『豊臣兄弟!』勝家と秀吉の確執と上杉謙信と裏で通じた松永久秀の“バクチ人生上等”な大爆死

前回(第19回)の『豊臣兄弟!』は、史実では秀長(仲野太賀さん)の「謎の嫡男」与一郎(高木波瑠さん)をめぐり、ドラマオリジナルの内容がほぼ全編にわたって繰り広げられました。しかし、これまでは秀長の名目上の妻に過ぎなかった慶(吉岡里帆さん)が秀長と心を通わせ始める演技が非常によく、奥田瑛二さん演じる“激ヤバ”な爺さまこと堀池頼昌(=慶の元・義父)のあれこれにも驚愕しているうちに終わりの時間になっていました。
麻生祐未さん演じる絹(=慶の元・義母)も、それまでは抑えたお芝居だったのに、土壇場では数十キロはありそうな亡き息子・頼広(=慶の亡夫)の鎧をガシャーンと引っ倒しながら、「これは頼広じゃない!」とシャウト。続けて優しく「あの子はいつも笑っていたから……」というセリフには、史実や論理・理屈を超え、ホロッとさせる魔力がありましたね。――にしても婆さまの足腰、強すぎだろ……とは思いましたが。
さて次回(第20回)の『豊臣兄弟!』ですが、「信長(小栗旬)は、上杉攻めから離脱し勝手に帰国した秀吉(池松壮亮)に激怒。蟄居のうえ、死罪に処すと申し渡す。羽柴家一同が助命嘆願に奔走する中、松永久秀(竹中直人)が再び裏切ったという知らせが入る。九死に一生を得た秀吉と小一郎(仲野太賀)は久秀との談判に臨み、唯一無二の茶器・平蜘蛛を渡せば謀反は不問にするという信長の意向を伝える。だが破格の条件にもかかわらず、久秀はなぜか応じないと言い張る」という内容だそうです。
注目したいのは、なぜ秀吉がその生涯でも異例の軍律違反を犯したのか……という謎です。秀吉は主君・信長に対し、120%の忠誠心を見せつけ、ほぼ「それだけ」で異例の出世を重ねてきたような男です。
それがなぜ今回、「作戦をめぐって柴田勝家(山口馬木也さん)と反目した」という理由で戦線を無断離脱するに至ったのかは、さすがに疑問です。
しかし、戦国時代でも1、2を争う情報魔の秀吉はすでに独自の情報網――密かに放った斥候(せっこう:スパイ)たちからの報告を通じ、織田家の重鎮である柴田勝家よりもいち早く七尾城の情勢を見抜いていたので、この戦は壮大な負け戦に終わると確信していました(というか、七尾城で救援を待っているはずの味方は、すでに実際は上杉軍に全滅させられた後だったのです)。
そこにドラマでも描かれたとおり、4万もの救援軍――総大将・柴田の兵はおそらく1万前後。残りは秀吉や、織田方の重鎮たちが差し向けた協力兵――を本当に差し向けてよいわけがない。いくら信長様の命令とはいえ、実行する価値があるか? そもそも柴田殿の情報収集がダメだからこういう事態になっているのでは? ということで、情報戦が苦手な柴田と、そうではない秀吉の間で大喧嘩が発生したようです。
実際、その後の柴田は七尾城に向かい、秀吉のいったとおりの惨状を目撃。引き上げようとしたら上杉軍に攻め立てられ、増水中の手取川にも行く手を阻まれ、貴重な兵たちを無駄死にさせた大敗戦になりました。
また秀吉は戦の散々な顛末だけでなく、実は問題家臣・松永久秀と、当時の織田家にとっては大敵の上杉謙信(ドラマでは工藤潤矢さん)が水面下で通じており、松永の離反がもうすぐだとも掴んでいたのではないでしょうか。
前々回の冒頭ナレーションでは、「松永久秀が信長を裏切った」とだけ実に簡潔に説明されていましたよね。史実のタイムラインとはズレていたので、あれが松永による最初の裏切りなのか、二回目の裏切りなのかは定かではなく、発言を控えていましたが、実は松永は信長を何度も裏切っているのです。
裏切り者を許してしまう信長の“本心”
イメージとは異なり、史実の信長の対人スタイルはかなり粘り強く(あるいはビジネスライクといってもよい)、たとえ部下に手痛く裏切られたとしても、和解条件が整えばそれで許してしまいがちなんですね。
史実の松永が最初に信長を裏切ったのは、元亀3年(1572年)のこと。“元亀の信長包囲網”――信長を見限った足利義昭(尾上右近さん)が中心となって、戦国最強と謳われた武田信玄(高嶋政伸さん)なども巻き込んで決行した最悪のクーデターの最中に起きていました。
松永は“バクチ人生上等”な武将ですから、「これで信長も終わりだな」ということで、信長の敵対勢力にフルベット(全力投資)。完全に見限ったのですが、信長の悪運は松永が考えていたよりも相当に強く、信玄がまさかの病没。包囲網も解かれてしまい、賭けに負けた松永は、信長から非常に有利な条件で、豊かな大和国の支配を任されていたのですが、そこに多聞山城(たもんやまじょう)という伝説のハイテク城塞を築いていたのです。
現在でも大坂城や江戸城、姫路城などに見られる、石垣の上に長く連なる長屋状の建物を「多聞櫓」と呼ぶのですが、この構造を世界初に発明し、名前の由来になったのが多聞山城です。
それまでの戦国時代の大半の城の塀は、ただの木板や、それに泥をぬりつけた泥塀にすぎなかったのですが、松永はそれらを全面改良。敵からは見えづらい見張りの配置場所になるだけでなく、攻撃拠点にも使えるし、倉庫にもなるという多角的な構造を城郭に導入しています。さらに木造ゆえ、火矢攻めに大変弱かった城の屋根をすべて非常に高価な瓦葺きにして火災対策も万全。鉄壁の守りを備えた松永の多聞山城は日本中で有名でした。
その松永のアイデアと財産を費やした自慢の愛城・多聞山城を信長に差し出すので、裏切りを許してくれと頼み込み、快諾されたのが1回目の離反です。
しかし信長は松永を殺しはしませんでしたが、大和国の支配権の象徴である守護職を、松永の長年のライバル・筒井順慶という武将に与え、松永は冷遇しました。さらに信長は松永の「愛城」であった多聞山城を譲り受けられながら、松永の見ている横で、筒井順慶に命じて城の破却――取り壊しをさせています。信長の底意地の悪さ、ここに極まれり……なのですが、それで第三者の目にも、松永の二回目の裏切りはほぼ既定路線となっていたのです。
まぁ妥当といえる結果なのですが、松永にとっては面白くなく、次に「何か」信長に起きたら確実に裏切るだろうというのが織田家中全員の認識であったと思われます。当然、秀吉もその一人であり、今回、「第二次信長包囲網」というべき敵対勢力の結託が見られ、“越後の虎”こと上杉謙信と戦うことになったのですから、秀吉の優秀な斥候が松永と上杉の結託を見抜かないわけがない……というのが筆者の想像なのですが、いかがでしょう。
当時の秀吉は、柴田勝家を依然「親父殿」などと呼び、慕っている素振りは見せ続けていましたが、実際は“目の上のたんこぶ”にすぎません。また、秀吉は長浜城を与えられたばかりの新米大名にすぎず、このタイミングで、いくら信長の命令とはいえ、ライバルである柴田と“負け戦”を上杉方に仕掛け、七尾城に攻め込んで大事な兵力、貴重な部下たちを削りとられるくらいなら、撤退こそが自分にとっての最善という決断に至ったのかもしれません。
秀吉の情報網では、どうせ松永が二回目の裏切りを企てている最中だし、そうなれば信長さまは勝手に撤退した自分に激怒するだろう。しかし「お前を許す代わりに、松永を調略してこい」などと命じてもくるだろう。それで自分の軍律違反も帳消しになるはず! なかなか追い抜けなかった柴田の兵力も削れるし、その信用も落とせるし、一挙両得! これでいこう! ――などという可能性に賭けたのでしょう。
しかしそもそも二回目の裏切りを見せた松永を、信長が本当に許そうとして、講和条件を出す可能性などありうるものだったのでしょうか?
実際にそれはあったと思われます。松永も信長も茶器コレクターとして「趣味が同じ」なんですね。ドラマでも描かれたように松永が信長に臣従するというとき、自身の茶器のコレクションから、「九十九髪茄子(つくもかみなす、別名・付藻茄子)」と呼ばれた茶入を気前よく差し出したのは事実です。
茶入とは茶道で用いる、小さな陶器製の抹茶入れのことです。女性の拳よりも小さなこの茶入でしたが、マニアの間では非常に高い価値を付けられており、その後も信長のお気に入りとして身辺に置かれていたので「本能寺の変」で最初の大破。しかし大事に欠片が拾い集められ、漆で修復されました。
それが秀吉、その後は豊臣家の所持品となったものの「大坂夏の陣」で二度目の大破。再び丁寧に修復され、徳川将軍家の所有物となりました。しかし明治時代には三菱財閥の岩崎家の所有となり、現在では東京の「静嘉堂文庫美術館」の所蔵品という来歴を辿った一大至宝なのです。
ひそかに信長が狙っていた松永の所蔵茶器としては「平蜘蛛」という茶釜がありました。これは一説に数千億円以上があったとされるモンスターレベルの名物茶器であり、「それを渡せば命だけは許してやる」というのが信長のスタンスだったのですが、松永としては、どうせお宝の茶器だけ取られ、あとは強制隠居か徹底不遇に追い込まれて自分は終わりだろ……というシナリオを見越していたようです。
それゆえ、講和は拒否。同時代の奈良・興福寺の僧侶による記録『多聞院日記』の内容では、松永が「平蜘蛛の釜をも打ち砕き了(おはんぬ)」。信長からの講和条件を冷笑するがごとく蹴りとばした末、平蜘蛛を叩き壊し、嫡男と居城に火を放って自害したというのです。それが江戸時代の軍記物『川角太閤記』では、にっくき信長の手で自分たちの首が晒されるなどの辱めを受けることを嫌い、自害した後、家臣たちに爆薬で首を(茶器もろとも)吹き飛ばすことを命じた(要約)に変化。
さらに昭和期の歴史小説の中で、茶器に爆薬を詰め込み、大爆死を遂げる「ボンバーマン松永」としてあまりにキャッチーに描かれたことで、猛将・松永久秀も一躍有名になったのでした。ということで、かつての名作大河『秀吉』(1996)の秀吉役で怪演を見せつけた大ベテラン俳優・竹中直人さんが、今回は松永久秀として、どのような大爆死を遂げてくれるのか……次回最大の見どころですね。楽しみです。
(文=堀江宏樹)
