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NYで「渋滞税」徴収を開始 車両減ってもさらなる物価高で市民のため息深く

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イメージ画像(写真:Getty Imagesより)

 慢性的な交通渋滞の解消をめざして、ニューヨーク市の中心部に進入する車から通行料を徴収する「渋滞税」が1月5日から導入された。初日以降、車での移動時間が短縮されるなど渋滞解消に一定の効果があったが、タクシーやライドシェアの運賃が上昇するなど新たな物価高の要因にもなってしまった。トランプ次期大統領は「渋滞税」の廃止を公言しており、ニューヨーク市民はしばらくの間、「渋滞税」に振り回されそうだ。

乗用車の通行料は9ドル 110ヵ所に車両識別装置を設置

 新制度を「渋滞税」と記したが、現地の表記は「Congestion Pricing」で税金ではない。正確に書くと、混雑を解消するための通行料制度である。こうした制度はロンドンやストックホルムで導入されているが、全米では初めてだ。

 ニューヨーク市内の渋滞は「世界最悪レベル」といわれる。調査会社の調べでは、市内の運転者は年間101時間を渋滞の中で過ごし、無駄にしているという。渋滞は年を重ねるごとに悪化し、最近ではひどい場合、マンハッタン中心部で2キロほどの距離を走るのに1時間半以上かかることもある。

 「渋滞税」が課せられるのはマンハッタンの60th ストリート以南で、繁華街のタイムズスクエアや金融の中心地として知られるウォール街などが含まれる。料金は乗用車が9ドル(約1420円)、オートバイは4ドル50セント(約710円)、商用トラックはサイズによって14ドル40セント(約2270円)から21ドル60セント(約3410円)と設定されている。夜間は乗用車が2ドル25セント(約350円)など大幅に割り引かれる。

 周辺110ヵ所の道路に車両識別装置が設置され、日本の自動料金収受システム(ETC)にあたるEZ-Passに自動的に課金されるほか、ナンバープレートを認識し、車の所有者に請求書が届く。

 徴収した通行料金は、地下鉄など公共交通機関の保守、設備の改善に使用される。

いったんは導入延期もトランプ氏当選で突然復活

 ニューヨーク州はかねてから「渋滞税」の導入を検討していたが、新型コロナ感染拡大後のインフレで物価が高止まりしていることを考慮し、民主党のホークル知事は2024年6月に無期限での導入延期を決めた。

 しかし2024年11月の大統領選で「渋滞税」導入に反対しているトランプ氏が当選したため、突然、2025年1月からの実施を宣言した。「渋滞税」を導入するには連邦政府の承認が必要となることから、バイデン政権下での実施を急いだ。

 「渋滞税」については、新たな経済的な負担になることから反発の声が強かった。シエナ大学が2024年7~8月にかけて実施した世論調査では市民の59%が導入に反対していた。政党支持別では共和党支持者では68%が、民主党支持者でも56%が制度の廃止を求めていた。

 また、導入阻止を訴えた裁判は10件にのぼった。隣接するニュージャージー州やニューヨーク市の5行政区のうちの1つであるスタテン島行政区などが個別にニューヨーク州を訴えるなど、賛否をめぐる動きは異例の展開を見せた。

 そんな中での導入だったが、ナンバープレートを隠して走行する車があったものの1月5日以降、目立った混乱は起きていない。

10分かかったトンネルを3分で通過 地下鉄利用者7.8%増

 ブラウン大学の学生や教授らがグーグルマップを利用して開発した「渋滞税」導入後の車両追跡システムによると、ニュージャージー州との境であるハドソン川の下を走るリンカーントンネルでは、導入前に渡りきるのに10分かかっていた時間帯で3~4分で通過できるようになったという。

 クイーンズとマンハッタンを結ぶクイーンズボロブリッジでは、「歴史的な短時間」で橋を渡りきれたという。

 一方で地下鉄など公共交通機関の利用は増加した。ニューヨーク州都市交通局(MTA)によると1月8日のニューヨーク市地下鉄の利用者数は約380万人にのぼり、前年同日に比べ7.8%の増加となった。バスの利用者数も4%増加した。

 市内を走る車の台数を減らし、公共交通機関に市民の足を振り向けるという「渋滞税」の目的は、とりあえず達成されているようだ。

タクシーだけでなく幅広い業界で値上げの嵐

 その一方で新たな物価高の要因になってしまった。日本などに比べるとより気軽に使用するタクシーは1回の乗車当たり75セントの運賃アップとなった。ウーバーやリフトなどライドシェアは1ドル50セントの追加料金が加算される。

 ニューヨーク市内は世界でも有数の観光地だが、観光バスの料金も値上がりしている。

 さらに、食品配送やエアコンの保守・点検サービス、データベース管理や葬儀業者など幅広い業界が、「渋滞税」が課せられる地域での料金の引き上げを消費者に通知している。

 物価が高止まりし、便乗値上げが横行する中でのさらなる値上げが市民生活に重くのしかかる。

 「渋滞税」は今後、値上げされることが既に決まっている。乗用車は2028年には12ドル(約1890円)に、2031年には15ドル(約2370円)になる。

 環境重視の観点から自転車専用レーンを多く設置したことで車両が通れる車線が極端に減少したことも、渋滞の深刻化の大きな要因だ。市民の中には「渋滞は交通行政の失策から起きたもの」との声も根強く、「渋滞税」は失策を市民への課金で補う仕組みととらえる向きもある。

 トランプ次期大統領は地元・ニューヨークでの「渋滞税」の導入を、「ビジネスの妨害となる」として強く反対している。ソーシャルメディアの自身のアカウントに「就任した最初の週に廃止する」と書き込んでおり、今後の展開次第では、支払い拒否など反対運動が巻き起こる可能性がある。

(文=言問通)

言問通

フリージャーナリスト。大手新聞社を経て独立。長年の米国駐在経験を活かして、米国や中南米を中心に国内外の政治、経済、社会ネタを幅広く執筆。

最終更新:2025/01/19 20:00