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『金ロー』を独自視点でチェック!【36】

宮崎駿監督の嗜好性全開『紅の豚』 現代ではジェンダー的に懸念される箇所も

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(写真:Getty Imagesより)

「カッコイイとは、こういうことさ。」

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 コピーライター・糸井重里氏の考案したそんなキャッチコピーが謳われたのは、宮崎駿監督の劇場アニメ『紅の豚』(1992年)です。興収47.6億円を稼ぎ、それまでの劇場アニメの年間最高興収を記録した作品です。宮崎監督は前作『魔女の宅急便』(1989年)に続くヒット作となりました。

 その後、宮崎監督は国民的アニメ作家と称されるようになっていきますが、メッセージ性が強く出るようになり、説教臭く感じる人もいるようです。『魔女の宅急便』や『紅の豚』のころの宮崎アニメが好き、という人は多いと思います。

 5月9日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、14回目となる『紅の豚』が放映されます。飛行艇の全盛期だった時代を舞台に、ハンフリー・ボガート主演映画『カサブランカ』(1942年)を思わせる世界観、主人公を待ち続ける大人の美女と若さあふれる理系少女のダブルヒロイン、主題歌は学生運動世代の人たちの愛唱歌だった「さくらんぼの実る頃」……。宮崎監督が大好きなものばかりで構成された作品です。

 アニメーションの楽しさを満喫させてくれる『紅の豚』ですが、その一方では宮崎監督の女性観の古臭さを指摘する声も挙がっています。宮崎監督の嗜好性が全開となった『紅の豚』の見どころと、問題視されている箇所を振り返ってみたいと思います。

スタジオジブリに勢いがあった90年代

 水上を華麗に飛び立つ飛行艇の美しさが、とりわけ印象に残る『紅の豚』です。飛行艇こそが、本作の主人公だと言ってもいいでしょう。飛行機の操縦席はまだ風防ガラスで覆われておらず、パイロットたちは風を肌で感じることができた時代の物語です。

 スタジオジブリは東京都郊外の小金井市に新社屋を完成させ、新規採用の新人スタッフたちも加わり、活気に満ちていた時代です。『となりのトトロ』(1988年)の劇場興収こそ伸び悩んだものの、『魔女の宅急便』に高畑勲監督の『おもひでぽろぽろ』(1991年)も続けてヒットしました。ここらへんで、ひと息入れようかというタイミングで『紅の豚』の制作が始まったそうです。

 もともと短編アニメとして企画されていた『紅の豚』を、宮崎監督は楽しみながら作ったことが作品の隅々から感じられます。30分の短編アニメのはずが、宮崎監督の創作意欲が膨らみに膨らみ、長編アニメになってしまったのです。

ピークに達した手描きアニメの技術

 あらすじをサクッと紹介します。ポルコ・ロッソ(CV:森山周一郎)はイタリア軍のエースパイロットでしたが、第一次世界大戦後は退役し、賞金稼ぎとなっていました。人を殺すのが嫌で豚顔になる呪いを自分にかけていますが、中身はダンディーな独身の中年男です。空中海賊(空賊)を率いるマンマユート・ボス(CV:上條恒彦)らを相手に、愛艇・サボイアを駆る日々を送っています。

 いつもポルコに痛い目に遭っている空賊たちは、アメリカ人パイロットのカーチス(CV:大塚明夫)をお金で雇い、ポルコと戦わせます。サボイアの調子が悪かったポルコは、カーチスに撃墜されるはめに。ミラノの工房でサボイアを修理させたポルコは、リベンジマッチへと向かいます。

 ホテル・アドリアーノでポルコが来るのを待ち続けているマダム・ジーナ(CV:加藤登紀子)も、サボイアの修理を任される少女・フィオ(CV:岡村明美)も、ポルコに首ったけです。中年男性の妄想と冒険の世界だと言えるでしょう。

 ミラノの工房で修理を済ませたサボイアが、運河を飛び立つシーンはひときわ目を見張ります。伝説のアニメーター・金田伊功が手掛け、宮崎監督がさらに手を加えたことが知られています。飛行艇が全盛を極めた1930年代と、手描きアニメの技術がピークに達し、やがてデジタルに変わっていったアニメの歴史が、重なって感じられます。

女性スタッフが違和感を覚えた劇中の台詞

 物語の時代設定は、1930年前後です。第一次世界大戦と第二次世界大戦との戦間期にあたります。1929年に起きた世界恐慌のあおりを受け、イタリアも深刻な経済不況に陥っており、男たちは出稼ぎに出ています。そのため、サボイアの修理を行うのは、工房主のピッコロ(CV:桂文枝)以外はみんな女性です。女性たちがにぎにぎしく働く様子も、見どころとなっています。

 スタジオジブリの人気アニメは、女性スタッフたちの活躍抜きでは成立しません。いや、日本のアニメーションそのものが、女性スタッフたちに支えられてきたものだと言えます。ここでも飛行艇の歴史と日本のアニメの歴史がシンクロしています。

 一方、宮崎監督の女性観の古さを指摘する声も出ています。前作『魔女の宅急便』は都会に来た女の子が仕事を通して成長し、自立していく姿を描き、働く女性たちに好評を博しました。しかし、宮崎監督のオリジナル作である『紅の豚』は中年男の妄想を前面に打ち出していることもあって、女性観が後退していると不評をかっています。

 具体的な例が、『宮崎駿全書』(フィルムアート社)で取り上げられています。劇中、桂文枝演じるピッコロ主人の台詞「女はいいぞ。よく働くし、粘り強いしな」とあるのですが、本作の動画チェックを担当した藤村理恵さんは「楽に使えるという意味にも聞こえる」「大人数をまとめるときは、女の方が主張がなくていいやといわれているようだ」という違和感を語っています。

セルアニメの終焉を告げた作品

 クライマックスも、ジェンダー意識の高い人なら問題視しかねないシーンです。カーチスとの再戦に挑むポルコですが、カーチスはただで戦うのは嫌だと言います。そこで、カーチスが勝てば、フィオと結婚できることに。ポルコが勝てば、サボイアの修理費はカーチスが支払うという勝負です。ポルコについて来たフィオ自身が承諾した条件ですが、男同士が闘い、勝負に勝てば女性と結婚できるという契約は、今の時代なら脚本修正を余儀なくされる箇所でしょう。

 公開時でもすでに時代錯誤な設定でしたが、戦前を舞台にしたファンタジーアニメということで済まされていました。しかし、自立した大人の女性であるジーナが、ポルコから求婚されるのをずっと待ち続けていたことなども、宮崎監督の女性観の古臭さを感じさせずにはいられません。宮崎監督の限りなくプライベートフィルムに近い作品として接するのが、『紅の豚』との向き合い方のようです。

 好調の波に乗ったスタジオジブリは、経営難に陥った親会社・徳間書店に吸収合併され、デジタル技術を導入した超大作『もののけ姫』(1997年)に着手し、新しいフェーズへと移行することになります。『紅の豚』はセルアニメの終焉を告げた作品だとも言えそうです。

宮崎駿監督が脳みその蓋を開けた異世界

(文=映画ゾンビ・バブ)

映画ゾンビ・バブ

映画ゾンビ・バブ(映画ウォッチャー)。映画館やレンタルビデオ店の処分DVDコーナーを徘徊する映画依存症のアンデッド。

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最終更新:2025/05/09 12:00