松本人志の不在が功を奏した、24年M-1グランプリの新しい審査体制
令和ロマンの2年連続優勝で幕を閉じた『M-1グランプリ2024』。24年12月に行われた大会では、性加害問題でダウンタウンの松本人志が審査員から外れるとともに、審査員が7人から9人体制に増えるなど、ネタだけでなく、審査にも注目が集まった。
24年のM-1決勝戦で審査員を務めたのは、石田明(NON STYLE)、海原ともこ(海原やすよ・ともこ)、柴田英嗣(アンタッチャブル)、哲夫(笑い飯)、博多大吉(博多華丸・大吉)、塙宣之(ナイツ)、山内健司(かまいたち)、礼二(中川家)、若林正恭(オードリー)の9人。このうち、柴田、山内、若林が初めての起用で、石田と哲夫は2015年以来2回目となる。また、松本のほか、23年審査員を務めていた山田邦子、富澤たけし(サンドウィッチマン)が外れた。
例年、審査員の採点やコメントについても、さまざまな議論が巻き起こるM-1。ときに審査員が炎上することもあるが、24年は審査員に対する批判的な声は少ない。
「9人の審査員それぞれ、点数の付け方にギャップはありますが、最終的な結果としては誰もが納得するものとなったと言えるでしょう。ここまで審査員へのバッシングがなかった大会は近年ではかなり珍しい。松本さん不在に対する不安の声などもありましたが、結果的には近年でもっとも“誰もが納得できる審査”だった大会になったと思います」(お笑い事務所関係者)
では、例年とは異なる体制だったにもかかわらず、どうして24年のM-1の審査は多くの視聴者にすんなりと受け入れられたのだろうか。お笑いに詳しいフリーライターの浜松貴憲氏が分析する。
「まず、審査員の人数が7人から9人になったことが何より大きいでしょう。M-1の審査員は、芸人の人生を左右する可能性があり、相当な重圧のなか採点することとなります。そのため慎重な採点になりがちで、結果的にあまり点差がつきにくい傾向がある。しかし、審査員が増えれば1人の審査員が全体に与える影響が薄まり、その結果、これまで以上に大胆な点数をつけやすくなります。つまり、審査員たちが自分の基準でしっかりと審査できたことが、24年の大会の成功を生み出したと言えるのでは」
カリスマである松本人志がいなかったこともまた、他の審査員たちに批判の目が向かなかった一因だという。
「M-1における松本さんの存在が大きすぎたがゆえに、“松本さんが何点をつけたか”という点に注目が集まっていたのがこれまでの大会です。さらにいえば、松本さん以外の審査員は“松本さんの採点とどれくらい近かったか”で評価されてしまう現実もありました。裏を返せば、松本さんの評価と全く異なる評価をしたら、その審査員の評価は“間違っている”と言われてしまう状況があったわけです。
しかし、今回は審査員が松本さんと比べられることがなかった。ネタ後“松本さんがどんなコメントをするか”で、現場の空気が変わることもありましたが、それもない。松本さんという絶対的な評価軸がいなかったことで、視聴者の審査員に対する目がフラットなものとなったのは間違いないと思います」(浜松氏)
さらに、松本の審査における“若手芸人とのズレ”を指摘する声もある。前出のお笑い事務所関係者はこう話す。
「漫才は年々加速度的に進化していて、若い芸人のネタにベテラン勢がついていけないこともあります。そういう事情もあって、師匠クラスの芸人が審査員から勇退していく現実がある。そうはいっても松本さんは別格とされていたわけですが、ここ数年は若い世代のネタに対する見方に多少のズレが生じることもあったのは事実です。
たとえば、2023年の大会でダンビラムーチョの歌ネタに対して松本さんは『1曲目のツッコミまでが長かった』とコメントしたのですが、あのネタはツッコミまでが長い点こそが面白いポイントであり、劇場でもそこで笑いが起きていたもの。お笑いファンからしてみれば、むしろ“あの面白さを松本さんは理解できていないのか”という風にも見えました。
同じく2023年のくらげのネタに対して、松本さんは『ミルクボーイに似ている』といったコメントをしています。ボケの切り口としてはまったく異なるのに、表層だけ見てミルクボーイに近いと評した。“笑いのカリスマ”である松本さんが、若手のネタを理解できていないことがあらわになってきていた。そう考えると、24年のM-1で松本さんが抜けて、その下の世代の芸人が審査員を務めたのは大正解だったと思いますね」
なにはともあれ、事前の不安材料を見事に払拭し、過去最高の審査を実現したM-1グランプリ。25年以降も、24年のスタイルを続けていくべきなのかもしれない。
(取材・文=サイゾーオンライン編集部)