける手法はCDから配信と変わり、インターネットのおかげで自己のプロデュース力があれば大手レコード会社との契約がなくとも、それを凌駕するような活動が可能となった。</p>
<p>　今回はそんなメジャー契約をしていなくても、ライブハウスシーンを大いに賑わし、人気を獲得、大規模な活動を展開するバックドロップシンデレラのボーカリスト・でんでけあゆみ氏を迎え、KIBAとの対談が実現した。</p>
<p>――正直Gargoyleとバックドロップシンデレラ、ジャンルが全然違うかとは思うんですけど、お二人はどこででお知り合いになられたんでしょうか。</p>
<p>KIBA：当時Gargoyleは年に1～２回、気になる刺激的なバンドを誘ってツアーをやってたんです。そこで、マネージャーから「このバンドすごいんじゃないか」って教えてもらって。それでyoutubeとか動画で観て「すごい面白い、やろうよ」って誘わせてもらったんじゃないかな。初めては仙台で一緒だったんですよね。</p>
<p>でんでけあゆみ（以下あゆみ）：ええ。</p>
<p>KIBA：仙台で一緒にやった日に生で観て、衝撃を受けて「このボーカルの子は本物だ！」って思ったのをよく覚えてます。</p>
<p>あゆみ：わぁー、嬉しい。</p>
<p>――それは、あゆみさんのパフォーマンスとかですか？</p>
<p>KIBA：ステージにいるときの存在感っていうんですかね。それぞれボーカリストの魅力ってあるじゃないですか。歌がうまいとか、すごく声がいいとか。</p>
<p>そのなかでぼくは存在感でやれる人に「本物だな」って感じるところがあるんだと思うんです。人間力っていうんですかね。</p>
<p>刺激的なバンドを誘ってやりたい最大の理由は、一緒にやってて、このままじゃ自分がまずいんじゃないかって思いたいんです。</p>
<p>――まずいっていうのは？</p>
<p>KIBA：例えば、ぼくやGargoyleのステージの存在感、そういうのが消されるんじゃないかって感じるバンドとやりたい。普通にやってたら消えちゃうから、もっともっとやらなきゃやばいって自分への刺激になるのが楽しいんです。そういう意味では、バックドロップシンデレラとのライブは自分自身にとって良いツアーになったんじゃないかなと思います。一緒にやったのは何年でしたっけ？</p>
<p>あゆみ：2015年です。もう10年も前ですね。</p>
<p>――バックドロップシンデレラのジャンルというのはパンクとか、どちらかというとそっちに寄っているような印象はあるんですけども、Gargoyleのようなゴリゴリなメタルサウンドのようなバンドっていうのは、好きだったのですか？</p>
<p>あゆみ：いや、自分はあんまりゴリゴリ系とかは聞いてないんですよ。でもギター（豊島“ペリー来航”渉）とか、ドラム（鬼ヶ島一徳）はめちゃくちゃ好きですね。</p>
<p>――じゃあ、その当時は、GargoyleないしKIBAさんのことは知っていたのですか？</p>



<p>あゆみ：正直に言うと、自分は全く知らなかったです。で、実際にお会いしてKIBAさんのステージを観て「わっ！」って驚きました。普通に自分より（キャリア的に）上の方でこんな動いてこんな暴れて「あっ、じゃあ自分もまだまだいける！」って思いました。ぼくは実際に観て感じることが多いタイプなので、上の方が元気にやられていると、全然自分もまだまだ、年齢もそんな考えずにいけるな、みたいな。</p>
<p>KIBA：今、何歳？</p>
<p>あゆみ：41歳になりました。</p>
<p>KIBA：41！？　今年で？</p>
<p>あゆみ：つい最近の1月でなりました。</p>
<p>――バックドロップシンデレラ自体は、メジャーになるんですか？インディーズになるんですか？</p>
<p>あゆみ：インディーズというか、自主レーベルですね。</p>
<p>――自主レーベルであっても、かなり規模の大きな活動をされていますね。バンドのマネージメントは自分たちということですか？</p>
<p>あゆみ：そうですね。ギターがそういうのを全部やってくれて、ぼくはついていくだけです（笑）</p>
<p>――じゃあ、そういった意味では、Gargoyleと運営形態はちょっと近いといえば近いんですかね。</p>
<p>KIBA：うちは「ボス（マネージャー）」いるから（笑）</p>
<p>――ボス（笑）。バックドロップシンデレラはバンドとしてどっかに所属されたことはあったんですか？</p>
<p>あゆみ：ないですね。</p>
<p>――Gargoyleはメジャーに所属していた頃もあったと思うんですけど、インディーズの違いとかはありました？</p>
<p>KIBA：音楽的に教えてもらったことが多かったですね。活動に対しては「こうしろ、あぁしろ」とかは言われたことが全然なくて、もともとメジャーにいくまでの時期も「何かやりたいことがあったら手伝いますよ」みたいな感じの事務所だったんです。</p>
<p>メジャーの期間は３年くらいだったと思うんですけど、音楽を勉強したみたいな感じでしたね。</p>
<p>――それは、こっちのコード進行の方が美しいよとか、そういう話とかですか？</p>
<p>KIBA：そういう理論的な話もあったと思います。このコード進行だとここは単調じゃないかとか。あとは、もっとテイクを録ってみようとか、レコーディングに関してが結構ありました。</p>
<p>当時は今みたいにパソコン上で直す作業がなかったですし。だから歌ったらそれがそのまま発売って感じで。</p>
<p>――ボーカルに対する指摘はなかったんですか？</p>
<p>KIBA：なかったですね。</p>
<p>――曲調は？</p>
<p>メジャーで何枚か出したんだけど、その内の１枚『natural』（※1995年リリース）はちょっとソフトなイメージだったんで、「君たちはこれでいいのかな？」みたいなことを逆に言われましたね。「もっともっと好きにやれば」みたいな。</p>
<p>――そんな感じだったんですね。ライブに対するパフォーマンスで「こうしろ、あぁしろ」とかはあったんですか？</p>
<p>KIBA：ライブは何も無かったです。もう好きにやれって感じで。レコード会社なので、基本的には音源に関することでした。</p>
<p>――バックドロップシンデレラの場合は、どのようにライブとかレコーディングとかの方針を決めてるのですか？</p>
<p>あゆみ：基本的にはギターが先頭に立ってやってる感じですね。</p>
<p>――それはあゆみさんのライブパフォーマンスだとか、レコーディングの声とかも含めてですか？</p>
<p>あゆみ：レコーディングに関してはこういう風に歌うとか、結構ありますね。でもライブに関しては特にありません。</p>
<p>KIBA：ライブは、あれは他の人が考えてできることじゃないよね。</p>
<p>あゆみ：そうですね。とはいえライブでもあんまりやりすぎると、あれってどうなの？って指摘はあったりします。でも基本的にはないです。一応ライブの運びはこうやっていこうかっていうのはバンドとして決めたりはしますよ。でもボーカルとして個人的に「こう！」っていうのはほとんどないです。</p>
<p>こっちの方が面白いんじゃないのか、常にライブ中に１つ奇跡を起こしたいみたいなことを自分で考えながらやって、１本のライブで自分もドキドキワクワクする感覚が失われたライブはやらないっていうのを目標にしているんですよ。それが全部できるかどうかっていうのはまた別ですけど、自分が客観的に見た時に面白くないんだろうな、落ち着いちゃったな、ってなるのは一番つまんないって思ってますね。</p>



<p>KIBA：奇跡を起こすためにどう持っていってる？　自分を。</p>
<p>あゆみ：ここでこういう風なことやる、だとか、予定調和のパフォーマンス、例えば「ここで飛ぶ」だとか、ある程度決めてたりはしますが、それ以外のことで、何かしら考えてます。</p>
<p>自分があんまりやってないことをやるっていうのは不安な部分もあるじゃないですか。でもそこに対して守りに入らないように意識してますね。</p>
<p>KIBA：すごいわかるな。</p>
<p>あゆみ：そこでグッと自分を抑えていつも通りのパフォーマンスをやると、それはどっか逃げてるというか……。</p>
<p>KIBA：すごい近いことをよく思ってる。やってて「あれ、ここでこんなことやってしまった。ここから自分はどうするんだろ。超楽しみ」みたいな感じだよね。</p>
<p>あゆみ：そうそう！</p>
<p>KIBA：絶対ここで今まで一回もこんなことしてない。いったいどうするんだ俺！？ みたいなのがすごく楽しいんだよね。</p>
<p>あゆみ：大袈裟に言えば、この曲は動かない、この曲は動くじゃなくて、この曲でも動いてみる、逆に今まで動いていた曲を動かずにやってみるだとか。そういうのも一つは、ミュージシャンとしてありますよね。</p>
<p>KIBA：急にスタンドマイクでこれ歌ってみようとか。</p>
<p>あゆみ：そうですね。</p>
<p>KIBA：全然やったことないから自分から何が出てくるのか。それが楽しい。</p>
<p>――普段やらないことを急にやりだした場合、メンバーから「あれは何だったんだ？」みたいなツッコミが入ったりすることはあるんですか？</p>
<p>KIBA：たぶん、そういう力をメンバーも欲してるんじゃないかな？</p>
<p>あゆみ：可能性ありますね。</p>
<p>KIBA：メンバーもびっくりしたいんだと思う、たぶん。</p>
<p>――バックドロップシンデレラは結成されて何年くらいですか？</p>
<p>あゆみ：2006年に結成なので、19年目ですかね。</p>
<p>――Wikipediaに書かれてあったことですが、一番最初にデモCDを2000枚以上売り上げる、とありました。2006年当時だとまだCDが売れてる時代だったとは思うんですが、デモCDを2000枚以上売るのに何か特別なプロモーションなどはされたのですか？</p>
<p>あゆみ：いや～、自分は全然わかってないですね、何枚売れたとかは全然。ただ、ライブやってるだけな感じです。</p>
<p>――Gargoyleとかは、例えば物販の売上のために、販売戦略を組んだりしていたのですか？ 例えばTシャツの売上を上げる戦略とか。</p>
<p>KIBA：バンドTシャツなんて、だいたい黒いTシャツがあって、それに一色とか二色とかで印刷するだけじゃないですか。あとはそのデザインくらいで、条件はすべて一緒。</p>
<p>だから、普段自分が着たいなと思えるデザインにするようはしています。ライブの日以外も自分が着たいか、くらいは考えますね。</p>
<p>――Gargoyleって基本KIBAさんがデザインされてるんですよね。バックドロップシンデレラはどうなんですか？</p>
<p>あゆみ：僕はノータッチなんで（笑）　ギターがデザイナーさんに頼んでたりって感じかと。</p>
<p>――本当にギターの豊島さんが司令塔なんですね。</p>
<p>あゆみ：バンドのことに関してはそうです。</p>
<p>KIBA：ぼく、よく思うんです。例えばぼくはすごく歌が上手くてやってるタイプじゃないと思うけど、ライブするのは得意だって。せっかく得意なことがあるんだし、自分が得意なことをやれば良いと思ってるんです。それで十分だと思いますよ。あゆみくんも人よりものすごく得意なことを、ちゃんとやってるから大丈夫。</p>
<p>――ライブをするのは得意……それは確かにそうかもしれないですね。</p>



<p>KIBA：まぁ、バックドロップシンデレラには衝撃受けたからね、仙台で。本当に。</p>
<p>あゆみ：いまでも覚えてますよ。KIBAさんが二階席から観てくれてまいました。</p>
<p>KIBA：ずっと観てたやろ？</p>
<p>あゆみ：すごい観てくれてました（笑） ぼくらも初めてGargoyleとやったんで、ドキドキはしてたんですよ。大御所と聞いてたんで。でもそしたら、ずっと居られる。「おぉ、すごい！」と思って。逆に嬉しいんですよ、ずっと観てくださる。なかなかそういう方がずっと観てくれているって少ないので。だからこっちはテンション上がりましたよ。</p>
<p>でも正直知らないから、とりあえず自分をやればいいんだ、みたいな感じでやっていたんですよね。あんまり周囲に合わせることもできないですし。それってやってたら、ずっと観てくださるから、嬉しいなって。</p>
<p>KIBA：目が離せなかったんだと思う、本当に。「すげー！」って。</p>
<p>――KIBAさんってステージの全てを使うようなパフォーマンススタイルじゃないですか。そういうところにあゆみさんのステージングにシンパシーを感じたんですかね。</p>
<p>KIBA：あゆみくんはステージだけじゃなくて客席も全部使ってるけど（笑）　まあもちろん動いてるのもすごいなって思ったけど、ステージの使い方の発想力や、そこに表情とか含めた人間力とか感じられたんですよね。</p>
<p>――ステージとかライブハウス全体使うって怪我とかはしたことないんですか？</p>
<p>あゆみ：いや、何度かあります。一番ひどいのは鎖骨を複雑骨折したやつですかね。頭からダイブして、その時お客さんがあんまりいなかったんですけど、「集まれ、集まれ」して、飛び込んだんですよ。そしたら集まってきたお客さんを飛び越えちゃって。</p>
<p>――プロレスラーみたいですね（笑）</p>
<p>あゆみ：その時はなんかすごい飛びたい！ とにかく遠くに飛びたい！ って意識だったから。それで飛んだらお客さんがいない所に落ちて、頭を打って、一回意識を失ってたんですよ。で、頭をホッチキスで、パチパチパチパチ４回打ちました。</p>
<p>――かなりの流血だったんじゃないですか？</p>
<p>あゆみ：もう血がバーっと出ましたね。周りが死んだと思うくらい。</p>
<p>――その後ライブはどうしたんですか？</p>
<p>あゆみ：１曲目でやっちゃったんですが、ぼくは気が付いたらステージ袖の楽屋の通路の所にいたんです。ステージに残ったメンバーで１曲だけやったみたいで、またすぐに戻りました。</p>
<p>――戻ったんですか？</p>
<p>あゆみ：はい、ライブ自体は30分だけやりました。ライブが終わった後に頭がボコって「戸愚呂兄弟、弟！」みたいに腫れあがっているし、血がバーってなって割けてるし、とりあえず救急車で運ばれて、病院でレントゲン撮ったら鎖骨も複雑骨折してました。</p>
<p>――複雑骨折したならそれ以降のライブもできなかったんじゃないですか？</p>
<p>あゆみ：いや、その次の日は秋田だったんですけど、頭は四ホッチキスで止めていたし、痛み止め飲んでやりましたよ。鎖骨はどうすることもできなかったですが。</p>
<p>その後、東京戻ってまた病院に行ったんです。鎖骨は手術すればちゃんとくっ付きますよって言われたんですよ。でも手術しなくてもなんとかなるってことで、手術選ばずに放置しました。一応、動いたんで（笑）</p>
<p>――そういう怪我を一度でもされると同じ事をするのが怖くなりませんか？</p>
<p>あゆみ：次の日の秋田でも自分が飛ぼうか迷ったときに、お客さんもちょっと不安がってるのが分かったんですよ。だから自分もそれで躊躇しちゃって。でもそこで逆に「いけ、いけ！」みたいな感じになって、恐怖心はなくなりましたね。通常運転に戻りました。意識失うまでいったんで、逆に何も残ってなかったんです。痛みとかもわかってなかったんで。</p>
<p>――すばらしいですね。KIBAさんそんな怪我したことあります？</p>
<p>KIBA：そんな怪我はないけど、ステージから落ちて、ちょっとヒビいったとか。その程度ですね。<br />
（文・構成=Leoneko、写真＝石川真魚）</p>
<p>※後編に続く</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:51:52+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/03/0020-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1701"><media:description type="plain"><![CDATA[KIBA(L)、でんでけあゆみ(R) 撮影：石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA（Gargoyle） x でんでけあゆみ（バックドロップシンデレラ）対談 後編「ドキドキを感じたり伝えられる人でいたい」</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_381028/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_381028/</guid>
		<description><![CDATA[　前回から続くGargoyleのKIBA氏とバックドロップシンデレラのでんでけあゆみ氏の対談の後編！ ――バックドロップシンデレラの活動は国外でも活発ですよね。 あゆみ：そうですね。2023年の３月と2024年の３月に、]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　前回から続くGargoyleのKIBA氏とバックドロップシンデレラのでんでけあゆみ氏の対談の後編！</p>
<p>――バックドロップシンデレラの活動は国外でも活発ですよね。</p>
<p>あゆみ：そうですね。2023年の３月と2024年の３月に、２回アメリカに行きました。2024年の夏に台湾行きましたね。</p>
<p>――日本と海外だとライブはやはり違いますか？</p>
<p>あゆみ：めちゃくちゃ違います。でも楽しかったですよ。外国のだと反応が早く、わかりやすいんですよ。「ダメだ」と思ったら、出ていく。「良い！」と思えば、バーッて来る。どっちかなんで。日本でやってるより、パフォーマンスというか、自分の全てを１～２曲目だけで、出せるかどうかで決まります。</p>
<p>　日本で30分だと後半にこのパフォーマンス、もうちょっと派手に狙うことも可能なんですけど、あっちは飽きるんで、最初からとりあえず「やっちゃえ、やっちゃえ！」って。</p>
<p>――音楽的な手ごたえはありましたか？</p>
<p>あゆみ：音楽的にもノッて踊ってくれましたよ。フロアにも残ってくれるようになりましたしね。「また来い、また来い」って言われますけど、お金が高い。</p>
<p>KIBA：本当そうだね。</p>
<p>――海外でライブをやるビジネスメリットはありましたか？</p>
<p>あゆみ：どうなんでしょうね。自分らはあんまりあるかないかわからない状態です。莫大なお金がかかっちゃうから、それでやるならいまは日本を大事にしたほうがいいかなとは思います。バックドロップシンデレラが国内で盛り上がってないわけではないので。でも、感情としてはめちゃくちゃ行きたいです。</p>
<p>――KIBAさんもGargoyleの海外公演の願望はあるんですか？</p>
<p>KIBA：そうですね。</p>
<p>――海外でやりたい理由はありますか？</p>
<p>KIBA：ぼくの人生楽しい方がいいから。</p>
<p>あゆみ：あー、良いですね。</p>
<p>KIBA：海外行ったら楽しそうじゃん。それ以外理由はないですよ。</p>



<p>――Gargoyleの音楽をヨーロッパメタル界隈に知らせたいとかではないんですね。</p>
<p>KIBA：知らせれるんやったら、知らせたい。でもメインはぼくの人生が楽しいかどうか。どんなことでもそれ以外の理由はない。</p>
<p>――やってみたい国とかはあるのですか？</p>
<p>KIBA：どこでもいいですね。アジアでもヨーロッパでも。でもイメージ的にはGargoyleって格好とか、楽曲とか、取り方によってはベタだから、ヨーロッパよりアメリカの方がウケるかもなんじゃないのかなって気はしてます。</p>
<p>――話は変わりますが、あゆみさんはお酒は飲まれますか？</p>
<p>あゆみ：基本的に飲まないですね。</p>
<p>――それはバンドのメンバーの方もそうですか？</p>
<p>あゆみ：いや、自分だけですね。次の日に何もなくて、移動もなければ飲んだりすることもありますが、年に２～３回くらいです。</p>
<p>――それは喉のケアのためとかですか？</p>
<p>あゆみ：ライブの時はそれもありますけど、基本的に飲んだらご飯食べないのでどっちかになっちゃうんですよ。</p>
<p>――普段から喉に対して意識していることはありますか？</p>
<p>あゆみ：ボイストレーニングは一応通ってるところがあります。あとは毎日、自分で声が出るかどうかのチェックはしますね。</p>
<p>　去年、風邪とかも手伝って、声が出づらい１年間になってしまって、すごいつらい思いをしたんです。それもあって、気にはしてますね。</p>
<p>　やっぱりボーカリストって良いパフォーマンスができようが、声が出ないライブだと、届けられるものも届けられないんです。パフォーマンスがどんなに良くても、声が出なかったら、そこまで…っていうのが自分の中にあるんですよ。前はあんまり気にしなかったですけど、いまは声がまず最優先なんです。</p>
<p>　だから何本ライブやっても１回でも声が出ないライブがあると、ものすごい凹むんです。パフォーマンスでちょっとやらかしたなみたいなのってあんまりないんですけど、声に関してだけは１回ですごい死にたくなるくらいに落ち込みます。だからそこに関してケアはしてますね。</p>
<p>――KIBAさんとしては同じボーカリストとして共感する部分はありますか？</p>
<p>KIBA：ぼくはそこまでではないですけど、気持ち悪いのはわかる。とはいえあゆみ君とはタイプが違うし、ぼくはステージに立った時、１曲目さえ出たらいいかなって思うタイプ。そっから出なくなるのは、そんだけやったら出なくなるよね、って思わせられればいいかな。ライブはドキュメンタリーだし。</p>
<p>――バックドロップシンデレラとしての活動がもう20年弱となり、音楽環境も変わってきたかと思います。例えばCDが売れなくなってきたとか。そういう変化を肌で感じることはありますか？</p>
<p>あゆみ：とりあえず、自分は基本的にライブをやっていく事が大事だって感じなんで、そんなにCDが売れないとかを考えてこなかったですね。</p>
<p>――動員としてはどうですか？ CD不況の中での動員の変化などを感じることはありますか？</p>



<p>あゆみ：自分は動員なんかもあんまりノータッチなんです。自分の感覚としては、場所があればそこでライブをするってだけです。それが１人だろうが100人だろうが、あんまり変わらないっていうのをやりたいので、動員少ないからどうとかって、一切考えないですね。</p>
<p>KIBA： ぼくは普段と全然違う動員だったら、この感じで俺は何ができるんやろってところを楽しむタイプですね。</p>
<p>あゆみ：実際、Gargoyleさんとのツアーとか、ぼくらのことを知らないお客さんが大量にいると思ってやる時の方が楽しかったりしましたよ。</p>
<p>KIBA：わかるわ。アウェイな時楽しいよね。</p>
<p>あゆみ：めちゃくちゃありますよね。</p>
<p>――それは、そういう人たちをどう楽しませようかと思うところがですか？</p>
<p>あゆみ：どう楽しませようっていうか、「見たことないだろう！」みたいな。「こういう人、知らないだろ？」っていうか。好き嫌いはあっちの判断なので、こっちがどうできるわけでもないじゃないですか。だからこっちがやれることやって、それで「好き！」っていうのとか、「初めてみた、すごい衝撃を受けました。」って言われるのとか、そういう意味ではめちゃくちゃアウェイで、自分たちが知らない所でやるのはすごい楽しいです。</p>
<p>――あゆみさんはライブを続けていて、対バンしているバンドが今と昔で変化したとか思うことはありますか？</p>
<p>あゆみ：わかんないですね。自分が好きになる対バンとかはありますけど、昔と変わったなっていうのはわからないです。あんまり人と接するのが得意でもないので。だから逆にKIBAさんみたいな方がこうやって声かけてくれると、嬉しくてひょいひょいっと今日も来ました（笑）</p>
<p>――今後のバックドロップシンデレラもしくはボーカリストとしての目標みたいなものってありますか？</p>
<p>あゆみ：目標はとりあえず、できる限りやれればいいかなって感じですかね。こうなりたいっていうよりは。自分がなりたくないものに、ならないようにしていきたい。感じですかね。こうなったら終わりだぞ、みたいな。</p>
<p>――こうなったら終わりというのは具体的に言うと？</p>
<p>あゆみ：予定調和でやっていくようなこととかですよね。用意されたというか、用意したものをそのままやって終わる。最初に言った奇跡みたいなものを期待できなくなるようなやり方とか。「これでいいじゃん！」みたいな感じとかですかね。</p>
<p>　自分は極力いくつになっても動き回りたいので、それは何となくありますね。ずっと動いていけるボーカルでいたいな。</p>
<p>――KIBAさんは今年60歳になられるんでしたっけ？</p>
<p>KIBAうん。大きな声で言わないように（笑）</p>
<p>――その年齢でいまでもお立ち台からポーンって、ジャンプはするし、誰よりも激しいパフォーマンスされるのはすごいですね。</p>



<p>あゆみ：そういうのを観るとテンション上がりますよ。</p>
<p>KIBA：さっきあゆみ君が言ったような決まったことを決まったようにやるボーカリストはそれはそれで、その人のスタイルだから良いんですよ。ただそれがあゆみ君だったり、ぼくには合ってないってだけなんです。自分の正解がそれぞれあるってことなので。ぼくは自分が観たいと思うボーカリストでいたいってのは絶対ある。</p>
<p>　客席に自分がいたら、ぼくのことを「すごいな、お前！」って思いたいし、そういうことをしていきたい。やってる自分も「わっ！」ってドキドキしていたい。ドキドキで言うと、ぼくはあゆみ君みたいにはできないけど、観ててすごくドキドキできた。「こりゃ俺、負けるかもしれん！」ってすごいドキドキした。そういう感動が大事よ。</p>
<p>　あのドキドキをもらえたのはすごい幸せだったし、これからもそういう人とやっていきたい。ドキドキを感じたり伝えられる人でいたいって思う。<br />
（文・構成＝Leoneko/撮影=石川真魚）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:51:11+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/04/0066-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1701"><media:description type="plain"><![CDATA[でんでけあゆみ（L）, KIBA（R） 撮影=石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x CUTT 対談前編 ― 幸せは向こうからやってくるが、楽しさは能動的につかみにいくものである</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_386401/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_386401/</guid>
		<description><![CDATA[&nbsp; 　2025年5月にX Japnaのhide生誕60周年を祝うライブがhide with Spread Beaverによって開催された。hideはX（※現X Japan）のギタリストとしてデビューしてから瞬く]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>



<p>　2025年5月にX Japnaのhide生誕60周年を祝うライブがhide with Spread Beaverによって開催された。hideはX（※現X Japan）のギタリストとしてデビューしてから瞬く間にトップアーティストになり、1998年に亡くなってからも、いま現在でも強い人気と影響力を持つ。27年振りとなる最新アーティスト写真が公開され、フォトブックが発売されるなど、まだまだ話題が尽きない。</p>
<p>　そんなhideの生前に、才能を見いだされたロックバンドがいる――shameだ。</p>
<p>　shameは1999年にメジャーデビューし、人気ロックバンドへと成長するも、紆余曲折を経て解散となる。しかしその後は限定復活をし、不定期でいま現在でも活動している。そんなshameのボーカル/ギターであり、バンドの中心人物であるCUTTはKIBAと親交があるという。</p>
<p>　今回はKIBAとCUTTという、Gargoyleとshameは音楽的には混じり合いそうでもあるが、混じり合いそうにもない両者の対談をお送りする。</p>
<p>――CUTTさんがやられていたような音楽とGargoyleは全然違うと思うのですが、２人の接点はいつからになるのでしょうか？</p>
<p>KIBA：30年くらい前に大阪のNHKでFMのラジオをやっていて、内容はわりと自由にやらしてもらっていたんです。ある週、ぼくが大阪でずっとお世話になってたライブハウスBAHAMAの、いま頑張っている人たちにスタジオに来てもらって音源を流して話すという企画をして、当時shameをやってたCUTT君が来てくれたのが最初だったかと思います。</p>
<p>CUTT：そうですね。</p>
<p>KIBA：でもその前に、BAHAMAでshame自体は観たことあったんですよ。</p>
<p>CUTT：本当ですか？</p>
<p>KIBA：BAHAMAの方から、すごく良いバンドあるよ、って教えてもらったんで観てたんです。</p>
<p>――ちなみにCUTTさんはGargoyleを観たことがあったんですか？</p>
<p>CUTT：ライブに伺ったことはなかったんですけども、もちろん存じ上げていました。ぼくの少年時代のバイブルは『ロッキンｆ』（現『WeROCK』。主に日本のヘヴィメタルやヴィジュアル系バンドによるロックを中心とした音楽雑誌）でして、『ロッキンｆ』と言えばGargoyle、X（※現X Japan）、COLOR（※大阪出身のヴィジュアル系パンクロックバンド）、そういう時代でしたから。</p>
<p>　しかし今仰った、我々のライブを観に来てくださってたことは知らなくって、そのとき多分ご挨拶してないですもんね。あんまり面白くなくて帰りはったんじゃないですか(笑)</p>
<p>KIBA：いやいや、ちゃんと観て「あー、こんな感じなんだな」と思って。</p>
<p>CUTT：よかった（笑）。なので、ぼくはラジオのときが、生のKIBAさんとしては初めてという感じでした。やはり「憧れの」という感じです。</p>
<p>――第一印象はどうでしたか？</p>
<p>CUTT：まだ当時はラジオのスタジオの空気とかにも慣れていませんし、30年くらい前だからぼくもまだまだ若くて、やっぱり先輩のバンドってことになると、怖いんじゃないかっていう……。若手バンドがそのとき、３バンドくらいとかですかね？</p>
<p>KIBA：３バンド。各バンド１人。</p>
<p>CUTT：なのでぼくらの方に数的有利はあるとは思ったんですが（笑）、それでもかなり恐る恐るというか緊張しながら行ったんです。でもすごく優しく接してくださって。shameの『Doll』（2000年発売の3rdシングル『Forget,Forgive』のカップリング）という曲があるんですが、自分たち的には結構ポップな音楽性にツーバスのメタルみたいなドラムが絡んでるっていうところにオリジナリティを見出していたわけですけども、その曲を「すごく良い！」って言ってくださって、とても自信になったことを覚えてます。</p>
<p>――KIBAさんとしてもその当時のshameの音楽はGargoyleとはまたちょっと違った音楽性だったと思うのですが、どのような印象だったのですか？</p>
<p>KIBA：『Doll』も良かったんですけど、『GOOD－BYE』（1999年発売のデビューシングル）っていう曲があって。それをBAHAMAで聴いた時に「これ、何かのカバーかな？」って思ったんですよ。メロディが自然に入って来て、一回で覚えてしまって。そしたらオリジナルだと。すごいなーと思って。</p>
<p>当時から歌も上手かったですから、アマチュアのちっちゃいライブハウスのレベルで歌が上手い人ってやっぱり目立つんですよ。それもすごいなって思ったけど、ぼくの最初の印象としては「すごく良いな、曲が」って感じですかね。</p>
<p>――その当時って、shameは結構大きなバンドになっていた頃ですか？</p>



<p>CUTT：いや、全然ですね。ワンマンはBAHAMAさんで毎月やらせていただいていましが、フロアが満杯になるという感じでもなかったです。でも始めたころに比べるとちょいちょいお客さんは入ってくれはるようにはなっていましたね。</p>
<p>　当時のBAHAMAは年越しのオールナイトライブをやっていて、そこに出られるようになった時にはちょっと成長したなっていう感覚がありました。そのイベントに出られるとBAHAMAから認められたみたいな風潮があって。</p>
<p>――さきほど『ロッキンｆ』の名前が挙がりましたが、それこそGargoyleとかX Japanのようなハードな音楽性にはバンドとしてはいかなかったんですか？</p>
<p>CUTT：それは、そうですね。KIBAさんはオリジナリティーということに対してすごく敏感だと思うんですけど、ぼくもぼくなりに当時敏感でいました。ここはちょっと現在の自分がもろ手を挙げて若き日の自分に賛成できないところなんですけど、自分が好きなハードな音楽をそのままやってしまうと、それはオリジナルじゃないじゃんっていう思いがあったんです。</p>
<p>　当時はNIRVANA(※米国のロックバンド。オルタナティヴ・ロック、またはグランジの先駆者として知られている)とか、いわゆる、オルタナティブのムーブメントがアメリカとかで流行ってちょっと経ったくらいの時代でした。日本にもその後Dragon Ashとかミクスチャー・ロックの波が来ますけど、まだ来てない時代だったので、自分たちのオリジナリティーを見つけるとしたらそこかなと考えて、オルタナティヴな音楽性に進みました。</p>
<p>　ボーカルって、自分が持って生まれたものをベースに戦うしかない中、やっぱりハイトーンが出ないとハードな音楽の中で、音量・音質的に不利なんですよね。KIBAさんはKIBAさんのボーカルスタイルでそこを打破されてるわけですけれども、ぼくはどういうボーカルスタイルが良いのかってなったときに、NIRVANAのカート・コバーンのような発声法が良いんじゃないかなと思ったんです。</p>
<p>　そうなってくると音楽性もそこに準じたじゃないですけど、やっぱり日本で音楽する上でメロディーとか歌詞の内容とかっていうのは避けて通れないので、総合的にそれらに応じられるジャンルとなると、オルタナティブ・ロックみたいなところかなと。</p>
<p>　あと、兄貴がドラマー（現・落語家 桂りょうば。ドラマーとしてはグルグル映畫館などでも活躍）なんですけど、彼は速いのが叩きたければ、全く関係ないところでも速いフレーズを入れてくるっていう困った（笑）メンバーだったんですが、それはそれで１つの面白い形として成立していたのかもしれません。当時はそこまで分析的に考えてはいませんでしたが。</p>
<p>――最初にご自分がボーカルを選んだ理由とかってあったんですか？</p>
<p>CUTT：歌うのが子供の時からすごく好きだっていう気持ちはあったんですけども、もともと漫画家になりたくて。KIBAさんもそうじゃなかったでしたっけ？</p>
<p>KIBA： ぼくも絵描いたりは好きだったんですけど、元々は映画監督になりたかったんです。</p>
<p>CUTT：あ、なるほど！　ぼくも子供のとき、物語が作りたくて。子供のときってその頃の自分のヒーローを真似しますよね。ぼくにとってのその当時のヒーローって藤子不二雄先生だったので、藤子不二雄先生みたいな漫画を描くんだ！ みたいな感じで。</p>
<p>KIBA：CUTTくんが描いた『忍者ハットリくん』をどっかで見たことあるけど。</p>
<p>CUTT：どうでしたか？</p>
<p>KIBA：さして上手くはなかった（笑）</p>
<p>CUTT：そうなんですよ、問題はそこなんですよ（苦笑）。 KIBAさんの優しさで「さして上手くはなかった」って言ってもらいましたけど、本当のこと言うとひどかったんです（笑）。</p>
<p>　物事ってプランするフェーズとそれを表現するフェーズがありますよね。で、プランするフェーズは漫画を描くのにおいてもすごく好きだったんです。ただそれを表現するフェーズってなってくると、漫画家ってかなり孤独な作業じゃないですか。下書きして、ペン入れして、そこは許すけど、消しゴムをかけるという、そこにクリエイティビティを見出せなくて（笑）。消しゴムは誰がかけても一緒ちゃうかな？ っていう気持ちがあったんです。今から思えば消しゴムかけのアートがあるかとも思うんですけど、そこまで考えが至りませんから。それに比べて音楽は表現するときも作曲するときや作詞するときも楽しいけど、表現するときも毎回楽しいじゃん！ っていう、そこに大きな違いを感じて、音楽がいいなっていう風に思いまして。</p>
<p>　もともとギタリストで始めたんですけれども、こんなこと言うとちょっと語弊がありますが、ボーカリストって一番責任が取れるパートだと思うんです。どうしても矢面に立ちますし、自分のやりたいことなんで、自分が責任とれた方がいいなっていう気持ちもあってボーカリストがいいなと。なので高校の時に組んでたバンドはギタリストだったんですけど、プロを目指すとなると、自分がボーカルをとるべきだと思ったんです。</p>
<p>――今のその「責任を取る」ということに対しては、KIBAさんもそういう風に感じられますか？</p>



<p>KIBA：責任を取る……。ちょっと、一緒かどうかわからないですけど、ずっとぼくは歌い手としてGargoyleをやってるじゃないですか。ここでできないことは他のどこに行ってもできないだろうなって感じてるんです。ボーカリストをやらせてもらえる立場っていう感じで。</p>
<p>　Gargoyleをやれるのであれば、メンバーが辞めようがどうしようが、ボーカルなんだからぼくはここで歌っていればいい、みたいな感覚で。それが責任かどうかは分からないですけど、自分では近い気がします。だから他の人が辞めても気にならない。気にならないという言い方は変だけど、だったら辞めるとはならないです。</p>
<p>CUTT：なぜKIBAさんがいま１人でGargoyleをやられているのかは、ものすごく共感するというか、自分なりに理解ができる気がしています。</p>
<p>これまでのKIBAさんの軌跡を一端でも拝見していると、表現活動をとても誠実にやっていらっしゃるじゃないですか。ぼくがさっき言った責任というワードも、いろんな尾ひれがつく可能性がありますが、いま１人でやられているということが、表現としての責任を取っているという感じがするんです。</p>
<p>例えば人によっては、これはGargoyleじゃない、って言う人もいるかもしれないけど、でも、これがGargoyleなんですよ、って言えることで責任が取れるというんでしょうか。</p>
<p>KIBA：なるほど。例えば、古い曲は歌いません、みたいなのはないですし、これまで自分がやってきたことや、いまいる場所もそうで、やれることを全部やってきた感じはするんです。ネガティブに考えると、他ではできないだろうし、できなかったとも思うし。ここでやれることを全部ずっとやってきたんだから、ぼくはそれで良いんじゃないかなと考えていますね。それがCUTT君のいう責任かもしれない。</p>
<p>――少し突っ込んだ質問になりますが、１人になって、あれはGargoyleじゃない、みたいな声みたいなのは届いたことはあるんですか？</p>
<p>KIBA：どうでしょう……ぼくはあんまりそういうの見ないんで。嫌な意見とか、汚い言葉を見ると目が汚れるから。</p>
<p>――CUTTさんは現在どういった音楽活動をされていますか？</p>
<p>CUTT：今は活動としてはソロがメインですが、バンドもやっています。</p>
<p>KIBA：それはどれ？　宇宙人のやつ？</p>
<p>CUTT：そうです！　SPEED OF LIGHTSという宇宙をテーマにしたバンドをキーボーディストの長﨑祥子、ドラマーの山本淳也とやっておりまして、近年の活動はあまり活発ではないですが、来年は結成十周年なので記念のイベントをしたいと考えています。</p>
<p>　ソロの方は基本的にライブを東名阪でやっているのと、配信ライブやバラエティ的コンテンツも含めたYouTube動画などオンラインでの活動に力を入れています。音楽活動ではないですが、大学生活を綴ったブログを書いたりもしています。</p>
<p>KIBA：shameはやらない？</p>
<p>CUTT：今年久しぶりにやります！</p>
<p>KIBA：KOSYO（※shameのベーシスト）はどうしてる？</p>
<p>CUTT：KOSYOもおかげさまで元気にしています。2年前のライブでもバキバキに現役のベースを弾いてくれました。</p>
<p>KIBA：他の2人とは会うもんね、ちょこちょこ。</p>
<p>CUTT：そうですね。やっぱり一番多感な時期に作ったshameの曲は特別なものですし、デビューの時から応援してくださっている方や、SNSを通じてshameをやってほしいっていう声も頂くので嬉しいです。</p>
<p>KIBA：コロナの時に一緒にやったよね。</p>
<p>CUTT：はい、コロナの時に。初期の頃でしたっけ？</p>



<p>KIBA：確か。無観客ライブじゃなかったっけ。配信をライブハウスでやってみます、みたいなのの最初のやつだったかと。</p>
<p>CUTT：そうでした！<br />
ちょうどデビュー20周年っていう、その大半は活動していないのに詐欺みたいな話なんですけど（笑）、それを機に活動を再開させた時にご一緒させていただいたんですよね。</p>
<p>――その時に無観客でやるって、CUTTさんはミュージシャンとしてどういう気持ちでした？ KIBAさんは以前のインタビューで無観客ライブについては、これが続いていたらバンドを続けられなかったかもしれないと言っていましたが。</p>
<p>CUTT：ぼくはその時は結構やりやすかったですね。KIBAさんとお話しさせていただいていて、勝手にこういうところに共通点があるなと思わせてもらうことも多いんですけど、それがゆえに違うところも顕著に感じます。</p>
<p>例えばライブハウスのエネルギーだとか、お客さんとのエネルギーの交換みたいなところっていうのは、ライブの醍醐味だとは思うのですが、逆にお客さんが目の前にいないライブも、自分としては表現として結構ピュアに感じたし、その方向が好きな自分もいるんです。なので自分にとってはそれはそれで面白い体験でした。何かが足りないっていう気持ちはあまりなかったですね。shameの楽曲は内向的なものも多くて、自分たちの中から出るものをそのまま表現したいという気持ちが強いのかもしれません。</p>
<p>KIBA：いまの話を聞いていると、CUTT君は「100点だと気持ち良い」みたいな感じじゃない？</p>
<p>CUTT：ええ。</p>
<p>KIBA：ぼくは「何とか120点にならないかな？」と思ってやってるタイプなんですよ。人によっては50点でもいいけど、自分では120点って感じたくて。そのためにはお客さんが必要なんですよね。自分だけでは100点しか目指せないっていうか。客席と一緒にガーっとなった瞬間に「あっ俺いま120点！」みたいに感じることがあって。それはお客さんがいないと、ならない気がします。その感じがぼくの持ってる武器や魅力の１つかはわからないけど、それに近いものなんじゃないですかね。</p>
<p>CUTT：KIBAさんって、楽しむっていう姿勢というか、この連載の以前の記事で「楽しいことやります」みたいなセリフが最後にありましたよね。１つの言い方をするとKIBAさんって自分以外の世界、外部に対しての信頼が実は根底にあるんじゃないかと感じるんです。お客さんと一緒に何らかの作用を生んで、120点にしてやろうみたいな。それがKIBAさんの表現に通底しているところがあるような気がします。</p>
<p>　これまで拝見してきたKIBAさんの表現で自分が感じてきたことが、ライブ中の瞬間の不確定な因子をプラスに作用させて、120点を出したいと思っている、と今仰られたことで納得できました。</p>
<p>KIBA：ぼくは自分が楽しむかどうかが、重要だと思うんです。例えば、他のバンドを観に来ているお客さんも、基本的にライブハウスに楽しみに来てるんで、そこがまず繋がればお互い絶対楽しめると思うんです。嫌な目にあいたいと思ってライブハウスに来てる人はいないしね。</p>
<p>　例えば、幸せって感覚って、あるとき向こうから勝手にやってくる感じがするんですね。「あ、俺いま何か幸せだわ」みたいな。でも、楽しいっていうのは逆に自分でつかみに行かなきゃいけないものじゃないかと思うんです。</p>
<p>CUTT：なるほど。</p>
<p>KIBA：こうやったら楽しいんじゃないか？ とか、それを自分で探して。ライブ観に行こうもそう。だから、ライブハウスに来る人、その楽しみをつかみに来てる人、つかみたいと思ってる人と繋げれたらいいなと思うんです。</p>
<p>CUTT：幸せは向こうからやってくるが、楽しさは能動的につかみにいくものである。勇気の出る言葉ですね。ぼくももっと積極的に楽しみをつかみにいったり、つかんでもらったりしたいと思いました。<br />
（文・構成=Leoneko、撮影＝石川真魚）<br />
<br />
※後編に続く</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:50:34+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/05/0061s.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2000" height="1329"><media:description type="plain"><![CDATA[CUTT]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x CUTT インタビュー後編 ― 自分で自分に良いと思えるものをやっていきたい</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_388320/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_388320/</guid>
		<description><![CDATA[　インタビューの後編（KIBA x CUTTインタビュー前編はこちら）は、現役大学生でもあるCUTTのプライベートとパーソナリティに迫る。 ――KIBAさんは基本的にはほぼGargoyleのみをやってきてるじゃないですか]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　インタビューの後編（KIBA x CUTTインタビュー前編はこちら）は、現役大学生でもあるCUTTのプライベートとパーソナリティに迫る。</p>
<p>――KIBAさんは基本的にはほぼGargoyleのみをやってきてるじゃないですか。CUTTさんはshame以外も多くの活動をされていますが、このKIBAさんのような１つのバンドをやり続けるミュージシャン像っていうのはどう思われますか？</p>
<p>CUTT：いや、やっぱり素晴らしいなと思います。Gargoyle、それにTHE ALFEE。</p>
<p>KIBA：THE ALFEE好きだよね。</p>
<p>CUTT：THE ALFEE大好きですね（笑） しかし僕自身ではなかなか一つの形態だけを続けられなくて、これまで周りに迷惑をかけてきてしまったところなんですけど、先ほどの楽しいものをつかみに行くっていう点で言うと（※前編参照）、現状を捨ててつかみに行ってしまうことが多いんですね。なのでshameを2002年に解散したときも、打ち込みとかに特化した音楽をやりたくなって、今思えば並行してソロでやれば良かったんですけど、変な潔癖症というか、自分の100%を一つのことにつぎ込みたいという気持ちがあったので、じゃあshameは解散してソロでやるんだってつかみに行ったんです。そうすると、また新しく楽しそうなのが外で見つかるんですよね。今度は２人でやってみたいってなったりして。</p>
<p>KIBA：ORCA（※オルカ。CUTT/前田一人と百田瑠衣のツインボーカルユニット。2004年にメジャーデビュー）ね。</p>
<p>CUTT：そうです、ORCA。そしてその後またshameを再結成したりとか、若気の至りといえばそうですが、自分の楽しいことを好き勝手やってきてしまったんですよね。自分としては自分のやりたいことをやるというのが表現者として誠実であると思ってやってきたのですが、いまはそれが音楽じゃなく大学に行くっていう、訳の分らんところまで行ってしまっていて（苦笑）</p>
<p>――大学に行くきっかけはなんだったのですか？ 英語がかなり堪能と聞きました。</p>
<p>CUTT：娘が大学を受ける年になった時、英語だったら教えてあげようかと思って彼女の受験勉強を覗いてみたんです。そうしたら娘が世界史の勉強をしてたんですね。ちょっと見てみたら資料集とかも、最近の資料集はよくできていて、めちゃめちゃ面白くて読むのが止まらなくなったんです。</p>
<p>　僕は時々そういう風にダーっと没入しちゃうことがあって、そのときも資料集を16時間くらいぶっ続けで、ずっと同じポーズで読んでしまって（笑）、運命的なほど世界史にハマってしまったんです。</p>
<p>　それでただ趣味として世界史を勉強していたら、ある人から「慶応大学を受験してみたら？」って言われたんです。大学に行ってみたいっていう気持ちはこれまでもあったんですが、さすがに40歳を超えて行くと思ってなかったですし、次の人生っていうのがもしあれば、もし輪廻転生があれば、次の人生で行こうかな？みたいな、そういう感じで思ってたんですけど、不意にそういう選択肢が出てきたときに、この人生でやってみても面白いかもしれないと。あとは47歳になって娘と同級生になって同じ大学行きますっていうのは単純にある程度の話題性もあるとあるんじゃないかと、そういう邪な気持ちもあって（笑）、行こうかなって思った感じですね。</p>
<p>――文学部ですよね。</p>
<p>CUTT：文学部です。無事二年生になりました。</p>
<p>――大学生にあるような飲み会とかも行ったりするんですか？</p>
<p>CUTT：実はサークルに所属しておりまして。</p>
<p>――何のサークルですか？</p>
<p>CUTT：一番メインでやってるのはビートルズ研究会。</p>
<p>――ビートルズ研究会……。</p>
<p>CUTT：今ちょうど、新歓の時期でして。１年生をたくさん入れたいという代表の熱意に応えて、ぼくもフライヤー作ったり、新歓のライブとかにも出させてもらったり。おかげさまで音楽っていう意味においても学業においても、本当にいい友達ができました。これはかなり傲慢な言い方になりますけど、ぼくからはギャップを感じることがあんまりなくて。向こうは感じているかもしれないですけどね（笑）。ビートルズ研究会の代表と飲みに行ったとき「本当、別に敬語とか使ってくれなくていいからね」って言ったら、「それはさすがに無理っす」って言われて、そりゃそうだよねってなりました（苦笑）</p>
<p>――２倍くらい年齢差ありますもんね。</p>



<p>CUTT：そこは逆のハラスメント、タメ口ハラスメント、タメハラになっちゃうんで無理強いしません（笑）。ですが例えば考えてることとか、ぼくが成長していないだけなのかもしれないですけど、やっぱり同じようなことで悩んでいるんですよね。</p>
<p>――同じような悩みっていうのは将来についてだとか、音楽についてとかですか？</p>
<p>CUTT：音楽に関しては、30年も経つと流行りが一周するのか、90年代の音楽が結構流行ってるんですよね。なので、僕が10代の頃に好きだったOasis（※イギリス出身のロックバンド。総アルバム売上枚数が7000万枚以上を記録している。2009年に解散するも、2024年に復活）とか、Nirvanaとかが好きな子もめちゃくちゃ多いです。ビートルズ研究会と言えど、イギリス生まれの音楽だったら結構OKみたいに縛りが緩くて。もちろん70年代とか60年代の音楽が好きな学生もいますけど、メインが90年代の学生も多いですね。トレンドがちょうど一周したところに乗った感じがありまして、そこでギャップはあんまり感じませんでした</p>
<p>　この世の中って何なんだろうみたいな漠然とした疑問って、特に若いときのほうが抱きやすいのかもしれないですけど、それをまだぼくも抱いてしまっているし、彼らが持つ実存的な悩みだったり、恋の話を聞いたこともありました（笑）。30歳年下から「前田さんの意見が聞きたい」とか言われて、「参考ならんやろ」と思いながらも、でもやっぱり時代を超えて同じような悩みを抱いてるんですよね。</p>
<p>　人って年齢によってもちろん外側は変わっていくと思うんですけど、内側の内側っていうのは生まれたころから本当は変わってないのかもしれないなっていう思いを新たにしました。それはすごく良い経験でしたね。</p>
<p>――KIBAさんは今の話を聞いていて、Gargoyleを始めたころと、１人になったGargoyleの現在と、変化はあると感じますか？</p>
<p>KIBA：ライブに向かう気持ちはちょっとずつ変わりましたかね。自分でバンドに向き合っていく気持ちの中で、最初は自分を尖らせて、もっともっと尖らせて尖らせて、すごい小さな点を目指していって、そんな姿を観てほしいみたいな感じでした。</p>



<p>　それがたぶん４～５年したころに「これ以上尖らせるなら、田舎に行って自給自足とかしながら、やらないとリアルじゃないな」って自分で感じるようになったんです。普通に街中で便利な中で、いろんなものに囲まれて利用しながら生きているのに、これ以上尖った歌詞はリアルじゃない、と。なのでバンドへの向き合いかたの方を変えました。尖らせるというよりは広げるというか、もっと伝わるもの。それまではひとつだけ、一点を尖らせていた角を、たくさんに増やすというか。遠くから見ると丸く見えるかもしれないけど、その実、たくさん角がある多角形のようにしたくて。角が増えれば伝わるものも増えるはずだから、伝えてやりとりするようなライブやバンドをしたいなと思って。</p>
<p>　ちょうどそのころにメンバーチェンジもあったんです。それまではぼくの歌も含めて各個人が好きなことやって、それが嚙み合わない雰囲気も含めて面白いみたいな感じで始めたと思うんですね。でもメジャー期に急にメンバーが変ったので、これはみんな肩寄せ合わないと前に進めないんじゃないかって思ったんです。急に入ったメンバーに、「君は君で好きにやって。ぼくはぼくでやるから」って言っても、うまくいかないだろうし。だからみんなで一緒に暮らしたりしながら、ぼく自身も変わっていったと思います。でも１人になったことで変わったということはあんまり感じないですね。</p>
<p>CUTT：ぼくが初めてKIBAさんにお会いしたときからいまに至るまで、やっぱりKIBAさんもたくさん変えていらっしゃるところはあると思うんですけど、ぼくの好きなKIBAさんのエッセンスみたいなのはずっと変わっていないなっていう風に感じます。</p>
<p>　人ってどこをもって他者のエッセンスと感じるのかっていうのも、受け取り手次第なので、ぼくが好きなKIBAさんのエッセンスっていうのも、ぼくが勝手に思っているところだったりするのですが、今日久しぶりにお話しさせていただいて、やっぱりKIBAさんは変わっていらっしゃらないなって。</p>
<p>KIBA：心配しないでも、CUTT君のほうが全く変わってないです（笑)</p>
<p>――大学は卒業したらCUTTさんはどうされる予定なんですか？</p>
<p>CUTT：心理学を専攻しているのですが、それがすごく面白いんです。慶応の文学部の心理学って臨床よりも、基礎研究や実験に重きを置くんですね。その自然科学的なところが、すごく自分の興味や志向に合っています。かつ、自分が今後やっていきたい音楽においても心理学の知見は生かされるはずだという予感があります。大学院まで進んで、博士号を取りたいですね。</p>
<p>――ドクターまで進むんですか。</p>
<p>CUTT：音楽を志してこれまでやってきたのも、自分の心や、人の心を知りたいっていうのが、大きな目的としてあったんじゃないかなって感じていまして。なのでいま心理学を学びたいっていうところと、これまで音楽をやってきたっていうことは、自分の中では延長線上にあるというか、一致しているんですよね。なのでできるだけ追求したいと思っています。<br />
ただ、それで自分がどんな表現をして社会に貢献していけるのかっていうところはまだ定まってはいなくて。そういう意味においては、現役の大学生よりも将来が定まっていない状態かもしれないですね。</p>
<p>――音楽活動は続けていくわけですよね？</p>
<p>CUTT：そうですね、それはやはり自分のアイデンティティですし、自分にとってのセラピーでもあるので。</p>
<p>――大学のお友達はCUTTさんがshameだというのは知ってるんですか？</p>
<p>CUTT：僕に訊いてくれたり調べてくれたりして、知っている友達はいます。自分としては面白いなって思ったのが、若者にはどうもぼくが最近やっている音楽よりもshameの初期のようなロックな曲のほうがウケが良いみたいで。</p>
<p>――それは興味深いですね。</p>
<p>CUTT：面白いですよね。当時のぼくが抱えていた疑問とか悩みというのは現代の若者も抱えていて、共鳴するところがあるのかなって思うんです。ぼくが紹介したやつじゃなくて全然違うshameの曲とかをYouTubeで探してきてくれて。「前田さん（※本名：前田 一史）これがかっこいいと思うんです」って、ぼくの前で歌ってくれたりしました（笑）。それが自分の中では発見で。</p>



<p>KIBA：なぜ、こんな人が大学に行くという選択肢が当時なかったんだろうなって思いますよ。</p>
<p>CUTT：僕だけかもしれませんが、当時の大学のイメージって、いまより良くなかったんですよね。大学行っても遊んでるだけみたいな。なので大学に行くということが人生に真摯に向き合ってるように思えなかったんです。当時は自分の中から出てくるものこそが純粋なものだと考えていて、それだっていま思えば人は１人では生きてないので何らかの外部からの影響に過ぎないんですが、そこに重きを置いていたので、例えば歴史を学習するだとかというよりも、どちらかというと前の人がやってきたことを否定したいと思っていました、極端にいえば。否定って言うとあれですけど、違うことをやりたいと思っていたんです。</p>
<p>　しかし、いわゆる学びにおいての格言として、巨人の肩にの上に立つというものがあります。例えばぼくが全く外界からの情報無しに、連立方程式の仕組みを自分がゼロから作り上げたとしたら、自分にとってはすごい達成だと思うんですよ。ゼロから自分の力でなにかを作り上げたという意味で。でも、これって「車輪の再発明」って言うらしいんですけど、すでに人間社会には連立方程式はあるので、社会への貢献にはならないんですよね。だから学ぶのであれば先人が学んできたことを活かして、その続きから始める必要がある、と。</p>
<p>　それが、さっきKIBAさんがなぜ若いときに大学行かれへんかったと言ってくださいましたけど、その当時は分かっていませんでした。でも自分なりに学んだこの30年間があって、独学で学んだことって結局大学で教えてもらえることも多かったんですよね。だったら系統立てて教えてもらえるのはありがたいことであって。これからは巨人の肩に立って貢献することができないかなっていう風に、自分の目標をシフトし始めたという感じではありますね。</p>
<p>KIBA：いま大学に行くのはすごい、行きそう、って感じがする。</p>
<p>CUTT：そう感じますか？</p>
<p>KIBA：行きそうな感じがするっていうか、知ってる中ではCUTT君しかいないだろうから、いま行くの自体もなんか、らしいなっていうか、そんなにびっくりせんかった。またCUTT君が面白いことをやってるなってくらいで。すごく頭がいい人っていうのは最初から感じてたんで、高校出たときも別に行けただろうに、なぜ行かなかったんだろうなっていうのはきいてみたかったけど。</p>
<p>CUTT：ぼくが大学に行くって言って、KIBAさんが驚かなかったって言っていただけることは、理解してもらえているってことですから嬉しいですよね。</p>
<p>KIBA：実はこの対談シリーズの最初くらいにもCUTT君の名前が候補として出たんだけど、ちょうど大学に入った頃だったから１年くらい大学行ってからのほうが絶対話が面白いだろうと思って。ようやく今回誘ったのよ。</p>
<p>CUTT：ありがとうございます。</p>
<p>　そういえば、これちょっと話が脱線するんですけど、以前KIBAさんとお話ししていて、すごく「そうなんですよ」って思う大きな象徴的なことがあったんですよ。KIBAさんとどなたかのライブを一緒に観に行かせて頂いたことがあって、関係者受付で配られたセットリストにアンコールも含めて書いてあって、KIBAさんが「悲しいよね、アンコールまで書いてあるよ」って言わはったんですよね。ぼくはそこにすごく共感して。</p>
<p>　いまのアンコールは伝統芸能みたいな感じで、そこまで決まっていることも全然悪いとは思わないですけど、そのときの場が作った偶発的な奇跡であるべきだっていう気持ち、それを信じたい気持ちが音楽を生業にしていても持っていたいっていう思いがあって。KIBAさんはぼくよりも音楽を生業にしてものすごく先輩なわけですけども、その気持ちを強く強く持っておられるんだなあと嬉しくなりました。もちろん照明の設定とかいろんなことがあるんで、決まってるのは仕方がないんですけど、せめて隠してくれって思います。</p>
<p>KIBA： そうね、まさに。</p>
<p>CUTT：その感覚っていうのがKIBAさんの価値観をぼくがものすごく信頼しているところです。その意味において、ぼくは自分がやってきたソロのライブ、とくに弾き語りのライブとかっていうのは、自分の裁量でどうにでも変えていけるもので、「いまこういう気持ちになったから、この曲を歌おう」っていうのって、そのときにしかないものだと思いますし、だからこそ来てくださったお客さんもその日に来てくれた意味がきっとあるんだろうと思っています。</p>
<p>――CUTTさんの今後、ミュージシャンとしての目標というか、そういったものってありますか？</p>



<p>CUTT：ぼくもいつか死にますし、そうなったときに残るものを作りたいっていう気持ちがすごくあります。音楽というものを自分の生業にしているし、自分の肩書の一番上にもしていますが、それを続けていていいんだろうかって思う瞬間も、これまでの人生で何回もありました。でもそのたびに結局自分が得意なことや、持っているもので社会に貢献しようと思うとやっぱり音楽になってしまうんですよね。</p>
<p>　これからの目標としては音楽を活用した何らかの新しい表現が見つかれば一番いいと思ってるんですが、CDっていうメディアがだいぶ絶滅に近くなってきて、人の音楽を聴くスタイルが変わってきたっていうときに、ライブは変わらない１つの音楽表現としてありますよね。新曲を発表するやり方とかも当然変わってきていますし、アーティストとしての在り方みたいなのも変わってきています。ミュージシャンっていうことの定義が変わってきていると思うんですよね。</p>
<p>　その上で一番自分がやりたいことを言いますと、何か新しい、今後の規範になるような表現のスタイルっていうものを作れて、それがみんなが使えるフォーマットであって、そのフォーマットだけが残ってくれてもいいですし、そこで作った何かが残ってくれてもいいですし、何か残せるものを作りたいっていうのが一番の大きな目標ですね。ちょっとふわっとしてますが。</p>
<p>KIBA：いや、言ってることは分かる。深層じゃ、お子さんを残してるのも大きいかも。</p>
<p>CUTT：なるほど。</p>
<p>KIBA：なんかのときに「あなたのおじいちゃんはね」って絶対言ってくれる。</p>
<p>CUTT：そうかもしれないですね。ぼく、今日KIBAさんとお話しさせていただくっていうのでテンション上がって、いろんな事を考えてきたんです。最近は”この世”と”あの世”について、結構考えていまして。</p>
<p>　ぼくの解釈では言語っていうのは”あの世”のものなんですね。というか言語こそが”あの世”である。つまり、”この世”のものは実際に手に触れることができるもの、例えばこのイスは実際にここにあることは否定しようがないですよね。これは名前が付く前は”この世”のものですが、これを「イス」と呼んだり、いろんな言葉で名前を付けた時点で、ある種の霊的な価値が、ある種の”あの世”としての価値がここに加わるんです。</p>
<p>　このイスには機能があるじゃないですか、座るっていう。でももし座れなくなったときに、”この世”のとしての在り方は全く変わらないのにそのイスはイスであり続けられるのだろうか、と。イスとしては呼ばれなくなって「ゴミ」っていう風に呼ばれたときに、”あの世”に属する言葉で”この世”の実際にあるものの我々の認知が変わるわけですよね。そういう力を持っているのを”あの世”と呼んでいて、言語が”あの世”を司るものであろうと。</p>
<p>　この世のものって残らないじゃないですか。”あの世”に属するものが残るもの、永続できるものなんです。ライブの瞬間って残らないですよね。これは”この世”のものだから尊いとも言えます。同時に作品っていうのは”あの世”に属すので、残っていきますよね。今日お話しさせていただいて、その上でKIBAさんはこの世のものを楽しんで、この瞬間を生きていらっしゃるということをすごく感じたんです。</p>



<p>KIBA：ぼくは今の表現で言うと、あの世はもういいです。途中やっぱり残すことについて考えた時期もあったと思う。ぼくの中であの世に続くものが何かほしい、と。自分という、思いがこもったもの、残っていってほしいっていうのがあったけれども、いまはね、ぼくがこの世を楽しみたいっていうこと以外はどうでもいいんやと思ってる。もう死ぬのも近いからね。近いって言ったら変だけど。</p>
<p>CUTT：若い頃に比べたらってことですよね。</p>
<p>KIBA：そう、そんなに手が届かない所にいないから。ちょっと駆け足をしたらすぐ。</p>
<p>CUTT：ぼくもそう感じますから。</p>
<p>KIBA：ぼくは、俺が死んだ瞬間に地球が爆発しても別にいい、関係無い、くらいに思ってるから。ぼくがいる間にやれることをやれれば、それでいい。それが仮に残ったら、勝手に残ってろとは思うけれど、そこはぼくにとってはどうでもいいことなんです。ただぼくはその時までの間は、なるべく自分で自分に良いと思えるものをやっていきたい。<br />
（文・構成＝Leoneko/撮影＝石川真魚）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:49:56+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/06/kibaxcuttv201.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1200" height="800"><media:description type="plain"><![CDATA[CUTT x KIBA]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x RYO 対談 前編 ～ライブの魅力に憑りつかれている</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_392897/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_392897/</guid>
		<description><![CDATA[　2025年8月11日にGargoyle5959名義で、Gargoyleのアルバムデビュー時の初期メンバー、KIBA(vo)、屍忌蛇(Gt)、TOSHI(Ba)、KATSUJI(Dr)でライブするというファンにとってはた]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　2025年8月11日にGargoyle5959名義で、Gargoyleのアルバムデビュー時の初期メンバー、KIBA(vo)、屍忌蛇(Gt)、TOSHI(Ba)、KATSUJI(Dr)でライブするというファンにとってはたまらないイベントが開催された。高田馬場CLUB PHASEという決して狭くないライブハウスでの開催であったのにも関わらず、用意された300枚弱のチケットはたった20分強で売り切れてしまうほどのプレミア化した。ライブMC中に、「軽い気持ちだったのに大変なことになってしまった」「武道館でもいけたかもな」などと冗談のように笑いながらも満更でもなさそうな発言も飛び出すなど、アンコール含めて全18曲という演者もファンも大きな熱狂に包まれた一日となった。</p>
<p>　Gargoyleのデビューを1stアルバム『禊』とするなら1989年となる。このほぼ同時期にデビューしたバンドにBY-SEXUALがいる。</p>
<p>　彼らは1990年シングル「SO BAD BOY」でデビュー。当時はなんと全員が未成年だったというから驚きだ。派手なヘアスタイルにポップでパンキッシュなスタイル、そしてキャッチ―だけど彼らにしかない独特の曲調で映画『幕末純情伝』の主題歌を担当するなど、大きな人気を得た。</p>
<p>　音楽ジャンルもステージスタイルも異なる両バンドであるが、いまはその中心人物のRYOはKIBAの別バンドである夷狄のメンバーとしても活動している。今回はそんな縁からKIBAとRYOの対談が実現した。</p>
<p>――お2人の出会いを教えていただけますか？</p>
<p>KIBA：BY-SEXUALがデビュー前に、ライブハウスの紹介で挨拶した程度はあったんですけど、その後ずいぶん経ってからPt.（プラチナ）の頃、ライブハウスの楽屋で初めてちゃんと喋ったよね。</p>
<p>RYO：そうですね。表参道のライブハウスですね。</p>
<p>KIBA：ただ、そのときはBY-SEXUAL やZIGZOとかをやっている人だっていうのを知っていたくらいで。個人的にというか、じっくりしゃべるようになったのはtest-No.とGargoyleがCHICKEN GEORGEでやった時の、打ち上げでだと思う。すごい人で、面白い人だなぁと思って、RYO君に興味が湧いたんです。それからは、いろんな機会があったらまず誘っているというか。</p>
<p>RYO：ありがとうございます。僕はKIBAさんとは表参道のライブハウスで声かけて頂いたのをきっかけに話すようにはなったんですけれども、もちろんKIBAさんがおっしゃったBY-SEXUALの頃、自分がバンドやり始めたころで、大阪でGargoyleというバンドの存在はもう存じ上げていました。初めて声かけていだたいたときの感想としては「なんて理路整然とした人なんだろう」と。すごく落ち着いた大人のバンドマンを感じました。</p>
<p>――BY-SEXUALとGargoyleで対バンしたことはないのですか？</p>
<p>RYO：その当時はやってないですね。</p>
<p>KIBA：やってないです。GargoyleはBY-SEXUALとジャンルが違ったのもあるし、BY-SEXUALは早くにメジャーで東京に行って、僕らや周りにいるようなライブハウスで地道に活動しているというよりかは、いきなり大きい場所にバッと行ったっていうイメージでした。</p>
<p>RYO：大阪のライブハウスでライブ活動はしていましたが、活動拠点がズレていました。</p>
<p>――BY-SEXUALがメジャーデビューに繋がるきっかけは何だったのですか？</p>
<p>RYO：とあるライブハウスで対バン形式のライブをやったとき、その対バンのデビューが決まっていたんですよ。そのバンドを見に来ていた事務所の社長さんから「君らちょっとこの後一緒に焼肉でも食べないかい？」みたいな感じでお誘いいただいて、それきっかけですね。</p>



<p>――RYOさんはギターの他にボーカルもされますが、KIBAさんをボーカリストとしてどうみられていますか？</p>
<p>RYO：夷狄(いてき)というバンドを一緒にやり始めてからの話になりますが、KIBAさんのあの独特な声が、音楽やバンドでのキャラクターを作っていくんだなって感じましたね。声こそが、アーティスト自体の性格すらも決めるんじゃないかなと。</p>
<p>――夷狄ではRYOさんも曲作りをされていますが、KIBAさんは何か感じることはありますか？</p>
<p>KIBA：僕はGargoyleしかバンド経験がないので、Gargoyleのやり方しかわからないけど、Gargoyleの場合は曲を作るときに、どんな曲を作っても僕が歌えば面白くするだろう、みたいな信頼があるというか、そういう前提で作ってるんですね。</p>
<p>　RYO君と作る時は僕の声でこういうのを歌うと面白くなるじゃないか？ っていう自分の使い方を周りの人が考えてくれるというか、RYO君のほうでも考えてくれてるよう感じてます。その辺りがちょっと違う感じがしますね。僕の歌とか、声とか、そういうのにRYO君が興味持ってくれてる感じが違うっていうんですかね。KIBAさんがこのタイプの曲を歌うと、こうなるだろうから面白い、とか想像しながら作ってくれてるのを感じますね。Gargoyleの場合は、僕の声や歌に興味というより、前提として当たり前にあるものだから。</p>
<p>RYO：確かにそうですね。でもKIBAさんとの作曲では、詞が先行したのが衝撃的でしたね。「こういう歌詞を書いたから、曲を作ってくれないか」みたいな。</p>
<p>歌詞を見て、曲を書くという事をやったことがなかったので、歌詞を何度も読み返す中で言葉の中にリズムを見つけて何となく雰囲気にコードをつけて、メロディーになっていくその過程とかがものすごい新鮮で、初めての経験でしたね。</p>
<p>――作曲する側としては歌詞がない状態から作るのと、ある状態から作るのと、どちらがやりやすいのですか？</p>
<p>RYO：やりやすさ自体は曲が先ですかね。ギターフレーズありきでずっと曲を書いてきているので、そのほうが自分的には得意なんだろうなとは思います。歌詞に曲をつける、ギターを付けるみたいなことが初めてだったんですよ。難しい、簡単というよりも、「こんな作り方もあるんだな、そりゃそうだな」と気づかせてもらえるような瞬間でしたね。</p>
<p>――夷狄にRYOさんを誘った理由は何ですか？</p>
<p>KIBA：夷狄に誘ったっていうより、最初は「何か一緒にやらない？」みたいな感じでした。当時test-No.とGargoyleとが、ライブを結構頻繁にやり出していた時期で。僕の周りにいるハードロックだったり、メタルっていうのを下敷きにしたギタリストとは違うタイプで、ステージもかっこいいし、話してても面白い。ギターのスタイルだったりとか、プレイとか、パフォーマンスとか含めて、僕はこういう人とやったらどうなるんだろうなっていう興味がすごくあったんですよ。</p>
<p>　一緒にやりだしてからは、音楽に向き合う姿勢とかも僕の周りにないタイプだったし、音楽を愛する気持ちも、すごい感じて。それを溢れさせて生きてるというか、周りにも振りまいて生きてる感じとかが、すごい素敵だなって思ってます。</p>
<p>――音楽に向き合う姿勢という言葉が出ましたが、RYOさんもKIBAさんもデビューされて、お時間かなり経っています。デビュー時と今って音楽をやることに対する、考え方が変った部分とか、変ってない部分とか、ありますか？</p>
<p>KIBA：たぶん全然変わっているんだろうと思いますよ。</p>
<p>RYO：変わっているとこもあるだろうけれども、何も変わってない部分もあるから続けているような気がしますね。</p>



<p>――変わってない部分っていうのはどの辺りでしょうか。お二人ともキャリアは30年クラスですが、今でもステージに立つことは最高の楽しみみたいなところっていうのは変わらないですか？</p>
<p>KIBA：そこは変わらないですね。色んな人がいると思うんですけども、僕はステージに立って、ライブができるから、あの瞬間を味わいたいがために、ずっとバンドをやってるところもあります。</p>
<p>　変わらない面で言うと、音楽自体はもちろん好きですけど、音楽をやりたいというよりは音楽を使って自分を表現したいっていう気持ちが、僕には最初からあって、今でも変わっていないですね。ともかく音楽ってタイプじゃないので。自分を表現するツールとして、音楽をどう使えばいいのかなっていう風に考えているタイプで、そこは変わってないなと思いますね。</p>
<p>　変わったのは、以前はがっついていたというか。もちろん今でももっとやりたいとか、自分自身を上にあげていきたいという気持ちはなくならないし、減ってもないんだけど、昔はがっつく気持ちのほうが先走ってたとこもあったと思う。今はそれをやることで自分の人生をどういう風に楽しめるかっていう事のほうが重要になったってことですかね。</p>
<p>――RYOさんはどうでしょうか？</p>
<p>RYO：ステージに関してはバンドが好きで、仲間と一緒に音を出して何かを作り上げるっていうのがすごく好きで、音を一緒に出す、音を重ねる事が好きで、そしてその最終的な出口としてステージがあって、そのステージで作品だったり自分らが作ったものを演奏、表現する楽しみ、そしてなおかつステージで起こる本番ならではのマジックみたいなものが楽しくて、このためなら本当に何でもするみたいな感覚でステージに向かう気持ちは変わっていないですね。</p>
<p>　変わってしまった部分っていうのは特に自分ではあんまり分からないです。</p>
<p>KIBA：僕の感覚だとそのマジックに必要なのは、一緒に演奏する人と、お客さんだな。</p>
<p>RYO：うんうん、交えてですよね。</p>
<p>KIBA：マジックなんだけど、僕はその魅力にちょっと憑りつかれている部分もあるなと思ってて。その魅力を知っちゃったから、もっとそれを感じたかったりして、離れられない。</p>
<p>　配信とかだけで音楽をやっていて、人前でのパフォーマンスをやらなくてもやっていける人も、最近は多いと思うんだけど、それはそれですごいなと思ってます。あの魔力を感じなくても、やり続けられる人とは違う成り立ちで音楽をやっているんだろうなって。</p>
<p>RYO：感覚が違うんでしょうね。</p>
<p>――RYOさんも配信ライブ、無観客ライブみたいなものって好き嫌いで言うとあんまりって感じですか？</p>
<p>RYO：そうですね。それはそれなりに楽しいものではありましたけれども、やっぱり僕は、バンドの各個人としては満足するかもしれないですけれども、その集合体を一つの人格とするならば、その人格が無観客の配信ライブというものに満足はしないなという感覚はありますね。</p>
<p>　というのもやっぱり、お客さんとのコール&amp;レスポンスだったり、ライブハウスの人たちとの共同作業だったり、そういうのが全部重なったうえで、起こるマジックだったりするんです。その日にしかない空気感っていうのが最終的に出来上がらないっていうところが結果的にあるなと感じましたね。</p>



<p>KIBA：それはあれじゃない？ 発表会とライブとの違い。</p>
<p>RYO：あー、そうかも知れません。</p>
<p>KIBA：発表会ならそれでいいんだよね。でもライブっていうことになると、より良い演奏というよりはマジックみたいなものを観客の人も感じられるかどうかというか、そっちのほうが重要なんじゃないかな。</p>
<p>RYO：良いですね。<br />
（文/構成=Leoneko、写真=石川真魚）</p>
<p>後編に続く<br />
<br />
【CHAIN THE ROCK FESTIVAL 2025】<br />
日時：2025年8月27,28日<br />
場所：川崎CLUB CITTA&#8217;<br />
チケット：e+、ローソンチケット（Lコード：70015）、チケットぴあ（Pコード：299-751）<br />
SNS:公式X<br />
<br />
<br />
</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:49:01+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/08/6eac17ca42192ece8cbd330712d6558e-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1701"><media:description type="plain"><![CDATA[KIBA（L）、RYO（R）、 撮影-石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x RYO 対談 後編 ～自分でこれ以上やれないところまでやってやめれたら幸せだ</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_392923/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_392923/</guid>
		<description><![CDATA[※前編はこちら⇒KIBA x RYO 対談 前編 ～ライブの魅力に憑りつかれている ――現在GargoyleのメンバーはKIBAさん１人ですが、１人でGargoyleの名前を背負ってやっていく事をミュージシャン的な立場と]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>※前編はこちら⇒KIBA x RYO 対談 前編 ～ライブの魅力に憑りつかれている</p>
<p>――現在GargoyleのメンバーはKIBAさん１人ですが、１人でGargoyleの名前を背負ってやっていく事をミュージシャン的な立場として、RYOさんはどう思いますか？</p>
<p>RYO：結構、知り合って一緒にバンドもやるようになってKIBAさんとはつかず離れずで、定期的にずっと横で見ているような感覚では見させていただいてて。</p>
<p>KIBA：2人でアコースティックとかも時々やってたし。</p>
<p>RYO：はい。全てを知ってるわけではないですけれども、流れは横でずっと見てはいて、ステージに対する執着心とお客さんに対する責任感、そういったものがKIBAさんを動かしているのもあるだろうし、周囲でそれを支える様な事もあっただろうし。そういうのを横で見つつ、バンドマンとしてのパフォーマンス、岐路に立った時にどれを選ぶっていうのがとてもKIBAさんらしい答えをいつも出されるんですよ。なので、見ていて楽しいです。</p>
<p>KIBA：僕は１人になって、ダメになっていくなら、それはそれでいいと思ってるし。ダメになってできないなら、やめればいい。できるかもしれないならやってみたい。大変な状況なのは予想がついてたけど、困るからやめるとかね、大変だからやめるってもんでもないと思ってるから。</p>
<p>RYO：こうやったらできるだろう、っていうところもあるだろうし。</p>
<p>KIBA：そうだね。大変なんて多かれ少なかれ１人でなくてもあるものだと思うしさ。僕１人は残ってるんだから、何とかなるかな？と思ってます。</p>
<p>――BY-SEXUALはかなりカラフルでパンキッシュなイメージがあったと思いますが、あのコンセプトはどこからきたのですか？</p>
<p>RYO：あのカラフルさはメンバーが「髪の毛緑になってる！じゃあ俺、赤にしようかな？」みたいな感覚で、単純にその頃から悪乗りでどんどんあの感じになっていった感じですね。</p>
<p>――あれは美容院でやったんですか？　それとも自分たちでやったんですか？</p>
<p>RYO：基本自分でやっていました。今では髪染めるグッズは山の様にありますけど、その当時はなくて、何で染めるんだみたいなのを、調べるにも調べようがなくて、周りのバンドマンや知り合いに聞いてはそこに行って買ってみたいな感じではありましたね。</p>
<p>KIBA：僕もGargoyle初期は紫だったんだけど、それはいつもね、パンクショップで粉のやつを買って。ツアー中もその粉を持ち歩いてて、それで染めたりしてましたね。</p>
<p>――Gargoyleのバンドコンセプトはどう決めたのですか？</p>



<p>KIBA：当時はヘビーメタル、ハードロック、ムーブメントみたいなのがあって、ちょっと後で、スラッシュメタルのブームが来て、僕らもそれに近い音楽が好きなメンバーもいたから、そういう方向になっていったんだけど。僕の目から見た周りのバンドの人たちは、バンドTシャツに、黒いストレートのロン毛で、タイトめなデニムだったりとか、他の感じも、ちょっと言い方はわかんないけども、外国のそういうバンドの格好を真似てるよう見えて、日本人が外人の真似をしてるってことだなって思ったんですよね。</p>
<p>僕はそれより外国人が見た日本人っていうかな、本当の日本とは違うかもしれないんだけど、そういう方が面白いんじゃないかなって思ったんですよ。視点を逆にして、外人から見た日本人のイメージです。よくよく見ると全然日本的じゃなかったりするんだけど、これくらい勘違いしてるんじゃないかなっていう感覚でやってました。</p>
<p>――BY-SEXUALはハードロック、ヘビーメタルというよりもパンクっぽさを感じますが、影響を受けたアーティストはいたのですか？</p>
<p>RYO： BY-SEXUAL始めた頃、その当時、僕個人はThe Toy Dollsが好きでした。</p>
<p>The Toy Dollsの何が好きって言うと、ずーっと16刻んでるようなギター、テンポが速くて、明るくて楽しいっていうのが好きです。The Toy Dollsみたいな音楽がやりたくてBY-SEXUALの曲を描いていたかというと、違うと思います。でも初期の曲はギターフレーズ的にかなり影響を受けていると思います。</p>
<p>――CDが売れなくなっていって、配信が音楽を楽しむ中心となりましたが、そこに思うことはありますか？</p>
<p>KIBA：どっちでもいいです。中身をどういう物を作るかってところがすごく重要なだけで、その外側のことは僕らが決められることじゃないでしょ。インターネットができたことによって、音楽以外の情報の発信も含めて変わってきたと思うけど、僕らが始めた時も、僕らの前より変った状態から始まっているはずですよね。だから、どの状態でもそれでやっていくものだと思ってます。</p>
<p>　ちょうどGargoyleの1stアルバム（※『禊』）が出る時に、まだインディーズはレコードで出すのが主流で、すごく売れたアーティストだけCD化される状況だったんです。でも僕らは音源を出すにあたって、そんなにたくさん売れて再販されることはないと思っていたから、CDっていうので始めから出してみますって、最初からCDにしたんです。でもCDが出てからよくよく考えたら、メンバーが誰もCDプレイヤーを持ってなかった（笑）　それで慌てて僕はCDラジカセ買いましたもん。それで音源をカセットテープに落として、最初は聴いてましたね。</p>



<p>RYO：CDであろうが、アナログ盤であろうが、結局カセットに落として聴いていましたもんね。</p>
<p>　僕もCDだろうが配信だろうがどっちでもいいし、どれが良かったとかも特にはあんまりないです。それは世の中が決めるものなんだろうなと。だけどやっぱり便利なのは絶対に今ですよ。その一方で、音に対するとらえ方が不便だからこそ、存在した感覚っていうのも、今思えばあっただろうなとは思います。</p>
<p>KIBA：そうね。昔だったら情報を得るのに本屋さん行って、音楽雑誌を立ち読みしたり、買ったり。</p>
<p>RYO：そうでしたね。</p>
<p>KIBA：みんなで読んだり。</p>
<p>RYO：初めて聞くバンドとかあったら、写真だったりロゴだったりを見て、どんな音なんだろうっていうのを想像して、ですよね。</p>
<p>KIBA：その雑誌に載っている白黒の小さい1枚の写真から、このメンバーがかっこいいから一回聴いてみたいみたいな時代で、そこの本屋さんに行くのさえドキドキしたりとか。</p>
<p>RYO：ありましたよね。</p>
<p>KIBA：今で言うとライブハウスに行く過程とかには残ってるのかもしれないけど。</p>
<p>RYO：そうですね。</p>
<p>KIBA：今は手軽ゆえに、重さはないかもしれないけど、だからその分たくさんの選択肢が広がったりとか、自分で好きな物を見極めやすかったりとか、そういう良さがあるんだと思います。世の中それだけに限らず、すべての変化は便利になっていってるんだと思う。じゃなかったらわざわざ変わんないだろうし、便利になっているんだから、良いことは絶対あると思うし、不便なものがすべて悪いわけでもない。過程を面倒くさいと思うのか、過程も楽しかったなと思うのかは、まぁそれぞれでしょう。</p>
<p>――この企画では毎回聞くのですが、RYOさんから見て、一緒にやっている若手ミュージシャンの今と昔の違いってあったりしますか？</p>
<p>RYO：便利な世の中なんで、便利なものが付随してそれもやんないといけないみたいな。例えばSNSだったりとか。最近に至ってはコンプライアンス云々もありますけれども大変だなって思います。便利なものに囲まれすぎているが故に、自由度が減っているというか。そういう風には感じていますね。</p>
<p>――RYOさんは自身は全くSNSをやられていないのですか？</p>
<p>RYO：test-No.をやっているので、公式サイトみたいなのもあったり、Xももちろんあるんで、そこで発信するタイミングはありますけど、個人としてSNS関係をやってないですね。</p>
<p>――理由はあったりするんですか？</p>
<p>RYO：先ず、大変過ぎると思っていて、中にこういう人もいていいだろうっていう風なことも思っていて。バンドメンバー他のメンバーは、やっていたりするんで。お任せしとこうかな、みたいな。</p>
<p>――これまでも一度も立ち上げられたことはなかった？</p>
<p>RYO：いや、ブログみたいなことはずっとやってはいたんですけれど、それを閉鎖しました。</p>
<p>――それはやっぱり今あげた理由で辞めたのですか？</p>
<p>RYO：自分的にあんまり馴染めかったというか、これは間違ってるよなと思う一面も自分の中であって。</p>
<p>――KIBAさんはInstagraｍもXも両方やられていますよね。</p>



<p>KIBA：僕に関して言うと、逆にそんなにポリシーがない。そんなに精力的にやっているのかどうかはわかんないですけど、必要な情報は必要な情報として流すし、有料のもあるから、外とは違う事をやるけれど、外では必要な情報を伝えていくっていう感じですかね。</p>
<p>それにすごくやらなきゃとか、やるべきじゃないとか、RYO君はRYO君で自分の考えがあると思けど、僕は別になんのこだわりもなくて。必要な皆さんに知ってもらいたい情報を出している、それだけのことです。楽しんでるかっていうことになると、楽しむものって感覚自体が特に無いかな。</p>
<p>――RYOさんのミュージシャンとしての今後の展望を教えていただけますか？</p>
<p>RYO：今までも流れのままにみたいに生きてきたんですけども、その自由がゆえに、自分のギタースタイルだったり、作る音楽だったりっていうのが、作れてきているのかなと思っていて。これからも自由気ままに生きて、いけるとこまで、走れれば良いかなと思ってます。</p>
<p>――KIBAさんにはいつも聞いていますが、今は思うことありますか？</p>
<p>KIBA： Gargoyleやっていますけど、最近思うのは今メンバーは１人なんで、僕が辞めるって言った瞬間にGargoyleが世の中からなくなるんですよね。「次のGargoyleは君に譲った」みたいなことがあれば、分からないけれど。で、できれば解散ライブみたいなものはせずに、Gargoyleを終わらせたいなと思ってます。</p>
<p>　というのは、やれるだけずっとやって、本当にやれるとこまでやったけど、もう次のライブはできないわっていう状況までできたら一番いいなと思ってて。解散ライブの予定立ててやれるくらいなら、まだやれるんじゃないかなって。次のライブはもうできないから仕方がないな、で終わりたい。何が理由かはわからないけれど。自分でこれ以上やれないところまでやって、もう出来なくて辞めれたら幸せだなって思ってます。<br />
（文/構成=Leoneko、写真=石川真魚）</p>



<p><br />
【CHAIN THE ROCK FESTIVAL 2025】<br />
日時：2025年8月27,28日<br />
場所：川崎CLUB CITTA&#8217;<br />
チケット：e+、ローソンチケット（Lコード：70015）、チケットぴあ（Pコード：299-751）<br />
SNS:公式X<br />
<br />
<br />
</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:48:34+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/08/bd73961feba7e598b476f3b5a6dabb39-1-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1701"><media:description type="plain"><![CDATA[RYO(L)、KIBA(R)　撮影=石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x ANCHANG インタビュー対談 ライブハウスが今よりもバンドと濃密な関係だった</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_398940/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_398940/</guid>
		<description><![CDATA[　ヘヴィーメタルというジャンルは、その激しい音楽性や世界観により、一般的に市場で売れにくいとされている。1980年代は世界的な流れでハードロック・ヘヴィーメタルが流行したものの、90年代以降は文化の変遷や音楽の多様化もあ]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　ヘヴィーメタルというジャンルは、その激しい音楽性や世界観により、一般的に市場で売れにくいとされている。1980年代は世界的な流れでハードロック・ヘヴィーメタルが流行したものの、90年代以降は文化の変遷や音楽の多様化もあいまって、一般市場での存在は薄くなっていった。</p>
<p>　そんな中、90年代に日本のお茶の間でも大人気となり、J-pop系のアーティストに混ざって音楽番組に出演するようなメタルバンドが存在した。SEX MACHINEGUNSだ。コミカルな歌詞と、演奏しながらバンドメンバーの一糸乱れぬ振付、そして何よりも高い演奏力で多くのリスナーの指示を集め、音楽界を席巻した。</p>
<p>　同バンドは現在でもメンバーに変化はあるものの、ベテランの域に入りつつも精力的な活動を続けている。そんなSEX MACHINEGUNSのリーダーのANCHANGとGargoyleのKIBAとの対談が実現した。</p>
<p>――まず、Gargoyleと、SEX MACHINEGUNS、両方ともメタルバンドとして、接点は当然あったのでしょうか。</p>
<p>KIBA：最初はたぶんOn Air Westで、何かのイベントにGargoyleのメンバーもセッションで出てて……。</p>
<p>ANCHANG：そうですね、それです、それです。</p>
<p>KIBA：そこで、SEX MACHINEGUNSを観たと思います。</p>
<p>ANCHANG：96年の2月…いや3月？</p>
<p>――最初の印象はどうでした？</p>
<p>KIBA：ああいう、ステージングを全員で作ってっていくメタルバンドっていなかったんで、珍しいなと思いましたよ。でもたぶん、当時のSEX MACHINEGUNSを観た人はだいたいそう感じたんじゃないですか。新鮮で面白いという印象でしたね。</p>
<p>――ANCHANGさんは当然Gargoyleの存在はご存じでしたよね？</p>
<p>ANCHANG：もちろんですよ。それこそ、自分が完全に素人時代とかにCDも出ているし。しかも『ロッキンF』（※現『WeROCK』。国内メタルバンドを中心とした音楽誌）で、ビデオが出てますよね、クラブチッタか何かのオムニバスかなんかでいっぱい入ってるやつで。</p>
<p>KIBA：出てますね。</p>
<p>ANCHANG：そこがGargoyleの認識ですね。</p>
<p>KIBA：エマージェンシー・エクスプレスっていうオムニバスのアルバムがあって、その発売記念のですね。ZI:KILLとか、かまいたち、とかが一緒に出ていたと思います。</p>



<p>――まだ、SEX MACHINEGUNSがデビューする前ですか？</p>
<p>ANCHANG：デビューする前です。ぼく、まだ学生でした。</p>
<p>――SEX MACHINEGUNSはデビュー何年でしたっけ？</p>
<p>ANCHANG：SEX MACHINEGUNSはデビューしたのは98年デビューです。だからもう26～27年くらいやってますかね。ただ学生時代からやっていたんで……。</p>
<p>KIBA：SEX MACHINEGUNSを？</p>
<p>ANCHANG：はい、合計すると30年越えてますね。</p>
<p>KIBA：いくつから？</p>
<p>ANCHANG：19歳くらいからですね。</p>
<p>KIBA：それ、四国から始めたの(※ANCHANGは愛媛県出身)？</p>
<p>ANCHANG：違うんですよ。これややこしいんですけど、鹿児島の大学にぼく行ったんですよ。</p>
<p>――学科は何だったのですか？</p>
<p>ANCHANG：機械工業。</p>
<p>KIBA：理系。</p>
<p>ANCHANG：しかも鹿児島でも鹿児島市じゃなくて、国分市ってちょっと田舎にあって。そこの学園祭でやったのが始まりです。</p>
<p>KIBA：だから、『桜島』って曲があるのか。</p>
<p>ANCHANG：そうです。リアルに桜島をどーんって見てたんで。</p>
<p>――Gargoyleとか、初期ビジュアルメタルのバンドは聴いていたのですか？</p>
<p>ANCHANG：聴いてましたね。むしろ当時は聴くというより正直研究でした。SEX MACHINEGUNSは実は学生時代は学祭バンドだったんで、あんまり本気ではなかったんですよ。</p>
<p>KIBA：コピーをやってた？</p>
<p>ANCHANG：コピーもやってたし、Sex Pistols（※イギリスのパンクバンド）のコピーをやってたから、SEX MACHINEGUNSだったっていうバンド名も安易ですよね。替え歌みたいなのを当時やってて。</p>
<p>KIBA：その頃からちょっと面白い歌詞に変えてたってこと？</p>
<p>ANCHANG：これもややこしいんですけど、高校生くらいの時から、メタルがすごいやりたいんだけど、ぼくはいま55歳ですけど、世代的に微妙でBOØWYとか、THE BLUE HEARTSとか出てきたんですよ。だからLOUDNESSとかが、ちょっとダサいっていう風潮が出始めてて。</p>
<p>KIBA：少し前の世代って感じだよね。その年頃だと一年前でさえ古いから。</p>
<p>ANCHANG：そうなんです、ジャパメタも大好きだったんだけど、「メタル、ダサー」みたいな風潮が出てきて、しかも猫も杓子もバンドブームで女の子とかもバンドやりだした時期でした。素直にメタルやってても聞いてもらえないし、ダサいって言われた時代だったんです。</p>
<p>KIBA：分かる、分かる。</p>
<p>ANCHANG：それでぼくなりに考えて、ちょっと面白センスとかひねりを入れた方がええんちゃうかと。メタルもやりたいけど、パンクっていう文化も強くなってきてたんで、メタルとパンクを足して二で割ったようなことを、高校生の時ですけど、やったらええんちゃう？ みたいな妄想をしてたんです。そこからですね、おかしな方向になったのは（笑）</p>
<p>KIBA：でもパンク的要素はあんまりないよね。</p>
<p>ANCHANG：そうですね、いまはないです。でも当時は演奏力もないし。それこそ、高校生の時なんで、学校の先生をいじるような歌詞を書いたらウケるってことがスタートです。</p>
<p>――Gargoyleも初期のGargoyleは歌詞が独特で難解でしたが、そういった側面は歌詞作りの影響を与えましたか？</p>
<p>ANCHANG：影響を受けるというか、さっきも言ったように研究時代だったんで、俺には無理だって思いましたね。すごい考えられてるし、漢字読めない俺には全くわからない歌詞がいっぱい、こういう世界観もあるのかーって思いました。</p>
<p>KIBA： ぼくもね、あれを書いてるころは難解だってことはさすがに自分でも分かってた。でも「難解だということが分かりやすい歌詞」だとも思ってて。</p>
<p>ANCHANG：あー、なるほど。</p>
<p>――難しいという事がわかる。</p>



<p>KIBA：そう。ぼくはこう思って書いたけど、伝わり辛いだろうなとは思ってて。けどきっとこれは難しくて伝わりにくいものだっていうのは、割りと伝わりやすいだろうっていうイメージでしたね。だから自分は分かってるし、これはこれでいいかみたいな。</p>
<p>ANCHANG：『BALA 薔薇VARA』(※1stアルバム『禊』収録)とかどの曲もキャッチ―でしたからね。大きい内容は分からないですけど。</p>
<p>KIBA：ぼく、英語はカタカナで書けるっていうのが基本だから。『DESTROY』 (※1stアルバム『禊』収録)とか、分かりやすいのが基本。</p>
<p>ANCHANG：どの曲もキャッチ―な部分がちゃんとありますよね。</p>
<p>――Gargoyleの楽曲も研究されたんですか？</p>
<p>ANCHANG：全てですよね、衣装も化粧も演奏も。愛媛の田舎から出て、鹿児島の国分ってもっと田舎に行ってしまったんで、物を知らないわけですよ。しかもSNS時代じゃないから、ビデオとかを手に入れないと分からないわけです。</p>
<p>　観たときに「お金もかけなあかんし、演奏も磨かなあかん、歌詞も考えなあかん、はぁこれは俺もう無理だ」と感じました。もっと言うと、上手かったらえらいみたいな、高校生大学生くらいやから、イングヴェイ（※イングヴェイ・マルムスティーン。ノルウェー出身の超絶技巧ギタリスト）が弾けたら天才みたいな思い違いをしているということにすごく気が付いて、「もうだめだこれ」って。</p>
<p>　忘れもしないですけれど、大分トップスで東京ヤンキースをチラ見したら、すご！と思って。無理無理これ、あんな髪の毛立てられへんしっていうね、いろんな衝撃を受けましたね。</p>
<p>KIBA：要するに、ANCHANGが学生バンドから次のステップに行くときに、Gargoyleも研究してくれたバンドの中の１つだったってことよね？</p>
<p>ANCHANG：そうです。</p>
<p>――Gargoyleは最初からプロ志向のバンドだったのですか？</p>
<p>KIBA：全くないですよ。</p>
<p>ANCHANG：逆にKIBAさんはどこで変わったんですか？</p>
<p>KIBA：どこで？ バンドで行くぜなんて思ったことなかった。</p>
<p>ANCHANG：（笑）</p>
<p>KIBA：いや、本当に。ぼくは生まれて初めてのバンドがこれだったから、あんまり常識もわかってなくて、大阪のライブハウス行ってみたら、当時バーボンハウスっていうのがライブハウス界隈では大きい所みたいなイメージで、もう大学生だったし、卒業もせないかんから、やって１年でそこに出れなかったら、みんなやめようね、くらいの感じで始めたんですよ。でもなぜか5か月くらいで出られたんですよね。それでもうちょっとやってもいいかなって思い始めたかもしんないです。</p>
<p>――そのくらいが、バンドをちゃんとやっていこうというタイミングだったのですか？</p>
<p>KIBA：いや、その時もちゃんとやっていこうとかはないです、全然。長くやれるとかも思ってなかったですし、面白いことやりたい、ってそればっかりだったんですよ。衣装とかも自分らで作ってみたりとかして、ジャケット作ったりとか、そういうのをやってるのが楽しかったんです。</p>
<p>　楽しんでやってるうちに、たぶん「あれ？」って思うようになったのは音源を出した時ですね。『禊』を出すまではTOSHI君と住んでて、半年家賃払ってなかったですもん（苦笑）</p>
<p>――家賃払っていない……オールドスクールなミュージシャンっぽくて良いですね（笑）</p>
<p>KIBA：しかも２人で月に23,000円の風呂なしだから、１人11,500円。「もうポケット100円切ったから、バイト探そう」みたいなノリでした。それでただ毎日遊んでて、『禊』が最初売れましたよってときに、ちょっと考えられない金額をもらって「あれ？」みたいな感じ。バカやから1～2か月で全部使って、「月給にしてください」「月で割ってください」って。</p>
<p>ANCHANG：事務所的なものがあったんですね？</p>
<p>KIBA：BAHAMAっていう小さなライブハウスが全部やってくれてたの。音源もそこで作ってもらったし。</p>
<p>――『禊』を出した時も、自分たちで「CD作るぞ！アルバム作るぞ！」っていうノリではなく、どちらかというと、ライブハウス側の提言だったのですか？</p>
<p>KIBA：当時のインディーズメーカーからいくつか話はあったけど、ライブハウスの方から「ここは信頼できないと思うんだ」とかアドバイスをもらったりしていて、最終的に「だったら出してあげるから自分らで作り」みたいな感じで「はーい」って。</p>



<p>――ライブハウスがそれやってくれるって、かなり親切というか良心的ですね。</p>
<p>KIBA：そうですね、ぼくらの場合は他よりすごく強かったとは思うけれども、ぼくら以外に関してもいまの時代のライブハウスより、もっとバンドとの関係が濃密だったと思います。その中でもすごく濃密かつ良くしてもらったんですけど。</p>
<p>――確かにちょっと前のライブハウスはシステムも異なりましたよね。出演するのにオーディションがあったり。</p>
<p>ANCHANG：オーディションどころか、紹介状システムみたいな。</p>
<p>――紹介状なんかあったんですか？</p>
<p>KIBA：わかります、わかります。</p>
<p>ANCHANG：ありましたよね。ライブハウスの方に紹介状を書いてもらってようやく出られるみたいな。</p>
<p>――そんなにハードルが高かったのですね。</p>
<p>ANCHANG：そんなハードル高かった。でも逆に言うと、吐いて捨てるほど、バンドいましたもんね。バンドブームの後なんで、たぶん、猫も杓子も。みたいなところがあって。</p>
<p>――紹介状まで用意していただいて、頑張って出演することができて、集客が甘かったら、次からお前来るな、みたいな感じもあったんですか？</p>
<p>ANCHANG：そういう意味ではさっきKIBAさんが言ったように、ちょっと濃密だったから、「こうして頑張りなさいよ」みたいなところもありましたよ。「こうしないとお客さんに売れないよ」くらいのところまではしてくれてたイメージはありますね。</p>
<p>KIBA：ライブ終わると毎回、大阪の場合はミーティングがありました。</p>
<p>ANCHANG：そうですね。</p>
<p>KIBA：そこのブッキングの方に「今日のライブどうでしたか？」みたいに言うと、「こう、こう、こう」って。</p>
<p>ANCHANG：そういうシステムもありましたよね。<br />
（文・構成=Leoneko　撮影＝石川真魚）</p>
<p>※次回に続く</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:48:08+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/11/d11fdbd52e5e48c344acb6119e28c266-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1701"><media:description type="plain"><![CDATA[GargoyleのKIBA（左）、SEX MACHINEGUNSのANCHANG（右） 撮影＝石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x ANCHANG インタビュー対談後編 ～お金を払うとかライブ会場に行く、そいうことを含めて音楽には価値がある</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_401365/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_401365/</guid>
		<description><![CDATA[※前回のインタビューからの後編、一挙公開となります。 ――ちなみにSEX MACHINEGUNSは学園祭バンドで始まり、プロを目指そうみたいなその変わり目はいつだったのですか？ ANCHANG：これややこしいんですけど、]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>※前回のインタビューからの後編、一挙公開となります。</p>
<p>――ちなみにSEX MACHINEGUNSは学園祭バンドで始まり、プロを目指そうみたいなその変わり目はいつだったのですか？</p>
<p>ANCHANG：これややこしいんですけど、もう一個別にいろんな鹿児島内の大学から集まった別ユニットみたいな正統派メタルバンドがあって、そっちが本気だったんです。歌詞もおふざけなし。この頃は上手かったらえらいんちゃうかみたいな時代で、それでライブハウスにで始めたんですよ。</p>
<p>　同時期に大学の同級生で、プロになりたいからって一回東京に出ていったやつがいたんです。BARBEE BOYSのローディーをして、その後、二井原実さんに付きたい言うて、デッド・チャップリンのローディーまでしたんだけど、お父さんが倒れて、頼むから大学だけ出てくれってことで、戻ってきたんです。こいつはライブハウス事情とかプロになるにはこの段階を踏まなあかんっていうのを知っていたわけです。</p>
<p>　あるとき、あいつがこんなことして、あんなことしてた、機材は無理してでも買わなあかん、みたいなことを説明してくれてるところに、たまたまおったんです。その上、博多のすごいバンドとかでも集客がどのくらいかを知って、これは無理だ、我々はGargoyleにはなれないって思ったんです。</p>
<p>KIBA：（笑）</p>
<p>ANCHANG：それでぼくは一度サラリーマンになってます。ただそれは何でかって言うと、さっき言ったように愛媛、鹿児島の国分と田舎で生活してきたから、一回東京を見てみたかったんです。博多ですごいんだったら、東京行ったらどんなすごいのが出てくるのかと。</p>
<p>――その間、ギターは弾かれていたのですか？</p>
<p>ANCHANG：弾いてますけど、あくまで趣味のメタルです。</p>
<p>――そこからどうSEX MACHINEGUNSにつながるのですか？</p>
<p>ANCHANG：そうなんですよね、どうやったかよくわかんないんですよ（苦笑）</p>
<p>KIBA：そんなのインタビューで何回も答えてるでしょ（笑）</p>
<p>ANCHANG：ちゃうんですよ。ややこしすぎて、まぐれの結晶みたいなところがあるんです。</p>
<p>　さっき言った本気で目指してたバンドは諦めたけど、学祭バンドのSEX MACHINEGUNSで面白がって、BSヤングバトル出たりとか、オーディションにカセットテープを送ってたりとかしてたんですよね。たまたま日本コロムビアの発掘オーディションみたいなところにカセット送ったら、たまたま手紙が返ってきたんです。「面白いし、ライブを観てみたいです」みたいな。結局落選は落選だったんですけど、若かったんで、その時のボーカルのやつが電話してみようぜって。</p>
<p>KIBA：その当時はボーカルじゃなかったんだね。</p>
<p>ANCHANG：ぼく、ボーカルじゃないです。</p>
<p>KIBA：おぉ。ギター？</p>
<p>ANCHANG：はい、ギタリストです。それで、電話したら取ってくれたんですよ。担当の人がまだ若かったんですよね。面白いから一回東京でライブやってみたら？ みたいなことを言ってくれたんです。</p>
<p>　それで東京でライブをやったんです。そしたら、思ったよりも……思ったよりと言ってもお客さにいないからウケようがないんだけど、ライブハウスの人たちにウケて、そこでちょっと変な調子に乗ったんです。</p>
<p>――それはまだSUSSYさんとかもいらっしゃらない頃ですか？</p>
<p>ANCHANG：いないです、大学生の時のメンバーです。だたその対バンにNOISYがいたんですよ。それでNOISYと仲良くなって電話番号交換して遊んでて、「なんかする？ 何がしたい？」って言ったら「SEX MACHINEGUNSがやりたい」ってNOISYが答えたんです。</p>
<p>それで、あ、そう？ ええよ、じゃあ曲も５曲くらいあるしみたいな。それでやり始めたのがきっかけっちゃあ、きっかけですかね。</p>
<p>――NOISYさんが。</p>
<p>ANCHANG：そう、対バンにいたんです。仲間外れにされてましたね（笑）</p>
<p>KIBA：SEX MACHINEGUNSっていう名前は引き継いだけど、ある意味そこで始まったってことだろうね。</p>
<p>ANCHANG：そうですね。</p>
<p>――SEX MACHINEGUNSはその後、音楽界を席巻するじゃないですか。KIBAさんは当時のSEX MACHINEGUNSを観ていたのですか？</p>
<p>KIBA：よくってほどじゃないけど……あんまり人のライブに行ったりしないので、タイミングが合えば観たりだとか、聴いたりはしていました。人気あるんだろうなっていうのは何となく知っていました。</p>
<p>――メジャーデビュー後、Gargoyleとの交流はあんまりなかったんですか？</p>
<p>ANCHANG：全然しゃべってくれない（苦笑） たぶんその時のKIBAさんのキャラがあったんでしょうね、きっと。逆にぼくはその時のKIBAさん知ってるから、いまこんなになってるのにびっくりなんですよ。それはたぶんKIBAさんも当時そうしてたと思うんですが。</p>
<p>KIBA：もともとあんまり社交的じゃないから、隅っこに座ってしゃべらないで済むなら、そうしていたいタイプなんだよね、いまでも。</p>
<p>ANCHANG：ライブの時もMCとかせんかったですもんね、昔。</p>
<p>KIBA：うん、してないね。６年間、一言もMCしゃべってないです。</p>






<p>ANCHANG：でしょ？ すごかったですもん。むしろ話しかけてはいけない感じでした。</p>
<p>KIBA：それはね、自分なりに理由はあったのよ。非社交的っていうか、人見知りが強かったからしゃべるんが苦手で、本当に。バンドって、だいたい得意なものしか出さないでしょ。だからぼくはしゃべるのが苦手だし、逆にこの苦手なものを前面に出してみようと思って、しゃべらなくなったの。そうしたら得意なことだけ出してる他の人とは違うことができるって考えて。</p>
<p>ANCHANG：いやでも、本当にすごかったです。当時の衣装も天草四郎みたいな感じでね。呪われたらあかん！ って、すごく覚えてます。</p>
<p>KIBA：いまでもバンド数が多い楽屋とかでは、隅の席に座って壁の角を四時間くらい見てるよ。しゃべらないで済むし、ここを見ていたいって。</p>
<p>ANCHANG：でもいま全然違うじゃないですか。みんなKIBAさんKIBAさんってね。</p>
<p>KIBA：しゃべりかけてくれたら、そりゃ拒否しないし、楽しくしゃべる。けど自分からしゃべっていくかって言われたら、たぶんいまでもほとんどない。</p>
<p>――ANCHANGさんがまだメジャーとか行く前だと、まだ上下関係が厳しい世界でしたか？</p>
<p>ANCHANG：厳しいどころではないです。恐ろしい。出来れば目を合わさないように。はい、そういう時代です。しかもね、ビジュアル系でも、ハード系のバンドの人は怖い人が多かったですね。</p>
<p>――ANCHANGさんから見て、KIBAさんのボーカルスタイルをどう感じられますか？</p>
<p>ANCHANG：これね、すごく覚えてるんですけど、１回ぼくはサラリーマンになってるから、バンドの状況が一瞬わからなくなった頃に、NOISYとかSUSSYとかと、どういうバンドがいま世の中あるの？ みたいなことを聞くじゃないですか。そこで出てきたのがGargoyleだったんです。</p>
<p>　「これめちゃくちゃかっこいいんだけど、ぼくはこのボーカルが嫌なんです。地獄みたいな声をしてるんです」ってSUSSYが言うんですよ。「地獄みたいな声ってどんなや？ ほんまや！」って（笑） でもね、唯一無二なんですよ。結局キャラクターっていうのが大事だなっていうのをね、すごく感じていますね。</p>
<p>KIBA：俺に歌の上手い下手は言うなよ？（笑）</p>
<p>ANCHANG：歌上手い下手じゃなくてね、説得力じゃないですか、結局のところ。変な話、歌じゃなくて、しゃべりでもなんでもいいんですけど、そこに入ってくる声と入ってこない声。逆に地獄みたいな声だってSUSSYが言ったってことはすごいことなんです。</p>
<p>――確かに……KIBAさんのボーカルは、日本におけるデスボイスのはしりみたいなものですよね。</p>
<p>ANCHANG：説明しやすいし、それはそのキャラクターがあるし、他にそんな声出す人がいるかって言ったらいないわけですよ。</p>
<p>KIBA：これね、真面目な話をすると、数年前１人になって最初は楽しくやってたんだけど、ぼく１人ってことは歌下手やったらまずいのか？って思った時期があったんですよ。それでちゃんと歌うかと思ってやってみたら……ダメでしたね。楽しさがやっぱり減る。</p>
<p>ANCHANG：なるほどね。</p>
<p>KIBA： ライブやってる楽しさがこんな減るんや、と。ぼくが本来やらなきゃいけないことはこれじゃないって、やってて思ったんですよね。これじゃなく、自分の楽しさをぶつけていくっていうか。そこで勉強になったのは、これからも歌を上手くとは思わないでやっていかないと、ってこと。</p>
<p>ANCHANG：それは正解ですね。</p>
<p>KIBA：上手い人はたくさんいるんで。</p>
<p>ANCHANG：そうですよね。</p>
<p>KIBA：ちょっと前にぼく、たまたまTHE WILLARD（※1982年結成のパンクバンド）の最近のライヴをYouTubeか何かで見たんですよ。ぼくが若いとき、バンドをやるより前にTHE WILLARDがデビューして、その頃ボーカルの方は歌を上手く歌うタイプじゃない、だけどともかくかっこいいみたいに思ってて。そのスタイルが全然変わってなかった。</p>
<p>　それで40年とかやってるって、なんてかっこいいんだって、震えたわけ。上手くて40年より、もっとかっこいい。これでやり続けるってすごい覚悟やなって。ご本人に自分の歌は上手くとかじゃなく、こうだっていうのがきっとあるんだろうなって、すごく感動した。</p>
<p>――KIBAさんから見て、ANCHANGさんのボーカルスタイルはどう感じられますか？</p>
<p>KIBA： SEX MACHINEGUNSは演奏とか、楽曲とかは「これぞ、メタル」っていうか、メタルのど真ん中っていうか、言い方は分かんないけど。ANCHANGの歌もいわゆるメタル的なハイトーンで。でも歌詞だけちょっと外れたところにいて。もし歌も違ってたら、いまみたいなフィールドにはいなかったかもしれないね。</p>
<p>　歌詞以外はメタルとしてきちんとしたものを提供してる。でも一個だけ外してる感じがSEX MACHINEGUNSの面白さなんじゃないかな。あれもこれも散らばってたら何のバンドかわからなかったと思うんだけど、そこは忠実にメタルとしていいものを提供しているというのは大事なのかもと思います。</p>
<p>――ANCHANGさんのそのハイトーンはどうやって身につけたのですか？</p>
<p>ANCHANG：当時ビジュアルブームなんで、みんな「ローラ♪」みたいな歌い方するやつが多くて、なんか飛び出さなあかんなと。同じようなことやっててもしゃあない。かと言って、KIBAさんみたいな歌い方ができるわけもないし。じゃあ高い声、気持ちはやっぱりメタルなんで、時代的にはビジュアル系かもしれんけど、じゃあハイトーン出そうと。高い声の練習だけして。実際、何であんな高い声で歌うんですか？ と言われたりもしたけど、人と同じことしてもしょうがないんで。</p>
<p>――自分の一番歌いやすいキーだから高音にしているわけではないと。</p>
<p>ANCHANG：そうですね、どちらかと言えば苦しいです。普通にしゃべってたら声自体は低いほうなんで。</p>
<p>KIBA：確かにそうだね。</p>






<p>――いまKIBAさんは１人でGargoyleをやられているわけなんですけれども、１人でバンドを続けることについてソロ経験もあるANCHANGさんは感じることはありますか？</p>
<p>ANCHANG：これはぼくに関しては簡単で、メタルが好きだけど、グランジ・オルタナみたいなのも好きだから、そういうのもやってみたいということで、ソロもやったんですね。でもメタルしかできないんだなっていうことがよく分かりました。やっぱりバンドが好きみたいなところもあって、まぁ無いものねだりだったかもしれないですけど。</p>
<p>　でもKIBAさんはソロでやってみてちゃんと歌おうみたいなものじゃなく、KIBAさんはKIBAさんの世界観しか作れない人だと思うんですよ。ということはそれを作り続けてください、っていうのがぼくの思うところというか、KIBAさんはそうであってほしいです。天草四郎であってほしい（笑）</p>
<p>KIBA：ぼくもいろいろ考えた結果、これしかできないですけど、１つできることがあって良かったってところに行きついたんですよね。</p>
<p>ぼくは上手く歌うとか、こういうことも、ああいうこともはできないけど、「俺、１つだけど、これができるじゃん。良かった。なんとかなる」ってところに行きついてるんで、そこに関しては何とも思ってないですね。</p>
<p>――バンドでやっている時と比べて１人だと苦労は多いものなのですか？</p>
<p>KIBA：楽なことも苦労もどっちもあるけれども、大変で幸せって感じですよ。っていうのは、普段大変なことなんて、すぐにさぼりたい、やめちゃいたい、と思うタイプなんだけど、こんな大変なのに、さぼりたくもやめたくもなくて、一生懸命やりたいものが持ててるって幸せ。そういう物が自分の人生にあって良かったなって感じです。</p>
<p>――ANCHANGさんはどうでしょう。ソロだけでやっていこうとは考えたことはないのですか？</p>
<p>ANCHANG：全然ないですね。やればやるほど、ソロとかではできないんだな、と。SEX MACHINEGUNSに関してはちょっと不思議なバンドというか、SEX MACHINEGUNSマジックみたいなのを持っているので、そういうのが楽しいかな。</p>
<p>　SEX MACHINEGUNSって、ダメな奴ばっか集めたんですよ。その当時他のバンドからのけ者にされてたのがNOISYです。SUSSYもやってたバンドから「お願いだから辞めてくれ」と説得されているところを捕まえてきたんです。へなちょこなやつが集まって協力して戦うっていうのが好きなんだと思います。</p>
<p>――KIBAさんの連載の時は毎回皆さんに訊くのですが、いまと昔で違いを感じることって何かありますか？</p>
<p>ANCHANG：バンドが少なくなったのと、ライブハウスがさっき言った弱くなってるなっていうのはありますね。</p>
<p>KIBA：お仕事的というか。</p>
<p>ANCHANG：そうですね。ライブハウスに客商売的な感覚が上がってきたっていうか。昔はちょっと部活的なところがあったんですよね。</p>
<p>KIBA：そうね、村感があったね、ぼくのイメージでは。ここの村、ここの人たち、みんなで頑張ろうみたいな。いまはレンタルしてライブする場所ってイメージ。</p>
<p>ANCHANG：そうですよね。お金払ってくれるんだったら、みたいな。言い方悪いですけど。</p>
<p>――昔のようにライブハウスとの結びつきが強いときの方がやりやすかったとか、やりにくかったとかありますか？</p>
<p>ANCHANG：一長一短でしょうね。ライブハウスがバンド育てるという意味では厳しいほうがいいし。名物おやじみたいなのがいて、野球チームの監督じゃないけど、面倒くさい人のほうがたぶんそのチームは育つ、と。ただやっぱりね、このご時世だから個性を伸ばすという意味では、「好きにやったら？」みたいなところも逆に面白いバンドが出てくる可能性もある。</p>
<p>KIBA：ANCHANGはメタルの人たちからすごく慕われてる。若い人に聞かれたらどういう風に言ってる？ ぼくらのバンドどうでしたか？　って。</p>
<p>ANCHANG：ふわふわふわ～って答えるだけです（笑）</p>
<p>――後輩のバンドはちゃんと観てあげるのですか？</p>
<p>ANCHANG：観ますけど、あんまり言わないかな。厳しい答えがほしいか、優しく持ち上げてほしいか、どっち？ みたいな聞き方をするかもしれないです。</p>
<p>KIBA：褒めて伸びるタイプもいるからってこと？</p>
<p>ANCHANG：じゃなくて、どっちの答えがほしい？ って。ぼくに聞かれた場合は本気で厳しく答えると、偉そうなことになるじゃないですか。ただでも、いまここに居るのは君らが頑張ったからだよっていう言い方もできるじゃないですか。だから、そういう意味では俺に何か聞いて、教えることもないし、教えるなんて偉そうなこともないんで「頑張ってください」っていう。そういうスタンスかな。</p>
<p>KIBA：いまだに研究もする？</p>
<p>ANCHANG：いまだに。なるほど、こいつを世に出してはいかん！ 出る杭は打ってやるって（笑）</p>






<p>――SEX MACHINEGUNSがメジャーデビューした当時を振り返ってみて、いまでもメタルバンドでメジャーデビューとか、メタルで商業的な成功は可能だと思いますか？</p>
<p>ANCHANG：可能だし、いわゆるラウド系って名前を変えたりしているだけでデビューしているバンドもいますよ。マキシマムザホルモンなんてメタルじゃないかって感じだし、いろんな方法論があるんじゃないかな。で、この企画がサイゾーさんだから言いたいなと思うところがあるんですけど、日本人めちゃめちゃメタル好きなんです。ただ日本人が日本人のバンドを否定する傾向についてです。</p>
<p>　外人すごいと思っていて、日本人はまだまだみたいな感覚がある。でもそこは違うよと言っておきたいんです。これはおそらく長い歴史の評論家たちが「外人すごいんだ！ 外人のライブ観に行けよ！」と言い続けたみたいなところがね、無きにしも非ずかな。</p>
<p>――SEX MACHINEGUNSで『BURRN!』（※日本を代表するヘヴィメタル専門誌）に出たことはあるのですか？</p>
<p>ANCHANG：ありますよ。あ、当時の『BURRN!』は出なかったですよ。</p>
<p>――Gargoyleはありますか？</p>
<p>KIBA：出たことあるかもな、くらいです。</p>
<p>ANCHANG：難しいところですよね。確かに洋楽に勝てない部分もちろんあるけど、演奏力とかに関してははるかに日本人の方が良かったりしますから。でもボーカルとかになってくると、どうしても体の違いがあったりね。</p>
<p>――体格差ということでしょうか。</p>
<p>ANCHANG：あの声を出せるにはあの体が必要みたいなところも正直あります。あとはジャパメタ（※国産のメタルの意味。ジャパニーズメタルの略称）とかメタルがさっき言ったダサいっていうのがあるから、好きなんだけど、表に出ようとしないっていうか、難しいから出来へんよな、みたいな部分もある。</p>
<p>　そのせいか、プロのミュージシャンってメタル好きやけど、優しい音楽やってる人が多いじゃないですか。好きなくせに。この概念的なところは崩れないといけないかなと思う一方で、それはそれで音楽だし良いんじゃないかとも思います。</p>
<p>KIBA：ぼくはそれで良いと思います。上手いのに他の音楽に行ってくれたおかげでぼくらの席がある（笑）どんどん行ってくれ、こっちは好きなものをそのままやりますって。</p>
<p>――CDから配信に音楽の主体が変わってると思うんですけど、このことについて、収益面だったりとか、バンドをやっていくうえで変化を感じますか？</p>
<p>ANCHANG：ぼくは特殊な考え方かもしれないですけど、音楽でお金取ろうと思ってないというか、むしろなんでもいいから音楽を聴いてくれよと思うんですよね。いわゆるサブスク的なものが流行るとか、CDが売れないとか、ぼくには全く関係ないんです。</p>
<p>　変な話、コピーでもいいしYouTubeでもいいから、とにかく曲を聴いてくれ、と。そっちのほうが100倍嬉しいです。実際、サブスクはちょっと難しいなと感じてます。始めはね、良いなと思ってたんですよ、誰でもひょいひょい色んな曲聴けるから。だけど、アルバムがあっても、この曲とこの曲の人気曲だけ聴いたらええわっていう人たちが増えてしまいましたよね。</p>
<p>　何でも聞けるけど、何にも聴いてないっていう時代っていう意味では、良くないなって思います。お金に関しては何とも思わないし。そこはね、自称ライブバンドなんで、最終的にはライブ来てくれて、自分の曲知ってくれてたら良いです。</p>
<p>――バンドの運営の仕方に変化はありますか？</p>
<p>ANCHANG：プロモーションがなくなりましたね、とにかく。当時東芝EMIっていう会社で単純に宣伝費をいっぱいかけてもらってたんですよ。例えば、テレビに出るとかラジオ番組持つとか、雑誌に出るとかです。</p>
<p>　雑誌の取材なんて１日３つ４つとかありましたから、「何の取材だったの？」みたいなことが当時はしょっちゅうありました。だけどそれが一切なくなって、いまは何が良いかって、SNSじゃないですか。だけどSNSも全く同じ現象が起こってて、世の中の人が興味あるものしか見なくなってますよね。「SNSで広げたほうがいいよ」って言われるんですけど、全然広がらへんやん。</p>
<p>KIBA：向こうから来てもらわないかん。</p>
<p>ANCHANG：ぼく自身がそうですもんね。DIY見だしたら、DIYしか見いへん。その隣のものは見ないっていう時代なんで。これはね、何でも手に入れやすく見れるし、情報が入るのに、むしろ入らなくなってきた。そういう変化はありますよね。</p>
<p>　だからぼくはGargoyleを知ってるから「Gargoyle何してるのかな？」とか、ツイッターとか見たりとか、昔のメンバーの人が出るんだとか、ライブやるんだとか分かるじゃないですか。でも、変な話、LUNA SEAの情報とかは見ないわけですよ。CM見たらマックのCMでなんかLUNA SEAみたいなのが出てるやん、みたいな。</p>
<p>――プロモーションの力っていうのはSNS全盛のいまでも必要だなって感じられるということですか？</p>
<p>ANCHANG：必要だなというよりは、一長一短なんですけど、また口コミの時代に戻ったのかなと思いますね。結局誰かが言わなかったら、SNSもYouTubeも見ないわけですよ。ということはね、KIBAさんまた地獄の声の時代が……。</p>
<p>KIBA：来るかもしれない（笑）</p>
<p>ANCHANG：結局情報が溢れてますからね。ぼくの勝手な考えですけど、良いライブをしていても、なかなか映像も上がらないし、出てもこない。Gargoyleやっぱりすごいぞ、KIBAさんすごいぞっていう情報がちょっとずつ口コミレベルにまた戻ってきてるのかな。</p>
<p>KIBA： SNSを介した口コミっていうことだよね。</p>
<p>ANCHANG：そうですね。ちょっと観てみてっていうのが逆にできるから。</p>






<p>――ライブの時の動画などの無断撮影に対して、お二人はどういう意見をお持ちですか？　賛成ですか、反対ですか。</p>
<p>ANCHANG：どっちもですね。どっちもありだけど、生の圧力感、振動とかは生のライブでしか味わえないじゃないですか。YouTubeとかの良くないところは評論家になってしまうことですね。あとね、お金を使うか、使わないかですごい壁があるんですよ。これをすごく感じます。</p>
<p>　YouTuberのイベントとか行くと、YouTuberのバンド系の人たちのイベントにすごい集まるけど、そういう人たちがライブやるって言ったら、誰も行かない。</p>
<p>　やっぱり音楽には実は価値があるから、お金を払うとか、ライブの会場まで行くとか、そういうのを含めてなんですよね。だから撮ってもらって配信するとかぼくは良いんですけど、それを許してしまうと、価値が薄れるような気もするし、あるべきものが悪い方向に伝わる可能性もあるなと思います。</p>
<p>――KIBAさんはどうですか？</p>
<p>KIBA：好きにすりゃあいいけど、もっと生で観てとは思う。画面を観てるより、俺を観てるほうが楽しいと思う。それだけで、あとは好きにすればいいかな。</p>
<p>――オフィシャルで撮影を禁止するとか、そういうわけではない？</p>
<p>KIBA：分かんない。してるかもしれない。知らない。</p>
<p>ANCHANG：一応レコード会社というか、流通会社というのがあるので、禁止してると思いますよ。著作権的な部分がどうしてもあるので。オープンにしても良いかなとはぼく個人は思う面はあるけど、それでお仕事してる人がいるっていう意味では自分から良しとすることはできないかな。</p>
<p>――バンド内でみんなで話し合ったりするんですか？</p>
<p>ANCHANG：そうですね、SEX MACHINEGUNSは特に面白いですよ。どんどん映像出したほうがいい派と、出したらあかん派と。</p>
<p>KIBA：ぼくはサポートメンバーとしゃべってて、「KIBAさん、TikTokでその衣装で踊りませんか？ 絶対ウケますよ」みたいなこと言われますね。そしたら「そう？ 教えて、分らんから」って感じです。観たことないし、TikTok。</p>
<p>ANCHANG：KIBAさんは誰かに勝手にやらされてしまうみたいなの、向いてると思います。</p>
<p>KIBA：ただぼくはTikTok観たことないですし、それ以外もよく分かってないなと思うことは多いんだけど、唯一思ってるのは、昔の人で写真撮ったら魂を抜かれるって撮らなかった人がいたじゃないですか。そんな風にはならないようにしようって。なんか目の前に新しいものがあって、面白そうならやればいいじゃんくらいの感じで、なんとも思ってない。</p>
<p>ANCHANG：ネタみたいな話があって、ぼくらの著作権的なこと全部任せて、流通もやってもらっている会社があるんですけど、宣伝の若い女の子が「TikTokやった方がいいですよ」と。で、やったんですよ。『みかんのうた』を全員バラバラで。やったら、びっくりするほど回らなくて。「何で？」っていう話になるじゃないですか。俺らがウケへんだけとかじゃなくて、要はお客さんの年齢層が高いから、見方がわかんないっていうオチがあった。もちろんそれを広げていくのも必要なんですけどね。そういうことも起こるんやと（笑）</p>
<p>KIBA：世代的にね、そういうことでしょうね。</p>



<p>――それを踏まえて、若い層にどうやってアプローチしていくかみたいなことは、考えたりするんですか？</p>
<p>ANCHANG：お仕事的部分でいくと、若い層を取り込まなあかんとか、新しいファンをっていうのもあるけど、それを狙う必要はないかな。</p>
<p>　先輩とか、おじさんとかにね、「ディープ・パープルを聴かないとだめだよ」と押し付けられたってね、若い子はなんか、こんなん嫌やってなりますよ。ぼく自身もそうですもん。嫌だ、こんな古い音のバンドと、当時は思って。いまは勉強したから、すごいなっていうのが分かりますよ。でも当時はね、そんなん聴いてられへんと思ったんと一緒で、押し付ける気はないですね。</p>
<p>――SEX MACHINEGUNS、もしくはANCHANGさんとして、ミュージシャンの展望というか、いま後の目標的なものってありますか？</p>
<p>ANCHANG：地道にできたらいいですが、物質的にというか、SEX MACHINEGUNSを武道館でやりたいなと。もともとの夢がそこなんで。</p>
<p>――それは現メンバーのSEX MACHINEGUNSとしてという意味でしょうか。</p>
<p>ANCHANG：いまのSEX MACHINEGUNSというよりも、バンドという意味で、大きいくくりで考えてですね。ぼく自身の人生もそうですけど、千人くらいの前でやったら気持ちええやろなと。千人くらいの前でいえーいって言ったら、俺にいえーいと返してくれるっていう環境にすごい憧れたんで。それができるように続けられたらいいなって。</p>
<p>――前回のインタビュー時でKIBAさんは解散ライブはやらないっておっしゃっていたのがとても印象的だったのですが、そのお考えは変わってないですか？</p>
<p>KIBA：そうですね。やらずに済ませたい。もう次は出来ないってところまでやれたら、一番幸せやから。</p>
<p>ANCHANG：もう、次ないなっていうとこまで行ったらいいんじゃないですかね。できるとこまでやる、行けるとこまで行く。元々SEX MACHINEGUNSのスタイルもそうですもん。行けるとこまで行ったなと。こんなしました、あれしました、あれやりました、これやりました、みたいなことやって、やり切ったなと思ってもうすることがないなってなったらぼくも辞めてええかな。<br />
（文・構成=Leoneko 撮影＝石川真魚）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:47:21+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/12/9cca58e85bf37be42127d1c64b46a8fb-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1707"><media:description type="plain"><![CDATA[ANCHANG（SEX MACHINEGUNS）とKIBA（Gargoyle） 撮影＝石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA x マコト インタビュー対談　自分でやる、自分が責任を取る——KIBAとマコト、バンドという生き方</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_412304/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_412304/</guid>
		<description><![CDATA[　CDプレス会社でGARGOYLEのアルバムに触れた若者が、やがて同じステージに立ち、さらに深い対話を交わすようになる――。 　GARGOYLEのKIBAと怪人二十面奏のマコト。日本語でのロックシーンの最前線に立ち続けた]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　CDプレス会社でGARGOYLEのアルバムに触れた若者が、やがて同じステージに立ち、さらに深い対話を交わすようになる――。</p>
<p>　GARGOYLEのKIBAと怪人二十面奏のマコト。日本語でのロックシーンの最前線に立ち続けた二人は、驚くほど近い場所で同じ問いに向き合っていた。</p>
<p>　バンドの責任を誰が背負うか。メンバーとはどうあるべきか。長く続けるとはどういうことか。音楽性も出自も違う二人が語り合う中で見えてきたのは、一体何か。異色のインタビュー対談が実現した。</p>
<p>── お二人の接点はどこから始まったんですか？</p>
<p>KIBA　最初は名前を聞いたことがある程度でした。当時、GARGOYLEは特殊なジャケット印刷をよくやっていて、そこの印刷所の人が「ドレミ團というバンド知っていますか？」と話してくれたのが最初のきっかけです。雑誌で見たことあるな、くらいでしたけどね。</p>
<p>マコト　その頃は僕がドレミ團を始める1年ほど前で、大阪でCDのプレス会社で働いていた時期なんです。そこでCD制作や印刷、デザインを覚えたりしながら、GARGOYLEさんのCDをプレスする機会があって。</p>
<p>── それは何のアルバムだったか覚えていますか？</p>
<p>マコト　初めて関わったのが『倭』というアルバムでした。スリーブ仕様で、だから「倭」には僕の指紋がいっぱいついています（笑）。もともとその前からGARGOYLEさんが大好きだったので、CDに触れているだけで嬉しかったですよ。</p>
<p>KIBA　印刷の人からドレミ團という名前を聞いたのは、その後だったんでしょうね。</p>



<p>マコト　その後、KIBAさんがプロデュースされた『きわものたちの果実』というコンピレーションにドレミ團として参加させていただいて。そこで演者として初めてご一緒できたんです。本当に一番緊張した場だったと思います。ずっと憧れていた方に会えるというだけで。</p>
<p>KIBA　その2、3年後からミュージカルの舞台で何度もご一緒するようになって、がっつりという感じでしたね。稽古もあったし、長い時間を共にする中でどんどん親しくなっていった。</p>
<p>マコト　リハーサルでGARGOYLEさんの曲をたっぷり聴けるという、もう役得そのものでした（笑）。</p>
<p>── GARGOYLEのどんなところに影響を受けましたか？</p>
<p>マコト　音楽性はもちろんなんですが、やはり見た目と歌詞ですね。今でもほとんど日本語でしか書かないんですが、それはもうめちゃくちゃ影響を受けています。</p>
<p>　初めてGARGOYLEを生で見た時に、CDで聴いてきたものがそのまんまだったんです。当時対バンしたりしていたバンドとは全然違う音で、自分の身近にこんな完璧なステージがある。初めて「プロを見た」と感じた瞬間でしたね。結構衝撃を受けました。</p>
<p>KIBA　そんなふうに言ってもらうのは嬉しいですけど、マコト君はいつも気持ち良く持ち上げてくれるんだよね（笑）。みんなに好かれている人だと思います。</p>
<p>マコト　いやいや、本当のことですよ（笑）。ステージングも、日本語の歌詞の世界観も、KIBAさんにしか出せないオーラがある。それを学生の頃にスクリーン越しに見ていたものが、生で目の当たりにした時に全くそのままで。本当に感動しました。</p>
<p>── KIBAさんはマコトさんのボーカルをどう見ていますか？</p>
<p>KIBA　器用な人だなと思っています。こういう歌い方もできる、こんな表現もできるというバリエーションがある。でもそれ以上に、センスがいい人だという印象ですね。バンドとして一つ一つやることにセンスがある。クリエイティブに物を作っていく部分で、刺激を受けています。あと、常に第一線でやり続けているのも、すごいと思ってますよ。</p>



<p>── 音楽以外で、今の自分を作り上げたものはありますか？</p>
<p>マコト　バンド以外でいうと、4つ上の兄が大きいですね。兄がバンドをやっていて、家に楽器があって、ライブを見に行く環境が自然とあったんです。田舎だったのでそう頻繁には行けなかったんですが、初めて見たライブが兄のライブで。常にそういうものが身近にあったことが、一番影響を受けていると思います。</p>
<p>── 楽器はやらないんですか？</p>
<p>マコト　最初はちょっとギターをやっていたんですが、今はほとんど弾かないですね。今のバンドになってから、ボーカルに専念しようと決めました。作詞に集中したいというのと、アートワークやバンドの見せ方を自分がしっかりやる、楽曲は作ってもらう、という分担にしようと。</p>
<p>KIBA　僕はその「ちょっと」も弾けないですけど（笑）。</p>
<p>マコト　それも影響を受けています。本当に（笑）。KIBAさんのスタイルに近いなとずっと思っていたので。</p>
<p>── 両バンドともサポートメンバーを多用されていますが、その背景は？</p>
<p>マコト　前のバンドで5人メンバーでやっていた時に、5人の考えがあって進まないこともあって、しんどい思いをしたんです。一生バンドをやりたいと思った時に、本当にこの人と思える人と少人数でやる方が長くできると感じた。</p>
<p>　あとは正直に言うと、東京に出てきた時にメンバー全員を連れてきた形になって、みんなの生活や人生を全部背負ってしまったと感じた瞬間があって。さすがに5人の人生は背負えない。それぐらい自分のやりたいようにやらせてもらっているとも言えるんですが。</p>
<p>KIBA　僕の場合は、GARGOYLEで何かあった時の責任は全部自分で取らなきゃいけないと思っているんです。だから他の人にはできるだけ身軽に、楽しんでやってほしい。メンバーになると責任も煩わしいことも増えるから、それは僕がやるから、という感じですね。</p>
<p>マコト　まったく同じ考えです。怪人二十面奏でやっていることが全てで、それがあっての自分だと思っているので。</p>
<p>KIBA　辞めたいと言われたら「辞めた方がいい」と勧めてきたくらいです。やりたくないのにやってちゃダメだと思っているので。どの人に対しても今までそうでした。</p>



<p>── GARGOYLEの中では意見の対立はなかったんですか？</p>
<p>KIBA　他のメンバーが自分と違う考えを言っても、それはGARGOYLEをよくしようと思って言っている意見のはずだから、やってみようって感じでした。意見が違うなと思っても、気にしなかったです。</p>
<p>　僕にとって大事なのは、メンバーが「やりたいことをやっている」と思ってGARGOYLEをやってることだったんです。そう思ってると信じることで、マコト君の言った「他人の人生を背負う」ことの自分自身への負担が軽くなる面もあったと思います。</p>
<p>マコト　若い頃からずっと変わらずそうなんですか？</p>
<p>KIBA　少なくとも、ある時期以降はそうだったと思います。本人のやりたいことがなくなったら終わり、とずっと思ってて。バンドなんて、誰かにやらされてるものじゃないんだから、やりたいことが無くなったら終わり。<br />
（文・構成＝Leoneko/撮影=石川真魚）</p>
<p>※後編に続く</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:46:40+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/05/cba4a59e6a7a1f996771b9c8dd33b36a-1-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1701"><media:description type="plain"><![CDATA[マコト x KIBA 撮影=石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KIBA×マコト インタビュー対談後編　～「やればできる」は、できた人の言葉だ</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_412905/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_412905/</guid>
		<description><![CDATA[　GARGOYLEのKIBAと、怪人二十面奏のマコト。前編では、二人の出会いから、互いに受けた影響、そしてバンドという場所をどう背負ってきたのかを語ってもらった。 　後編で二人が向き合うのは、より根源的な問いだ。歌が上手]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　GARGOYLEのKIBAと、怪人二十面奏のマコト。前編では、二人の出会いから、互いに受けた影響、そしてバンドという場所をどう背負ってきたのかを語ってもらった。</p>
<p>　後編で二人が向き合うのは、より根源的な問いだ。歌が上手いボーカリストと、ライブで心を刺すボーカリストは何が違うのか。音源は、もはやCDが売れる時代ではない今、どんな役割を持つのか。そして、長く活動を続けることは、表現者に何を残すのか。</p>
<p>　それぞれの場所で第一線に立ち続けてきた二人の言葉から浮かび上がるのは、技術や成功だけでは語れない、ライブハウスの表現者たちの現在地だった。<br />
</p>
<p>――「歌唱力がすごく高いボーカリスト」と、「ステージで見てかっこいい、刺さるボーカリスト」には、どんな違いがあると思いますか？</p>
<p>マコト：僕自身、ここ数年でようやく「歌」というものを理解してきたのかなと思っているんです。出会った頃なんて、本当に自分が歌えていなかったので。</p>
<p>もちろん、自分がやっていることや、自分が出しているものには今も自信があります。ただ、歌唱力という部分だけで見たときに、自分の歌をそこまで好きだったわけではないし、過去の音源も正直あまり聴けないんです。</p>
<p>だから、歌が上手い人を見ても「ああ、上手いな」としか思えないところがある。でもそれって、多分みんなそうなんじゃないかなと。ステージを見ていて歌が上手い人はいっぱいいるけれど、「また見たい」と思うかどうかは別ですよね。歌だけならCDを聴いていればいい、という話にもなる。</p>
<p>僕はライブがすべてだと思っているんです。ライブに来てもらわないと話にならない。もちろん最低限、歌えないといけないのは当然です。でも、ライブで「また見たい」と思ってもらえるかどうかは、歌唱力だけではない。人を引きつける何かがあるかどうかだと思います。</p>
<p>――KIBAさんも近い考え方ですか。歌が上手いことと、パフォーマンスとして刺さることは別物だと。</p>
<p>KIBA：別物だと思います。スポーツやオリンピックのような世界なら、上手いに越したことはない。勝ち負けという絶対的な基準もありますから。</p>
<p>でも、僕らがやっているのは芸術です。絵でも、こういう絵が好きな人もいれば、別の絵が好きな人もいる。だから、誰かにちゃんと伝わる「自分だけのもの」を出せるかどうかの方が重要だと思います。そのために最低限の技術は必要でしょうけどね。</p>



<p>マコト：そもそも、自分たちがやっている音楽はかなりマニアックなんです。万人受けする世界観の音楽ではない。怪人二十面奏もそうです。</p>
<p>もし僕にものすごい歌唱力があったら、万人受けする歌を歌っていたと思うんです。でも、僕はそこじゃないと思っている。少し偏っているかもしれないけれど、そういうバンドに刺さる人は必ずいる。だから、すごくピンポイントに、そういう人に向けてやっている感覚です。</p>
<p>過去には「もっと万人受けする曲を作りなさい」と言われたこともありました。でも今のバンドになってからは、自分がやりたいことだけをやるようになった。好きな人はめちゃくちゃ好きで、引っかからなかった人は一生聴くことがないかもしれない。でも、一度刺されば、もっと深く好きになってくれる。そういうバンドを目指しています。</p>
<p>KIBA：十代や二十代から一般受けするものだけを一生懸命やってきた人たちと、今さら僕らが戦えるわけではないですしね。僕らは、今やっていることをずっとやってきた。それには自信がある。でも、そっちばかりをやってきた人も世の中には山ほどいる。その人たちと戦おうとは思わない。自分ができることをきっちりやるだけです。</p>
<p>――お二人ともライブを重視されていると思います。一方で、音源はライブに来てもらうためのフックにもなりますよね。音源を作るときに意識していることはありますか？</p>
<p>マコト：音源を作るときも、新しい曲を出すときも、絶対にライブのことを考えています。ライブのノリのために編曲することもあります。</p>
<p>正直、時代もあるかもしれませんが、音源そのものはそこまで重要ではないと思っています。結局、ライブやツアーをするためのものなんです。だからメンバーや作曲者には、常に「ライブの絵を浮かべて作ろう」と言っています。ライブのノリはものすごく考えていますね。</p>
<p>KIBA：僕も、コーラスワークなどはライブの感じを想像して作っています。お客さんに「わーっ」と言ってほしいとか。</p>
<p>音源はライブのガイドだと思っています。テキストというか、これを聴いて来てくれたらライブを楽しめますよ、というもの。新しい曲を何も知らずに来ても楽しみにくいじゃないですか。音源を聴けば「ここで盛り上がるんだな」とわかる。あとは、ライブでは伝わりづらい歌詞をじっくり読んでほしい、というところですね。</p>
<p>――音源を出すタイミングには、ビジネス的な意識もありますか？</p>
<p>マコト：どうしてもそうなってしまう部分はあります。ただ最近は、音源を出したからツアーをするというより、ツアーを決めてから「ツアー会場でグッズとして音源を売ろうか」という感覚に近いです。</p>
<p>会場限定で売ろうか、とか。アルバムはちゃんとコンスタントに出したいですが、シングルに関しては、僕はもうグッズだと思っています。</p>
<p>――KIBAさんは、現在の体制になってから正式な音源はまだ出していないですよね。</p>
<p>KIBA：何回か作ろうとはしたんです。歌詞を書いて、ギターの子が曲を作ってくれたりもしました。でも一人になったから頑張らなきゃ、という気持ちで肩に力が入りすぎていた。後から見て「この歌詞、嫌だな」と思ってしまったんです。</p>
<p>ようやく今年、ちゃんと作ろうかなと思って、今また歌詞を書いているところです。そこそこ書きました。</p>
<p>――アルバムですか？</p>
<p>KIBA：そうでしょうね。もしかしたら、これが人生最後かもしれない。わからないですけど。</p>
<p>マコト：アルバムを作るのって、ものすごく体力というか、カロリーを使うんです。僕も毎回、アルバムに関しては「多分これが最後かもしれない」と思って作っています。</p>
<p>KIBA：一人になって最初、という意識が強すぎたんでしょうね。もっとすごいものを書きたい、もっと驚かせるものを書きたい、という気持ちばかりになっていた。後で読み直すと「これ、俺の歌詞かな？」と思ってしまう。ちょっと違うな、と。</p>
<p>――作詞をするときは、どんなことをイメージしていますか？</p>
<p>マコト：多分、KIBAさんもそうだと思うんですけど、普段から歌詞を書きためたりはしていないですよね。</p>
<p>KIBA：何も書いていないですね。</p>
<p>マコト：僕もそうです。アルバムを作るタイミングで、締め切りが近づいてきたから書くぞ、と机に向かう。普段から書きためているわけではないので、常に空っぽの状態です。</p>
<p>だから、書けるときはめちゃくちゃ書けるし、書けないときは全然書けない。あとは、楽曲をもらったときにしっくりくると、すぐに書けることがあります。やっぱり曲は大事だと思います。</p>
<p>僕は絶対に曲をもらってから歌詞を書くので、「歌詞をすぐ書きたくなるような曲を書いてくれ」と言っています。曲をもらった瞬間にパッと書ける曲は、ライブでメインになったり、リード曲になったりすることが多いんです。そういう曲は作詞がすごく早い。</p>



<p>――KIBAさんはどうですか？</p>
<p>KIBA：僕はまちまちですね。ただ、曲をもらってから書くパターンの場合、その曲が持っている雰囲気や構成、メロディに合わせた文字数という「不自由さ」がある。それがいいんです。</p>
<p>自由すぎると難しい。不自由な方が、案外、自分の能力が出しやすいことがあるんです。この曲調、この雰囲気なら、自分の中ではこれだな、という書き方をしていたので。その制限が、ものを生み出す原動力になることはありました。</p>
<p>――解散していくバンドや、音楽を辞めてしまうミュージシャンも多い中で、続けられる理由は何だと思いますか？</p>
<p>マコト：僕にはこれしかないんです。他にやることも、やれることもない。</p>
<p>もっと若い頃だったら、辞めて別のことができたのかもしれない。でも今から何ができるだろうと考えると、結局これしかないんだなと思います。自分では器用な方だと思うので、いろいろできそうではあるんです。でも、ずっと続けているということは、これしかないということなんでしょうね。</p>
<p>もちろん、求めてくださる声があるから続けられているのが一番です。でも……やっぱり、他にやりたいことがないんです。</p>
<p>KIBA：僕の場合は、やっていて楽しいからですね。嫌な思いもそんなにしないし、やりたいことしかやっていない。これがある方が自分の人生は楽しい。</p>
<p>ただ、今話を聞いていて思ったのは、もしこれがなくなったら自分は何者なんだろう、ということです。僕は「GargoyleのKIBA」として生きてきた。でも、その冠を取ったときの自分は何者なんだろうと、ふと思いました。</p>
<p>それになるのが怖いのかもしれないですね。ずっとこれで生きてきたから。小心者なので、怖がっているのかもしれません。でも、楽しいというのは大前提にあります。</p>
<p>――CDが売れる時代から、音楽を取り巻く環境は大きく変わりました。バンドや音楽活動、ビジネス面に対する考え方に変化はありましたか？</p>
<p>マコト：やっていることは変わらないです。最近は配信やデジタルシングルがありますけど、パッケージにして出すことには、自己満足の部分もあると思います。</p>
<p>今でもCDを作るときは、パッケージも含めて面白いことをやりたい。これをみんなが喜んでくれているのかな、と思うこともありますけど、自分の原点はそこにあると思っています。</p>



<p>――今でもフィジカルにはかなりこだわりたい？</p>
<p>マコト：こだわっていたいですね。時代が変わっても、自分はそういうものを見てきた世代なので。それを今のリスナーやファンに押し付けているのかなと思うこともあります。</p>
<p>でも、さっきも言ったように、僕らがやっていることは一般受けではなく、一部の人にマニアックに刺さればいいと思っている。だから間違いではないと思っています。そういう人たちはCDも買ってくれるし、手間をかけて作ったものに応えてくれる。</p>
<p>数は減ったかもしれません。でも、このジャンルだからこそ、今の時代でもフィジカルにこだわっていいんじゃないかと思っています。</p>
<p>――KIBAさんも、もしアルバムを作るならデザインなども含めてこだわりたい？</p>
<p>KIBA：こだわりたいというか、自分が作るものは全部、自分でこだわらなきゃいけないと思っています。僕はただのバンドマンかもしれないけれど、自分の中では芸術家なので。</p>
<p>作品を作る以上、自分がいいと思う芸術を作りたい。それはあります。</p>
<p>――長く活動されてきた中で、今の音楽シーンと昔の音楽シーンで「変わったな」と実感する部分はありますか？</p>
<p>マコト：今日も久しぶりに取材を受けていますけど、こういう機会は本当に減りました。雑誌も含めて、そういう環境は変わったのかもしれません。</p>
<p>ただ、ライブハウスのシーン自体は、あまり変わっていない気がします。チケット代が上がったとか、そういう変化はあります。でもライブハウスの中でやっていることは、そんなに変わっていない。</p>
<p>今の時代に合わせたライブをしようと考えたこともないですし、昔からやっていることは変わらない。だから、あまり変わっていないんじゃないかなと思います。</p>
<p>――KIBAさんはどうですか。Gargoyleはライブハウスの帝王のような存在だったと思いますが、変化は感じますか？</p>
<p>KIBA：僕が最初にライブハウスへ行くときは怖かったんです。少し悪いもののようなイメージがあった。入るとどんな世界なんだろう、怖い世界を見てみたい、という気持ちがありました。</p>
<p>僕は神戸の田舎の高校生だったので、自分が見たことのない世界を覗いてみたいという感覚が最初にあったんです。塀の向こう側にあるような、ちょっとビクビクする雰囲気。そういうものは昔より減ったのかなと思います。</p>
<p>今は健全になったというか、チケットを買えばちゃんと行ける場所になった。それがいい悪いという話ではなく、変化としてはそう感じます。ただ僕個人で言えば、もし当時のライブハウスが今みたいに健全だったら、行かなかったかもしれない。怖くて入りづらい世界を見に行く感じが楽しかったんです。</p>



<p>マコト：そうなのかなと思いますね。今はライブハウスのお客さんも、男性の割合が少ない印象があります。だから、もしもっと怖い場所、入りづらい雰囲気が残っていたら、女の子より男の子の方が多かったのかなと思うことはあります。</p>
<p>――女性ファンを意識した動きはあるんですか？</p>
<p>マコト：必然的に、やっていることがそうなっているから女性の方が多いのかなとは思います。でも、たまに男の子がいてくれると嬉しいですね。</p>
<p>――GARGOYLEは音はかなりゴリゴリで、男性受けに近い音楽でもあると思います。それでも女性ファンも多かったのは何か狙っていたんですか？</p>
<p>KIBA：いや、ないです。女性ファンを獲得するために何かをしよう、という考えは特になかったですね。結果としてそうなっただけです。</p>
<p>ただ、ライブハウスにコンスタントに通う人の割合として、女性が多いのかなとは思っていました。僕らの場合、音源や音に近いイベントのときは男性の割合が一気に増えるんです。でも通常のライブでは女性の方が多かった。だから、継続的にライブへ通う人に女性が多いのかなと思っています。</p>
<p>――男性ファンと接すると、聴いているポイントや見ているところの違いは感じますか？</p>
<p>マコト：違うんじゃないですかね。男性の方がしっかり音を聴いているのかなとは思います。</p>
<p>自分がバンドをやっていなかったとしても、怪人二十面奏みたいなバンドは好きだと思うんです。自分もその立場なら、このバンドを見に行くだろうなと思う。だから、好みが近いんだろうなと感じます。勝手に親近感が湧くというか。</p>
<p>男性でもこういうジャンル、こういう世界観のバンドが好きなんだと思うと、自分のセンスに近いから「いいセンスしてるな」と思います。それは女性のファンにも思うことですけどね。</p>
<p>――最後に、今後の活動の展望を聞かせてください。</p>
<p>マコト：景色に関しては、悪いよりいい方がいいな、くらいです。目の前の目標を一つづつクリアしていく中で、いい方向に進めばいいなと思っています。</p>
<p>ただ、自分にはこれしかないので、一人でも多くの人に聴いてもらいたいし、もう少し知ってもらえるように頑張りたいという気持ちはあります。</p>
<p>ありがたいことに、ツアーをやっても新しいCDを出しても、「このCDで初めて聴きました」という人が毎回いるんです。10年やっているのに、と思うんですけど、そういう人がいる。そう考えると、まだまだだなと思います。</p>
<p>もちろん万人受けしたいわけではありません。でも、こういう音楽が好きな人全員には届いてほしい。全国的に見れば、そういう人は結構な数いると思っています。そういう人たちが集まってくれたらいい。アンダーグラウンドな場所でやらせてもらっている以上、その中の一番になりたいです。</p>



<p>――KIBAさんはいかがですか。</p>
<p>KIBA：やっぱり、自分だから伝えられることはあると思っています。</p>
<p>　最近だと、オリンピックや他にも色々見ていて思うんです。勝った人がいい言葉を言ったり、負けた人が「悔しい」と語ったりするじゃないですか。そういう言葉は、僕の耳にも届くくらい、世の中にたくさん出てくる。「やればできる」という言葉もそうです。心に残る言葉が多いけど、それが僕の耳にまで届いているのは、結局、やってできた人の言葉だからなんです。</p>
<p>　オリンピックに出て「悔しい」と言える人もいる。でも、そのオリンピックにすら出られなかった人もいる。3歳からずっと、24時間その競技に向き合ってきたけれど、それでも出られませんでした、という人がたくさんいると思うんです。その人たちの言葉は、僕らのところにはなかなか届かない。でも、その人たちの言葉にも、本当は届くべきものがあると思うんです。</p>
<p>　だから、僕が言った言葉なんて、そんなに多くの人には届かないと思っています。でも、それでも誰かには伝えたい。「やればできる」なんて、やってできた人が言った言葉です。死ぬほどやったけどできませんでした、という人はたくさんいる。多分、そっちの方が圧倒的に多い。でも、みんなの耳に届くのは、やってできた人の言葉ばかりなんです。</p>
<p>　だから僕は、僕にしか見えていないもの、この立場だからこそ見えているものを、できるだけ伝えたいと思っています。<br />
（文・構成=Leoneko　写真=石川真魚）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:45:50+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/06/51bca27a6afa169a3fbef18a5eff8c1a-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1701"><media:description type="plain"><![CDATA[マコト x KIBA 撮影：石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>「低い声への壁を壊してくれた」— Ethereal Sin/Yamaが語る、Gargoyle KIBAへのリスペクト</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_415864/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_415864/</guid>
		<description><![CDATA[　メタルにおける「声」の在り方を、Gargoyle・KIBAの歌が変えたと語るミュージシャンは少なくない。Ethereal Sinのフロントマン・Yamaもその一人だ。ハイトーンボーカルを絶対視していた高校生の耳に飛び込]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　メタルにおける「声」の在り方を、Gargoyle・KIBAの歌が変えたと語るミュージシャンは少なくない。Ethereal Sinのフロントマン・Yamaもその一人だ。ハイトーンボーカルを絶対視していた高校生の耳に飛び込んできた、低く重厚でありながらメロディックなKIBAの歌声。そこにはさらに、洋楽メタルだけを聴いてきた耳には新鮮だった「和」の感覚があった。</p>
<p>　YamaはGargoyleから受けた影響を自らの音楽性――そして今はイベントプロモーターとしての哲学にも昇華させている。ジャンルの壁を越えて対バンを組む理由、「アウェイ」のステージにこそ意味を見出す姿勢について、二人が語り合った。</p>
<p>――YamaさんがGargoyleを知ったきっかけから聞かせてください。</p>
<p>Yama：私がメタルの世界に入ったのは中学3年生のときで、最初に聴いたのがHELLOWEENでした。洋楽から入ったので、しばらくはそっちばかり聴いていて、日本のバンドはほとんど知らなかったんです。</p>
<p>　そして、高校生の頃、地元の友人からGargoyleを教えてもらいました。『天論』が出た少し後だったと思います。最初に渡されたのは音源ではなくて、たしか「月下濫觴」の映像が入ったビデオでした。</p>
<p>　それまで私はハイトーンボーカル至上主義みたいなところがあって、低い声のボーカルは苦手だったんです。でもKIBAさんの歌を聴いて、低い声でもこんなにメロディックで、勢いがあるんだと衝撃を受けました。</p>
<p>　もう一つ大きかったのが、音楽の中にある「和」の要素です。それまで聴いてきた洋楽メタルにはない感覚なので、一気にのめり込みましたね。</p>
<p>――Yamaさん自身の音楽にも、その影響は残っていますか。</p>
<p>Yama：ええ、確実に残っています。今のボーカルスタイルはデスメタルやブラックメタルからの影響が強いので、KIBAさんと同じ歌い方ではありません。ただ、「低い声もメタルとして格好いい」と最初に思わせてくれたのがGargoyleでした。</p>
<p>　あれがなければ、今でもハイトーンボーカルだけを神格化していたかもしれません。低い声に対する壁を壊してくれたという意味では、私の音楽性そのものに影響しています。</p>
<p>　Ethereal Sinのコンセプトテーマを変更するタイミングでも、ずっと「いつか和を取り入れたいなぁ」という気持ちがありました。別でやっているRakshasaも含めて、僕が和の世界観に惹かれる根源には、間違いなくGargoyleがありますね。</p>
<p>KIBA：ありがとう（笑）</p>



<p>――KIBAさんと初めて会ったのは、いつ頃だったのでしょう。</p>
<p>Yama：『月の棘』が出た直後の大阪のサイン会ですね。ビルの一室に30人か40人くらい集まっていたと思いますが、男性は私と、Gargoyleを教えてくれた友人の二人くらいしか見当たらなくて・・・。</p>
<p>　当時、友人とGargoyleのコピーもやっていたので、KIBAさんに「曲をコピーしています」と話したんです。そうしたら、「ほんまか。映像は撮ってへんのか」と聞かれて。</p>
<p>「撮っていません」と答えたら、「今度ライブをやるときは絶対に撮れ」と言われましたね。会場から退出する時も、KIBAさんがわざわざ立ち上がって「絶対送れよ。忘れるなよ！」と声をかけてくれたのを覚えてます(笑)</p>
<p>KIBA：コピーしていると言ってもらえたら、やっぱり見たいでしょ。映像を送ってもらった場合は、メンバーで見ながら「このギター、うまいやん」とか、みんなで言ったりしてましたよ。</p>
<p>――自分たちの曲をコピーされるのは、やはりうれしいものですか。</p>
<p>KIBA：それはうれしいです。誰かが自分たちの曲を選んで、一生懸命演奏してくれているわけだし。バンドやってて、うれしくない人はいないでしょ。</p>
<p>Yama：私はもともとギターボーカルだったんです。でもGargoyleを見て、「ピンボーカルという形もありだな～」と思いました。振り返ると、自分が思っていた以上にいろいろな影響を受けていますね。</p>
<p>――韓国でGargoyleとEthereal Sinが同じイベントに出演しました。現地の反応はいかがでしたか。</p>
<p>Yama：事前に韓国の関係者からは、「申し訳ないけれど、Gargoyleは韓国ではほとんど知られていない」と言われていました。</p>
<p>　でも私は、知名度がなくても音楽的には絶対に刺さるだろうと思っていたんです。韓国のメタルファンは、メロディックなスラッシュメタルを好む人も多いので、Gargoyleの音楽性なら、先入観なしでも届くだろうと。</p>
<p>　実際、お客さんが一緒になって盛り上がっているのを見て、本当に実現できて良かったと思いました。私自身も最前列の輪の中に入っていたので、あまり客観的には見られていないんですけど（笑）</p>
<p>KIBA：楽しんでもらえているのは、ステージに立っていてもすごく伝わりました。</p>
<p>　韓国や、以前よくライブをしていた沖縄で海外の方を前にしたときにも感じたんですが、「このイベントに遊びに来た」という空気が強いんですよね。</p>
<p>　日本だと、自分が好きなバンドを応援する、あるいは目の前のバンドが好みかどうかを見極めるみたいな楽しみ方とかをする人も多いと思います。それが良いとか、悪いとかじゃなくて。</p>
<p>　ただ、海外のお客さんは、知らないバンドも含めて、その場に遊びに来てたり、全体を楽しみに来ているのかなって感覚があります。</p>
<p>Yama：海外では、イベント全体をフェスティバルとして楽しむ文化が根付いています。10組、20組と出演する中で目当てのバンドはあっても、それ以外を見ないわけではない。知らないバンドでも、とりあえず見てみる。</p>
<p>　小さな街にもステージを併設したバーがあって、地元のお客さんが仕事帰りに酒を飲みながら、「今日はどんなバンドが出ているんだろう」とライブを見る。面白ければ、知らないバンドでもその場でグッズを買ったり。そういう文化があります。</p>
<p>　日本ではイベント全体よりも、特定のバンドやメンバーを目当てにする傾向が若干強い気がしますね。目当てのバンドが終わったら帰る人もいます。そういった文化の違いは大きいと思います。</p>
<p>――KIBAさんは、どのような基準で対バン相手を選んできたのでしょうか。</p>



<p>KIBA：自分たちでイベントを組む時は、単純に面白いかどうかです。</p>
<p>「この人と一緒にやったら、全部持っていかれるんじゃないかな」と思うような相手とやっていたいんです。「これはやばいぞ」「負けてゼロになるかもしれない」と思える人とやるのが好きですね。</p>
<p>――音楽的なジャンルが近いかどうかは、関係ありませんか。</p>
<p>KIBA：関係ないです。大事なのは、ライブする力が高いかどうかです。</p>
<p>　全然違うジャンルのバンドと一緒にやっても、そこから新しい音楽を聴くようになる人はいるでしょ。来てる人はみんな、ライブや音楽自体は好きなんだし。Gargoyleをきっかけに別のバンドを知って、そのバンドからまた別の音楽へ進んでいく。そういうことはよくあると思うし、逆もだけど。</p>
<p>――出演者同士のジャンルが離れすぎると、観客の反応が悪くなる可能性もあります。</p>
<p>KIBA：プロモーターとかなら、親和性を考えなければいけないんだろうなって。でも、僕は出演するボーカリストだから、どんなとこだろうとやれなかったのなら、それは自分の責任って思う。</p>
<p>　仮にアイドルのイベントへ出たとしても、そこでお客さんを振り向かせられなかったら、自分の力が足りなかったって感じると思うし。</p>
<p>Yama：私も演者としては、アウェイの方が面白いと思います。興味を持っていない人を、どれだけこちらへ向かせられるか。そこにはバンドやフロントマンの力量が出ますもんね。</p>
<p>　ただ、プロモーターとして考えると、あまりにも客層が離れすぎている組み合わせにはリスクがあります。実際、過去にはお客さんが好みではない出演者に失礼な態度を取り、演者に悪い印象を与えてしまったこともありました。</p>
<p>　演者として挑戦したい気持ちと、イベント全体を成立させなければならない立場は、時々矛盾しますね。</p>
<p>――YamaさんはEVPで海外バンドの招聘やイベント制作を行っています。出演者を組むときは、どのようなことを意識していますか。</p>



<p>Yama：有名な海外バンドをヘッドライナーとして呼んだとき、そのバンドだけを目当てに来るお客さんは多いと思います。だからこそ、少し近いジャンルの、まだ日本で知られていない海外バンドをサポートに加えたい。</p>
<p>　さらに、日本のバンドもオープニングアクトとして入れたい。海外のバンドが好きな人に日本のバンドを知ってもらい、日本のバンドのファンには海外の音楽を知ってもらう。そういう構成を心掛けています。</p>
<p>　制作側にとっては、出演バンド数が増えると、クルーの拘束時間やコストも増える。とはいえ、それによってチケットが大幅に売れるわけでもありません。それでも、自分のポリシーとして続けています。</p>
<p>　逆に言えば、券売を増やすためだけに、有名な日本のバンドを入れるという考え方には、あまり興味がありません。</p>
<p>　たとえばGargoyleに出演してもらうとしたら、海外バンドのファンに「日本にはこんなすごいバンドがいる」と紹介したい。逆にGargoyleのファンにも、「海外にはこんな面白いバンドがいる」と知ってもらいたい。</p>
<p>　ドンピシャのジャンルでなくても、そこで新しい接点や興味が生まれたら、それはイベントとして成功だと思います。</p>
<p>KIBA：Yamaさん自身、低い声で歌う僕を聴いて、それまでとは違う音楽に興味を持ったわけだし。</p>
<p>Yama：まさにそういうことですね。<br />
（文・構成=Leoneko　写真=石川真魚）</p>
<p>※後編へ続く</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:45:04+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/08/9635618ac2941c55775d6d93778b2b24-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1709"><media:description type="plain"><![CDATA[KIBA (Gargoyle) x Yama (Ethereal Sin/Rakshasa/Thyende) 撮影=石川真魚]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>「辞める理由がない」— Gargoyle/KIBA × Ethereal Sin/Yama、バンドを続けること【後編】</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_416044/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_416044/</guid>
		<description><![CDATA[※本記事は【前編】の続きです。 　前編では、GargoyleとKIBAの歌声がYamaの音楽観を変えた馴れ初めを振り返った。後編では、視点をさらに広げる。YamaがEVPを立ち上げて海外バンドの招聘を始めた原点――201]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>※本記事は【前編】の続きです。</p>
<p>　前編では、GargoyleとKIBAの歌声がYamaの音楽観を変えた馴れ初めを振り返った。後編では、視点をさらに広げる。YamaがEVPを立ち上げて海外バンドの招聘を始めた原点――2015年に体験したドイツ・Wacken Open Airの衝撃と、赤字覚悟で踏み出した最初の一歩について語られる。</p>
<p>　さらに話題は、約40年Gargoyleを一人で背負い続けるKIBAと、結成30年を迎えるEthereal Sinを率いるYama、それぞれのバンド継続論へ。正式メンバーを持たない孤高の活動スタイルと、複数プロジェクトを掛け持ちながらもバンド形式にこだわるスタイル。対照的な二人が、「なぜ続けられるのか」という問いに向き合う。</p>
<p>KIBA：そういえば、Yamaさんが海外バンドを日本へ呼ぶようになった経緯が知りたいかもです。</p>
<p>Yama：きっかけは、2015年にドイツのWacken Open Airへ出演したことです。</p>
<p>　会場の至るところにステージがあり、大きなバンドから地元のバンドまで、常にどこかで誰かが演奏している。グッズを売るだけではなく、ペイガン・フォークメタルや中世音楽のエリアでは鍛冶屋がいて、鎧や剣が売られている。</p>
<p>　単にライブを見るフェスではなく、その土地全体でメタルを楽しめる空間でした。日本にも大型フェスはありますが、方向性がまったく違う。その光景に衝撃を受けて、これを日本へ持って帰りたいと思ったんです。</p>
<p>　現地でいろいろなバンドを見ていると、名前は知っていても日本へ来たことのないバンドがたくさんいました。</p>
<p>　私は、音源も大事ですが、やはりライブこそがバンドの本物の姿だと思っています。実際に見て、「このバンドは音源よりもライブの方が絶対にいい。日本へ連れていきたい」と思ったバンドが何組かいた。それがプロモーターを始めたきっかけです。</p>
<p>KIBA：「日本へ連れていきたい」と思うところまでは分かる。でも、普通はそこから本当に呼ぶとこまでいかないでしょ（笑）　実際にやるまでの部分が、一番大変なんじゃないの？</p>
<p>Yama：当時はほとんど素人でしたが、ほかのプロモーターの仕事を手伝ったりして、何となく流れだけは理解していました。</p>
<p>　それで自分なりに計算して、「赤字になっても50万円くらいだろう。それならやってみよう」と考えたんです。実際には、最初の招聘で総額200万円ほどの赤字になりました。</p>
<p>　ただ、初来日したバンドが日本を本当に楽しんでくれたんです。帰国してからも周囲のバンドへ日本の良さを話してくれて、「自分たちも日本へ呼んでほしい」という連絡が来るようになりました。</p>
<p>　その依頼に一つずつ応えているうちに、いつの間にかプロモーターと呼ばれるようになったという流れです。</p>
<p>KIBA：赤字になるだろうと分かっていても、やりたくてやったかのが良かったんだろうね。だから、次につながる人たちも出て来た。</p>



<p>――現在のGargoyleは、KIBAさんが唯一の正式メンバーで、固定に近いサポートメンバーと活動しています。Ethereal SinやRakshasa、Thyendeなど様々なプロジェクトを抱えつつも必ずバンド形式をとるYamaさんからみてどう思いますか？</p>
<p>Yama：自分には、正直、同じ形は取れないと思います。実際のところ、上記の中には、ほぼ自分のワンマンに近いバンドもあります。</p>
<p>　それでも正式メンバーがいれば、何かあったときに頼ったり、自分の負担を渡したりできる。自分には足りない発想を出してもらうこともできます。</p>
<p>　自分以外を全員サポートメンバーにして活動するのは、相当な心の強さがなければできませんし、それを行っているKIBAさんにはリスペクトしかありませんね。</p>
<p>KIBA：今のメンバーとの関係は、一般的に想像されるサポートよりも一歩踏み込んでいるとは思います。</p>
<p>　一人になった直後は、いろいろな人に入れ替わりで参加してもらってて。でも今は、ほぼ固定されていて、感覚的には正式メンバーとサポートメンバーの間くらいの関係ですかね。</p>
<p>　今の状況には、今の状況だからこそできるバンド活動があると思ってて。嫌なことや無理なことを続けるんじゃなく、この形でできることを楽しんでやっていこうって。</p>
<p>　完璧な状況じゃないとバンドはやれないって人もいるかもだけど、実はすべて完璧なバンドなんて無いんじゃないかとも思うし、どういう状況かはあまり関係ない気がしてます。</p>
<p>――Yamaさんのメインバンド、Ethereal Sinもまもなく結成30年です。バンドを長く続けるためには、何が必要だと思いますか。</p>
<p>Yama：私は、核となる人間の心が折れなければ、バンドはいつまでも続けられると思っています。</p>
<p>　バンドを組むこと自体は難しくありません。でも、続けることは難しい。だが、メンバーがどれだけ替わったとしても、中心にいる人間が諦めなければ続けられると思っています。そういう意味では、KIBAさんがGargoyleを約40年続けてこられた理由は何ですかね？</p>



<p>KIBA：よく聞かれるんですけど、「これだ」と言える一つの理由が、自分でも分からないんですよね。</p>
<p>　ただ、今いる場所できちんとやるというのが、自分のやり方なのだろうとは思います。もう一つは、自分がやりたいことを楽しくやるという姿勢が、Gargoyleを始めた頃から変わっていなくて。</p>
<p>　やっている方が楽しい。だから辞める理由がない。それが一番大きいんだと思います。</p>
<p>　僕は音楽について、すごく詳しいわけじゃないし、自分を音楽家だとも思ってないんです。でも、自分で何かを表現したいという衝動は、ずっと持ち続けてて。</p>
<p>　バンドという形って、音楽を中心に置きながらも、衣装やジャケット、活動の仕方、MCまで、いろいろな方法を使って表現できるでしょ。だからバンドをやってる人でいたい。</p>
<p>　それだけ多くのことを使って自分を表現できる場所が目の前にあって、今も楽しくやれている。だから手放したくないですよね。むしろ、正直に言うと、他の人がなぜ辞めるのかが分からないくらい。</p>
<p>――今後、海外で演奏したい国はありますか。</p>
<p>KIBA：どこでもやりたいですよ。逆に、やりたくない国は思い付かない。</p>
<p>　以前、ロンドンのマーキーでヘッドライナーとして演奏したことがあるんですよね。そのときは、4曲目くらいにバラードを入れたら、半分くらいのお客さんが帰ってしまって。</p>
<p>　あとで現地の関係者の人に聞いたら、激しい曲を続けたあとに急にバラードを演奏したんで、「このバンドはどちらをやりたいのか分からない」と思われたらしいんです。分からないから帰る判断が早いなって（笑）</p>
<p>　そういうのも含めて、知らない人や文化の違う人の前で演奏するのは刺激的で、自分の中で新しいものも生まれます。</p>
<p>　ワンマンとかホームの状況は、自分たちでも作ることができるでしょ。でも海外公演みたいなのは、外から話をもらわなければ、滅多に無い。面白そうな話なら、チャンスを逃さず、できる限りやってみたいですよ。</p>



<p>Yama：GargoyleとEthereal Sinの組み合わせも、もう一度実現させたいと思っています（※2025年6月15日にYamaの招聘にて韓国ライブが実現）。韓国に限らず、日本でも台湾でもいい。</p>
<p>　客層は同じではありませんが、だからこそ、お互いのファンに新しい音楽を知ってもらえる。そういうクロスオーバーには大きな意味があると思います。</p>
<p>KIBA：台湾もいいですね。屋台へ行きたいです。</p>
<p>Yama：やっぱり最後は食べ物なんですね（笑）<br />
（文・構成=Leoneko/写真＝石川真魚）</p>
<p>&nbsp;</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-05T21:44:39+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/08/d9a9f4e2e1dfedd7acc371c3b63d3e6f-scaled.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="2560" height="1709"><media:description type="plain"><![CDATA[KIBA (Gargyle) x Yama (Ethereal Sin, Rakshasa, Thyende)]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>沢尻エリカ、波乱万丈の芸能人生を経て熱愛→完全復活なるか</title>
		<link>https://cyzo.jp/geinou/post_418678/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/geinou/post_418678/</guid>
		<description><![CDATA[　女優・沢尻エリカ（40）とSTARTO ENTERTAINMENTの人気グループ、A.B.C-Z橋本良亮（33）との熱愛報道が話題となっている。 ベテラン売れっ子芸人を取り巻く過酷な環境 「NEWSポストセブン」が9月]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　女優・沢尻エリカ（40）とSTARTO ENTERTAINMENTの人気グループ、A.B.C-Z橋本良亮（33）との熱愛報道が話題となっている。</p>
<p>ベテラン売れっ子芸人を取り巻く過酷な環境</p>
<p>「NEWSポストセブン」が9月9日に報じた記事によると、7歳差の2人は1月から3月にかけて東京や大阪などで上演された沢尻の主演舞台『ピグマリオン -PYGMALION-』で共演する中、長い時間を共にしたことで意気投合し、橋本による積極的なアプローチにより交際に発展。</p>
<p>　9月上旬に2人が都心のイタリアンレストランでディナーを楽しんだ後、近くの芸能人御用達の会員制バーで深夜2時すぎまで酒を酌み交わしていたという。</p>
<p>　同誌の取材に対して沢尻の所属事務所は「プライベートなことは本人に任せております」、橋本の所属事務所は「プライベートのことなので、会社としてのコメントは控えさせていただきます」と回答双方の所属事務所とも「仲の良い友人の一人」などとは釈明せず、取材内容を否定しなかったことから、2人が交際していることはほぼ間違いないだろう。</p>
<p>　2019年に麻薬取締法違反の容疑で逮捕され謹慎生活を経て、24年2月上演の初主演舞台『欲望という名の電車』で約4年ぶりに芸能活動を再開させた沢尻だが、昨年11月には「NewsPicks」での経済学者・成田悠輔氏との対談に登場し、今年に入ってからも2月公開の映画『＃拡散』に出演、5月には約20年ぶりの写真集『DAY OFF』(幻冬舎)をリリースするなど、ここに来て活躍の場を広げている。</p>
<p>　12月にはSUPER EIGHT、丸山隆平とのW主演映画『薔薇の鎖』の公開も控えているが、そうした中での今回の橋本との熱愛報道は公私にわたる充実を感じさせる。</p>
<p>　振り返れば、沢尻に関してはその活躍時期がスポーツ紙の芸能記者時代も含めて筆者自身のキャリアと重なる期間も多く、取材対象として常に気になる存在だった。</p>
<p>「フジテレビビジュアルクイーンオブ・ザ・イヤー2002」に選出され、フジテレビ721（現フジテレビTWO）で放送されていた「アイドル道」に出演し、紗栄子や中川翔子らとしのぎを削っていた頃から注目していた。</p>
<p>　その後、映画『パッチギ！』や初出演連ドラ『1リットルの涙』（05／フジテレビ系）などの作品での優れた演技力が評価され、女優として花開いていく過程も見ていたし、業界関係者に誘われて母親が経営していた料理店に足を運んだこともあった。</p>
<p>　その頃からお世辞にも優等生タイプの女優でも、世渡り上手なタイプの芸能人でもなかったが、人を惹きつける華やかなオーラと突出した個性、卓越した演技力は同世代の人気女優の中でも際立っており、その一方で当時の所属事務所の後輩のももいろクローバーのメンバーにメイクの仕方を教えてあげたりと面倒見の良い一面があることも知り、ますますその存在に興味を抱いたのを覚えている。</p>
<p>　実際のところは本人にとっては迷惑だったかもしれないが、当時のメディアがこぞって“エリカ様”をもてはやし、記事のネタにしていたのも自然の流れだっただろう。</p>
<p>　それから程なく「別に……」騒動で世間の猛バッシングを浴びるわけだが、その行動や発言を肯定するつもりはないものの、「そこまで叩かなくても……」と思った部分も正直ある。</p>
<p>　さらにあの騒動に関して言えば、本人の意思なのか、周囲の働きかけなのかは定かではないが、「諸悪の根源は全て私にある」との前代未聞の謝罪コメントは今なお強烈なインパクトを残している。</p>
<p>　後に沢尻本人はフジテレビ系『ボクらの時代』（19年9月）に出演した際、「20歳とかそれぐらいの時が本当に忙しくて。あの当時の私は(自分を)偽っていたわけよ。『こうしなきゃいけない』、『沢尻エリカ像はこうだ』みたいなのが自分の中ですごくあって」、「それって偽りなわけよ。それで結果、自分が潰れてしまった」、「追い詰められて、パンパンになって爆発した」と当時を振り返っているが、その言葉に偽りはないだろう。</p>
<p>　もっとも、自身の中で周囲の期待するエリカ様像を演じていた部分があったとしても、「別に……」騒動以降、そのエッジの利いたキャラクターを完全に捨て去ったわけではない。</p>
<p>　ハイパーメディアクリエイターの高城剛氏との結婚から離婚に至る過程（09〜13）は芸能活動の休止を余儀なくされ、「別に……」騒動の余波もあり、これまた世間の大きな注目を集めたわけだが、離婚騒動の渦中に出席したイベントでは会場にドラァグクイーンを従えて登場し、囲み会見途中で取材を一方的に強制終了。追いすがる80人近い報道陣と帯同したドラァグクイーンとで現場が大混乱となる中、歩道を颯爽と足早に進んで用意された車に乗り込み、サンルーフを開けて挑発的な笑みを浮かべながら手を振る様はまさにエリカ様の真骨頂だった。</p>
<p>　令和の今ほどではないものの平成も20年以上が過ぎた頃には、昭和のスターのような豪放磊落、破天荒な芸能人がめっきりと姿を消し、彼女が放つ強烈な輝きはすでに当時から芸能界の主流になりつつあった“好感度タレント”とは一線を画すものだった。</p>
<p>　その後、個人事務所を立ち上げたスペインから帰国して日本で芸能活動を本格化させた沢尻は『ヘルタースケルター』（12）で約5年ぶりの映画主演を務めて以降、フジドラマ『ファースト・クラス』や『ようこそ、わが家へ』、『大奥』などの作品で存在感を放つも、19年11月に麻薬取締法違反の容疑で逮捕されて再び芸能活動を休止することに。</p>
<p>　そして、主演舞台『欲望という名の電車』で約4年ぶりに芸能活動をスタートさせたが、番組制作会社スタッフは当時こう話していた。</p>
<p>「彼女の芸能活動をサポートしている芸能事務所にとっては、舞台よりも映像作品で復帰させた方がビジネス的なメリットは大きいでしょう。逮捕により発生した億単位とも言われる巨額の違約金の件もありますし。さすがに早期の地上波ドラマ復帰は難しくても、ネット配信系の作品なら出演も可能ですし、実際に芸能活動再開の直前には復帰作としてそうした作品も一部で取り沙汰されていました。それでも、復帰の場として舞台を選んだのは沢尻さんの女優としての将来を考えてのことではないでしょうか。主演舞台であれば、映像作品に比べて共演者や関わるスタッフの数も限られますし、観客は彼女の復活を期待している人が大半で周囲の雑音を気にすることなく本業に集中しやすいですからね。その一方、初舞台にして杉村春子さん、岸田今日子さん、大竹しのぶさんら数々の大女優が演じてきた難役に挑ませるあたりには親心も感じられます」</p>
<p>　あくまで私的な見解として沢尻の女優、芸能人としての魅力を綴ってきたが、業界内にもやはりその才能を高く評価し、復活を望む向きは多いようだ。</p>
<p>　加えて、あれだけの騒動を起こしながらも復帰後の沢尻に対する世間の反応にもまた好意的な見方が強い印象だが、それこそ彼女が好感度や親近感を売りにし、それ故に不倫一発で退場を余儀なくされるタレントたちとは一線を画す、昨今の芸能界においては稀有な存在であることの証左だろう。</p>
<p>　そうした中、今回報じられた橋本との熱愛だが、芸能事務所の幹部は語る。</p>
<p>「お相手はSTARTO ENTERTAINMENTの人気アイドルではありますが、舞台共演がキッカケでの交際ということもあり、総じて好意的な意見が多いですよね。橋本さんは沢尻さんの家族とも会ったり、自宅も頻繁に訪問しているという話ですし、早期の結婚はともかく“真剣交際”といった感じなのも印象の良さに繋がっているのでしょう。芸能活動再開後はワイルド系の実業家や離島在住の一般男性との交際が報じられていましたが、今さら沢尻さんに新恋人ができても驚く人は少ないでしょうし、7歳年下の人気アイドルをトリコにするあたりは『さすがはエリカ様！』といったところです」</p>
<p>最後の騒動から間もなく7年が経とうとしているが、ここに来て公私両面で話題を振りまく中、沢尻の完全復活を期待したいところである。<br />
</p>
<p>官公庁のタイアップ中止が相次ぐ背景</p>
<p>（文＝三杉武）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-03T14:08:00+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/01/20250118-cyzoonline-news-sawajirierika-eyecatch.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[沢尻エリカ（写真：サイゾー）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>『オデュッセイア』好調――26年は50億超えの洋画続出、“豊作”の理由とヒットを生む「３つの要素」</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_418668/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_418668/</guid>
		<description><![CDATA[　世界中で大ヒット中のクリストファー・ノーラン監督最新作『オデュッセイア』。9月11日に全国公開され、10月1日時点で国内興行収入が19億円突破と好調で、映画ファンからは今年の洋画が“豊作”であることを喜ぶ声が上がってい]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　世界中で大ヒット中のクリストファー・ノーラン監督最新作『オデュッセイア』。9月11日に全国公開され、10月1日時点で国内興行収入が19億円突破と好調で、映画ファンからは今年の洋画が“豊作”であることを喜ぶ声が上がっている。</p>
<p>『ハリポタ』3作目で途中離脱者増</p>
<p>　本作はホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を原作に、トロイア戦争を終えた英雄オデュッセウスが故郷へ帰還するまでの壮大な旅を描いた物語。制作にあたって新型IMAXフィルムカメラが開発され、全編IMAXフィルム撮影（長編映画史上初！）を実現したことでも話題で、IMAX上映館では満席となる回が続出中だ。</p>
<p>　海外では、7月15日に欧州や中東などで先行公開、7月17日に全米で本公開されると、 9月20日時点で全世界興収は17.2億ドル（約2786億4000万円／1ドル＝162円換算、Box Office Mojo調べ）に到達。これは日本映画市場で歴代最高だった2025年の国内年間映画興行収入（2744億5200万円）を1作品で上回る数字で、同監督の最高記録（『ダークナイト ライジング』／2012、世界興収10億8542万ドル）を更新したほか、IMAX上映に限った世界興収は4億8500万ドル（9月8日発表、約768億2400万円）と、それまで最高だった『アバター』（2009）の2億7100万ドルを大幅に上回るなど、次々に“史上最高”を塗り替える快進撃を続けている。</p>



2026年は50億円超えの洋画がすでに5作
<p>　そんな本作が日本で公開されると、初週の週末観客動員数ランキング（9月11日〜13日、興行通信社調べ）で24万1000人と、1位の『ちいかわ』（27万1000人）に次いで初登場2位だったが、興収面では『ちいかわ』4億2700万円を上回る4億5200万円と1位を獲得。〈久々に極上の洋画をお腹いっぱい喰らった〉〈名監督、豪華俳優陣、圧倒的制作費でぶん殴ってくる良質なTHE洋画〉など、ファンの満足度は高い。</p>
<p>　ファンから「久々に」という表現が出るほど、近年の日本は「洋画離れ」が叫ばれてきた。海外ではヒットしているのに日本では振るわなかったり、もはや日本で公開されなかったり……といった事象も珍しくなくなり、かわりに台頭するのは、言わずもがなアニメを含む邦画で、洋画のシェア率は2002年の72.9%をピークに、2025年は24.4%にまで下落。ここ5年で国内興収50億円を突破した洋画は、1月～12月公開作において</p>
<p>2021年：0本<br />
2022年：2本（『トップガン マーヴェリック』『ジュラシック・ワールド／新たなる支配者』）<br />
2023年：2本（『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』『ミッション：インポッシブル／デッドレコニング PART ONE』）<br />
2024年：1本（『インサイド・ヘッド2』）<br />
2025年：3本（『ミッション：インポッシブル／ファイナル・レコニング』『モアナと伝説の海2』『ズートピア2』）</p>
<p>と、年間2本程度で推移してきた。</p>
<p>　しかし今年は、現時点で興収50億円超えを果たした映画8作品中、洋画が5作。ランクインした邦画は3作のうち2作品が100億円超と、金額上は日本発の作品が強さを見せるものの、本数だけなら洋画が存在感を示している。</p>
<p>【2026年、興収50億円を突破した洋画（興収成績は9月20日時点）】<br />
『トイ・ストーリー5』（128億2000万円）<br />
『Michael／マイケル』（85億2000万円）<br />
『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』（79億3000万円）<br />
『スパイダーマン：ブランド・ニュー・デイ』（56億2000万円）<br />
『プラダを着た悪魔2』（54億7000万円）</p>
<p>【2026年、興収50億円を突破した邦画（同）】<br />
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』（146億6000万円）<br />
『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』（137億円）<br />
『キングダム 魂の決戦』（66億7000万円）</p>
洋画が日本でヒットするための「3条件」
<p>　米アカデミー賞常連で、圧倒的な映像表現や緻密に組み上げたシナリオに評価が高いノーラン監督。日本でも、『TENET テネット』（2020／第93回米アカデミー視覚効果賞）が興収27億3000万円、『インターステラー』（2014／第87回米アカデミー視覚効果賞）が興収12億5000万円、『インセプション』（2010／第83回米アカデミー撮影賞、視覚効果賞、音響編集賞、録音賞）が興収35億円と、数々の作品をヒットに導いてきた。</p>



<p>『オデュッセイア』がこれらの記録にどこまで迫れるのか期待がかかるが、それにしてもなぜ、今年は洋画が好調なのか。業界事情に詳しい映画評論家・前田有一氏に見解を求めると、「一概に洋画の“復活”や“復権”とは言えない」と前置きしたうえで、ヒット作が「『勝ち組』に集中している」点を指摘する。</p>
<p>「日本人がよく知っているIP・シリーズの続編など、“説明不要”の洋画が今年はたくさん供給されていて、それぞれがきちんと結果を出している印象です。『トイ・ストーリー』、『マリオ』、『スパイダーマン』、『プラダ』の4作はもとより、『マイケル』も映画化こそ初ですが、マイケル・ジャクソンそのものが日本国内で高い知名度と人気がある。近年の50億円超えを見てみても、成績がいいのはシリーズものばかりです」（前田氏、以下同）</p>
<p>　前田氏は、今の日本で洋画が好成績を収めるために、宣伝側が考える「3条件」を挙げる。</p>
<p>「まず、①日本人がそのIP・シリーズをよく知っていること。逆に言えば、馴染みのない作品はほとんど見てもらえない。海外でいくらヒットしていても、日本ではそもそもに親しみがないとコケてしまいます。次に、②『今』見に行く理由があること。期間・数量限定の来場者特典がある、ネタバレされる前に見たい欲を煽るなど、観客にとって『すぐに劇場へ行かなくちゃ！』と駆り立てられるような要素があることが大事です。</p>
<p>　そして、③見た後で拡散したくなること。SNS時代、これは非常に重要です。SNSに何らかを投稿してもらうために、公式自ら内容の考察を盛り上げたり、見た人に“お題”を投げかけたりする。たとえば『トイ・ストーリー5』のプロモーションでは、〈あなたにとってトイ・ストーリーとは？〉〈あなたにとっての、好きな『トイ・ストーリー』の作品やシーンは？〉などと問いかけ、ユーザーの投稿を誘導しました。『プラダ2』も第１作の公開から20年以上経っていて、時代の変化や思い出話がしやすいですよね」</p>
配信では味わえない「IMAX」という鑑賞価値
<p>　こうしてみると、日本における『オデュッセイア』は異色の存在にも思える。特段続編や人気シリーズの１作でないうえ、原典『オデュッセイア』についても、物語の内容まで広く知られる題材とは言い難い。それでも20億円、25億円を射程内に捉え、ロングヒットが期待できる理由は、「（本作の）体験価値にある」と前田氏は述べる。</p>
<p>「昨今、ヒットの必須条件でIPと双璧をなすのが『体験価値』。その映画のために劇場へ行く意味があるかどうかということです。そして『オデュッセイア』はIMAXという、まさに映画館でしか堪能できない作り方を大々的な売りにしている。初週、『ちいかわ』より動員数が少なくても興収が高かったのは、+600円〜+900円のIMAX料金が追加されているからに他なりません」</p>
<p>　実際、同作の観客単価は初日から3日間で1876円（興行収入÷動員数より算出）。ちなみに日本映画製作者連盟の資料によると、2025年の平均入場料金は1454円だ。映画の一般料金については、T・ジョイ系列が2000円→2200円（2025年9月1日～）、イオンシネマ系列が1800円→2000円（2026年6月19日～）等、大手シネコンで相次ぐ値上げを加味しても、単価1876円は平均より有意に「高い」。これはIMAXで見た人が多いという証明たり得るだろう。</p>
<p>「全編IMAXフィルムカメラ撮影なので、シアターの規格によって映像が見える範囲に差異が出てきます。通常の映画は多くが2.39:1（＝横：縦）のところ、一般的なIMAXでは1.90:1と縦に広い。つまり、普通の上映では映らない部分までスクリーンで見ることができます。それよりさらに縦に広いフルサイズスクリーン（1.43:1）は、日本で『グランドシネマサンシャイン池袋』と『109シネマズ大阪エキスポシティ』しかなく、特にグラシネは公開3週目に入った今も予約開始とともに即満席状態です。こうしたIMAXならではの劇場体験は、絶対に配信で味わえない。だからこそ、『映画館で見ないと損だな』と思わせられるわけです」</p>



多くの人が圧倒される「ノーラン映画」
<p>　世界的に評価されるクリストファー・ノーラン監督だが、日本市場で歴代級のメガヒットがあるかといえば、そうでもない。</p>
<p>　今なお実写映画の国内興収トップを守る『タイタニック』（1997／277億円）のジェームズ・キャメロンや、『E.T.』（1982／135億円）、『ジュラシック・パーク』（1993／128.5億円）など100億円超えの大ヒットを生んだスティーブン・スピルバーグのように、飛び抜けた興行成績を収めた作品はない（ノーラン監督作の日本における最高興収は、前述『インセプション』の35億円）。</p>
<p>　それでも「ノーラン監督作なら見る」というファンの信頼を獲得しているのは、「圧倒的な体験価値を得させてもらえるから」（前田氏）だという。</p>
<p>「ノーラン監督はCG嫌いで、とにかく実写にこだわるタイプ。たとえば『ダークナイト』（2008）ではシカゴにあった解体予定の病院を本当に爆破したし、『TENET』では強烈な映像を撮るためにジャンボジェットを購入して、格納庫に激突させました。</p>
<p>　監督が“リアル”を追求して映像作品を仕上げることが日本でも徐々に知られるようになり、『ノーラン作品なら、映画館でしか味わえない体験をさせてくれるに違いない』という期待が勝つ。だって『TENET』なんて、とにかく難解だという話題が先行したのに、見に行く人が続出しました。普通、難しいと分かっていたら、わざわざお金を払って映画館まで行かないでしょう（笑）。ストーリーはともかく、スクリーンでしか味わえない圧倒的な映像美を堪能したい人が多かったということですよね。</p>
<p>　ノーラン監督作品のヒットは、トム・クルーズが『トップガン』などで自らスタントに挑み、ヒットさせていることとも通じます。デジタル全盛の時代に、あえてアナログで“本当にやる”ことの価値が高まっている側面は大きい。そして制作陣の熱量がこもった『本物』の映像を浴びる体験をさせてもらえる場所として、映画館が機能するというわけです」</p>
<p>　さて、“勝ち組”作品が快調な2026年。12月18日には、『アベンジャーズ／ドゥームズ・デイ』の日米同時公開も控えている。『アベンジャーズ／エンドゲーム』以来7年ぶりのシリーズ映画とあって、熱を帯びる本国では、公開3カ月前にして、すでに前売り券の売上が5000万ドル（約77億円）を叩き出しているとのこと。2026年の洋画の勢いは、年末まで続きそうだ。</p>
<p>なぜ日本人は『スパイダーマン』が好き過ぎるのか</p>
<p>（取材・文＝町田シブヤ）</p>



<p>『オデュッセイア』<br />
監督：クリストファー・ノーラン<br />
製作：エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン<br />
製作総指揮：トーマス・ヘイスリップ<br />
出演：マット・デイモン、アン・ハサウェイ、トム・ホランド、ロバート・パティンソンほか<br />
配給：ビターズ・エンド　ユニバーサル映画<br />
© 2026 UNIVERSAL STUDIOS<br />
photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.<br />
https://odyssey-film.jp/<br />
大ヒット上映中！2D（字幕／吹替）、IMAX®（字幕）、Dolby Cinema®（字幕）、4DX（字幕／吹替）、MX4D®（字幕／吹替）、35ｍｍ（字幕）の全6種9バージョンにて公開</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-02T21:31:28+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/10/20261002-cyzoonline-news-theodyssey-pic06.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[映画『オデュッセイア』より]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>日曜劇場『VIVANT』、風呂敷広げまくり→「完結は劇場で」説が急浮上で思い出される『SPEC』の悪夢とテレビ局の「悪癖」</title>
		<link>https://cyzo.jp/geinou/post_418663/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/geinou/post_418663/</guid>
		<description><![CDATA[　劇場で“本当の完結”か──。現在第2シーズンが放送中の日曜劇場『VIVANT』（TBS系）に「最後の最後は映画館で」となるという噂が視聴者をソワソワさせている。 たとえ今日がうまくいかなくても―― この時代にドラマ視聴]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　劇場で“本当の完結”か──。現在第2シーズンが放送中の日曜劇場『VIVANT』（TBS系）に「最後の最後は映画館で」となるという噂が視聴者をソワソワさせている。</p>
<p>たとえ今日がうまくいかなくても――</p>
この時代にドラマ視聴率15％は「すごい」部類
<p>　日本を陰で守る自衛隊直轄の非公認諜報組織「別班」の活躍を軸に、謎が謎を呼ぶ壮大な広がりで話題を席巻した第1シーズン（2023年7月期）は、回を重ねるにつれ視聴率が右肩上がり。最終話は世帯平均視聴率19.6%（関東地区／ビデオリサーチ調べ、以下同）と、同年の民放ドラマで最も高い視聴率をマークした。SNSでは考察合戦が活発となる一方で、じっくりと配信で見る人も多数。民法公式テレビ配信サービス「TVer」ではトータル再生回数5481万回を記録し、2023年7月〜9月期の全テレビ番組で1位に輝いた。</p>
<p>【『VIVANT』第1シーズンの世帯平均視聴率】<br />
第1話：11.5％<br />
第2話：11.9％<br />
第3話：13.8％<br />
第4話：13.4％<br />
第5話：14.2％<br />
第6話：14.3％<br />
第7話：14.1％<br />
第8話：14.9％<br />
第9話：14.9％<br />
第10話（最終回）：19.6％<br />
※全10話の平均世帯視聴率：14.3％</p>
<p>　そして今年7月26日、第10話から続く第2シーズンが放送開始。初回（第11話）で平均世帯視聴率18.8%と好調スタートを切ると、「TVer」では配信8日間で887万回再生を突破。同サービスで配信された全番組における単一エピソードの歴代最高を更新した。</p>
<p>　続く第12話以降の視聴率はやや低下したものの、それでも15％超をキープ。1ケタ視聴率が当たり前となった令和の今、コンスタントに15％をマークするドラマは「めっちゃいい」レベルだ（ちなみに同じ日曜日に放送されているNHK大河ドラマ『豊臣兄弟！』は、第35回までの世帯平均視聴率が11.3％である）。前半は9月13日放送分（第18話）で終了、「第20回アジア競技大会／2026愛知・名古屋」生中継による2週の放送休止を挟み、後半は10月4日（第19話）～11月8日（第24話）まで放送される。</p>
<p>【『VIVANT』第2シーズンの世帯平均視聴率】<br />
第11話：18.8%<br />
第12話：16.4%<br />
第13話：15.1%<br />
第14話：16.6%<br />
第15話：15.2%<br />
第16話：15.0%<br />
第17話：17.1％<br />
第18話：15.0%</p>
<p>　さて最終回まであと6回。放送に合わせ、作中で粛清された悪役たちが物語の進行を凝視し語り合う公式スピンオフ番組「VIVANT 悪役会議室」（TBSラジオ・YouTube生配信／毎週日曜23時～）も盛り上がるなか、第2シーズン終了直後、“本当の完結”となる「劇場版」が登場するという説が急浮上した。</p>
<p>　TBSからの公式発表はまだないものの、8月25日配信の「東スポWEB」によれば、12月４日全国公開予定で調整が進んでいるという。最終回からわずか1か月での劇場版公開という速攻スケジュールの裏には、ファンの熱が冷めないうちに――という制作陣の思惑があるだろうが、『VIVANT』を熱心に追いかける視聴者にとって、どうやら歓迎一色ではないようだ。</p>
「続きは映画館で」に渦巻く不満
<p>　もともと『VIVANT』は、モンゴルやアゼルバイジャンといった海外での大規模ロケを敢行し、堺雅人、阿部寛、二階堂ふみ、二宮和也ら主役級の俳優を揃えるなど、地上波ドラマ界では規格外のスケールで制作されてきた。海外ファンの獲得にも意欲的で、第1シーズンはNetflixを通じて190以上の国と地域で配信。製作費は、一般的な１時間ドラマで1話あたり約4000万円を相場とするところ、1億円前後を費やしたと報じられている。そうした背景から、劇場版が作られること自体に大きな違和感はない。</p>
<p>　問題は「劇場版で完結すること」だ。Xでは〈映画映えする作品だし楽しみ〉といった期待のほか、第2シーズンでは新キャラが7人投入されるなどもともとの複雑さに拍車がかかっていることから、“伏線回収”は映画まで引っ張られることには納得の声もある。</p>
<p>　一方で、この流れに〈ドラマで完結してほしい〉といった不満や批判は多く、なかでも〈まじで映画で残念な感じにだけはならないでくれ、SPECのように&#8230;&#8230;〉〈VIVANT映画化とか終わったなマジで。（中略）SPECの流れ思い出すわ〉など、劇場版完結でファンを悪夢に陥れた『SPEC～警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿～』（TBS系／2010）の名が散見される。</p>
<p>　ドラマ不況のなか、やっと社会現象レベルの話題を集めている『VIVANT』にとって、この選択は吉と出るのか、凶と出るのか。ドラマ評論家・吉田潮氏と考える。</p>
テレビ局が「完結編」を映画で作る理由
<p>　地上波ドラマの物語を映画で完結させる手法は、決して珍しいものではない。代表例の一つが『LIAR GAME』（フジテレビ系）だ。</p>
<p>　同作は、第1シーズン（07）が土曜23時台という深夜帯でありながら、平均視聴率11.4％超えとなり、第2シーズン（09〜10）で火曜21時のゴールデン帯へと昇格。2クールかけて「ライアーゲームトーナメント」1回戦〜セミファイナルまでが描かれると、最終決戦の「ファイナルステージ」は劇場版へと持ち越された。そしてドラマ最終話から2カ月後に公開された劇場版は興行収入23.6億円を突破。きちんと物語に決着をつけたことでファンから一定の評価を得たものの、当時、“続きは劇場で”という手法には賛否があった。</p>
<p>　なぜテレビ局は、ドラマ版の「続き」をわざわざ劇場版で作るのか。</p>
<p>「大前提として、誰でも無料で見られる地上波ドラマの放送で局が収益を上げるのは難しい。けれど、映画化すれば（興行収入があるので）多少なりとも売上を見込めます。そうした映画（劇場版）は設定や物語がドラマの延長線上で描きやすく、ゼロから作るほどの労力もいりません。『これ、映画化する必要ある？』みたいなものが量産される背景には、省コストで利益が望めるという局の目論見があるわけです。さらに劇場版がヒットすれば、そのシリーズがどんどん作られる。最近だと『TOKYO MER～走る緊急救命室～』（TBS系）がその例です。</p>
<p>　そういう事情があるなかで、ドラマの完結をあえて劇場版にもってくる作品には、特徴があります。簡単にいえば、視聴者に『結末が気になって仕方がない』と思わせられるような、危機的なもの、推理もの。『トリック』『ドクターX』『緊急取調室』などで、『SPEC』もそうですね」（吉田氏、以下同）</p>
劇場版でファンを置き去りにした『SPEC』シリーズ
<p>　ただしラストを劇場版に託した結果、ファンはむしろ混乱し、後味がスッキリしなかった作品が前述『SPEC』だ。</p>
<p>　IQ201の天才刑事・当麻紗綾（戸田恵梨香）と無骨な刑事・瀬文焚流（加瀬亮）が、特殊能力＝「SPEC」を持つ者たちが関わる事件に挑むという、刑事ドラマ×超能力バトルの異色作。視聴率は最高数値が最終回の12.9％とそこまで高いわけではなかったが、漫画・アニメ的なケレン味の強い設定と個性的なキャラクター、鬼才・堤幸彦監督による独特の映像演出が熱狂的なファンの支持を獲得した。</p>
<p>　反響を受ける形で、2012年4月1 日にはテレビシリーズの続きを描いたスペシャルドラマ『SPEC～翔～』が放送。このサブタイトルは「起承転結」の「承」をもじったもので、さらに4月7日からは「転」にあたる劇場版『SPEC～天～』が公開、興収23.9億円の大ヒットとなった。立て続けとなるドラマ→映画制作には、TBSの「この機を逃すな！」という鼻息の荒さを感じるが、勢いそのままに翌2013年、シリーズ完結編となる『劇場版 SPEC～結～』が前後編（「漸 (ゼン) ノ篇」、「爻（コウ）ノ篇」）で公開されると、評価は大きく割れてしまったのだ。</p>
<p>　フィナーレまで一気に突っ走ったかにみえて、ドラマ版の「一見すると不可思議な事件の裏に、特殊能力を持つ者たちが潜んでいる」という基本設定はどこへやら、物語は突如「人類滅亡」を巡る話へと転換。さらには「先人類」「パラレルワールド」「ガイアの意志」など、小難しい新設定を次々と投下し、風呂敷を広げに広げた挙げ句、それを一気に畳む超展開を見せた。かくしてドラマ版の面白さを求めていた層は置き去りにされ、なんとかついていこうと頑張った観客も、最終的には口をあんぐり開けたまま劇場を後にした……という。</p>
<p>「『SPEC』は、ドラマの時点では面白かったんだけど、劇場版はパラレルワールドを思わせる演出ばかりで困惑したという声や、謎が残されたまま終わっちゃって、後味が悪いという声も多かった。あちこちに話を広げすぎて、完結としての劇場版『SPEC』は支離滅裂、ドラマの設定を使って制作陣がめちゃくちゃにしたともっぱらの酷評ですよね。</p>
<p>　だって、『劇場版SPEC～結～』で急に向井理と大島優子が出てくるんだもの。ドラマを見ていた人たちからしたら、『どなた？』と思って当然だし、自分のものじゃなくなったという感じになっちゃった。こういう展開の裏側には、人気俳優を投入してもっと新しいファンを呼び込もうとか、話題の裾野をさらに広げようとか、大体局の下心があるものです。脚本家も、最初はシンプルに超能力（特殊能力）を書きたかったのに、周囲が欲を出して、あれもこれもと取り入れていった結果、とっ散らかったのでは」</p>
一度ヒットすると、こすり倒す「テレビ局の悪癖」
<p>　とはいえ興行面は前編27.5億円（シリーズ最高）、後編20.6億円と好調。そんな“金のなる木”を局が放っておくはずもなく、完結を迎えた後もIPとしての活用は続いた。2018年、動画配信サービス「Paravi」のオリジナル作品として新シリーズ『SPECサーガ完結篇「SICK&#8217;S」』が始まったのだが、吉田氏は、「一度ヒットしたタイトルをあちこちでこすることで、それぞれの集客を見込む」戦略の罪深さに言及する。</p>
<p>「『SICK&#8217;S』は、2018年４月１日にローンチしたTBS、日本経済新聞、テレビ東京、WOWOWら６社が共同出資＆運営する新サービス（当時）『Paravi』の第1弾として作られたんですよね。3部作で、第1作『恕乃抄』は同年4月～、第2作『覇乃抄』は2019年3月～、第3作『厩乃抄』は2019年9月～独占配信されました。</p>
<p>　ユーザーを獲得するための施策として、ヒット作をこする企画だったことは明らかです。ただここまでいくと、もはや脚本家の手を離れてしまう。だって、シリーズ脚本の西荻弓絵さんは、『SICK&#8217;S』では“原案”にとどまっていますからね……。面倒で『好きにしてください』という感じだったかもしれない。配信ドラマは木村文乃と松田翔太が主演で、本筋のメインキャストだった戸田恵梨香と加瀬亮はもはや出てこない、もともとの『SPEC』を知っている人からすると全く別物の話です。“船頭多くして船山に登る”という状況で、『SPEC』という使い勝手のいい箱舟にみんなが乗っかって、沈没していった」</p>
<p>　では、『VIVANT』において、「ラストは劇場版」への期待感は？</p>
<p>「（もし劇場版があるなら）二宮和也は、映画要員なんじゃないかなと思っています。というのも、今シーズンであんまり出ていないんですよね。特に二宮は、地上波より映画で集客力を発揮するタイプでもありそう。物語としてもまだまだ謎があるし、今のままでうまく終わらせられる気がしないから、劇場版は現実的な線ではあるでしょう。</p>
<p>『SPEC』と違うのは、『VIVANT』は福澤克雄氏というプロデューサーが原作も担当しているドラマだということ。特に第２シーズンは脚本も担当しています。その意味で、責任をもって回収してくれると期待しています！」</p>
<p>　ラストスパートに向け、公式SNSもせっせと話題作りに薪をくべている『VIVANT』。散りばめられた伏線っぽい何かには、もう追いきれない！　という離脱気味の悲鳴も聞かれるが、どこまでファンを引っ張れるか、そして納得させられるのか。</p>
<p>「タイタニックポーズ」ミーム化する条件</p>
<p>（取材・文＝町田シブヤ）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-02T21:13:33+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/10/20261002-cyzoonline-news-todasakai-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[ドラマ『SPEC』の主演・戸田恵梨香と『VIVANT』の主演・堺雅人（写真：Getty Imagesより）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>『豊臣兄弟！』が描かなかった神仏も民衆も敵に回した“怪物”秀長と「門徒を持たない宗派」が招いた興福寺の屈服</title>
		<link>https://cyzo.jp/geinou/post_418660/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/geinou/post_418660/</guid>
		<description><![CDATA[　前回（第37回）の『豊臣兄弟！』「秀長の国」は、やや薄味な内容で、筆者には物足りなかったです。史実どおりであれば、秀長（仲野太賀さん）の「怪物」ぶりがめきめきと発揮されていたはずですから……。 巨大なブラックボックス「]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　前回（第37回）の『豊臣兄弟！』「秀長の国」は、やや薄味な内容で、筆者には物足りなかったです。史実どおりであれば、秀長（仲野太賀さん）の「怪物」ぶりがめきめきと発揮されていたはずですから……。</p>
<p>巨大なブラックボックス「大和国」</p>
<p>　秀長の乱暴狼藉のすべてを「大河ドラマ」でやる必要はありませんし、主人公の「秀長さん」を「いい人」のまま据え置きたい制作陣の気持ちもわかります。</p>
<p>　しかし、私的な手紙などの史料を後世にはほとんど遺さず、その素顔に迫ろうとしても果たせない「羽柴（豊臣）秀長」という人物の一面を知ることができるのが、彼の大和国支配のやり方ではないかと思われるのですね。</p>
<p>　史実の秀長が、武力で圧殺したといっても過言ではない大和国（現在の奈良）では、一揆などの武力反乱は起きていません。</p>
<p>　これは秀長の支配に民衆が納得していたからではなく、秀長の本拠地がドラマでも描かれたように大和郡山に置かれ、多数の兵たちが大和国を中心に配置されていたので、反対を表明できなかったからなのでした。</p>
<p>　しかし大和国でも天正13年（1585年）9月18日、秀長の妻こと「智雲院」――ドラマではまだ出家していないので「慶（ちか）」（吉岡里帆さん）が郡山城に入城した前後の城下の「空気」は最悪でした。</p>
<p>　ドラマではとくに何の問題もなく、外出できている「ちか」ですが、史実の智雲院は城の奥深くで息を潜め、一揆が起きないように祈るしかなかったと思われます。</p>
<p>　大和国の「空気」が荒れたのは、新領主・秀長だけでなく、その奥方まで引っ越してきたとなれば、その国が武将の「本拠地」となることが確定だからです。それは、現在の望まぬ政策が施行され続ける未来を意味していたので、興福寺の僧による『多聞院日記』にも「近日、一揆が起きるだろう」という不気味な一節が書き込まれるほどでした。</p>
<p>　ところがその興福寺など、かつては都の天皇や公卿たちを震え上がらせた「宗教領主」たちは、自分の門徒たち、さらに秀長によって地位と職を奪われた大和国の国人（地侍）たちと連携することができず、一揆は起きぬままに終わったのです。</p>
<p>　それでも秀長に真っ向から反論する者たちもいました。大和国の豪商たちです。</p>
<p>　次回（第38回）のドラマで取り上げられるようですが、天正13年10月、大和国入りを果たしたわずか1カ月後の秀長は自身のお膝元の大和郡山を発展させるべく、大和国全体の商工業者にそれまで商売していた土地を捨て、郡山に移転しろと命じたお触れを出していました。これには当然ながら、各地の商人たちから猛反発の声があ上がりました。</p>
<p>　一部の商人たちは「長いものには巻かれろ」と秀長にお愛想し、秀長は彼らに特権を与える一方、それ以外の商人たちからの反発は根強いものでした。それは商人たちに郡山移転を命じるお触れが2年後にも再び出されているという事実から明らかです。</p>
<p>　ここで改めて興味深いのは、商人たちは声を上げられたのに、大和国の頂点にいたはずの興福寺など「宗教領主」が秀長に膝を屈するしかなかった背景です。</p>
<p>　ドラマの時間軸より少し前の話になりますが、若き日の徳川家康（ドラマでは松下洸平さん）は三河（現在の愛知県）における「一向宗（＝浄土真宗）一揆」にさんざん苦労させられました。「宗教領主」たちが農民を先導し、領主の横暴に立ち向かう構図は当時においても健在だったはずです。</p>
<p>　ところが、その手の反乱が秀長支配下の大和国では起きずじまいだったという史実は、興福寺など大和国の「宗教領主」と領民たちとの微妙に「遠い」関係が影響したのではないかと思われます。</p>
<p>　というのも、興福寺など大和国を代表する寺院が奉じているのは「法相宗（ほっそうしゅう）」と呼ばれる宗派でした。これは古代日本に仏教が伝来した当時からの伝統を引き継ぐ由緒正しい宗派であると同時に、彼らは一向宗などのように通常の檀家や門徒を持たないのです。それはつまり、寺と門徒を結託させるよい機会である「お葬式」などの宗教行事が、少なくとも寺院関係者の手では行われていなかったことを意味するのです。</p>
<p>　仏教史に詳しい方ならピンとくるでしょうが、元来、仏教では「人間、死んだらそれで終わり」と考えられていました。そして法相宗など、伝来当時の仏教のあり方を引き継ぐ「南都六宗」の諸宗派は、お釈迦様自身が『大般涅槃経』において、弟子たちに対し「私の遺体の供養（葬儀）に煩わされるな。それは在家の信者に任せ、お前たちは真理の追求（修行）に専念せよ」と命じた――つまり、出家者＝仏教のプロは、葬儀なんかに関わっちゃダメ！という教えを厳密に守り、葬式の催行はもちろん、当時でも別の宗派では行われていた死後の供養なども行いませんでした。</p>
<p>　それでは興福寺など法相宗の僧侶たちの仕事は……というと、学問と修業なのです。彼らの主な仕事は人間の心の構造を徹底的に解析する「唯識学」という膨大な教理の研究であり、僧の姿をしていても、東洋哲学科の教授のようなインテリ集団だったのです。</p>
<p>　とはいえ、先述のように興福寺など奈良の「宗教領主」たちがずっとクールなインテリだったわけではなく、たとえば（関連団体である）春日大社に伝わる藤原氏の魂を宿したご神木の榊を使った呪詛調伏などは歴史を通じ、盛んに行ってきました。</p>
<p>　中世以降、呪詛調伏も陰陽師ではなく、僧侶たちの専門分野となっていたので、大和国の僧たちは何か不都合を感じれば、「春日神木」を輿に乗せて各地に繰り出し、「仏罰・神罰が下るぞ」と脅迫しまくったのです。</p>
<p>　ところが、秀長の時代――戦国時代末期ともなれば、本当に恐ろしいのは神仏よりも人間という事実が広く知れ渡り、神仏を笠に着た脅迫は現実味を失ってしまっていました。この点も、秀長の横暴に対し、興福寺など大和国の「宗教領主」たちが蜂起を組織できなかった理由とつながるでしょうね。</p>
<p>　さらにこれは冒頭でお話したように筆者が前回のドラマを薄味だと感じてしまった理由ともつながってくるのですが、もし、ドラマが「興福寺VS秀長」を本気で描こうというのなら、反・秀長の先鋒として立ち上がった興福寺の坊官・盤覚（坂口涼太郎さん）に、呪詛調伏目的で唱えさせるのが般若心経というまったく意味の通らないシーンなど撮影しなかったはずなのです。</p>
<p>　般若心経は「空（くう）」の重要性を説き、「無駄なコダわりは捨て、楽になりましょう」という時に詠むお経ですから、政敵を呪い殺すための呪文にはなりえません。</p>
<p>　せっかく怪演で知られる坂口さんを坊官・盤覚として登場させたのですから、暗黒のお堂の中で春日神木を振り回す盤覚が「キエエエエ」と叫んで失神するとか、もっと大河史上に残る奇怪な一場面を作り得たのに……と、残念でした。</p>
農民、僧侶らに嫌われまくった秀長のビジネスセンス
<p>　ここで脱線しますが、筆者は先週、秀長時代に武器を供出させられ、牙を抜かれてしまった談山神社を初訪問することができました。そこで参道を歩いていると、鎌倉幕府をさかんに呪詛していた頃の後醍醐天皇が寄進した石灯籠（元徳3年=1331年の銘あり）がさりげなく置かれていることに驚かされたのです。</p>
<p>　調べてみると、明治時代初期の「廃仏毀釈」――かつては渾然一体だった仏教と神道を厳密に分離させようとした宗教運動の結果、妙楽寺が談山神社に名前を変えた際、もとの場所から現在の参道に、後醍醐天皇寄進の摩尼輪塔は移動したようです。</p>
<p>　いずれにせよ談山神社は、古代日本における一大クーデターであった「大化の改新」の前に、藤原氏の祖・中臣（藤原）鎌足と、中大兄皇子（後の天智天皇）が談合した場所だといわれています。後醍醐天皇もその逸話を信じ、鎌倉幕府打倒を企てている自身に神仏の力を宿そうと必死だったことがうかがえました。</p>
<p>　後醍醐天皇は、自身の手で呪詛調伏を行えるほどにはオカルト分野のスペシャリストでしたから、その彼が篤い信頼を寄せていたのが談山神社であったことを考えると、なぜ秀長時代の談山神社、ひいては興福寺など大和国の「宗教領主」たちが武力にひれ伏すしかなかったのかがよくわかります。</p>
<p>　寺社の力は、信徒たちの信仰の力です。とくに百年以上続いた戦国時代と呼ばれる乱世においては、いくら平和を神仏に願ってもそれが聞き届けられないことを知ってしまった大和国の人々の信仰心が目減りしていたのでしょうね。それは大和国の興福寺などの支配的な寺院が、法相宗という門徒を持たぬ「やや」特殊な宗派であった事実とも重なり、紀伊国では可能だった秀長への一揆が大和国では起きぬままで終わった理由にも影響していると思われます。</p>
<p>　そもそも史実の羽柴（豊臣）秀長という人物が、神仏に非常に冷淡だったことも無縁ではありません。秀長は居城である大和郡山城の改築にあたり、春日大社の石切場を私的な目的で使用しただけでは足りず、大和国の大寺院の礎石・五輪塔・石地蔵にいたるまで強制徴収しました。それらを城の石垣に転用させたのです。</p>
<p>　また紀州国・根来寺の大伝法院の門をはるばる移築させ（民衆だけでなく、僧侶まで人夫として動員）、郡山城の門にしています。この手の“転用”は、様々な武将が各地で行っていましたが、秀長の性格を考えると、ニュートラルな転移だったはずがありません。</p>
<p>　さらに秀長は古くから興福寺が主催していた「おん祭」の催行権を、財政支援の名目で奪いとり、田楽、猿楽など各種芸能の披露会のようだった祭礼の趣旨も、自身の武威を見せつけるための軍事パレードに書き換えたのでした。そもそも秀長が寺の所領を約半分に削って財政難に追い込み、祭礼の執行権も手放させているので、悪質というしかない話です。</p>
<p>　天正13年11月25日から行われた同祭では、当初、秀長および来場が見越されていた兄・秀吉のために豪華な特等席が用意され、かつてそこに座っていたはずの寺社関係者は、高位の僧侶たちまで楽人席――音楽演奏担当者の居場所という末席に追いやられました。</p>
<p>　もともと同祭は寺社関係者と一般人が分け隔てなく座るのが伝統だったようですが、これをイヤがった秀長は自ら棒を振り回し、僧たちの近くに一般人が座ろうとするのを追いやった記録があります。さらに同祭は興福寺内の大乗院の門跡が急死したにもかかわらず、秀長の厳命で中止されずに行われた「いわくつき」の祭礼でした（天野忠幸『大和大納言 豊臣秀長』）。</p>
<p>　なおこの直後の27日、仏罰・神罰を思わせる大地震が大和国を襲い、翌年にまでその影響は残りましたが、秀長がとくに気にした記録はありません。</p>
<p>　このように大和国の上は神仏から下は庶民にいたるまで、ほとんどそのすべてから嫌われまくっていた史実の秀長ですが、恐ろしいのは彼のビジネスセンスの確かさなのです。「大和大納言」秀長卿による苛烈なテコ入れの結果、少なくとも彼の城下町・大和郡山市の経済は大いに活性化した事実は否定できず、しかもその効果は秀長の死後まで末永く続いているのでした。現在でも失敗することのほうが圧倒的に多い大規模都市再開発ですが、秀長はそれに成功しているのです。</p>
<p>　ドラマのように誠意にあふれた「いい人」であるだけでは起こせないような経済革命を現実にしたのが史実の秀長であり、何者も恐れず、嫌われ上等の彼の生き様――天上天下唯我独尊的な豪腕こそが秀長パワーの源だったのでした。</p>
<p>公家らを調略する秀吉</p>
<p>（文＝堀江弘樹）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-02T19:36:58+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/05/20260529-cyzoonline-column-toyotomi-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[『豊臣兄弟! 後編（NHK大河ドラマ・ガイド）』（NHK出版）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>メンヘラの可視化『インサイド・ヘッド』 竹内結子、大竹しのぶ、佐藤二朗が声優に</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_418461/</link>
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		<description><![CDATA[　メンタルヘルスを略称した「メンヘラ」という言葉が、ここ10年ほどで定着するようになりました。精神的に不安定な状態を指すスラングですが、最近はすっかりカジュアル化しています。ネガティブなイメージも当初はありましたが、精神]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　メンタルヘルスを略称した「メンヘラ」という言葉が、ここ10年ほどで定着するようになりました。精神的に不安定な状態を指すスラングですが、最近はすっかりカジュアル化しています。ネガティブなイメージも当初はありましたが、精神的なしんどさを自分から口にできるようになってきたことは悪くないように思います。「6人に1人は心の不調を抱える」なんて記事もネット上では見かけます。</p>
<p>『名探偵コナン 30号殺人事件』芸術的犯罪</p>
<p>　そんなメンタルヘルスの世界を描いたのが、ピクサー＆ディズニーの3DCGアニメ『インサイド・ヘッド』（2015年）です。多感な少女の内面世界をファンタジックに描き、日本でも興収40億円を超える大ヒット作になりました。</p>
<p>　10月9日（金）の『金曜ロードショー』（日本テレビ系）は、ノーカットで『インサイド・ヘッド』を放送します。現代人にとっては他人事ではない、メンタルヘルスについて考えてみたいと思います。</p>
カナシミはみんなの足を引っ張る存在？
<p>　ピート・ドクター監督は『モンスターズ・インク』（2001年）や『カールじいさんの空飛ぶ家』（2009年）などピクサー社のヒット作を手掛けています。創業メンバーだったジョン・ラセターが去った後のピクサー社のチーフ・クリエイティブ・オフィサー（CCO）を務めています。フィリピン出身のロニー・デル・カルメン監督と共作した『インサイド・ヘッド』はこんな物語です。</p>
<p>　舞台となるのは、米国ミネソタ州で生まれ育った元気な女の子、ライリーの頭の中です。頭の中の司令部には、ヨロコビ（CV：竹内結子）をリーダーに、カナシミ（CV：大竹しのぶ）、イカリ、ムカムカ、ビビリという感情がいます。5人が協力し合うことで、ライリーは家族や友達と楽しく暮らしていたのです。</p>
<p>　11歳になったライリーは、両親と共に都会のサンフランシスコへと引っ越します。新しい街で暮らし始めたライリーの転校デビューを成功させようと、ヨロコビは張り切ります。</p>
<p>　ところが、カナシミが記憶のボールに触れたことから、ライリーはミネソタ時代を思い出し、転校先の小学校で泣き出すことに。慌てたヨロコビはカナシミを制しようとしますが、誤ってふたりとも司令部から遠く離れた記憶の彼方へと飛ばされてしまいます。</p>
<p>　なんとか司令部に戻ろうとするヨロコビとカナシミですが、頭の中は迷路のようになっており、簡単には帰ることができません。その間にもライリーはどんどんボッチ化します。ヨロコビとカナシミの苦難の旅が続くのでした。</p>
同時期に公開された真木よう子主演コメディ
<p>　ひとりの少女の頭の中を可視化した『インサイド・ヘッド』のユニークな世界観が、話題となりました。同時期には真木よう子主演の恋愛映画『脳内ポイズンベリー』（2015年）も公開されています。こちらもヒロインの脳内が舞台となっており、設定が被っていることで注目されました。</p>
<p>　漫画原作の『脳内ポイズンベリー』は、真木よう子の頭の中で西島秀俊、吉田羊、神木隆之介らが脳内会議を開くコメディ映画でした。原作漫画は2010年から連載されていたのでパクリではありませんが、こちらの興収は7.7億円にとどまっています。</p>
<p>　人間のインナーワールドを擬人化したコメディ映画には『はたらく細胞』（2024年）もありますが、古くはウディ・アレン監督・主演の『誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXについて教えましょう』（1972年）では、男性が射精する瞬間の体内メカニズムが思いきっり下ネタコントとして描かれています。</p>
<p>　さらに1990年代の米国では、TVドラマ『ハーマンズ・ヘッド』が放送されています。こちらは出版社で働く男性の頭の中にいる知性、良心、欲望、恐怖心が討論するというシチュエーションコメディでした。『インサイド・ヘッド』は、ピクサーのオリジナルのアイデアだったわけではありません。</p>
<p>　埋もれがちな過去のカルト作を大衆向けにアレンジするのが、ピクサー＆ディズニーはうまいんです。</p>
佐藤二朗が演じた美味しいキャラ
<p>　ライリーの頭の中には、想像の国、抽象的思考、夢制作スタジオなど多彩なエリアがあり、ヨロコビとカナシミは、さまざまな体験をします。そんな状況下で出会ったのが、ライリーのイマジナリーフレンドであるビンボン（CV：佐藤二朗）でした。</p>
<p>　ライリーが幼い頃はよく一緒に遊んだ「空想の友達」ビンボンですが、彼女が成長するにつれ、忘れられつつあります。かつてはライリーと月まで旅行したロケットも、今では忘却の谷に放置されたままです。</p>
<p>　イマジナリーフレンドは、いつかは消える運命にあります。悲嘆するビンボンをヨロコビは元気づけようとしますが、反応がありません。ところが、カナシミが静かに寄り添うことで、ビンボンは落ち着きを取り戻します。</p>
<p>　それまでずっとヨロコビの足を引っ張ってばかりいたように見えたカナシミが、必要な存在だったことがわかります。</p>
<p>　ライリーが大人へと成長していく上で、いつも陽気なヨロコビだけでは対応できない複雑な感情が、彼女の中で芽生え始めていたのです。</p>
<p>　意外な事実も発覚します。ライリーにとって大切な思い出だったアイスホッケーの試合でゴールを決めた記憶ですが、実は上書きされたものだったのです。本当はゴールを外して落ち込んでいたライリーを、両親やチームメイトたちが温かく励ましていたのです。</p>
<p>　喜びと悲しみは共存する感情であることに、ヨロコビとカナシミは気づくことになります。</p>
あまりにも献身的だったヨロコビ
<p>　ヨロコビ役の声優に挑戦したのは、女優の竹内結子さんです。個性的な感情たちをまとめる責任感の強いリーダーであり、ライリーが幸せになることを常に願っている存在です。ヨロコビが献身的に明るく振る舞う姿は、あまりにもけなげです。TVドラマや映画でずっと活躍し続けた竹内結子さん自身と重なるものを感じさせます。</p>
<p>　竹内結子さんが亡くなった2020年には、人気俳優の三浦春馬さんも亡くなっています。2022年にはお笑いタレントの上島竜兵さんも亡くなっています。コロナ禍中に、人気芸能人たちの悲報が相次いだことは世間に衝撃を与えました。</p>
<p>　なぜ自ら死を選んだのか、その理由は誰にもわかりません。もしかしたら、本人にも整理できない苦しみだったのかもしれません。そのくらい人間の心は複雑です。</p>
<p>　はっきりと言えることは、人気俳優や売れっ子タレントも、ひとりの生身の人間だということです。いくら幸せや成功を手にしても、それぞれ悩みや心の闇も抱えています。時々そのことに耐えきれなくなってしまいそうになることは、生きている人間なら誰しも経験があることでしょう。</p>
<p>　今の社会は「陽キャ」やコミュニケーション能力に優れた人物がもてはやされがちですが、いつも「陽キャ」やコミュニケーションの達人でいるのはしんどいですよ。人間はもっとテキトーでいいじゃないですか。</p>
<p>　いつも張り切っているヨロコビを見ていると「そんなにがんばらなくてもいいよ」と言いたくなるのと同時に、どんな仕事も手抜きができない人だったんだなと故人のことが偲ばれます。今夜はもうテレビを消して、パソコンも閉じて、おやすみなさい。</p>
<p>『ナイトミュージアム』 白人視点</p>
<p>（文＝映画ゾンビ・バブ）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-02T16:03:43+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/09/20260930-cyzoonline-column-insidehead-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="721"><media:description type="plain"><![CDATA[映画『インサイド・ヘッド』【Blu-ray】]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>ドジャース・山本由伸は「日本人史上最高」になれるのか──すでにMLBトップ級!?　それでも問われる“エースの条件”</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_418564/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_418564/</guid>
		<description><![CDATA[　世界一を決めるマウンドで示した勝負強さと、シーズンを通じて先発陣を支える安定感。山本由伸の投球は、「日本人史上最高」という問いを、期待から実績を比べる議論へと変えつつある。 　ただし、歴史的な評価を築くには、大舞台での]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　世界一を決めるマウンドで示した勝負強さと、シーズンを通じて先発陣を支える安定感。山本由伸の投球は、「日本人史上最高」という問いを、期待から実績を比べる議論へと変えつつある。</p>
<p>　ただし、歴史的な評価を築くには、大舞台での快投に加え、相手の研究を上回りながら、質の高い投球を何年も続ける必要がある。</p>
<p>　名投手が歴史を刻んできたドジャースで、山本は自らの時代をつくれるのか。投球の質と量、短期決戦での貢献、そして進化を続ける修正力から、その条件を読み解く。</p>
<p>10.1甲子園「阪神－巨人」は天王山か</p>
防御率2.53、185回──適応の先にある仕事
<p>　2026年の山本の成績は、28試合に先発して14勝9敗、防御率2.53、182奪三振、185回。昨年は30先発で173回3分の2、防御率2.49だった。勝利数、奪三振数、防御率はチーム内トップを記録。昨年と比較すると失点を抑える水準をほぼ維持したまま、登板数が二つ少ない段階で投球回を11回3分の1増やしている。</p>
<p>　1回の先発当たりの投球回を計算すると、昨年の約5.79回から約6.61回へ伸びた。この差は、単なる個人成績の改善ではない。先発が7回に近づけば、監督は救援陣の投入を遅らせられる。勝ちパターンの連投を減らし、翌日以降の継投にも余裕を残せる。長い回を高い質で担うことは、投手陣全体への貢献になる。</p>
<p>　昨年のサイ・ヤング賞投票では3位に入り、今年も現地の専門メディアで受賞争いの候補として論じられている。ただし、候補であることと最有力であることは別だ。賞の行方には他投手の成績も関わる。重要なのは、山本が単発の好成績ではなく、複数年にわたって比較の対象に入る投手になっている点である。もはや「MLBに慣れてきた」という説明では足りない。適応は、その後も細部で続く。しかし評価の基準は、環境に対応できたかではなく、対応したうえでリーグを代表する成績を維持できるかへ移っている。</p>
<p>　投球内容を見れば、すべての数字が一方向に伸びているわけではない。奪三振は昨年の201から今季は182。投球回から算出した奪三振率は約10.42から約8.85へ下がった。一方、1回当たりに許す安打と四球を示すWHIPは0.99から0.87へ改善している。ここから直ちに、意図的に三振を減らして省エネルギー化した、と結論づけることはできない。相手打線や守備、打球の結果にも左右されるからだ。</p>
<p>　それでも、三振の減少だけを捉えて支配力の低下と評価するのは適切ではない。走者を抑え、失点を防ぎ、長い回を投げるという成果を併せて見る必要がある。</p>
<p>　エースの仕事は、調子がいい日に圧倒することだけではない。決め球が見送られる日にもストライクを先行させ、連打を浴びた後にも試合を壊さず、次の登板でも役割を果たすことだ。最高の投球と最低限の投球の差を小さくできれば、チームは山本を中心に一週間の戦い方を組み立てられる。</p>
<p>　今季の山本はスプリットを最も多く使い、直球やカーブ、カットボール、シンカーなどを組み合わせている。しかし、豊富な球種を持つことと、相手の対策を上回ることは同義ではない。大舞台で結果を残した投手ほど、その球種構成やカウント別の選択は研究の対象になる。</p>
<p>　たとえば、相手が低めのスプリットを見送り、ストライクを取りにくる直球に狙いを絞る場合を考えたい。必要になるのは、さらに鋭く落とすことだけではない。変化球で先にストライクを奪う、直球を使うカウントを変える、打者が待つ高さから外す。球そのものの質に加え、見せる順番で相手の判断を変える必要がある。</p>
<p>　これは相手球団が実際に採用する作戦を断定したものではない。山本が今年のポストシーズンで問われる、修正力の一例である。同じ打者との二度目、三度目の対戦で、最初の打席の反応を次の配球に反映できるか。捕手との共同作業を含めた判断の精度が、一球の威力を生かす。</p>
<p>　また、9月23日のパドレス戦では6回4失点、自責点は2だったが、自身の悪送球も失点に絡んだ。短期決戦では、防御率に表れないプレーも勝敗を動かす。投球だけでなく、打球処理や送球まで含めて一つのアウトを確実に取ることが、エースの完成度を左右する。</p>
伝説の再演ではなくシリーズを勝たせる投球
<p>　昨年のワールドシリーズで、山本は3勝を挙げてMVPに選ばれた。17回3分の2を投げ、防御率1.02。第6戦で6回を投げた翌日に、第7戦でも救援として2回3分の2を無失点に抑えた投球は、優勝を決定づける仕事だった。NPB時代を振り返ると、この大舞台での存在感が、最初から勝ち星に結びついていたわけではない。クライマックスシリーズでは勝利を挙げていた一方、日本シリーズでは初登板から4試合、白星がなかった。</p>
<p>　初勝利は、NPB最後の登板となった2023年第6戦。9回1失点、シリーズ新記録の14奪三振という完投で、後がないオリックスを第7戦へつないだ。日本シリーズでは、最後の最後にエースとしての投球を自身の白星へ結びつけたのである。</p>
<p>　MLB移籍後は、その勝負強さが勝利数にも明確に表れている。ポストシーズンでは2024年に2勝、2025年に5勝を挙げ、2年間で計7勝。2024年の地区シリーズ第5戦でも、負ければ敗退という状況でパドレスを5回無失点に抑えた。日本シリーズで白星をつかむまで時間を要した投手が、海を渡ってからは、勝ち上がりを左右する登板で繰り返し結果を残している。</p>
<p>　もちろん、勝ち星には打線の援護や救援陣の働きも関わるため、NPB時代は大舞台に弱かったと断定することはできない。それでも、敗退の危機をしのぐ好投や優勝を決める登板を重ねてきた事実は重い。山本の評価を押し上げているのは、シーズンの数字だけでなく、勝利が最も必要な場面で、その能力を発揮してきた実績である。</p>
<p>　すでに山本は、ドジャースの球団史に残る一場面をつくっている。今後の課題は、そこに一度登場した英雄で終わらず、数年単位でチームの中心を担うことだ。だからこそ、今年の評価基準を「昨年と同じ連投ができるか」に置くべきではない。特別な局面で実現した起用を、毎年の義務にすることには無理がある。先発として長い回を抑え、次の登板に必要な状態を整え、シリーズ全体で勝つ確率を高める。その積み重ねでも、十分に大きな価値を生み出せる。</p>
<p>　一試合の完投より、複数の登板で安定して相手の得点を抑えるほうが、チームにとって重要な場合もある。英雄的な瞬間への期待と、優勝に必要な投手運用は分けて考えたい。昨年の伝説を守る方法は、同じ場面を再現することだけではない。</p>
<p>　大谷翔平との比較では、二刀流としての総合的な価値と、投手としての実績を分ける必要がある。大谷は2022年に166回、防御率2.33、219奪三振を記録した。投手に限定しても、一つのシーズンとして見ると非常に高い到達点を持っている。</p>
<p>　山本が投手専任であることだけを理由に上位へ置くことも、大谷の打撃成績を投手の比較に持ち込むことも適切ではない。同じシーズンの失点抑止力、投球回、登板の継続性、そして複数年の実績を、共通の基準で評価すべきだろう。</p>
<p>　そのうえで山本が築ける独自の強みは、先発ローテーションの中心を長期にわたって担い続けることである。大谷との優劣を急いで決めるより、自身の優れた一年を何度繰り返せるか。その蓄積が、最終的には比較の説得力になる。</p>
<p>　昨年の優勝報告会では、山本が登場するとドジャースタジアムで大きな歓声が上がった。もちろん、一つの場面をファン全体の総意とすることはできない。それでも、優勝をもたらした投手として、強い記憶を共有される存在になったことは読み取れる。</p>
<p>　その評価が高まるほど、期待も変わる。好投すれば驚かれる選手から、大事な試合を任せられる選手へ。さらに、その信頼に何年も応えることで、コーファックスやカーショーらが築いた球団史のなかに、自身の時代を刻んでいく。</p>
<p>　サイ・ヤング賞は、その道のりを象徴する大きな勲章になる。しかし、一度の受賞だけで歴史的な評価が完成するわけではない。年間を通じた質と量、相手の研究を上回る修正力、そしてポストシーズンでの貢献。それらを複数年にわたって重ねることが、本当の意味でのエースの証明になる。</p>
<p>　山本は、これからMLBのトップ投手になろうとしているのではない。すでにその一角にいる。問われているのは、その場所にどれだけ長く立ち続けられるかだ。日本人史上最高という称号は、その先に結果としてついてくる。<br />
</p>
<p>張本勲は打者の「何」を見ていたのか？</p>
<p>（文＝ゴジキ）</p>
<p></p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-10-01T19:02:25+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/10/20261001-cyzoonline-column-yamamotoyoshinobu-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[今年のワールドシリーズでも活躍が期待される山本由伸。（写真：Getty Imagesより）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>「僕、音楽詳しいから」とPA卓に突入！ “SSWおじさん”という言葉が映す女性アーティストとファンの「距離感」</title>
		<link>https://cyzo.jp/society/post_418269/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/society/post_418269/</guid>
		<description><![CDATA[「応援しているだけ」「良かれと思ってアドバイスしただけ」――。 　ファンに悪意はなくても、その言葉や振る舞いが、アーティストにとって負担になることがある。とりわけ小規模なライブハウスでは、ステージと客席の距離が近く、終演]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>「応援しているだけ」「良かれと思ってアドバイスしただけ」――。</p>
<p>　ファンに悪意はなくても、その言葉や振る舞いが、アーティストにとって負担になることがある。とりわけ小規模なライブハウスでは、ステージと客席の距離が近く、終演後には演者と直接話せることも珍しくない。</p>
<p>　親密なファンと「距離感を間違える客」を分ける境界線はどこにあるのか？　女性アーティストを取り巻くライブハウスの構造と、そこに潜む問題を専門家に聞いた。</p>
<p>暴力団のアングラ化</p>
「善意のアドバイス」が迷惑行為に変わるとき
<p>「この時代だからこそ、あえて言いたい。戦争反対！」</p>
<p>　東京のとある地下のライブハウス。ステージで女性アーティストがそう叫ぶと、客席から「うぉー！」という歓声が上がった。その一方で、「かわいい！」や「そんなこと言っていいの〜？」といった男性客からの野次も飛んだ。それ、今言うべきではない。</p>
<p>　女性アーティストのライブに足を運ぶと、客席の大半を中高年男性が占めている――。そんな光景を目にしたことがある人もいるだろう。</p>
<p>　演奏そのものを楽しむのであれば、それ自体に何の問題もない。しかし、MC中に必要以上に野次を飛ばしたり、演奏後の物販コーナーで上から目線のアドバイスをしたり、アーティストとの距離を一方的に縮めようとしたりする客もいる。</p>
<p>　こうした観客の振る舞いをめぐって議論を呼んだのが、女性2人組のロックバンド、羊文学のライブだ。今年1月、ファンクラブ限定ライブで、客席の男性から「結婚して！」との声が上がった。当日から翌日にかけてXでは、現場に居合わせた観客とみられるユーザーから、この発言に違和感を示す投稿が相次いだ。</p>
<p>　こうした問題は、単なる「客のマナー」で片付けられるものなのか？</p>
<p>　シンガーソングライターとして活動しながら、大阪大学大学院博士後期課程でポピュラー音楽やジェンダー論を研究する星川彩氏は、「ある程度は、その空間における構造的な問題として考えるべきだと思っています」と語る。</p>
<p>「もちろん、個人のリテラシーの問題もあります。ただ、パフォーマンス空間で主に男性が若い女性にマンスプレイニングをする現象は、音楽だけの話ではありません。美術の世界でも、若い女性アーティストに近づいて作品について教えたがる“ギャラリーおじさん”のような存在が指摘されてきました」（以下、「」内は星川氏のコメント）</p>
なぜライブハウスには中高年男性が多いのか？
<p>　最近は、音楽を学ぶ女性に知識をひけらかしたり、頼まれてもいない助言をしたりする、いわゆる「音大おじさん」も話題になっている。なかでもライブハウスには、特有の歴史があるという。</p>
<p>「ライブハウスの歴史をたどると、演奏する主体として男性が中心的な位置を占めてきたことは無視できません。ただ最初から“男性のロックミュージシャンのための場所”だったという単純な話でもないんですよね。その前史にあたる音楽空間にも、当然ながら女性は演奏者や観客として存在していましたが、そこで与えられる役割や評価には男女差がありました。現在の女性ミュージシャンをめぐる問題を考えるうえでも、誰が『音楽をする主体』として自然に想定されてきたのかという歴史を無視できないと思います」</p>
<p>　いまでは性別を問わず、多くのミュージシャンがライブハウスで活動している。それでも、長年にわたって形成されてきた文化は、そこに集まる観客の顔ぶれにも少なからず影響を残しているようだ。</p>
<p>「Zeppのような1000人規模以上の会場であれば話は別ですが、数十人から数百人程度のライブハウスに足を運ぶ観客の層はある程度固定される傾向にあります。青春時代にバンドブームを経験したり、自分自身も音楽をやっていたりした方が、今は聴き手に回っているケースも多い」</p>
<p>　もちろん、中高年男性が客席に多いこと自体が悪いわけではない。しかし、そうした小規模ライブの現場で、しばしば語られるのが、いわゆる「SSW（シンガーソングライター）おじさん」の存在だ。</p>
<p>　これは前出の「ギャラリーおじさん」や「音大おじさん」と同様に、「もっとこうしたほうがいい」と頼まれてもいない助言をしたり、指導者のように振る舞ったりする男性客を指す。</p>
<p>　星川氏は「SSWおじさん」という呼称自体が、年齢や性別によって人を一括りにする差別的なニュアンスを含みうる点には注意が必要だとしたうえで、その言葉が女性演者によって、セクシュアルハラスメントや音楽活動への過剰な介入を告発するために用いられてきたことにも注目する。</p>
<p>「以前、女性シンガーソングライターのファンだった方で、自分自身も“SSWおじさん”のようなことをしていたという男性に話を聞いたことがあります。その方は、ライブで写真を撮る行為について、“撮影という創造的な行為を通じて、アーティストの創作に自分も介入しているのではないか”と話していました」</p>
<p>　演奏へのアドバイスにも、似た心理が働く場合があるという。</p>
<p>「マンスプレイニングは、上から目線で何かを説明する行為ですが、表面的には“アドバイス”ですよね。そのアドバイスを通して、相手の創造行為のなかに自分も入りたいという欲望がある場合もあると思います」</p>
SSWおじさんが“教えたがる”理由
<p>　こうした問題は、ライブハウス界隈でも話題になっている。プロインタビュアーの吉田豪氏は、自身が出演する配信番組で、ライブ中にPA卓へ入り込み、勝手に機材を操作した男性客のエピソードを紹介。スタッフから注意されると、男性は『いや、僕、音楽詳しいから』と答えたという。</p>
<p>「ぱっと見れば、ただの迷惑客ですよね（笑）。でも、“自分は音楽を分かっている”という自負を使って、創造行為に参加したいという気持ちがあると考えると、また違う側面が見えてきます」</p>
<p>　厄介なのは、こうした振る舞いが必ずしも相手を困らせようという意図から生まれるわけではないことだ。</p>
<p>「指摘することって、気持ちいいんですよ……（笑）。私も大学院で後輩の論文を読んで、“こうした方がいいんじゃない”と言うとき、心のどこかで役に立てている自分が気持ちよくなっていることはあります。そこにはマウントの快感もある。そして、若い女性に対して“教えてあげられる自分”という立場は、優越感を感じやすいのではと思います」</p>
<p>　では、なぜアーティスト側は、迷惑な客に対して「やめてください」と強く言えないのか？　そこにはライブハウス特有の経済事情も絡んでいる。</p>
<p>「最近は減っていますが、ライブハウスにはチケットノルマ制があります。例えば3000円のチケットを10枚売るノルマがあって、9人しか呼べなかったら、残りひとり分は自腹になる。そうすると、ひとりのお客さんが来てくれることがすごく重要になるんです」</p>
<p>　ライブ当日に「行く」と言っていた客が来ないことも珍しくない。集客に苦労する出演者ほど、一人ひとりの客を失いたくないという心理が働く。</p>
<p>「これは、『SSWおじさん』という言葉の重要性を指摘していたSSWの大石理乃さんも話していたことですが、演者は『今の発言、ちょっと嫌だな』と思っても、貴重なお客さんだから強く出られない。それに、経済的な理由だけではなく、単純にお客さんがいるほうが嬉しいんですよ。0人より20人、30人の前で演奏したほうが、ミュージシャンとしてやりがいを感じる。だからこそ、境界線を引くのが難しくなるんです」</p>
<p>　さらに、ライブ後の物販やチェキ、写真撮影など、演者とファンが直接交流する仕組みもある。そこでは音楽だけでなく、「演者自身の魅力」を“商品”として提示することも求められる。</p>
<p>「女性性を売りにしたくない人もいれば、“かわいいことも自分の魅力のひとつとして楽しんでもらいたい”という人もいる。そこはグラデーションです。ただ、結果として男性客との関係が複雑になる場合はあります。一方だけが全部悪いという単純な話ではなく、状況そのものが複雑化しやすいんです」</p>
SNSで加速する「自分はこの人とつながっている」
<p>　かつて、ファンとアーティストが接触する場所はライブ会場が中心だった。現在は、SNSや配信を通じて、ライブのない日にもアーティストの日常に触れられる。</p>
<p>「SNSで『今日はこんなことをしている』という日常的な投稿まで頻繁に見られることで、以前より“自分はこの人とつながっている”という感覚を持ちやすくなりました。しかもライブハウスに行けば、実際に本人と話せる。その組み合わせが、いわゆる“距離感のバグ”につながることは十分に考えられます」</p>
<p>　小さなライブハウスでは、ライブを終えた演者がそのまま客席へ降り、隣で酒を飲むことさえある。</p>
<p>「それこそがライブハウスの醍醐味でもあります。ただ、会場が小さく、人が少なくなるほど、アーティストとの間にどんな親密さを築いていいのかを誤る人も出てくる。なにか嫌なことが起きても周囲の目が少ないので、問題がブラックボックス化しやすいんです」</p>
<p>　距離の近さがライブハウスの魅力である一方で、その近さゆえに境界線が曖昧になりやすい。では、女性アーティストが安心して活動できる環境をつくるには、どうすればいいのか？</p>
<p>　星川氏がひとつの例として挙げるのが、クラブイベントで行われているハラスメント対策だ。</p>
<p>「ポピュラー音楽とジェンダーの問題について論じているアリス・ローラン＝カメナ氏／中條千晴氏の調査によると、一部のクラブイベントではジェンダー暴力を防止するためのポスターなどが掲示される場合もあるそうです。そこにもさまざまな問題が含まれているのですが、“なにかあったら主催者が対応します”という姿勢を示すだけでも、かなり抑止力になると思います。ライブハウスでも、まずそこから始めていいのではないでしょうか」</p>
<p>　もうひとつ重要なのが、演者を孤立させないことだという。</p>
<p>「ひとりで活動している人ほど、嫌なことがあっても誰にも相談できない状態になりやすい。出演者同士でも、お店の人でもいい。“あのお客さんちょっとしんどいんだけど”と、ぽろっと言える相手がいるだけで違います。『なにかあったときに助けてくれるかもしれない』と思えるコミュニティが必要なんです」</p>
<p>　アーティストとファンの距離が近いことは、ライブハウスの大きな魅力だ。しかし、親密さと無遠慮さは同じではない。</p>
<p>「仲のいいお客さんなら、“今日全然ダメだったな”と言われても笑って済ませられることはあります。でも、それは関係性があるから成立することです。お互いにとって一番いい距離感を調整できるコミュニティや習慣が、これからもっと育っていけばいいと思います」</p>
<p>「善意だから」「ファンだから」という言葉だけで、越えてはいけないラインがなくなるわけではない。演者と観客の距離が近いライブハウスだからこそ、その親密さを魅力として残しながら、どこに境界線を引き、その線を誰がどう守るのかが問われている。<br />
</p>
<p>ドメインハイジャックの真相</p>
<p>（取材・文＝ゼロ次郎）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-30T18:42:56+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/09/20260925-cyzoonline-news-ssw-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[クラシック、展覧会、ジャズ、そしてシンガーソングライター……。どのジャンルにも女性アーティストとの距離感を間違える厄介な男性客はいる。（写真：Getty Imagesより）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>timelesz・猪俣周杜の逮捕で注目、山田涼介が菊池風磨に伝えていた懸念</title>
		<link>https://cyzo.jp/geinou/post_418414/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/geinou/post_418414/</guid>
		<description><![CDATA[下世話、醜聞、スキャンダル――。長く女性の“欲望”に応えてきた女性週刊誌を、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ぶった斬る！ 　台風の中のシルバーウィークということで、話題の『ダウンタイム』（Netf]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>下世話、醜聞、スキャンダル――。長く女性の“欲望”に応えてきた女性週刊誌を、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ぶった斬る！</p>



<p>　台風の中のシルバーウィークということで、話題の『ダウンタイム』（Netflix）を一気見。地上波ではできない整形美容の舞台裏に迫る興味深い作品だった。その勢いで同じくNetflixの『スキャンダルイブ』『フェンス』も見たが、芸能界とマスコミ、沖縄と性加害などのタブーを題材にして見応えがあった。</p>
<p>　『スキャンダルイブ』の最後のシーンは少々疑問もあったが、次から次へと主役級の俳優たちが登場する様は、まさに圧巻。お金の掛け方が違う！　地上波テレビを観なくなるわけだ。</p>
今週の女性週刊誌、注目記事ベスト3
<p>第811回（9／24〜9／29発売号より）<br />
1位「timelesz猪俣周杜“モラハラ”地下アイドル時代の素顔『お酒を飲むと妄想が激しくなって…』」（「週刊女性」10月13日号）<br />
同「timelesz菊池風磨　猪俣周杜逮捕に悔恨『オーディションの諸刃』」（「女性自身」10月13日号）<br />
同「菊池風磨　痛恨のメンバー逮捕　悔やむ山田涼介からの苦言」（「女性セブン」10月15日号）<br />
2位「WEST.崩壊までの25日間全真相　中間淳太最後まで存続を訴えて絶叫！」（「女性自身」10月13日号）<br />
参照「WEST.『1人でも辞めたら終わり』中間淳太が漏らしていた“解散”の真相」（「週刊女性」10月13日号）<br />
参照「WEST.電撃解散号泣の6日間『最後まで7人で』」（「女性セブン」10月15日号）<br />
3位「坂口健太郎『ヤバい夫婦げんか』で深夜の110番通報」（「女性セブン」10月15日号）</p>
timelesz・猪俣周杜、地下アイドルとしての過去とジュニア未経験の問題
<p>　これもまた良くも悪くも“ジャニーズの重石”がなくなったからの出来事なのかもしれない。timelesz・猪俣周杜が交際女性を殴ったとして逮捕された事件、大手芸能事務所STARTO ENTERTAINMENT所属の現役アイドルが、コンビニの駐車場でカノジョを殴って逮捕されたというのだから驚きだ。</p>
<p>　もちろん女性週刊誌も、3誌そろってこれを報じている。まずは本人の“資質”に踏み込んだのが「週刊女性」だ。猪俣はtimeleszに入る前、地下アイドルとして活動していたことは知られているが、その時代を知る知人に“過去”を聞き出した。</p>
<p>「猪俣さんは妄想が強いというか、思い込みが激しいところがありました」<br />
「近しい女性に対して自分の考えを押しつけるようなところがあって、周囲から見ていて“モラハラっぽいな”と感じたことはありました」</p>
<p>　過去を知る知人のコメントは、ある意味興味深い。しかし今回の事件は、そうした個人の問題だけではない。そうした視点で切り込んだのが「女性自身」。</p>
<p>　猪俣は公開オーディション企画を経て、25年2月にtimeleszメンバー入りしたアイドルだ。多くの旧ジャニーズタレントとは違い、下積みジュニア時代を過ごすことなく短期間で一躍人気アイドルになった、旧ジャニ系としては異色のアイドル。「自身」はそうした経緯から、猪俣はプロ意識が根付いていなかったと指摘する。</p>
<p>「ジュニアとして先輩の背中を見ていれば、女性と人目につくところに行くというのは考えられません。ですが、下積みを経験していない猪俣さんは自身を取り巻く環境の変化に理解が追いついていなかったようです」（スポーツ紙記者のコメント）</p>
<p>　まあ、アイドルでなくてもカノジョを殴るなんてありえないけど、しかしアイドルとしての教育がなされていなかったことも今回の要因ということだ。</p>
山田涼介が猪俣周杜に抱いていた懸念
<p>　そして「女性セブン」。「自身」と同様に、ジュニアでの下積みを経験していない“即席アイドル”だったことが今回の事件の遠因ではと指摘しているが、さらに注目すべきは、以前から同様の懸念を事務所先輩でもある山田涼介が抱いていたことを、“発掘報道”していることだ。</p>
<p>　「セブン」によると、25年2月に配信されたYouTube番組『よにのちゃんねる』でオーディション番組を仕掛けた菊池風磨に対し、山田がこう釘を刺していたらしい。</p>
<p>「候補者を『スレていない』と褒める菊池さんに、山田さんは『（急にデビューすれば）金銭感覚も含めて、ガラッと変わる』『人として変わっちゃうと思う』」と懸念を示し、『そこをどう制御するかは風磨たち次第』と。さらに同年5月にも山田さんは『風磨がちゃんと手綱握んないと一気に崩壊する』と忠告していた。その不安が、最悪の形で的中しました」（芸能関係者のコメント）</p>
<p>　山田くん、すごい!!　そして、こうした事実を発掘して紹介した「セブン」も素晴らしい。ともあれ、良くも悪くも旧ジャニーズ時代にはありえなかった、公開オーディション番組での既存グループへの参加企画。その歪が今回の事件だったということだろう。</p>
WEST.、解散は必然だったかもしれない
<p>　8月30日に藤井流星と小瀧望の2人が脱退を表明したことは大きな話題となったが、これを受けてWEST.というグループ自体の解散までもが発表され、さらに波紋を呼んでいる。</p>
<p>　この解散劇を女性週刊誌3誌ともに取り上げているが、「女性セブン」「週刊女性」はともに”7人でいることが最優先“”一人でもやめたら終わり“といった”グループの絆こその解散“といった論調。一方「自身」はというと、”アイドルの方向性“について言及していて面白い。</p>
<p>　本欄でも以前、藤井と小瀧の脱退の要因のひとつに“メンバー間のアイドル像の温度差”があると指摘した。脱退組2人は“旧ジャニーズのアイドル感を引き継いで王子様のようなアイドル”“王道のアイドル”を目指したが、しかし他5人のメンバーは違った。結婚したり、子どもを作ったり、アパレルブランドを立ち上げたり、ロックな音楽に傾倒したりと自分勝手なことばかり！　だから自分たちが思う“アイドル”を続けるために脱退したのだ、と。</p>
<p>　そして今回「自身」では藤井と小瀧だけでなく、以前からグループ内の温度差を感じていた他メンバーも存在したとこれまた“発掘報道”した。それは19年10月に配信された『NET ViVi』での神山智洋と濵田崇裕のこんな発言だ。</p>
<p>「シゲは（重岡大毅）は、ジュニアの頃からずっとセンターにいて、当時は一番キラッキラのアイドルやったんですよね。それがデビューしてから、あれあれあれ？っていう方向に進んでいった」（神山の発言）<br />
「今はなんだかWEST色が強くてジャニーズ色が弱まっていないかと心配な瞬間もあります」（濵田の発言）</p>
<p>　解散は必然だった!?</p>
坂口健太郎、警察沙汰報道が心配なワケ
<p>　そして、もうひとつ心配な“事件”が。「女性セブン」がスクープした新婚・坂口健太郎の警察沙汰報道だ。</p>
<p>　記事によると9月17日の深夜、坂口の妻から通報があり、警察が夫妻の自宅に駆けつけた。夫婦喧嘩の末のものだったようだが、これがニュースサイトで報じられると所属事務所は「坂口が暴力を振るった事実は一切ない」とコメントを出した。</p>
<p>　警察が出動したことは否定していないので、何があったのか。結婚を発表して10日ほどの出来事だけに心配だ。</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-29T20:59:34+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/02/20250127-cyzoonline-woman-kikuchifuma.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[『タイプロ』発起人の菊池風磨（写真：サイゾー）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>【水槽】孤独の中で紡いできた「laptop pop」のルーツ　独自の制作スタイルと世界観の背景にあるもの</title>
		<link>https://cyzo.jp/geinou/post_418067/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/geinou/post_418067/</guid>
		<description><![CDATA[　9月30日発売のサイゾー2026年11月号「P様の匣」に音楽アーティストの水槽が初登場。ディスコグラフィー（主にフルアルバム）を振り返りながら、今年7月にリリースされたデジタルシングル『CERAMIC SKIN』につい]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　9月30日発売のサイゾー2026年11月号「P様の匣」に音楽アーティストの水槽が初登場。ディスコグラフィー（主にフルアルバム）を振り返りながら、今年7月にリリースされたデジタルシングル『CERAMIC SKIN』について語ってくれた。</p>
<p>　本稿ではシンガーソングライター、トラックメイカー、DJとして活動する水槽の音楽性と活動のルーツに迫る。</p>
タイアップも経て獲得したリスナー視点
<p>――「p.h.」（原曲：SEVENTHLINKS）の「歌ってみた」（カバー）動画や、アニメ『BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-』のエンディングテーマ「MONOCHROME」で水槽さんを知った人も多いのかなと。</p>
<p>水槽　2020年9月ちょうどオリジナル曲も作り始めたぐらいのタイミングで、100万回単位で再生回数が回った体験は「p.h.」がほぼ初めてでしたね。</p>
<p>――2024年頃からは他アーティストへの楽曲提供・コラボレーションも拡大させていますね。</p>
<p>水槽　「MONOCHROME」を収録する4thアルバム『FLTR』は、自分以外のクリエイターの視点など取り入れていきたいと考えていたフェーズに制作していたアルバムで、その点では1st〜3rdアルバムとは、毛色がけっこう違います。タイアップのほかにも、他のクリエイターと一緒にEPやシングルを出しながら、アルバムとして全体のコンセプトや構成を後から考えるカタチをとりました。</p>
<p>――「水槽さんの曲は音だけで水槽さんの曲とわかる」というファンも多いようです。タイアップも含めて一貫した世界観やセンスを感じるというか。</p>
<p>水槽　あくまでも曲単位では自分が好きなことをずっと自由にやっていて、それを素直にアウトプットさせてもらっているので。最新曲の「CERAMIC SKIN」は、そんな4枚目のアルバムを経て、自分が本格的に楽曲制作に取り組み始めた頃の制作スタイルに改めて回帰したという感覚です。リスナーからは「こういう曲はもうやってくれないのかと思っていた」といった反応もありました。</p>
<p>――ファンとの向き合い方に自身の変化や成長は感じていますか？</p>
<p>水槽　作詞に関しては変化したかもしれません。そもそも1stの頃は人に聴かせる意識がけっこう希薄で、自分が抱える純粋なエゴをストレートに音楽へぶつけて、共感してくれる人がいたらラッキーという感覚だったので。当時の歌詞って文章としての意味的な理解とか全く重視していなかったです。</p>
<p>――それはだいぶ尖っていますね。</p>
<p>水槽　尖りすぎていて、歌い手の時もマイナーな曲をよく歌っていましたね。超有名なボカロPの曲を歌うことが再生回数を伸ばすセオリーなんですけど、完全に逆張りしていたので。</p>
世界観のルーツはボカロと夜間撮影のカルチャー
<p>――エレクトロ、ロック、ヒップホップなどを融合した「laptop pop」を標榜していますが、音楽性もジャンル横断的で活動内容・肩書きも非常に幅広いですね。</p>
<p>水槽　自分と同じようなことをしている人をあまり見かけないので、クラブやライブハウスに出演するようになった当初は、けっこう孤独でした。ひとりで家にこもって音楽を制作してデジタルで音源を出してきたということが、誇りでもあり孤独でもあり。そのジレンマはありましたね。</p>
<p>――そもそもユニットとかに憧れはあるんですか？</p>
<p>水槽　憧れはありますけど、絶対に向いていないなと。基本的に１曲ごとに奏者さんやMV作家・絵師さんも自分ですべてアサインしてチームを組むという感じで、「この場でみんなと大きなチームを作ろう」というマインドで最近は現場も挑んでいます（笑）。</p>
<p>――「laptop pop」と言う音楽性のルーツは？</p>
<p>水槽　やっぱりボカロ文化が一番大きいです。トーマという伝説的なボカロPが、最後に発表したコンセプトアルバムが、私のクリエイティブのひとつの原型になっていますね。あと、JR山手線の各駅をモチーフにした楽曲で構成した1stアルバムは、江ノ電の各駅名をモチーフにしたASIAN KUNG-FU GENERATIONの『サーフ ブンガク カマクラ』の影響もあります。</p>
<p>――未来の中華街にあるアパートを舞台にした2ndアルバムは、サイバーパンク作品からインスピレーションを受けているとか。</p>
<p>水槽　もっと言うと、音楽活動を始める前はフォトグラファーの勉強をしていて。ナイトシューティング（夜間撮影）の一種でルーフトッパーという、高いビルや屋上から写真を撮るイリーガルな文化があるんですが、その界隈はとくにサイバーパンク好きが多いんです。「ROOFTOP TOKYO」という曲も、東京の夜景を撮るストリートフォトグラファーの界隈に出入りしていた影響で生まれた曲ですね。</p>



10代の頃は歌への想いを封印していた
<p>――水槽さんって10代の頃とかはどんな学生生活を送っていたんですか？</p>
<p>水槽　学校では仲の良い友達とかも普通にいたと思うんですけど、あまり居心地の良い家庭ではなかったですよね。写真は祖母に買ってもらったカメラで学生の頃からよく撮っていました。歌も小さい頃からずっと好きだったんですが、ずっと音楽に対する想いは封印していて、写真とか他のことに手を出した感じです。</p>
<p>――わりと屈折したプロセスを経て歌い手やボカロPの活動を始めているんですね。</p>
<p>水槽　あくまで本業は歌という意識が強くて、作詞・作曲・編曲も歌に対して執着しすぎないように始めた行為みたいな感覚はあります。歌に執着しすぎると自分もツラくなって立ち行かなくなりそうだから、今も歌以外のことをプロデューサー的に色々やっているという。</p>
<p>――過去のインタビューで明かされていた、トラック→ドラムビート→最低限の楽器の打ち込み→歌いながら作詞・作曲という、特殊な制作プロセスにもリンクする話にも感じます。</p>
<p>水槽　トラックメイク・作曲で言うと、作りたい曲のイメージがけっこう具体的にあることが多いです。毎回１〜6曲くらいのプレイリストを作っていて、そこから自分の好きな要素を持ってくるスタイルですね。</p>
<p>――ヒップホップ的なサンプリング音楽に近いセンスを感じます。</p>
<p>水槽：私自身はサンプリングって後から知ったのでリファレンスという言い方をしてきました。とくに初期の私の制作曲は自分の好きな楽曲の要素を少しずつキメラしただけですね。耳コピが得意で、アーティストの友人には転調が常識では考えられないと言われます。タイアップ曲などはあまり変則的なことはしないようにしていますが、「CERAMIC SKIN」も最初のサビと最後のサビが違うんです。</p>
「生きづらさを手放したい人に書いている」
<p>――「CERAMIC SKIN」の資料にあった、「激痛の幸福よりも見慣れたほうへ帰りたくなる」という水槽さんのコメントも印象的でした。</p>
<p>水槽　幸せになるために頑張らなきゃいけないなら、いっそ不幸な環境に浸かっていたほうがラクという気持ちになることって誰でもあるじゃないですか。とくに家庭環境が複雑な人とかって、そこにアイデンティティが縛られることも多いし、その状態から抜け出すには、ずっと目を逸らしてきた自分の欠陥や問題点にも向き合わないといけないから。</p>
<p>――クリエイターとかアーティストは特にそうかもしれないですね。</p>
<p>水槽　ボカロP含めてネットの音楽シーンには、そのままのあなたでいいと肯定してくれる楽曲も多いんですが、私は諦めずもがき続けている人に向けて常に曲を書いているところはあるかもしれないです。</p>
<p>――なるほど。水槽さんって感情を抑えた湿度低めな歌唱・歌声なので、パッと聴いたときの印象と歌詞の世界観がけっこう違う気もするというか。</p>
<p>水槽　アーティストの友人からは「暗い曲を聴きたい時、一番に思い浮かぶアーティスト」「でも冷笑系とかには意外と刺さらないじゃない？」とも言われたんですが、それはすごく腹落ちした感じがありましたね。</p>



<p>　一人で家にこもり、パソコンに向かって音楽を作り続けてきたことを「誇りでもあり孤独でもある」と語った水槽。</p>
<p>　ボカロ文化、東京の夜を撮るストリートフォト、幼い頃から好きだった歌。それぞれ別々に見えるものが、長い時間をかけて混ざり合い、誰にも似ていない「laptop pop」という音楽になった。</p>
<p>　けれど、その音楽が向いている先は決して孤独ではない。</p>
<p>　「そのままでいい」と慰めるのではなく、生きづらさを抱えながら、それでも現状から抜け出そうともがく人へ。水槽自身が孤独の中で音楽を作り続けてきたからこそ、その歌は簡単な救いを口にしない。</p>
<p>　かつて封印していた「歌いたい」という気持ちは、いまや彼女を前へ進ませる原動力になっている。</p>
<p>　『CERAMIC SKIN』で原点の制作スタイルへと立ち返った水槽の音楽は、これからも居心地のいい不幸から抜け出そうとする誰かの夜に、静かに鳴り続けるのだろう。</p>
<p>（文＝伊藤稜）</p>
<p>水槽「CERAMIC SKIN」</p>



<p>不幸に浸らないひとたち。および自分が地獄に戻らないために作る。断固として不幸とかオワコン、歪みからしか何かを生めないと言うなら本物じゃない。これらすべて正論。でもたまに、激痛の幸福より見慣れたほうへ帰りたくなる。</p>
<p>音楽を作り始めて7年目になった。原点に立ち返って曲を作った。本来、自分の音楽は一部屋の絶叫で、それをきみが聴くのは奇跡でしかない。（水槽コメント）</p>
<p>【ライブスケジュール】<br />
水槽 ONE MAN LIVE 2026 &#8220;REVOLTAGE&#8221; (BAND SET)<br />
［日程］2026年11月7日(土)<br />
［会場］大阪・Yogibo META VALLEY</p>
<p>［日程］2026年11月14日(土)<br />
［会場］東京・Spotify O-EAST</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-29T16:06:45+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/09/20260930-cyzoonline-geinou-suisoh-eyecatch.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[水槽（写真＝淵上裕太）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>KOC敗復で芸人審査、きむらバンドとキムタク、伊集院の腰が抜けた話……【週刊お笑い雑話】</title>
		<link>https://cyzo.jp/geinou/post_418288/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/geinou/post_418288/</guid>
		<description><![CDATA[今週あったお笑い界隈の話題をピックアップ！　ライター・新越谷ノリヲと担当編集Sが勝手にしゃべります。お聞き流しのほどを～。 KOC敗復で芸人審査 編集S　キングオブコント、敗者復活戦のルールが発表されました。60人の芸人]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>今週あったお笑い界隈の話題をピックアップ！　ライター・新越谷ノリヲと担当編集Sが勝手にしゃべります。お聞き流しのほどを～。</p>
KOC敗復で芸人審査
<p>編集S　キングオブコント、敗者復活戦のルールが発表されました。60人の芸人審査で3組に絞って、最終的には視聴者投票だそうです。</p>
<p>新越谷　M-1は客票で3人に絞って最後は芸人審査なので、ちょうど逆という感じだ。</p>
<p>編集S　KOCの芸人審査、悲喜こもごもですよね。いろんな思い出が蘇るというか。</p>
<p>新越谷　第1回から「うぐぅ……」って感じでしたからねえ。バナナマンとバッファロー吾郎の対決になって、スタジオは吉本芸人だらけだし、そりゃバッファロー兄さんに入れるだろみたいな。</p>
<p>編集S　あれ当時SNSがあったら大会の存続にかかわるくらいのアレでしたよね。</p>
<p>新越谷　アレだったと思う。09と10で人力舎勢がぐうの音も出ない勝ち方をしたので、なんとか持ちこたえた。今回の敗者復活だとしずるがバッファロー的な立ち位置になるので、じゃあ破壊とか江戸川ジャンクジャンクが跳ねたとき、しずるを落とせるのかみたいな空気になりそうではあるよね。まあ基本的にはフェアだと思うし、そういう見方もできる程度の話だけど。</p>
<p>編集S　さらに決戦が国民投票だと、結局人気投票になるという声もありますね。</p>
<p>新越谷　それはどうなんだろう。人気投票的に有利だとすれば、それもしずるとネルソンズあたりなんだろうけど、言っても人気ないからなぁ。</p>
<p>編集S　あと、敗者復活で上がって同じネタをやるのか別ネタなのかというのも注目ですよね。</p>
<p>新越谷　たぶん、1本目と2本目のどっちかは同じネタをやれということになってると思う。全部別ネタのセットを用意するのは番組的にさすがに非効率すぎますよね。だから現実的には、敗者復活の組は1本目で別ネタをやるだろうし、2本目で敗復と同じネタをやることがファーストステージを突破した時点でバレるという状態なんじゃないですかね。これで敗復全組に3本ずつセットを用意してたらKOCすげえなということになるけど。M-1も最近ではみんなネタ変えてますよね。</p>
<p>編集S　そうですね、最近だと1本目で同じネタやったのはインディアンスとかですかね。</p>
<p>新越谷　ああ、そうだ、一部で評判の悪いやつだ。</p>
<p>編集S　そうでしたっけ。</p>
<p>新越谷　敗復できむが噛むくだりがあって、本戦でも同じところで噛んで「噛む台本」ってどうなんだという。</p>
<p>編集S　そんな声ありました？</p>
<p>新越谷　だから一部だって。</p>
きむらバンドとキムタク
<p>新越谷　人の夢が叶う瞬間というのはいいですね。</p>
<p>編集S　きむらバンドの話ですね。キムタクのYouTubeできむらバンドにサプライズで会いに行って、インタビュー中にバックハグするという。</p>
<p>新越谷　あのパニックぶりが本物の感情だし、最高のハッピードキュメンタリーでした。もうああいうのだけ見ていたい。</p>
<p>編集S　ホントにキムタク好きな男っていたんですね。</p>
<p>新越谷　それはいいとして、これ材料が揃いまくってるわけじゃないですか。現役M-1王者がいて、キムタクがいて、会わせればこうなることはわかってる。どっかのテレビでやっていい企画をキムタクが自前のYouTubeでやるというのが、時代だなと思うんですよ。いろんな状況が透けて見えるというか。</p>
<p>編集S　テレビ不況。</p>
<p>新越谷　それもそうだし、キムタクの事務所の関係もあるだろうし。とはいえ、やっぱりなんらかの特番であの場にMCにさんまか上田がいて、リアクター村重とか、そういうのがいたほうが盛り上がったと思うんですよね。というか、そういう風景を自然に想像してしまう。想像してしまうこと自体が、時代に取り残されてるんだと思うんだけど。</p>
<p>編集S　1日で300万回再生です。</p>
<p>新越谷　すごい数字だし大成功だと思うけど、その数字の価値を、こっちはいまだに測りかねてるというか。</p>
<p>編集S　価値とかじゃないんじゃないですかね。各々やりたいことやって、きむバンが喜んでファンも喜んで。それでいいのでは。</p>
<p>新越谷　なんだよ急に。</p>
伊集院の腰が抜けた話
<p>編集S　伊集院さんが腰が抜けそうだと言ってます。</p>
<p>新越谷　御大も60近いですからね。腰は長引くから気を付けてほしい。</p>
<p>編集S　そういう話じゃないですよね。蓮見脚本の『クレしん』を「腰が抜けるほどつまらない」と言い放って、それに蓮見がアンサーしてと。一連のラジオ、聞きました？</p>
<p>新越谷　もう苦虫を噛みながら聞きましたよ。ホントに、きむバンのドッキリだけ見ていたいのに。</p>
<p>編集S　どうなんですかね、蓮見が見事に切り返したという感じですか？</p>
<p>新越谷　というか、蓮見は組織の長として活動をしていて、伊集院はずっと個人で戦ってきて、そういうのの違いだと思う。どっちがどうとかじゃなく。本来、今回の『クレしん』がやり玉に挙げられるなら批判されるべきはプロデューサーであって「なんであんなのにOKを出したんだ」だったら筋が通るわけですよ。これ、伊集院の文脈では『クレしん』が蓮見の圧に屈したという構図なんだけど、実際には上の世代が蓮見を担ぎ上げてるだけですからね。</p>
<p>編集S　それはそうか。</p>
<p>新越谷　蓮見より『クレしん』のほうが流行ってるし。お笑い流行ってないし。</p>
<p>編集S　うわ。</p>
<p>新越谷　「お笑い流行ってない」というギャグも、旧態依然としたお笑い界に対する若者からの攻撃という捉え方がやっぱズレてて。ちょうど先週の『あちこちオードリー』で、紺野ぶるまが夫の話をしてたでしょう。</p>
<p>編集S　サッカーのやつ。</p>
<p>新越谷　そう、ぶるまがネタで悩んでるときに、サラリーマンはお笑いなんか見てないし、サッカーの結果にしか興味がない。だから一般層を振り向かせてみろという話でもあるし、だから肩ひじを張るなという話でもあって。もともと蓮見の発言もそっちの文脈だったんですよね。KOCの会見でもライバルはスポーツだって言ってスベってたけど、蓮見の側は一貫してるのにギャグだけが独り歩きしてる。</p>
<p>編集S　蓮見、スベってました？</p>
<p>新越谷　というか、基本スベってるんですよ。あれは今のお笑いのトップである千鳥に向かって言うから効力が発動するのであって、芸人領収書とチャンスの時間以外では基本スベってるでしょう。そこが伊集院が抱いてる最大の誤解だと思うんですよね。伊集院は若者も蓮見を否定してほしいみたいな言い方してたけど、とっくに否定されてるし、ある程度嫌われてるし、ろくに結果も出してないし。岸田賞だってあんなものは村の通貨ですよ。一般の市場で使えるお札じゃない。伊集院が咬みつくような権威じゃないんですよ。</p>
<p>編集S　おお、なんというか、今日は原稿に対するモチベーションが高い。</p>
<p>新越谷　やっぱねえ、グラグラするわけですよ、こういうのは。馬鹿力聞いてたし。</p>
<p>編集S　『深夜の馬鹿力』聞いてたんですね。</p>
<p>新越谷　10代後半から20代はずっと聞いてた。</p>
<p>編集S　毎週欠かさず？</p>
<p>新越谷　だから、ずっとだって。基本、ずっとイヤホンが耳に入っていて、来週の馬鹿力が放送されるまでずっと今週の馬鹿力をループさせていた。完全に人生だった。</p>
<p>編集S　人生すぎる。</p>
<p>新越谷　センスというとこで言ったって、伊集院だって真剣じゃんけんとか箱庭カウンセリングとか、センス出そうとしたことだってあるじゃない。あれは間違いなくセンスでしたよ。</p>
<p>編集S　全部過去形だけど。</p>
<p>新越谷　聞かなくなったんです。ちゃんと編集の仕事とかするようになって、伊集院が原稿の〆切を守らないで催促されることを「大人にいじめられてる」みたいなスタンスで語ってるのが耐えがたくなって。伊集院、とっくにAサイドだぞと。被害者は向こうだし、それはこっちでもあるぞと。実際、伊集院はAサイドを使うことも全然あるし、オズワルド伊藤の件とか。もう今の蓮見に対してBサイドで構えるというのは、それは通らないと思うんですよ。</p>
<p>編集S　聞かなくなるもんなんですね。</p>
<p>新越谷　決別するために、もう年上の深夜ラジオは聞かないと決めたのですよ。だからカーボーイも、めがねびいきも、バナナムーンGOLDもやめたの。</p>
<p>編集S　何それ、変な決意。</p>
<p>新越谷　だから、思うのは、伊集院はラジオでずっとアイドルをやってるんだと思うんですよ。ずっと誠実に、往年の「被害妄想の誇大妄想」という歌を歌っている。聞きたい人は聞けばいいし、離脱する人はすればいい。話題になったタイミングだけ聞きに行って外野からなんか言ってるやつがいちばん始末が悪い。</p>
<p>編集S　つまり新越谷さんがいちばん悪いということですね。</p>
<p>新越谷　そうですね。</p>
<p>（文＝新越谷ノリヲ）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-28T11:47:26+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2025/01/20250109-cyzoonline-column-ocha-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[写真：イメージ]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>映画『木漏れ陽』来年公開へ――大物俳優に囲まれて綴った物語と、熱気あふれる現場の裏側</title>
		<link>https://cyzo.jp/uncategorized/post_418280/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/uncategorized/post_418280/</guid>
		<description><![CDATA[　解禁である。ドラマ『ムショぼけ』、それにドラマ『インフォーマ』シリーズに続き、今度は待望の映画化である。 　ずっと想像してきた。25歳のときからずっとだ。自分が書いた物語が映画になることを、ずっと空想してきたのである。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　解禁である。ドラマ『ムショぼけ』、それにドラマ『インフォーマ』シリーズに続き、今度は待望の映画化である。</p>
<p>　ずっと想像してきた。25歳のときからずっとだ。自分が書いた物語が映画になることを、ずっと空想してきたのである。 それが25年の歳月を経て、ついに実現してしまった。人生の半分の歳月、脳裏で思い描いてきたのだ。我ながら並大抵のことではなかったと思うが、それすらも過ぎ去れば、あっという間に思えてしまう。</p>
<p>　いつも脳裏で、見ず知らずの観客が私の書いた物語を映画館で観て、涙する姿を思い浮かべて書いてきた。デビュー前なんて、心の支えはその想像しかなかったのだ。こんなことをしていても無駄ではないかと、油断すれば折れてしまいそうな心を、いつもその想像だけで支えてきたのだ。</p>
<p>　物語なんてものは、書いてみれば誰だってわかるが、1行目から苦悩の連続である。</p>
<p>「本当に最後まで書くことができるのか……」と毎日、悩みながら、書ける日も書けない日も考えているのだ。当然、書き終わったときには、どっと疲れ、安堵からか必ず熱が出る。</p>
<p>　そして原稿料をもらったときには、くらくらするのだ。 何カ月もかけて寝る間を惜しんで書いた物語が数十万円なのだ。卒倒しそうになるぞ。</p>
<p>　しかし、それでも書き続けるのは、そこに夢があるからだ。みんなの夢だって叶えることができるからだと思う。</p>
<p>『インフォーマ』も『ムショぼけ』も、私が書かなければ、この世に誕生していない。もっと言えば「出会い」がなければ、生まれていなかった。</p>
<p>　そして、今回映画化される『木漏れ陽』だってそうだ。ずっと書いていた。 所作監修で入っていたNetflixドラマ『地獄に堕ちるわよ』の撮影現場の待ち時間。目の前のパイプ椅子には、主演の戸田恵梨香さんが座り、右隣には生田斗真さん、左隣には杉本哲太さんが座っている中でも、黙々と私は『木漏れ陽』を書いていたのだ。</p>
<p>　そうはいない。ドラマの撮影現場の待ち時間に、大物の俳優部に囲まれるような状態で、物語を書いている小説家なんて、なかなかいないだろう……。</p>
<p>　で、思い出してしまった。所作監修と書いていて思い出してしまった。ジョニーめ！ジョニーとはドラマ『ムショぼけ』やドラマ『インフォーマ』シリーズのプロデューサーのことである。</p>
<p>　昨日、監修・所作指導で参加した舘ひろしさん主演の映画『港のひかり』を初めて観た。エンドロールに出る私のクレジットの件、すでに知っていた。</p>
<p>　 もう7年、8年の付き合いになるのにだ。「監修・所作指導 沖田臥竜」の竜の字をジョニーに「龍」と間違われていることは、確認済みであった。</p>
<p>「沖田さん！もうなかったことに！」とその件については、ジョニーと笑い話で済んでいたので、そこについては良かったのである。</p>
<p>　物語の内容は、何度も脚本に筆を入れさせてもらったので、頭の中に入っていた。映像で改めて観て、とても良い映画であった。</p>
<p>そして流れてくるエンドロールクレジットである。 クスッと笑ってやろうと思っていた。名前の誤字もクスッと笑ってやるつもりであった。 しかしである。あのジョニーのたわけめが!!!</p>
<p>　ジョニーの名前は、2回も3回もクレジットに出てきたくせにだ。私のクレジットについては誤字があった挙句に、その順番が、フクや杏樹らといった若手スタッフよりさらに後ろのほうだと……!!!</p>
<p>　すまないが、私は心の中で絶叫してしまった。 そしてやっぱりクスッと笑っていた。コラムのネタが一つできたなと、クスッと笑っていたのである。</p>
一本の映画をつくりあげるスタッフたちの熱量
<p>　クレジットを観ていて、一緒に作品を作ってきたスタッフの名前が流れてくると、いつも微笑ましい気持ちになることができる。嬉しくなれるのだ。いつの間にか、映像で呼ばれる仕事も増え、スタッフの知り合いも大勢できたので、どの映画を観ても、クレジットでスタッフや俳優部の名前を見るのが楽しみになっている。</p>
<p>　そして、流れるエンドロールクレジットの中から知り合いの名前を見つけると、元気に頑張ってるかな〜と思い嬉しくなれるのだ。</p>
<p>　それも私がこうして今も書き続けているからこそ、味わえる喜びだと思う。そうした一つ一つに、25年書き続けて良かったと思うことができるのだ。</p>
<p>『木漏れ陽』のスタートは、私がサイゼリヤで何気なく撮った一枚の写真から始まった。それを映画化するにあたり、企画・プロデュースを担当してくれている藤井道人監督に送ったのである。</p>
<p>　すると藤井監督から「沖田さん！ 次は家族愛をテーマにした物語を作りませんか!?」と返事があり、すべてが動き出したのだ。それが今から2年前の夏の終わりだった。</p>
<p>　映画『木漏れ陽』の監督は、ドラマ『ムショぼけ』でも監督を務め、ドラマ『インフォーマ』シリーズでも、さまざまな形で携わってくれた澤口明宏監督がメガホンを握ってくれている。</p>
<p>『インフォーマ』シーズン1の撮影中、こんなことがあった。</p>
<p>　予定ではドローンを飛ばす日ではなかったのだが、その日、急遽飛ばすことになったのだ。<br />
<br />
　澤口監督はドローンを操縦することもできる。ドラマ『ムショぼけ』でもドローンを飛ばして、尼崎市の街並みを上空から撮影したのは澤口監督だった。</p>
<p>　 突然の依頼だったが、プロデューサーのジョニーが電話をかけると、澤口監督は二つ返事で引き受けてくれた。そして私とジョニーは、時間がなかったので急いで澤口監督の自宅まで車で迎えに行ったのだった。</p>
<p>　その他にも撮影中にピンチになれば嫌な顔ひとつせずに、撮影現場へと手伝いに来てくれたのである。そうした一人ひとりの熱い気持ちや熱量で、ドラマや映画は完成していくのだ。</p>
共に悩み、楽しむために結集した最高のメンバー



<p>　その背景を文字にしていくのも、私の仕事であり、そこからサイドストーリーや新しい物語が生まれてくるのである。</p>
<p>　あくまでビジネスである。みんな食べていかなくてはならない。でもだ。作品作りに限らず、良い人柄の人や熱量のある真面目な人と仕事したいと思うのは、当然の感情ではないだろうか。</p>
<p>　特に撮影現場は、過酷なときだってある。世間で想像しているよりも、華やかなものではない。</p>
<p>　なぜならば答えのない世界で、みんな一生懸命に戦っているからだ。その上で一番大事なのは、楽しくなければ意味がないということだと思う。</p>
<p>　辛くて悩む中に、物作りの楽しさや面白さがあるからこそ、ロマンや歴史になるのである。</p>
<p>　そして映画『木漏れ陽』のプロデューサーは、BABEL LABELの高柳亮博さんである。なぜか高柳さんとは縁があった。仕事はこれまで一緒にしたことがなかったのだが、映画やドラマ仲間が集うBABEL BARに行くと、よく高柳さんが先客としていたのである。 そして一緒に仕事をしてみてわかったのだ。彼は最高に面白いのだ。そして知れば知るほど、高柳さんは奥深い実力を持っていたのだ。</p>
<p>　映画『木漏れ陽』に、一人また一人と最高のメンバーが結集したのだ。</p>
涙を流す準備を忘れずに
<p>　それもドラマ『ムショぼけ』に続いて、私の地元でもある兵庫県尼崎にだ。そう、映画『木漏れ陽』は、尼崎市を中心に撮影してきている。私にとっては、『ムショぼけ』『インフォーマ』シリーズに続いての凱旋ということになる。</p>
<p>　いつも書くことだが、私に地元愛みたいな感情は微塵もない。</p>
<p>　だけど、自分が生まれ育った街にテレビで観ていた俳優部やスタッフが大勢やってくるのだ。それも自分の書いた物語を映像化するためにだ。全てが愛おしくなるに決まっているではないか。</p>
<p>　撮影現場の至るところに、生まれ育ってきた思い出がある。そこを走り回った小学生時代だってあるのだ。ドラマ『ムショぼけ』なんて、夏休みにラジオ体操で通っていた公園がロケ地に使われているのだ。</p>
<p>　お世辞でも、生まれ育った街に少しでも恩返しがしたいなんて気持ちは断じて言わないが、思い出が詰まった場所を舞台に、作品が育まれていくとき、いつも「この時間がずっと続いてくれたら良いな」と学生時代に感じた感情を持つことができる。</p>
<p>　仕事でだ。大人になっても、そんな気持ちになれるということは、かけがえのないことではないだろうか。</p>
<p>　映画『木漏れ陽』は家族愛をテーマにした泣ける物語になっている。泣かせたいと思っている。</p>
<p>　ずっと夢見たシーン。自分が書いた物語が映画になり、それを劇場で観た全く知らない誰かが、涙を流す場面を映画『木漏れ陽』で叶えたいと思っている。</p>
<p>　映画『木漏れ陽』は来年、全国公開である。大切なものは何か。今ある当たり前の日常が、どれほど大切な時間なのかを改めて認識することのできる作品になっていると思う。</p>
<p>　劇場には忘れずに、ハンカチを持ってきていただきたい。</p>
<p>（文＝沖田臥竜／作家・小説家・クリエイター）</p>
<p>絶対に泣ける小説はこうしてできた<br />
『地獄に堕ちるわよ』の撮影現場で書かれた小説<br />
</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-27T21:08:53+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[その他]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/09/be01a41fe25732708376e62b5f0d2da3.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[画像は生成AIによるイメージ（原作小説『木漏れ陽』は好評発売中）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>【やっぱり】就活生の8割超が生成AIを利用！　誰でも「立派なES」が書ける時代に求められる“真のガクチカ”</title>
		<link>https://cyzo.jp/society/post_418009/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/society/post_418009/</guid>
		<description><![CDATA[　いま、就職活動で生成AIの存在感が急速に高まっているのをご存じだろうか？ 「キャリタス」が2027年卒の学生1098人を対象に行った調査では、就職活動で生成AIを「よく使っている」「使ったことがある」と答えた学生は計8]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　いま、就職活動で生成AIの存在感が急速に高まっているのをご存じだろうか？</p>
<p>「キャリタス」が2027年卒の学生1098人を対象に行った調査では、就職活動で生成AIを「よく使っている」「使ったことがある」と答えた学生は計84.3％。用途では「エントリーシート対策」が75.9％で最も多かった。</p>
<p>　かつては時間をかけて考え、書き、調べていた作業も、いまや生成AIを使うことで大幅に効率化できる。就活生にとっては、すでに珍しいツールではなくなりつつある。</p>
<p>　その広がりは、採用する企業側にも新たな課題を突きつけている。生成AIのビジネス活用支援を手がける株式会社SHIFT AIが、全国の採用・人事担当者503人を対象に行った2026年の調査では、採用活動でAIを活用している割合は53.9％。新卒採用担当者では72.0％に達した。</p>
<p>　生成AIが当たり前になった就活では、これまで評価されてきた能力の意味さえ変わる可能性がある。では、学生たちは実際にどのようにAIを使い、企業はその変化をどう見ているのか。取材から見えてきたのは、便利さだけでは語れない、“新しい就活の姿”だった。</p>
<p>著名人の交通違反“処分の分かれ目”</p>
採用担当の76％が「AIで書いた」と感じる
<p>　就活生側だけでなく、採用担当者も生成AIの利用を実感している。SHIFT AIが新卒採用担当者を対象に行った別の調査では、76.0％が応募書類について「生成AIを使っていると感じる」と回答した。</p>
<p>　AIで作成されたと感じる理由としてもっとも多かったのは、「表現は洗練されているのに、具体的なエピソードや数字が伴っていない」だった。</p>
<p>　採用活動そのものにもAIは入り込んでいる。AI活用者に利用工程を聞くと、最も多かったのは「応募書類の一次スクリーニング・自動評価」だった。</p>
<p>　以前なら、読みやすく整理されたエントリーシート（ES）を書くこと自体がひとつの評価材料になった。だが生成AIを使えば、ある程度整った文章は短時間で作れる。</p>
<p>　株式会社SHIFT AI代表取締役の木内翔大氏は、採用側にも見方の変化が必要になると話す。</p>
<p>「生成AIを使えば、一定水準のESを作ること自体は難しくありません。そうなると、文章がきれいかどうかだけで候補者を見るのは難しくなります。採用する企業も、書類の完成度だけではなく、その内容について本人がどこまで自分の言葉で説明できるのか、面接で経験を掘り下げたときに何が出てくるのかを見る必要性が高まっていくと思います」</p>
<p>　AIを禁止すれば解決するわけでもなさそうだ。SHIFT AIが生成AIを利用した経験のある学生280人を対象に行った別の調査では、志望企業がAIの使用禁止を明言した場合でも、64.6％が「一部活用」または「フル活用」すると回答している。</p>
<p>　すでに採用現場では、「AIを使ったか」を見抜くことよりも、その先をどう評価するかが問われ始めているのだそう。</p>
「全部AI任せ」ではない東大生の使い方
<p>　実際、学生はどのように生成AIを使っているのか？　東京大学文学部に通うHさんは、就職活動中、ほぼ毎日のようにChatGPTを開いていた。</p>
<p>「最初から全部書かせるというより、一度自分でラフを作っていました。それをChatGPTに入れて、『興味をそそられる文章になっているか、厳しく添削してください』と頼むんです。すると、すぐに文章が変わります」</p>
<p>なかでも助かったのが、長い文章を求められるESだったそうだ。</p>
<p>「300文字くらい自分で書いて、あとは『これを900〜1000文字に増やして』とお願いしていました。10秒くらいでできるので、めちゃくちゃラクでした」（Hさん）</p>
<p>　使い道は文章の水増しだけではない。マスコミや広告業界などで見られる、正解の決まっていない企画型の設問では、自分で考えた案を入力し、弱い部分を指摘させた。</p>
<p>「企画書を見せて『足りないところを教えてください』と聞いたら、『ターゲット設定が甘いです』と指摘されたこともありました。自分では気づかなかったので、そこを直しました」（同）</p>
<p>　面接前には想定質問の洗い出しや模擬面接にも使った。人間のOB・OG訪問とは違い、時間を選ばず何度でも壁打ちできるのも利点だったという。</p>
<p>　Hさんは最終的に、複数の大手企業やメディア企業から内定を得た。もちろん、生成AIを使えば必ず内定が得られるわけではないが、ESを書く、企画を練る、面接の準備をするといった作業にかかる時間は大きく変わっているわけだ。</p>
IR資料は読まない！　AIに「読ませる」就活術
<p>　生成AIの使い道は、ESや面接対策だけではない。金融業界を志望していた実践女子大学4年のNさんが重宝したのは、企業研究だった。上場企業を受けるとなれば、決算資料や中期経営計画、ニュースリリースなど、目を通したい資料はいくらでもある。Nさんは、それらを生成AIに読み込ませて整理していた。</p>
<p>「長期計画や中期計画のホームページを全部読んでいられないので、AIにまとめてもらいました。ただ、『この会社について教えて』だけだと適当な答えが出ることもあります。IRやM&amp;Aのリリースを入れてから聞くようにしていました」</p>
<p>　証券会社を研究する際には、競合他社との違いも生成AIに尋ねた。その内容をそのまま暗記するのではなく、自分なりの志望理由に落とし込んでいった。</p>
<p>　実際の面接でも、企業研究を踏まえて話したところ、担当者から「うちの会社をわかってるね」と反応されたことがあったという。ESでも、まず自分の経験を箇条書きにして入力するのだそう。</p>
<p>「ガクチカで話したい出来事を箇条書きにして、『この会社にアピールするならどうまとめればいい？』と聞くと、面接の台本まで作ってくれます。自分の大学や志望企業まで細かく設定したほうが、回答はかなり良くなりました」（同）</p>
<p>　同じ生成AIを開いても、何も情報を与えずに「志望動機を書いて」と頼む学生と、企業のIR資料や自分の経験を細かく入力する学生とでは、当然、返ってくる答えも変わる。AIが誰にでも使えるようになったからといって、全員が同じ結果を得られるわけではないのだ。</p>
AI時代、かつての弱みが強みに変わる可能性
<p>　Hさんには、もうひとつ興味深い使い方があった。自己分析をする際、自分の経歴をChatGPTに細かく入力したのだ。</p>
<p>「小説を書いている」「高校を中退した経験がある」——。本人は当初、高校中退について選考では弱みになる可能性があると考えていた。ところが生成AIからは、むしろ他の学生にはない経験として、伝え方次第で強みにできるのではないかと提案されたという。</p>
<p>「自分では、高校中退をそんなふうに使おうと思っていませんでした。AIに自分のことをいろいろ伝えたら、『そこはアピールできますよ』と教えてくれた。それはAIのおかげだと思います」（Hさん）</p>
<p>　ただ、生成AIがHさんに「高校中退」という経験を与えたわけではない。本人がすでに持っていた材料を見つけ、その意味を別の角度から整理したにすぎない。ここに、AI時代の就活で生まれる新しい差があるのかもしれない。</p>
<p>　文章が不得意でも、AIに整えてもらえる。コピーが思いつかなければ何十案でも出してもらえる。企業研究の時間が足りなければ、大量の資料を要約させることもできる。</p>
<p>　ただし、「自分は何をしてきたのか」「そこから何を考えたのか」という材料まで、AIに用意してもらうことは難しい。これについて、木内氏はこう指摘する。</p>
<p>「AIによって文章力の差はかなり埋められると思います。一方、AIに何を入力できるかは、その人が持っている経験や知識によって変わります。同じツールを使っても、具体的な経験を材料として渡せる人と、そうでない人では出力にも差が出ます。さらに、AIの回答をそのまま受け取らず、必要な情報を追加したり、自分の言葉へ戻したりできるかも重要です」</p>
<p>　かつては、同じ経験をしていても「文章にするのがうまい学生」が有利だった。生成AIは、その差をかなり小さくしている。</p>
<p>　代わって浮かび上がってくるのが、AIに渡せる具体的な経験や知識をどれだけ持っているか。そして、出てきた答えを自分なりに判断し、自分の言葉に使い直せるかという差である。</p>
<p>　誰もが「立派なES」を作れるようになった先で、企業が見るものも変わる。「何を書けるか」より、「あなた自身に何があるのか」。生成AIの普及によって、就活はむしろそこを以前より厳しく問うようになるのかもしれない。<br />
</p>
<p>「ボーナスが少ないから辞める」は半分本当</p>
<p>（取材・文＝西脇章太／にげば企画）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-26T17:14:08+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/09/20260922-cyzoonline-news-jobhunt-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[生成AIを使うことで「隙のない履歴書」を作れるようになったが、いざ就活が本格的になると「体験格差」の問題が鮮明になっている。（写真：Getty Imagesより）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>『豊臣兄弟！』仏罰上等、魑魅魍魎渦巻く巨大なブラックボックス「大和国」を支配した、秀吉よりも恐い（？）秀長の冷徹さ</title>
		<link>https://cyzo.jp/geinou/post_418275/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/geinou/post_418275/</guid>
		<description><![CDATA[　前回（第36回）の『豊臣兄弟！』では主人公・秀長（仲野太賀さん）のキャリアの頂点だったともいえる「四国攻め」が描かれましたが、1話完結でしたね。内容も秀長の大活躍というより、「武将・長宗我部元親」（磯部寛之さん）が丁寧]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　前回（第36回）の『豊臣兄弟！』では主人公・秀長（仲野太賀さん）のキャリアの頂点だったともいえる「四国攻め」が描かれましたが、1話完結でしたね。内容も秀長の大活躍というより、「武将・長宗我部元親」（磯部寛之さん）が丁寧に描かれていた気もします。</p>
<p>秀長の桁外れな成功</p>
<p>「このまま負け戦を続け、家臣たちを道連れに滅亡する未来より、かつてのように穏やかな元親に戻ってほしい……」との願いを込め、秀長が贈った色鮮やかな小袖が、修羅の道を歩んでいた元親を正気に引き戻し、停戦が土壇場で成立という演出は興味深かったです。</p>
<p>　本当に色鮮やかな衣類を愛用していた武将といえば上杉謙信で、上杉神社（現・山形県米沢市）には、謙信公着用とされる「紫地牡丹文辻が花染小袖」や「紅地雪輪文辻が花染小袖」といった華やかな着物が遺されています。</p>
<p>　それゆえ昭和期には「上杉謙信女性説」さえ囁かれたのですが、ドラマの元親のように、「美しいもの」を肌身につけることで気持ちを穏やかにした側面は謙信にもあったかもしれません。</p>
<p>　私が調査した限り、長宗我部元親着用の色鮮やかな小袖などは存在しておらず、「姫若子」（姫和子）という若き日の元親の異名も宝永5年（1708年）成立の『土佐物語』が初出で、同書によると服装の好みというより、インドア派の色白で、穏やかな元親の印象を「姫」に例えただけのようですが……。</p>
<p>　さて、このコラム連載では「怪物・秀吉」（池松壮亮さん）については散々語ってきましたが、今回からは「怪物・秀長」についても語らずにはいられなくなるでしょう。ドラマでは第1回から、ずーっと「いい人」のままの秀長ですが、「四国攻め」の直後、大和国（現在の奈良県）を兄・秀吉から拝領してからの史実の秀長は「いい人」どころか「銭ゲバの悪魔」にしか見えないのでした。</p>
「四国攻め」終結で秀長が与えられた土地の問題点
<p>「四国攻め」が終わるとまもなく、功労者・秀長には朝廷の最高権力者・関白に成り上がった兄・秀吉から、大和大納言の官位と、「大和」「和泉（現在の大阪府南部）」「紀伊（現在の和歌山県）」の3カ国100万石が与えられました。そして、大和郡山城が彼の新たな拠点となったのです。</p>
<p>　大和国は、京・大坂に近いという好立地に加え、大和盆地が畿内屈指の農業生産地で、酒造、木材、茶などの商工業もきわめて盛んな土地柄でした。</p>
<p>　しかし、大和国といえば、中世以前から藤原氏の氏寺である興福寺に代表される「宗教領主」たちが多数存在し、戦国時代以降となると「宗教領主」たちの間に、いわゆる戦国武将たち――松永久秀（ドラマでは竹中直人さん）や筒井順慶（永沼伊久也さん）などが割って入っている状態でした。</p>
<p>　松永久秀亡きあとの大和支配者・筒井順慶は信長（小栗旬さん）の死後、新しい「天下人」秀吉にも協力的で、秀吉にとって重臣といってもよいポジションだった人物です。ところがその順慶が、天正12年（1584年）8月、秀吉と徳川家康・織田信雄（松下洸平さん・山脇辰哉さん）が激突した「小牧・長久手の戦い」の最中に急死してしまったのでした。</p>
<p>　順慶には実子がなく、急遽、順慶の跡を継ぐことになったのが養子の筒井定次（貴堂寛之さん）です。彼は優秀な武人で、「小牧・長久手の戦い」「四国攻め」の双方で武功をあげたのですが、筒井家には養子に入ったばかり。家臣団の統率も不十分でした。そこに大和国在住のローカル勢力にあたる「国人（こくじん）」層――地侍たちの思惑も絡んで、ゴタゴタしている空気を察知し、強引に介入したのが「豊臣兄弟」だったのです。</p>
<p>　亡き順慶とは異なり、自分たちとは縁が薄いことを理由に、「兄弟」は筒井定次を強制的に伊賀上野（現在の三重県）へ転封させてしまったのです。この時、秀吉・秀長は移転を渋る筒井定次に、「あなた（＝定次）が伊賀へ移れば、これまで扱いづらかった地侍たちをあなたが直接支配し、管理できる直属家臣団に組み直すことができるよ、それはあなたの権力強化になる……」などと説得したようです。</p>
<p>　かくして定次は箸尾（はしお）氏、布施氏といった主要国人や、十市（とおち）氏の当主・十市新二郎らだけを連れ、伊賀へ移動に同意します。しかし、地侍こと国人たちの全員が、筒井家の伊賀移転に同行できたわけではありません。</p>
<p>　十市氏の一族の一部や、その被官――家臣・長柄氏など、筒井家の財政的理由などからリストラされてしまった人々は大和国に放置され、窮乏する者たちも見られたとのこと。興福寺の僧侶による『多聞院日記』にも、行き場を失った武士の家族の女、子どもたちが「山野に迷う悲嘆極まりない状態となった」との記述があり、嘆きの声が大和国のあちこちで聞かれたのでした。</p>
<p>　宇陀郡（奈良県東部）の秋山氏や沢氏のように、秀長やその養子・秀保に直接仕える権利を得て、土地や知行を維持できた者もいましたが、それは例外的な幸福だったようです。</p>
<p>　さらに史実の秀長は、自身の新たなお膝元である大和郡山以外の地域では、商工業のほとんどを行うことを厳禁するというとんでもないお触れも出しています。先述のとおり、大和国は各種商工業も盛んな土地柄でしたから、庶民たちからも大きな反発を食らいました。</p>
<p>　しかし、秀長はこれらの不満を軍事力で押さえつけ、封殺しようとしたのです。ドラマでは、興福寺の門徒たちが宗教的理由から、秀長の打ち出した大和国の新支配ルールに反抗という設定のようですが、実際はかなり違った形で領民とはモメたわけですね。</p>
<p>　地域経済の困窮と、「いつ一揆が起きてもおかしくない」という不穏な空気の蔓延――それが史実の秀長による大和国支配の第一段階でした。</p>
秀吉よりも前に“刀狩り”を行った秀長の手腕
<p>　大和国には、秀長にとってさらに厄介な相手が待ち構えていました。藤原氏の氏寺・興福寺などに代表される「宗教領主」です。「宗教領主」と一口にいっても、豊臣政権への態度は一律ではありません。とくに彼らの指導者層は朝廷関係者、もしくは高位の武士たちの子弟たちで、プライドが高いわけです。</p>
<p>　しかしその中には、かつての権力者にはなかった「豊臣兄弟」特有の危うさを察知し、潰される前のスリ寄りを試みる者もいました。</p>
<p>　先代から継承した「多武峰（とうのみね／現・談山神社、奈良県桜井市）」の寺領保護と支援を秀吉に求めた尊朝法親王などはその1人です。現代にはない当時の常識ですが、単純に所領を継承しただけでは、権力基盤も確保されないので、法親王は秀吉に接触し、多武峰領の雑目（所領権益など）を保障する安堵状（朱印状）の発給を願い出ていました。</p>
<p>　だからこそ、前領主・筒井定次の伊賀国移転によって国中騒然の中でもなお、法親王は秀長を出迎え、引き続きの厚遇を取り付けようと必死だったのですね。</p>
<p>　ところが……秀吉は秀長が大和国入りしたのとほぼ同時期、天正13年閏8月、多武峰に所有する槍・鉄砲・兜・刀などの武器を提出させています。多武峰には「既得権益を認めてやるが、牙は抜かせてもらう」と、すでに「兄弟」にスリ寄ってきている手前、何をいわれてもNOはいいづらい「協力者」から先に軍事力を奪ったのです。</p>
<p>　凡百の支配者なら「協力者」であれば大目に見てやりそうなものですが、それをしないのが彼らの特徴です。ちなみに武士以外の層からの武器没収といえば、秀吉の「刀狩り」が有名ですが、その3年前に多武峰相手の「刀狩り」は行われていました。実験感覚だったのでしょうね。</p>
<p>　さらに天正18年（1590年）、秀長は大和の寺社統制と、自身のお膝元である郡山城下の繁栄のためと称し、多武峰の“寺院のご神体”である藤原鎌足の大織冠（＝鎌足がかぶっていたとされる冠）を郡山城下へ、強制移転させています。これに対しては、さすがに祟りを恐れる激しい反抗がおき、実際に秀長も病に倒れたので、秀吉は「秀長の平癒の祈祷と引き換えに元の場所へ戻す」との撤回を余儀なくされました。逆にいうと、秀吉以上に寺社勢力に対する当たりが強く、「仏罰・神罰？　かかってこい」という感じだったのは秀長だったといえるでしょう。</p>
<p>　そして秀長・秀吉の「飴と鞭」どころか、「鞭と鞭」というしかない辣腕が発揮されたのは、大和国最大の「宗教領主」興福寺相手の一幕でした。中世以来、大和の事実上の守護（＝大名）として君臨し、荘園経営から地侍の統制まで担ってきた興福寺ですが、その「宗教領主」としての息の根は、「豊臣兄弟」から命じられた「確定申告」の失敗によって止められたのです。</p>
<p>――とまぁ、少々トリッキーな書き方になりましたが、当時の興福寺は「子院なども含め寺領はどのくらいあるのか」を「兄弟」から尋ねられています。しかし、寺は所有地を小さく見せかけ、利権を隠し、「2万5693石」と過少申告したのでした。これは信長時代の天正8年（1580年）に興福寺が提出した「指出（さしだし）」より、8000石も少なめの申告でした。いわば脱税です。</p>
<p>　しかし……、従来の権力者よりも数字に強いのが「豊臣兄弟」の特色なのです。サバ読みした数字を見せられた秀吉は興福寺参詣途中だったにもかかわらず怒りだし、そのまま大坂城に帰還。寺側には罰として申告書の再提出と、その後も約1万石分の不認可（＝没収処置）が言い渡されました。サバ読みした分のさらに半分しか寺領を認めない！と言われてしまったのです。</p>
<p>　その後、秀長の厳しい追加詮議が行われ、興福寺は大和国にあったほぼ全ての荘園支配権・徴税権という既得権益を失いました。天正15年（1587年）には秀長の追加命令により、興福寺本体の所領はわずか8000石にまで削られています。</p>
<p>　それから7年後、「太閤検地」の実施を経た文禄4年（1595年）には、春日社なども入れた興福寺全体で約2万1000石が保証される状態になりましたが、えげつないこと凄まじいですね。</p>
<p>　これまで何世紀もの間、「宗教領主」「世俗領主」、さまざまな利権が絡み合う巨大な「ブラックボックス」であった大和国ですが、「豊臣兄弟」の強権の前にすべてが解体・無力化され、新領主・秀長と領民が直接結ばれ、年貢のやりとりもダイレクトに行えるよう整備されるというシステムの見直しがなされたのです。</p>
<p>　ドラマではこうしたすべてが「寺社や領主以外の地侍から不当な年貢を取られていた農民を、秀長が救った」的な「いい話」として描かれるのでしょうが、史実の秀長がしたことといえば、中間搾取されていた額をそのまま自分の懐にいれること。</p>
<p>　私腹を肥やすというより、秀長にはもっと大きな目標がありました。彼が大和国の新領主となった理由は、当時まだ国内に薩摩の島津家、関東の（後）北条家など敵対勢力を残していた豊臣政権の軍事費用を調達するという目的達成のためだったのでしょう。</p>
<p>　目的遂行のためなら、どんな批判も恐れず、どんな手段を取ることにも躊躇しない……史実の秀長の凄まじい冷徹さを感じずにはいられない一幕が、その大和国支配の辣腕ぶりから垣間見えるのでした。</p>
<p>信雄を追い込んだ秀吉の恐ろしさ</p>
<p>（文＝堀江宏樹）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-26T16:39:52+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/01/20260116-cyzoonline-column-nakanotaiga-pic01.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[『豊臣兄弟！』で主人公を演じる仲野太賀（写真：Getty Imagesより）]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>松たか子と石橋静河が「元姉妹」を演じる『ナギダイアリー』が描く新しい家族像</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_418251/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_418251/</guid>
		<description><![CDATA[　出演作ごとに新たな魅力を披露している松たか子。NHK連続テレビ小説『ブラッサム』の主演で、さらなる飛躍が期待されている石橋静河。注目の人気女優ふたりが共演する映画『ナギダイアリー』が、9月25日より劇場公開されている。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>　出演作ごとに新たな魅力を披露している松たか子。NHK連続テレビ小説『ブラッサム』の主演で、さらなる飛躍が期待されている石橋静河。注目の人気女優ふたりが共演する映画『ナギダイアリー』が、9月25日より劇場公開されている。</p>
<p>史上もっともヤバい映画『ムカデ人間』</p>
<p>　10年がかりで本作を完成させたのは深田晃司監督。浅野忠信主演作『淵に立つ』（2016年）が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞するなど、海外の映画祭でも高く評価されている。本作はロケ地となった岡山県奈義町に深田監督が長期滞在し、地元の人たちと交流しながら脚本を書き上げたものだ。</p>
<p>　物語の舞台となるのは架空の町「ナギ」。彫刻家の寄子（松たか子）が暮らす古い一軒家に、東京から来た建築家の友梨（石橋静河）が訪れる。ふたりは「元姉妹」という関係だ。寄子の弟が、友梨の夫だった。友梨夫婦が離婚した後も、寄子と友梨は懇意にしていた。</p>
<p>　寄子の彫刻のモデルを務める友梨は、寄子が絵を教えている地元の中学生・春樹（川口和空）と圭太（藤原聖）と知り合う。さらに春樹の父親・好浩（松山ケンイチ）も交え、友梨は都会とは異なるゆったりとした時間を過ごす。しかし、親交が深まるにつれ、寄子たちの意外な人間関係に気づくことにもなる。</p>
<p>　今年の第79回カンヌ国際映画祭のコンペティションに選出され、上映後には7分間に及ぶスタンディングオベーションを浴びた深田監督に、キャスト陣の魅力、製作の舞台裏を語ってもらった。</p>



松たか子、石橋静河の対照的な魅力
<p>　深田晃司監督は映画美学校を卒業後、劇団「青年団」に入団し、主宰者・平田オリザ氏の薫陶を受けたクリエイターだ。「青年団」では演出部に所属していた。それもあって、『ナギダイアリー』は松たか子、石橋静河、松山ケンイチたち人気キャストが織りなすアンサンブルを、舞台を観るかのようにじっくりと堪能できる。</p>
<p>「プロデューサーと話し合いながら決めたキャスティングですが、理想のキャストになりました。松さんたちの演技を、自分も間近で楽しむことができました（笑）」</p>
<p>　寄子に絵を習う中学生の春樹と圭太は共にある決心をし、寄子に頼みごとをする。本人たちはすごく真剣なのだが、このシーンのやりとりは思わず吹き出してしまう。</p>
<p>「松たか子さんはコメディエンヌのイメージがありますよね。このシーンは、松さんの表情がすごくいい。中学生たちと一緒に真剣な顔になっています。笑ってしまうシーンだけど、松さんが真剣に受け答えしているところがいいなと思います」</p>
<p>　女優・松たか子の魅力はどこにあるのだろうか？</p>
<p>「松さんの演技は、いつ見ても新鮮です。カメラにとって魅力的な被写体は、子どもや動物、自然現象だとよく言います。つまり、次の瞬間にどう動くか分からないものです。子どもや動物の動きは予測がつかないですし、自然現象である火や波は飽きずに見ることができます。大人になって経験を積んだ俳優からは、そうした新鮮さはどうしても失われてしまいがちです。俳優とは難しい仕事で、次に相手がどんな台詞を言うか、自分がどう答えなくてはいけないか、分かってしまっていて、予定調和な演技になっていきます。でも松さんは、いつもそのときに初めてその台詞を口にするみたいな演技ができるんです。相手の芝居を受け、生きたものとして表現できる。素晴らしい才能の持ち主です」</p>
<p>　仕事を続けることに悩む友梨を演じた石橋静河はどうだろうか。</p>
<p>「石橋さんは、松さんとはまったく異なるタイプ。私たちの日常生活の近似値に近い演技ができ、しかもそれを何度でも繰り返すことができる。プロフェッショナルですね。現代口語演劇の青年団の俳優たちもそうした演技を得意にしていて、私にとってなじみの深い芝居です。それもあって、石橋さんには安心して演技を委ねることができました」</p>
<p>　石橋静河が主演するNHK朝ドラ『ブラッサム』には、松たか子が出演することも決まっている。作家の宇野千代をモデルにした主人公・葉野珠を石橋、晩年期の珠の秘書を松が演じることになる。</p>
<p>「撮影が終わってから、おふたりが朝ドラに出演されることを知って驚きました。おふたりは対照的な演技を見せてくれました。自由奔放な芝居をする松さん、一方の石橋さんは非常に端正な芝居をされる。ふたりの演技の違いは、寄子と友梨のキャラの違いにもなっています。友梨は情報量の多い東京で暮らしているけれど、どこか窮屈さも感じている。対する寄子は情報量の少ない地方都市で生活しているが、自分の好きなようにのびのびと暮らしている。松さんと石橋さんの演技の違いが、寄子と友梨がそれぞれ暮らす町の対比とも絡み合い、面白いなと思いました」</p>



セクシュアルマイノリティにとっての日常生活
<p>　松たか子、石橋静河と同様に、松山ケンイチも深田監督作品は初出演だ。松山演じる好浩は、寄子の幼なじみでもある。町役場に勤め、ひとり息子を育てるシングルファーザー役を、近年は田舎で暮らす松山は地に足のついた演技で好演している。</p>
<p>「松山さんは漫画の実写化映画によく出演されていた印象がありましたが、もともとは青森県出身です。地方の町で暮らす男性像にはなじみがあったんじゃないでしょうか。松山さんと特にそうした話をしたわけではありませんが、寄子、友梨とすごくいい関係性を演じてくれました」</p>
<p>　松たか子演じる寄子は、セクシュアルマイノリティという設定になっている。学生時代の親友・早苗（藤間爽子）への想いを今も大切にしている。寄子をそうしたユニークな設定にした理由を、深田監督はこう語った。</p>
<p>「ユニークというのは、それはマジョリティの視点から見ているからなんです。セクシュアルマイノリティの方たちは、どこの社会にも存在しているわけです。それをユニークと感じてしまうのは、映画や演劇の世界で描かれてこなかったり、描かれたとしても特別な存在として描かれてきたことも影響しているのでしょうね。ある種の社会問題やメッセージ、テーマを背負う存在として捉えられてきた。でも、当事者にとっても誰にとっても生活はただの日常ですし、そこに存在するだけです。松さんには特別そうしたことを説明しませんでしたが、松さんは寄子の日常をとても自然に演じてくれました」</p>
<p>　オーディションで選ばれた10代のキャスト（川口和空、藤原聖）には、ジェンダーや多様性の歴史などを丁寧にレクチャーするなどして役を理解してもらった上で、現場に臨んでもらった。また、撮影前にはジェンダー講習やハラスメント講習をスタッフだけでなく、キャストも一緒に受講している。多様な愛のかたちを描いた『エゴイスト』（23年）にも参加したミヤタ廉が「LGBTQ＋インクルーシブディレクター」としてクレジットされており、LGBTQ＋表現に細心の配慮をしていたことが分かる。</p>
<p>　ナギ＝凪とは風の吹かない状態のことだが、『ナギダイアリー』の世界には心地よい風が流れているのが感じられる。</p>



小津監督の時代から変わらない家族関係
<p>　キャストが豪華なだけではない。『ナギダイアリー』は丁寧に脚本を練り上げ、映画・演劇の歴史をしっかりと受け継いでいる点にも注目したい。</p>
<p>「企画の始まりは、平田オリザさんでした。平田さんの代表作のひとつ『東京ノート』は美術館のロビーを舞台にしたもので、各地で上演を行なっていました。その平田さんから岡山県奈義町にとてもいい美術館があるので、奈義町を舞台にして映画にしたら面白いんじゃないかというメールをいただいたんです。下見として奈義町現代美術館を訪ねたところ、土地に根付いた素晴らしい施設でした。奈義町も独特の風情があるなと感じ、『東京ノート』をそのまま映画化するのではなく、奈義町に根付いたオリジナル作にすることにしたんです。もちろん、自分も『東京ノート』は大好きです。『東京ノート』を一部オマージュしながら、精神的な続編みたいなつもりで書いた作品です。初めて奈義町を訪ねたのは2016年8月。映画の仕事がないときは、なるべく奈義町で過ごすようにしてきました。映画の完成までに10年かかりましたね（笑）」</p>
<p>　本作のベースになった平田オリザ氏の『東京ノート』は、バラバラに暮らす家族が年に一度だけ美術館に集まり、近況を伝え合うというもの。小津安二郎監督の『東京物語』（1953年）を意識した作品であることが知られている。そう考えると、深田監督が撮った『ナギダイアリー』は『東京ノート』に加え、『東京物語』も現代的にアップデートしてみせたとも言えそうだ。</p>
<p>「小津監督の『東京物語』は戦後の日本社会の家族の在り方を描いた名作です。田舎から上京してきた老夫婦が子どもたちの家を訪ねますが、それぞれ家庭を持っている子どもたちは実の親を邪険に扱ってしまう。老夫婦にいちばん親切なのは、戦争で亡くなった息子の未亡人、血のつながらない関係なんです。戦後間もない時期に撮られた作品なのに、血縁関係にとらわれない関係性を描いていたことに驚きを覚えます。『東京物語』はいま観ても新鮮に感じられる。日本社会は本質的なところでは、当時からさほど変わっていないのかもしれません。脚本を書いていた10年の間に夫婦別姓が成立していれば、脚本の内容も変わってきたはずですが、残念ながら成立しませんでしたね」</p>



映画が観客にもたらす豊かさとは？
<p>　日本の地方を舞台にした『ナギダイアリー』だが、フランス、シンガポール、フィリピン資本も入った合作映画でもあり、どこか日本離れした優雅さを感じさせる。</p>
<p>「海外の資本が入ったことで、海外文化の影響を少しは受けているかもしれません。フランスではみなさん、休むときはしっかり休む。1カ月くらいバカンスに出かけています。その間はまったく連絡が通じなくなる。でも、生産性が落ちることはなく、むしろリフレッシュすることで、仕事のクオリティーは上がるんです。忙しく働く日本人のひとりとして、自分ももっと心の余裕を持てるようにしたいものです（笑）」</p>
<p>　寄子と一緒に過ごすことで、友梨はナギでの生活に安らぎを覚えるようになっていく。『ナギダイアリー』を観ることで我々も、いろんな常識から解放されることになる。映画の豊かさはどこから来るのだろうか？　そんな質問を最後に深田監督に投げかけてみた。</p>
<p>「映画の豊かさはどこから来るのか……。この質問にスッと答えることができれば、自分ももっと良い監督になれるでしょうね（笑）。やっぱり、豊かさって映画を観る観客の想像力から育まれるものだと思うんです。観客の想像力に対して、映画がどのようにアクセスできるか。もしくは、観客の想像力がアクセスできる余白をどれだけ丁寧に残せるかが重要でしょう。でも、その余白づくりが難しい。まだ自分もできたりできなかったりなんですが、余白のある映画をつくろうとはしています。映画を観た人が余白に対して想像を膨らませていき、鏡のようにその人自身の姿が見えてくるような作品ができれば、面白いなと思うんです。作品を通じて作り手と観客が理解を深めていくような映画ができれば、それが豊かさにつながるんじゃないでしょうか」</p>
<p>　お金だけではない、生きていく上での豊かさのヒントが『ナギダイアリー』には込められている。松たか子、石橋静河、松山ケンイチたちの贅沢なアンサンブルを、ゆったりとスクリーンで味わいたい。</p>
<p>「新感覚ホラー映画」に世界が絶叫</p>
<p>（取材・文＝長野辰次）</p>
<p>『ナギダイアリー』<br />
監督・脚本／深田晃司<br />
撮影／四宮秀俊<br />
出演／松たか子、石橋静河、川口和空、藤原聖、藤間爽子、水間ロン、申瑞季、松山ケンイチ<br />
配給／スターサンズ　9月25日（金）より新宿ピカデリー、渋谷ユーロスペースほか全国ロードショー<br />
（c)2026 ナギダイアリー・パートナーズ／Survivance／Momo Film Co.<br />
https://starsands.com/nagidiary/</p>
<p>深田晃司（ふかだ・こうじ）<br />
1980年生まれ、東京都小金井市出身。1999年に映画美学校フィクションコースに入学。2005年には平田オリザが主宰する劇団「青年団」に演出部として入団。監督した映画『歓待』（10年）、『ほとりの朔子』（13年）で注目を集める。浅野忠信主演作『淵に立つ』（16年）はカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞。以降も『海を駆ける』（18年）、『よこがお』（19年）、『本気のしるし 《TVドラマ再編集劇場版》』（20年）、『LOVE LIFE』（22年）、『恋愛裁判』（26年）など話題作を次々と発表している。</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-25T16:50:04+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/09/20260925-cyzoonline-interview-nagidiary-pic06.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[松たか子が地方で暮らす彫刻家を演じた『ナギダイアリー』]]></media:description></media:content>
	</item>
	<item>
		<title>2時間SP『名探偵コナン 30号殺人事件』 未解決となった芸術的犯罪「ニセ札事件」</title>
		<link>https://cyzo.jp/culture/post_418132/</link>
		<guid>https://cyzo.jp/culture/post_418132/</guid>
		<description><![CDATA[「見た目は子ども、頭脳は大人 その名は名探偵コナン」 　そんな台詞でおなじみなのが、TVアニメ『名探偵コナン』（日本テレビ系）です。TVアニメは1996年1月に始まり、2026年は放送開始30周年のメモリアルイヤーに当た]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[

<p>「見た目は子ども、頭脳は大人 その名は名探偵コナン」</p>
<p>　そんな台詞でおなじみなのが、TVアニメ『名探偵コナン』（日本テレビ系）です。TVアニメは1996年1月に始まり、2026年は放送開始30周年のメモリアルイヤーに当たります。</p>
<p> 白人視点に偏った「歴史観」</p>
<p>　9月25日（金）の『金曜ロードショー』（日本テレビ系）は、新作アニメ『名探偵コナン 30号殺人事件』がオンエアされます。『名探偵コナン エピソード“ONE” 小さくなった名探偵』以来となる10年ぶりの2時間スペシャルです。主題歌は倉木麻衣の新曲「ハレルヤ」になります。</p>
<p>　小学生探偵の江戸川コナン（CV：高山みなみ）たち少年探偵団の一行は、日本紙幣印刷局の長野工場の見学へと向かいます。一方、警視庁の管轄内で殺人事件が起き、事件現場からはニセ札が見つかるというストーリーです。</p>
<p>　今週も独自視点で、『金ロー』をネチネチと楽しみたいと思います。</p>
今年30歳の池田エライザがゲスト声優
<p>　TVアニメの放送開始から30年が経ち、当時は子どもだった視聴者もすっかり大人になりました。1997年から始まった劇場版『名探偵コナン』を、親子で楽しむ家族も多いようです。</p>
<p>　今回の『30号殺人事件』は、1996年生まれの池田エライザがゲスト声優として出演します。警視庁科学警察研究所の文書鑑定技官の里見透子役だそうです。</p>
<p>　親子二代にわたって愛されている作品には『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』（テレビ朝日系）やスーパー戦隊シリーズなどもありますが、『名探偵コナン』の人気は突出したものがあります。</p>
<p>　原作者である漫画家・青山剛昌はすでに最終回のネームを用意しているそうですが、小学館や日本テレビはまだまだ簡単には終わらせてくれないでしょう。</p>
安室透、赤井秀一も登場するオールスターキャスト
<p>　30周年記念スペシャルとして、今夜は全国各地に散らばる人気キャラクターたちが総登場します。そのために選ばれた題材が「ニセ札」です。</p>
<p>　灰原哀（CV：林原めぐみ）が初登場したのが、1999年に放送された2時間スペシャル「黒の組織から来た女 大学教授殺人事件」でした。コナンと哀が初めて共同で挑んだニセ札事件の顛末が描かれ、視聴率は20%を超えています。スタッフも「ニセ札事件」には手応えを感じているのでしょう。</p>
<p>　コナンは大阪にいる服部平次（CV：堀川りょう）とニセ札の謎を追うことになります。さらには怪盗キッド（CV：山口勝平）、公安警察の安室透（CV：草尾毅）、FBIの赤井秀一（CV：池田秀一）、白バイ警官の萩原千速（CV：沢城みゆき）までオールスターキャストが登場します。</p>
<p>　トイレに行ってる間に、推しキャラを見逃さないようにしたいものです。</p>
宮崎駿や岩井俊二も描いたニセ札事件
<p>　ニセ札づくりは、繊細な偽造技術や最新の印刷技術が求められ、大変な労力を要する犯罪です。映画の世界では、ニセ札を扱った作品がたびたび作られてきました。</p>
<p>　宮崎駿監督の劇場監督デビュー作となった『ルパン三世 カリオストロの城』（1979年）は、欧州の小国・カリオストロ公国で秘密裏に製造されるニセ札「ゴート札」が物語の発端となっています。岩井俊二監督の人気作『スワロウテイル』（1996年）では、千円札を加工して万円札にして、主人公たちが自動両替機で荒稼ぎする様子が描かれました。</p>
<p>　また、木村祐一の初監督作となった『ニセ札』（2009年）では、貧しい村で暮らす小学校の教頭（倍賞美津子）や村の有力者たちが協力して、ニセ札づくりに励みます。興行的にパッとしなかった『ニセ札』ですが、1951年に山梨県で実際に起きた「チ-5事件」を題材にした実録犯罪映画として好事家たちの注目を集めました。</p>
<p>　アカデミー賞外国語映画賞を受賞したのは、『ヒトラーの贋札』（2007年）です。ナチスドイツ時代、ユダヤ人強制収容所でニセのポンド紙幣やドル紙幣が作られていた史実に基づいたものです。</p>
<p>　ニセ札を流通させることで、敵国の経済を混乱に陥れることが目的でした。ニセ札づくりは、国家レベルの予算や組織力が必要なことが分かります。</p>
採算を度外視した芸術的犯罪事件
<p>　日本で起きた実在のニセ札事件として最も有名なのが、1961年に発覚した「チ-37号事件」です。犯人は逮捕されないまま時効を迎えた未解決事件となっています。</p>
<p>　全国で343枚の千円札が見つかった事件ですが、素人にはニセ札の識別が難しく、また新聞がニセ札の特徴を報道すると、犯人はその問題点を修正して、新しいニセ札が出回りました。この事件がきっかけで、それまで千円札に使われていた聖徳太子の肖像画は伊藤博文に変わることになりました。</p>
<p>　当時の千円札が偽造しやすかったことから、犯人はニセ千円札を偽造したようです。しかし、特殊なインクや用紙、印刷機などの経費を考えると、いくらニセ千円札を刷っても、犯人側の儲けはほとんどなかったはずです。</p>
<p>　そのため「チ-37号事件」は、日本犯罪史に残る「芸術的犯罪」として記憶されています。</p>
世界を震撼させた「スーパーノート」
<p>　未解決のまま迷宮入りした「チ-37号事件」ですが、戦時中の「陸軍登戸研究所」の関係者が関わっていたのではないかと噂されています。『ヒトラーの贋札』でナチスドイツがニセ札で敵国を混乱させようとしていたように、日本軍もニセの中国紙幣を印刷し、中国経済を混乱させることを計画していました。</p>
<p>　戦時中には25人の印刷関係者が「登戸研究所」にいたそうですが、終戦後は何人かの消息がつかめていません。芸術的と称された「チ-37号事件」と「登戸研究所」をめぐる都市伝説はその後も続きます。</p>
<p>　1980年代末から1990年代に、非常に精密なニセの100ドル紙幣が世界各地に出回る「スーパーノート」と呼ばれる騒ぎが起きています。米国警察が血眼になって捜査した国際的な事件でした。</p>
<p>　かつてない高精度なニセ札だったことから、国家規模の犯罪組織の仕業だったと言われています。「北朝鮮にニセ札工場があった」という脱北者の証言もあります。</p>
<p>　この「スーパーノート」にも、「登戸研究所」の関係者かその技術を受け継いだグループが関与していたのではと推測する声もありました。ニセ札づくりには国家の裏の歴史が隠されています。</p>
30年間で変わりつつある犯罪の世界
<p>　現在でも闇バイトやパパ活などが行われる地下世界では、カラーコピーによるニセ札事件は摘発されていますが、より高度な透かし技術や特殊な紙素材を紙幣に使うようになったため、大掛かりなニセ札づくりは割が合わないとされています。ニセ札を苦労して印刷するよりも、暗号資産などを狙った犯罪のほうが効率がいいからです。</p>
<p>　コナンたちが追う「30号殺人事件」のニセ札犯は、どんな人物像になるのでしょうか？</p>
<p>　名探偵コナンが登場して、すでに30年以上の歳月が流れました。この30年の間に社会だけでなく、犯罪の世界も大きく変わってきています。犯罪者側にもあった最低限のモラルや美意識は消滅し、利潤のみを求める犯罪ばかりになりつつあるように感じます。</p>
<p>「真実はいつもひとつ」</p>
<p>　江戸川コナンは、この台詞をいつまで口にできるのでしょうか。黒ずくめの組織による犯罪が未解決のままで終わることだけは、勘弁してほしいなと思います。そろそろ、工藤新一と毛利蘭を再会させてあげてもいいんじゃないでしょうか。『名探偵コナン』がハッピーエンドで終わらなかったら、それこそ犯罪ですよ。</p>
<p>『タイタニック』が描いた「永遠の一瞬」</p>
<p>（文＝映画ゾンビ・バブ）</p>]]></content:encoded>
		<pubDate>2026-09-24T18:11:03+09:00</pubDate>
		<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<media:content url="https://cyzo.jp/wp-content/uploads/2026/09/20260924-cyzoonline-column-konan-pic02.jpg" type="image/jpeg" expression="full" width="1280" height="720"><media:description type="plain"><![CDATA[新作アニメ『名探偵コナン 30号殺人事件』HPより]]></media:description></media:content>
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