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『おむすび』第58回 生活感と社会常識の欠如がドラマへの共感を拒絶する

橋本環奈(写真:サイゾー)
橋本環奈(写真:サイゾー)

 そういえばナベさん(緒形直人)は今でもあのデコ靴を作っては、チャンミカ(松井玲奈)の店に納品しているのでしょうか。

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 物語としては結さん(橋本環奈)が人と人を結んで、ナベさんの心の回復を促したということになっていますので、ナベさんにも平穏な日常が戻っているはずなんだよな。

 そこを一切、見せようとしない。結の活躍だけ描き終われば「傷ついた被災者」というドラマのテーマそのものに直結する人物さえモブ扱いでお払い箱にしてしまうNHK朝の連続テレビ小説『おむすび』も第58回。

 今回は、いよいよ登場人物のほとんどが本格的にブッ壊れてきたことを感じさせました。

 振り返りましょう。

圧倒的情報不足、描写不足

 糸島で暮らしていたころの幼なじみ・陽太(菅生新樹)が出張で神戸にやってきました。陽太は福岡のIT企業に就職し、3年目のシステムエンジニアだそうです。何やらソリューションのスキームがプライオリティでジョインだそうです。すっかりIT業界にかぶれて横文字まみれの会話で結さんたちを呆れさせています。

 陽太、糸島のイワシ明太を持参してきていました。結さんと結ママ(麻生久美子)は「糸島のイワシ明太ひさびさ!」「うん、やっぱりおいしいね」と舌鼓を打っています。

 いや、映してよ。そのイワシ明太を映しなさいよ。こういうところなんですよ。演出に、糸島への愛情を微塵も感じないんです。ここでイワシ明太をアップで撮るだけで、おいしいものを食べる幸せ、故郷へのノスタルジー、それをわざわざ持ってきてくれた陽太という人の性根の良さ、いろんなものを表現できるんです。こういう細かいところで、このドラマが「食って素晴らしい」「糸島はいいところ」という思想をまったく抱いていないことが明らかになるんです。

 横文字を多用する陽太についても、この人が過剰に業界にかぶれているのか、そういう組織に所属しているうちにこうなったのか、全然わからない。単に、このドラマの作り手のIT業界に対する偏見の吐露にしかなっていない。

 ここだって、陽太に仕事の電話を1本させれば、会っていなかった2年間を想像できるんです。陽太が仕事先の相手にも横文字の羅列を使っていれば「理解の及ばない業界にいる陽太、遠くへ行っちゃったんだね」と思えるし、そんな陽太が米田家に対しては変わらず気さくに接していることに意味が出るし、横文字を一切使わなければ「なんや陽太、私たちの前でカッコつけてただけか」と、陽太という人物の愛嬌を表現できる。

 陽太という人を2年ぶりに登場させておいて、視聴者がその2年間を想像することをあえて拒絶しているような演出なんですよね。作り手が、陽太という人物にも興味がないんです。

 そう思わせておいて、パパ(北村有起哉)が「ビジホに泊まるのはもったいないから家に泊まれ」と言う。このドラマ、大人も見ていいんだよね? 大人だったら、絶対に「あれ出張宿泊費の扱いは?」という疑問が浮かぶんですが、そういう社会常識にもとことん無頓着です。

 そんな陽太に、ママはホームページの作り方を教えてくれと頼みます。店の集客が思うようにいかず、ネットでアピールしたいという。パパは頑なにホームページの公開を拒否しますが「簡単でしょ」「いいじゃないお金もかからないし、私がやるんだから」と聞く耳を持ちません。

 勝手に作ればいいのに、と思っちゃうわけです。パソコンもネットもちんぷんかんぷんで、「ほぉむぺぇじ?」みたいな状態の人だったら陽太に教えを乞うのもわかるけど、この人はもう長年にわたってブログを運営しているし、手描きのイラストをスキャニングしてデータ化し、リサイズしてブログにアップロードするくらいのスキルはある。

 普通に考えて、それくらいのスキルと情熱のある人だったら陽太の登場を待たずとも「ホームページ 作り方」で検索するはずなんですよ。ほら、「Yahoo!ジオシティーズ」というのが出てきたでしょう。ケータイ向けにギャルさんたちにアピールしたいなら「魔法のiらんど」もあるぞ。ブログだって結に黙って始めてたんだし、そういうバイタリティのある人として描かれてきたのに、ここにきて「ホームページ作る作らない」でパパとモメる意味がわからない。勝手に作って公開しちゃいなよ。

 そしてもっと意味がわからないのが、ホームページ公開を頑なに拒否するパパです。「地道にコツコツやってればいい」と、昨日はその理由を述べていましたが、「地道にコツコツ」と「ホームページ」はまったく矛盾していません。なぜここまで頑ななのかを説明する必要があるのに、ゴリ押ししてくる。加えて、「夫婦円満の秘訣は我慢と即時謝罪」と言っていたその口で、ママを口汚く罵っている。人物の性格がブレブレなんです。

 さらに意味がわからないのが、頑なに医者に行かない翔也(佐野勇斗)です。肩の痛みを、書物の1ページだけを見て「肩関節唇損傷」だと決めつけ、「野球ができなくなるのが怖い」と言って医者に行こうとしません。もう肩より上に右腕が上がらないといって、サイドスローに挑戦しようとしたりしています。

 頑なに医者に行くことを拒否させたいなら、やっぱり理由が必要なんです。これだって、1エピソードあればいい。例えば祖父なり祖母なりが腰が悪くて、医者に連れて行ったら悪化して二度と歩けなくなった、それ以来、医者が信用できないし怖くなってしまった。

 そういう具体的な理由があれば、まあ理解できなくもないんです。パパがホームページを頑なに拒否する理由もそう、知り合いの店がネットで情報を公開したら泥棒に入られてしまったとか、その「頑な」ぶりに理由付けがないと、人物が「変なバカ」にしか見えなくなっちゃう。

 そういうところ、根本ノンジさんくらいのベテラン脚本家だったら肌感覚でわかってる部分だと思うんですよね。このドラマの脚本に強烈な「負のディレクション」が入っていると感じる部分です。

生活感と社会常識の欠如

 このドラマには日常がありません。事件しかないんです。人物に生活感がないから、すべての事件が唐突に感じられます。

 結さんがコック長のレシピを盗み始めてから、パートさんの存在や厨房における皿洗いや仕込みといった作業そのものが完全に画面からスポイルされています。

 野球部の指導者は立っているだけで何もしません。そもそも、キャッチャーが翔也に「肩が痛いの、気づいてるぞ」と言った夜、その日には昼間が存在しないのです。もう肩が上がらないのだから、昼の練習でチーム全員が「翔也、肩が上がってない」と気づくはずです。エースってそういう存在でしょう。

 日常がないから、そこに起こる事件の位置づけが伝わってこない。その事件で誰の心がどう動いたのかも伝わってこない。誰にも共感できない。冒頭のナベさんの話もそうです。あの防災訓練の後、ナベさんの生活がどう変わったかを描くことで、私たちも回復していく被災者に心を寄せることができるし、そこを描いて初めて結がやったことの価値もわかってくるわけです。

 加えて、ドラマそのものの社会常識の欠如も悩ましいところです。今回でいえば、陽太の出張宿泊費の件もそうだし、結が星河に就職するまでのプロセスや社食の研修システムの不備、大学野球2年連続本塁打王・大河内の社会人野球入りという不可解な進路、そういった要素がとことん社会常識とかけ離れているので、その世界の中で起こるさまざまな事件やトラブルの深刻さが伝わってこないのです。

 ここまで、この原稿は約3,000文字。結さんの話はひとつもしていませんね。たった15分で、周辺だけでこれだけ書くことがあるって、それはそれですごい作品なのかもね。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

◎どらまっ子AKIちゃんの『おむすび』全話レビューを無料公開しています
第1話~第56話
https://note.com/dorama_child/m/m4385fc4643b3
第57話~
https://cyzo.jp/tag/omusubi/

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/01/10 18:27