『ハウルの動く城』が描く老老介護の世界 宮崎駿監督作品はなぜ都市伝説と親和性が高い?
ヒロインは、90歳の少女。そんなキャッチコピーが謳われたのが、宮崎駿監督の劇場アニメ『ハウルの動く城』(2004年)です。久石譲が作曲したテーマ曲「人生のメリーゴーランド」の哀愁を帯びたメロディも印象的で、国内興収196億円の大ヒット作となりました。
1月10日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、9度目の放送となる『ハウルの動く城』です。90歳のヒロインが活躍する同作の公開から20年が経ち、草笛光子主演映画『九十歳。何がめでたい』(2024年)が観客動員80万人超えのヒット作になるなど、日本は着実に超高齢化社会に向かっています。
ヒロインのソフィーに倍賞千恵子、魔法使いのハウルに木村拓哉、荒地の魔女に美輪明宏、マルクルに子役時代の神木隆之介……、と豪華キャストを擁した『ハウルの動く城』はこんな物語です。
18歳になるソフィーは亡き父親が残した帽子屋でお針子をしている、かなり地味な女の子です。街で美形の魔法使いハウルに遭遇したことから、ハウルを狙う荒地の魔女に90歳の老女になる呪いを掛けられるのでした。
家を出たソフィーは途中で出会ったカブ頭のカカシに導かれ、荒野を移動中のハウルの城を発見。勝手に城に上がり込み、掃除婦として働き始めます。城にはハウルの他に、ハウルの弟子・マルクル、火の悪魔・カルシファーもいます。やがて、敵対していた荒地の魔女、王室お抱えの魔法使いサリマンの使い犬・ヒンも一緒になり、ソフィーを中心にした擬似家族が誕生します。
でも、城で過ごす平穏な日々は束の間でした。隣国との戦争が始まり、ハウルはソフィーたちを守るために闘うことになります。『ハウルの動く城』が制作された2003年は、米軍によるイラク侵攻が始まっており、そうした物騒な世相を反映したファンタジー作品となっています。
スタジオジブリは魔宮だった?
呪いによってシワシワの老女にされてしまったソフィーですが、荒地の魔女が魔力を失ってしまうと、彼女の世話をするようになります。90歳のソフィーより、荒地の魔女はずっと高齢だと思われます。自分に呪いをかけた憎むべき相手を老老介護するとは、なんという度量の広さでしょう。また、年老いたソフィーは内気だった18歳時と違って、ふてぶてしい態度を見せるようになります。最上級の魔法使いであるサリマンの前でも動じることのない、恐るべき胆力の持ち主です。
スタジオジブリ制作の『ハウルの動く城』は、東映アニメの新鋭アニメーターだった細田守監督を招き、英国へのロケハンや絵コンテづくりなどの準備が進んでいたことが知られています。残念なことに、細田監督はジブリの雰囲気になじめずに、途中降板しています。
ジブリのアニメーターはみんな手練れのベテランばかりで、外部から招かれた細田監督はうまく能力を発揮できなかったようです。当時の細田監督は30代前半でした。細田監督には、ジブリが魔宮のように感じられたのではないでしょうか。もっと年季を重ね、ソフィーのように図々しくなっていれば、違った結果になっていたかもしれません。
現代社会では、いつまでも若々しくあることがもてはやされていますが、年老いることの長所が『ハウルの動く城』では描かれています。世間とは異なる価値観を面白くアニメ化できたのは、宮崎監督だからこそなのかもしれません。
集団的無意識とつながる宮崎駿ワールド
宮崎監督といえば、都市伝説と親和性が高いことでもおなじみです。次作『崖の上のポニョ』(2008年)は人面魚、メガヒット作『もののけ姫』(1997年)はオオカミに育てられた野生の少女を題材にしています。前作『千と千尋の神隠し』(2001年)には実話系怪談「きさらぎ駅」を思わせる駅が登場し、名作『となりのトトロ』(1988年)は「狭山事件」をモチーフにしているのでは、とささやかれています。
とりわけ都市伝説好きな人の目に留まったのは、『ハウルの動く城』に登場する「ゴム人間」です。ゴムのようにブヨブヨし、見える人にしか見えません。魔力の高い魔女の命令に従って、ソフィーやハウルに襲いかかる不気味なクリーチャーです。
ゴム人間の話題が広まったのは、2003年に放映された『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)がきっかけだと言われています。俳優の的場浩司や石坂浩二が「ゴム人間を見た」と語り、2007年には東京スポーツ新聞が明治神宮の参拝に向かうゴム人間の後ろ姿をスクープ撮影しています。その後も、ゴム人間はネット上を賑わせるミーム的存在となっています。2004年公開の『ハウルの動く城』にゴム人間を登場させた宮崎監督の反応の速さには驚くばかりです。
なぜ、宮崎監督は都市伝説とつながりが深いのでしょうか? その秘密は創作スタイルにあるようです。2023年12月に放送されたドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀 ジブリと宮崎駿の2399日』(NHK総合)で、宮崎監督は絵コンテを描く際に「脳みそのフタが開く」と語っています。フタが開かないと、面白いものにならないそうです。
脳みそのフタが開く、とは独特の言い回しですが、宮崎監督は自分の記憶や知識だけではなく、無意識レベルの潜在意識まで総動員して絵コンテを描いているようです。フタを開けると、「パンドラの箱」のように善きものだけでなく、魑魅魍魎まで飛び出してくるのではないでしょうか。
宮崎監督の潜在意識は、ユング心理学で言うところの人類の集合的無意識ともつながっており、そうしたものがアニメーションという表現形態として吹き出しているように感じます。理屈のみで宮崎作品を理解しようとしても、それは不可能なんだと思います。
ソフィーの「呪い」は解けたのかという謎
ソフィーが老女になった呪いは最終的にはどうなったのか、気になってモヤモヤしてしまう人もいるかもしれません。この「呪いは解けたのか?」という曖昧なエンディングは、宮崎アニメ全体に言えることです。『もののけ姫』ではアシタカの腕に残った呪いのアザは薄くなっただけで、完全には消えていません。『千と千尋の神隠し』の千尋の両親はブタから人間の姿に戻りますが、両親がブタのように欲望のままに生きる人間であることは変わりません。そして、ソフィーは顔や体は若返りますが、髪は銀髪のままです。
元々、ソフィーは呪いを掛けられる前から、自分の容姿に自信がなく、自宅に引きこもるように暮らしていました。自分から呪いをかけているような状態だったのです。逆に90歳の老女になったことで開き直り、自分の意見をズバズバ言えるようになります。
結局のところ、宮崎アニメにおいては「呪いが解けたかどうか」はさほど重要ではなく、さまざまな呪いを生み出す不条理な現実社会に対し、主人公がどう向き合って生きていくのかを宮崎監督は描いているのだと思います。
宮崎監督は何度も引退宣言をし、そのたびに復帰して、新作を撮っています。宮崎監督自身が、アニメづくりという呪いから生涯ずっと解放されることができないのでしょう。宮崎監督の存在そのものが、もはや都市伝説なのではないでしょうか。
(文=映画ゾンビ・バブ)