アボカド食べるとテロリスト支援? 闇あぶり出し混乱巻き起こす「禁断の大統領令」
アボカドを食べただけでテロリストの仲間にされてしまう。突拍子もない話が米国で語られ始めた。トランプ大統領がメキシコなどラテンアメリカのギャンググループを国際的なテロリストグループに指定するという大統領令に署名したからだ。メキシコは世界一のアボカドの産地だが、ギャングはアボカド産業を食い物にし、資金源にしている。ほとんどの日本人が知らないアボカドの真相が「テロ指定」の動きによってあぶり出された。
メキシコギャングに狙われた「グリーンゴールド」
トランプ大統領によるこの大統領令は、国境を越えて米国に持ち込まれる麻薬の取り締まりを強化するようメキシコ政府に圧力をかけることが目的だ。大統領令では具体的な組織名は記されていないが、国際的なテロリストグループとして指定されると、経済制裁や渡航制限が課され、場合によっては米軍がグループを掃討するためメキシコ国内で軍事行動に踏み切ることが可能になる。アフガニスタンやシリアでの米軍の掃討作戦は、この「テロ指定」が根拠となっている。
メキシコのギャンググループは「カルテル」と呼ばれる。メキシコ当局などによると、国内の有力カルテルは全国組織が2、地域組織が4、ローカル組織が13あり、その傘下グループは無数にある。構成員は全国で約17万5000人にのぼる。
カルテルの主な資金源は、麻薬の密輸と不法移民を米国に送り込む「人身密輸」だが、カルテルはこうした違法行為をはるかに超えた活動を繰り広げ、一般的な社会経済活動から資金を得ている。
メキシコの主産業である観光業に深く入り込んでいるのはもちろんだが、健康野菜として世界的に人気のアボカド栽培も大きな資金源となっている。
メキシコの農業関係者はアボカドを「Oro Verde」と呼ぶ。「Green Gold(緑色の金)」という意味だ。健康志向の高まりで世界のアボカド需要は21世紀に入って3倍以上に増加した。価格も安定し、生産者にとってもうかる作物の代表格となったことからこの愛称がついた。
みかじめ料要求される農家 断れば殺害、誘拐の危機
世界最大、シェアにして35%以上の生産量を誇るメキシコはこの恩恵を受け、農家はこぞってアボカド栽培に参入した。貧困に苦しんでいたメキシコの農家の救世主となった。
カルテルがアボカドに目をつけないはずがない。農家や運送、流通業者にみかじめ料を強要するようになった。
2013年ごろから目立ち始めたカルテルの動きは、前回のトランプ政権時に一段と加速した。トランプ政権が麻薬密輸の取り締まりを強化し、移民政策を厳しくしたことで、薬物密輸や「人身密輸」は「割に合わない商売」となり、危ない橋を渡らなくても資金が得られるアボカド産業への脅迫を強めた。農家や業者は報復を恐れてみかじめ料を払う。みかじめ料の支払いを拒んだ場合は家族が殺害され、誘拐の標的になる。
みかじめ料だけでなく、アボカド栽培に直接乗り出すカルテルもある。農場主を脅して農園を乗っ取るほか、住民に森林を伐採させてアボカド栽培を強要する。アボカド栽培をめぐるカルテル同士の大規模な抗争事件も発生し、市民が巻き添えになる。
抗争事件は、カルテルがアボカドからの資金に執着していることの証明であり、畑から流通過程まで、カルテルはアボカド産業に深く浸透している。
カルテルが「テロ指定」されると、身代金やみかじめ料、恐喝に応じて支払いが判明した企業や個人に対し、多額の罰金や資産の差し押さえ、刑事告発などの厳しい罰則が科せられる可能性が出てくる。みかじめ料などの支払いが、たとえ脅迫されたうえのことでも、「カルテルへの重大な支援」と判断されてしまう。これまでも「テロ指定」に基づく米国政府の制裁措置は極めて厳しく実行されている。
政権が避けてきた強硬策 商売が成り立たなくなるほどの衝撃
米国はアボカド消費量の約90%をメキシコからの輸入に頼っている。スーパーなどで手にし、レストランで食べるアボカドは、ほとんどがメキシコ産だ。
生産から流通の過程でカルテルの影響を受けたアボカドと、そうでないアボカドを選別することはできず、「カルテルの息がかかった」アボカドが米国で当たり前のように消費される。「テロ指定」を厳密に運用すれば、消費しただけで罰則の対象となる。
在メキシコ米国商工会議所が2024年に実施した調査によると、「カルテルが商品の販売、流通、価格設定の一部を握っている」と考えている企業は12%にのぼった。半数が自社製品を運ぶトラックがカルテルに襲われた経験があると答え、45%がみかじめ料などを要求されたことがあった。
カルテルはメキシコ社会の広い範囲に食い込み、進出する海外企業がカルテルの活動から隔離されて経済活動を営むことは困難だ。
米国ではこれまでも、強硬派の国会議員からカルテルの「テロ指定」を求める声はあったが、歴代政権は「テロ指定」すれば、米国企業はメキシコで商売ができなくなるとの判断から、指定を避けてきた。
「禁断のテロ指定」が大統領令として放たれたとなると、経済人のみならず一般の米国市民も身構える。
(文=言問通)