プロボクシング・那須川天心の“苦戦”は限界を示したか? バンタム級戦線の行方は

24日に東京・有明アリーナで行われたプロボクシング興行で、那須川天心のプロ6戦目が行われ、前WBO世界バンタム級王者であるジェイソン・モロニーに10回判定勝ち。戦績を6戦6勝(2KO)に伸ばしている。
一夜明け会見で那須川は「今年中には世界のベルトをしっかり取りたい。僕が勝ったことでボクシングを見てくれる人も増えるだろうし、ボクシングをみんなに知ってもらえるのがうれしい」と笑顔。所属する帝拳ジムの本田明彦会長は今後について、今年6月に世界前哨戦を行い、11月ごろには世界に初挑戦させたい意向を明らかにした。
一方、ネット上では「3-0」となった採点結果に対する疑問が噴出。相手のモロニーも「ジャッジの1人が98-92をつけていたのはアンフェアだ」と発言し、同ジムの浜田剛史代表が釈明に追われる一幕もあった。
1ラウンドと6ラウンドにはモロニーの鋭い右ストレートを顔面に受けて腰を落とす場面もあった那須川、果たしてこの“苦戦”はボクサーとしての限界を示すものだったのだろうか。
“激戦”に挟まれた不運
この日の興行で那須川の試合はメインイベントのひとつ前、セミファイナルという位置づけで行われた。
那須川の試合を一部のファンが「苦戦」あるいは「凡戦」といったイメージで語る原因には、この試合順の不運もあっただろう。
那須川戦の直前に行われたのは、WBA世界バンタム級タイトルマッチ。王者の堤聖也が同級4位の比嘉大吾を迎えた初防衛戦だった。
そもそも那須川と同じ階級の世界タイトルマッチが前座扱いされていることに不満を抱くファンが多かった上、堤と比嘉の対戦には試合前から大いに盛り上がる要素に満ちていた。
高校時代からの親友同士、プロでは2020年に一度対戦し引き分けに終わっている。この試合を前に堤は井上尚弥の弟・拓真から番狂わせでタイトルを奪っており、一方の比嘉は那須川のライバルである元K-1王者・武居由樹の持つWBO世界タイトルに挑み、大善戦を繰り広げていた。
この武居戦を最後に引退を決めていた比嘉を現役に引き戻したのは、ほかならぬ堤とのカードが決まったことがその理由だった。
そうした事前情報以上に、試合も盛り上がりを見せた。4ラウンドには比嘉の偶然のバッティングで王者・堤が右まぶたの上をカットし、大流血。このアクシデントの際、「ごめん」と謝る比嘉の声が中継に拾われている。
この日の比嘉は左ジャブが冴えわたり、試合の前半を支配。くしくも負傷した堤の視界が悪い右サイドからの攻撃が効果的となったことで、ボクシングという競技の残酷さが際立つ展開となった。
9ラウンド、その比嘉の左フックが堤の死角から突き刺さり、堤は吹き飛ぶように腰を浮かせてダウン。誰もが比嘉のノックアウトを予感したが、ニヤリと笑いながら立ち上がった堤は、かさにかかって攻め込んでくる比嘉に右のカウンターを打ち下ろし、今度は比嘉が前のめりにバッタリと倒れ込んだ。
稀に見るダウンの応酬。しかも、双方が一撃で試合が終わってもおかしくない強烈な一撃を食らいながら、まだ立って戦い続けている。結果は堤の終盤の追い上げが効いて、ドロー防衛。ジャッジ3者が「114-114」を付ける大激戦となった。
そして那須川戦を挟んだメインイベントには、現在、バンタム級最強の名をほしいままにしているWBC世界王者・中谷潤人が登場。長身で無敗、過去には世界2階級制覇王者のルイス・コンセプシオンをTKOに葬ったことのある同級6位ダビド・クエジャルを目の覚めるようなコンビネーションで圧倒。見る側に恐怖すら与えるノックアウト劇で3ラウンドに仕留めている。
この2試合に挟まれれば、ファンの間でインパクトが薄まるのは仕方ないだろう。だが、那須川のパフォーマンスは決して今後に不安を抱かせるようなクオリティではなかったはずだ。
モロニーという選手
この日までに記録されているモロニーの敗戦は3つ。すべて世界タイトルマッチである。
1つ目は当時、バンタム級最強と目されていたエマヌエル・ロドリゲス。18年10月、プエルトリコの俊英に挑んだモロニーは持ち前の手数と粘り強さを発揮し「1-2」の判定まで持ち込んでいる。この試合では、モロニーの勝利を支持する関係者も決して少なくなかった。
2つ目は20年、コロナ禍の真っ最中に無観客で行われた井上尚弥戦。これはもう相手が井上なのでどうしようもない。そして3つ目が昨年5月の武居戦だった。
武居の長い距離感や独特のテンポに加え、ほとんどサウスポーとの対戦経験がなかったモロニーはその弱点をモロに露呈しポイントを奪われ続けたが、最終ラウンドには意地を見せて武居をノックアウト寸前まで追い込んでいる。
つまりは明確に世界のトップ戦線にいる選手である。デビュー6戦目のボクサーが挑む相手ではないのだ。
そしてこの試合、モロニーは徹底的なサウスポー対策を練ってきていた。武居戦に続いて連敗することになれば世界戦線からの脱落は必至の状況である。世界のトップが那須川に勝つために過去最高ともいえる状態に仕上げてきていたのだ。
そのモロニーを、那須川は多くの局面で上回って見せた。1ラウンドと6ラウンドにシャープな右ストレートを刺されはしたものの、その高い適応力を証明したし、打ち合いも辞さない気持ちの強さも見せた。持ち前のスピードでモロニーの背中に回り込んでしまうこともあった。
ボクサーの実力を測ることと、その試合に感情が揺さぶられたか否かは切り分けて考える必要があるだろう。試合後のマイクによるファンサービスも、また別の話だ。那須川はこの日、明確に世界タイトルへの挑戦資格を証明するに足るパフォーマンスを見せた。
バンタム級戦線の今後を占う
現在、バンタム級の4団体における世界王者は全員が日本人である。メインの中谷は試合後、IBF同級世界王者・西田凌佑との統一戦に進む意向を示し、西田もこれを快諾している。WBO王者の武居とは「互いにベルトを持った状態でやりたい」というのが那須川の希望である。
そうなると、ターゲットはこの日、比嘉との激闘を生き残った堤ということになる。スピードと手先のテクニックでは那須川に分がありそうだが、何しろ堤は日本王者時代から何度も不利の予想を覆して世界までたどり着いた選手だ。那須川が乱戦に巻き込まれて苦杯をなめる姿も想像に難くない。
もうひとつ、中谷は統一戦後、井上尚弥のいるスーパーバンタム級への転級を示唆している。仮に中谷が西田を下してWBC・IBFのベルトを返上することになれば、那須川に決定戦のチャンスが訪れるはずだ。中谷との大一番に向かう西田もまた減量苦を抱えており、バンタムに長くとどまることはなさそうだ。
いずれにしろ、那須川はモロニー戦で大きな経験を獲得し、一方で何も失ってはいないはずだ。今後のバンタム級戦線も、大いに盛り上げてもらいたいところだ。
(文=CYZO sports)