最終章『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』 シリーズで最もダークな作風になった裏事情
魔法の呪文「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ、来たれ)」でおなじみの、ファンタジー映画『ハリー・ポッター』。J・K・ローリングの原作小説は累計販売部数6億部、ワーナー・ブラザースによる映画シリーズの累計興収は77億ドルと、目まいがするような数字を残しています。
1月24日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、シリーズ第7弾となる『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』(2010年)を放送します。通常より30分放送枠を拡大してのオンエアとなります。
映画シリーズを見逃していた人、途中で脱落した人向けに、これまでのあらすじをざっと紹介します。また、最終章の前編となる『死の秘宝 PART1』が制作サイドの思惑以上にダークなトーンになった理由についても触れたいと思います。
ヴォルデモート卿を倒すために「分霊箱」を探す旅に
主人公のハリー・ポッター(ダニエル・ラドクリフ)は、幼いころに両親を亡くし、伯母さん一家に引き取られ、肩身の狭い思いをしながら暮らしていました。ある日、ホグワーツ魔法学校からの入学許可証をフクロウが届け、ポッターの魔法使いとしての人生が始まります。
家族みんなが魔法使いという純血の魔法族であるロン(ルパート・グリント)、両親は普通の人間だけど成績優秀なハーマイオニー(エマ・ワトソン)と仲良くなったハリー。同級生のドラコ(トム・フェルトン)の嫌がらせに遭いながらも、魔法界の伝統的スポーツ「クィディッチ」で活躍し、寄宿学校の人気者となっていきます。
一方、邪悪な魔法使いであるヴォルデモート卿があの世から復活します。ハリーの両親を殺した、ハリーにとって宿敵となる存在です。ダンブルドア校長(マイケル・ガンボン)がヴォルデモート卿との戦いの先頭に立っていましたが、前作『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(2009年)でスネイプ先生(アラン・リックマン)にダンブルドアは殺害されるという衝撃的な展開となりました。
不死身の存在であるヴォルデモート卿を倒すには、彼が魂を分割して隠してる7つの「分霊箱」をすべて見つけて破壊しなくてはいけません。ハリー、ロン、ハーマイオニーは魔法学校を離れ、「分霊箱」を探す旅へ向かうところから『死の秘宝 PART1』は始まります。
映画の冒頭、ハーマイオニーは両親が眠っている間に実家から出ていきます。普通の人間である両親に、自分がいたことを忘れさせる魔法の呪文を唱えて旅立ちます。部屋に飾ってあった家族写真から、幼いころからのハーマイオニーの姿だけが次々と消えていきます。昭和世代はTVアニメ『魔法使いサリー』の最終回を思い出し、ホロリとしてしまうシーンでしょう。
ハリーの身代わりとなって傷つく仲間たち
これまではハリーたちの学園生活を描き、「クィディッチ」の対抗戦で盛り上がり、恋愛要素も盛り込み、明るく賑やかな青春ドラマでしたが、『死の秘宝 PART1』は死の匂いが濃厚に立ち込めています。ハリーたちが旅立つシーンから、ハリーが飼っていたフクロウのヘドウィグが絶命し、さらにはハリーを守ってきた「不死鳥の騎士団」のメンバーも倒れます。自分の身代わりとなって仲間たちが傷つくことに、ハリーは苦しみます。
ハリー役を演じるダニエル・ラドクリフたちの成長ぶりをドキュメンタリーさながらに伝えてきた「ハリー・ポッター」シリーズですが、最終章となる『死の秘宝』は大人への通過儀礼として、仲間たちとのつらい別れが描かれています。
純真な少年少女だったハリーたちですが、成長していくにつれて現実世界のダークサイドについても知るようになっていきます。ヴォルデモート卿に仕える従者・デスイーターたちと戦うためとはいえ、暴力としての魔法を使うようになります。
また、「分霊箱」がなかなか見つからないことから、ハリーとロンはケンカ別れすることに。ハリーとハーマイオニーがいちゃついている妄想に、ロンは悩まされるのでした。能天気キャラのロンが塞ぎ込んでいると、物語全体のトーンが暗く沈んでしまいます。
リハーサル時に起きた取り返しのつかない悲劇
全8作ある「ハリー・ポッター」シリーズのなかで、もっともダークな色彩に彩られているのが『死の秘宝 PART1』です。最終作『死の秘宝 PART2』を盛り上げるための演出でもあるわけですが、作品全体を暗い影が覆っている理由はそれだけではなかったようです。
CGシーンが満載の「ハリー・ポッター」シリーズですが、実際の撮影現場はかなり体を張ったアクションシーンが多く、ダニエル・ラドクリフにはスタントダブル(代役)が帯同していました。第1作『賢者の石』からダニエルのスタントダブルを務めていたのが、体操競技が得意で小柄なデヴィッド・ホームズです。
アクションシーンはすべて、まずデヴィッドが演じてみて、危険がなければ彼の動きを真似て、ダニエルが演じたわけです。また、年上のデヴィッドをダニエルは慕い、撮影の合間には一緒に遊ぶなど、仲のいい兄弟のような関係になったそうです。
スタントマンとしての仕事に誇りを持ち、デヴィッドは10年間にわたってダニエルの代役を務め続けました。そして最終章となる『死の秘宝 PART1』のリハーサルにデヴィッドは挑んだのですが、ヘビと戦うシーンで悲劇が起きてしまいます。
ワイヤーワークを使ったシーンだったのですが、ワイヤーを引く力が強すぎて、デヴィッドは後ろの壁に叩きつけられ、首の骨を折ってしまったのです。大手術をしたものの、半身不随となってしまいます。
事故の知らせを聞き、ダニエルも病院に駆けつけますが、自分のスタントダブルであり、ずっと苦労を共にしてきた兄貴分のデヴィッドが再起不能の重傷を負ったことに、大ショックを受けます。『死の秘宝 PART1』でハリー役のダニエルの顔がずっと暗いままなのは、バックステージで起きたこのトラブルも影響していたように思います。
魔法よりもずっと強力なもの
車椅子生活を余儀なくされたデヴィッドですが、母親が「責任者を訴えよう」と持ちかけたところ、「僕以外の人の人生まで、台無しにしたくない」と断っています。また、「ハリー・ポッター」シリーズが終わりを迎えたことで、ダニエルが「これからどうしようか」と悩んでいた際には、「つかんだチャンスを手放すな」とアドバイスし、ダニエルに俳優業を続けることを勧めています。
U-NEXTで配信中のドキュメンタリー作品『デヴィッド・ホームズ 生き残った男の子』(2022年)は、デヴィッドとダニエルとの長年にわたる交流や「ハリー・ポッター」シリーズの撮影の裏側についても知ることができる興味深い内容です。世界的な大ヒットシリーズが最後まで完走できた舞台裏に、影で支えるひとりの若者がいたことを知ると、これまでとは違った感慨が生まれるのではないでしょうか。
どん底状態に陥っても、デヴィッドは明るさを忘れず、他の入院患者たちや俳優業を続けることに悩むダニエル、自分の後任になったスタントダブルのことを気遣うんですよ。彼の強靭な精神力には驚かされるものがあります。
デヴィッド自身は車椅子がないと身動きできないけれど、デヴィッドに関わる人たちを元気づけて、広い世界へと送り出しているわけです。それって、魔法よりもずっとずっと強力なものじゃないですかね。みんながみんな、デヴィッドのように振る舞えるわけじゃないけど、人間の秘めたる力は侮れないものがあるようです。
(文=映画ゾンビ・バブ)