『侍タイ』『ラスマイ』の番狂わせはあるか? 意外と粒ぞろいな今年の「日本アカデミー賞」

「最優秀賞は大手映画会社の持ち回り」と北野武監督が酷評したことが知られる「日本アカデミー賞」。北野監督がそう発言したのは2014年だが、それ以前にも『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007年)で最優秀主演女優賞を受賞した樹木希林が「組織票かと思った」と受賞スピーチで辛らつな言葉を放っている。それから10余年が経ち、「日本アカデミー賞」は変わったのだろうか?
3月14日(金)夜9時から、日本最大の映画賞を謳う「第48回日本アカデミー賞」授賞式の様子が、「金ロー」こと『金曜ロードショー』の枠で日本テレビ系で放映される。今年の優秀作品賞に選ばれた5本を見た限りでは、驚くほど真っ当な選考となっている。
安田淳一監督の『侍タイムスリッパー』(未来映画社、ギャガ)、三宅唱監督の『夜明けのすべて』(バンダイナムコ、アスミック・エース)、塚原あゆ子監督の『ラストマイル』(東宝)、藤井道人監督の『正体』(松竹)、そして佐藤信介監督の『キングダム 大将軍の帰還』(東宝、ソニー・ピクチャーズ)から、最優秀作品賞が選ばれる。大手配給会社と独立系とのバランスがうまくとれている。
賞レースを牽引した『夜明けのすべて』『侍タイムスリッパー』
映画賞レースを牽引したのは、上白石萌音と松村北斗が主演した『夜明けのすべて』だ。瀬尾まいこの同名小説を原作に、『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)の三宅監督が映画化し、毎日映画コンクール作品賞やキネマ旬報ベスト・テンの第1位に選ばれている。PMS(月経前症候群)のために生理が近づくと感情がコントロールできなくなる藤沢さん(上白石)とパニック障害を抱える山添くん(松村)が、お互いの理解を深めていくという極めてシンプルな物語だ。
2021年の最優秀作品賞を受賞した『ミッドナイトスワン』(2020年)は主人公の抱える障害を感動ポルノとして扱ったことが批判されたが、『夜明けのすべて』は同じ職場に勤める主人公たちの交流を淡々と描いている。上白石は最優秀主演女優賞に選ばれてもおかしくない熱演ぶりだが、同部門は入江悠監督の『あんのこと』に主演した河合優実が最有力か。
最優秀作品賞の「大穴」と目されるのは、SF時代劇『侍タイムスリッパー』。普段は米作りをしている農家である安田監督が予算2000万円を投じた完全な自主映画。昨年8月に池袋シネマ・ロサ1館のみで劇場公開が始まり、口コミで評判が広まって全国拡大ロングラン上映となった話題作だ。低予算映画ながら、脚本の面白さとキャストの熱演によって興収31億円の大ヒットとなった『カメラを止めるな!』(2017年)に続く、インディーズドリームを実現させている。
江戸時代末期、徳川幕府を守るために戦う佐幕派の藩士・高坂新左衛門(山口馬木也)が現代の京都にタイムスリップし、衰退しつつある時代劇を守るために奮闘するというSFコメディで、劇場に足を運んだ人たちの満足度が高いことが特筆される。映画館で多くの人と一緒に笑い合えるという感動を久々に思い出させてくれたことも、ロングランヒットの要因だった。『カメラを止めるな!』は最優秀編集賞を獲得したが、『侍タイムスリッパー』は山口馬木也の最優秀男優賞、安田監督の最優秀脚本賞&監督賞も狙えそうだ。
売れっ子・藤井道人監督と塚原あゆ子監督のヒット作
近年、日本アカデミー賞の恩恵をもっとも受けたのは、藤井監督ではないだろうか。『新聞記者』(2019年)が日本アカデミー賞最優秀作品賞、同主演男優賞(松坂桃李)、同主演女優賞(シム・ウンギョン)の三冠を獲得し、若手監督のひとりから超売れっ子監督へと飛躍を遂げている。今回、優秀作品賞や優秀監督賞など最多12部門に選ばれたのは横浜流星主演の『正体』。染井為人の同名小説を原作に、死刑冤罪が起きる司法の問題構造を明らかにした社会派サスペンスとなっている。
原作者の染井為人は横溝正史ミステリ大賞を受賞したデビュー小説『悪い夏』が、「群像劇の名手」城定秀夫監督によって映画化され、北村匠海や河合優実ら旬のキャストをそろえて3月20日(木)より劇場公開される。こちらも生活保護の受給をめぐる社会の暗部に迫った問題作だ。
物流業界が抱える「2024年問題」を題材にしたのは、満島ひかり主演のサスペンス映画『ラストマイル』。利便性のみを追求する現代社会が「ラストワンマイル」を担当する宅配ドライバーたちを苦しめているシビアな現状を描き、満島ひかりが勤める巨大企業が「Amazon」を思わせることも話題となった。
エンタメ性と社会性を融合させた『ラストマイル』は、興収59.6億円の大ヒット作となった。脚本家の野木亜紀子、新井順子プロデューサー、塚原あゆ子監督という『アンナチュラル』『MIU404』(共にTBS系)のヒットドラマを放った3人のチーム力は高く評価されている。塚原監督は報知映画賞の監督賞、野木亜紀子はヨコハマ映画祭の脚本賞、新井プロデューサーは藤本賞などを受賞している。
今日的なテーマを持ち、幅広い層の関心を集めた『ラストマイル』は最高賞にふさわしい条件を満たしているが、ネックとなるのはTBS制作であること。日本テレビが放送する「日本アカデミー賞」は、最高賞を与えるだろうか。
主演俳優が目立たなかった『キングダム 大将軍の帰還』
その点において、最優秀作品賞にいちばん近いと目されているのは山崎賢人主演の『キングダム 大将軍の帰還』だ。実写No.1となる興収80億円を挙げ、シリーズを通して興行面で映画界を潤してきたことが評価されている。そして製作委員会の幹事社を、日本テレビが務めている。
だが、シリーズ第4弾『大将軍の帰還』は王騎役の大沢たかおがメインの物語であり、主演の山崎賢人の存在感は相対的に低くなっている。また、今の日本映画を代表する最高傑作かというと疑問符がつく。
厳粛な映画賞を「日本アカデミー賞」が目指しているのなら、日本テレビが製作に関わった作品に最高賞を与えることは避けるべきだろう。ちなみに樹木希林が「他の作品が獲ると思った」と受賞を皮肉った『東京タワー』も、日本テレビが製作委員会の中心となっていた。
これまでの「日本アカデミー賞」は、三谷幸喜監督を授賞式会場の賑やかし要員として度々参加させてきたが、今年は長澤まさみ主演のまるで笑えないコメディ『スオミの話をしよう』を選ぶことはさすがにしなかった。それだけでも「日本アカデミー賞」が良識を持つようになったことは感じられる。三谷幸喜はテレビドラマの脚本家、舞台の演出家としては一流だが、映画監督としての才能がないことは明白だろう。
はたして「日本アカデミー賞」はどこまで変わったのか。最優秀作品賞の行方が、今年は久々に気になる。
(文=長野辰次)