トム・クルーズが「ヤバい奴」感を決定づけたシリーズ第5弾『MI ゴースト・プロトコル』

「例によって 君もしくは君の仲間が捕まり 殺されても 当局はいっさい関知しないものとする」
5秒後に消滅する、冷酷なメッセージで始まるスパイ映画といえば、トム・クルーズ製作&主演作「ミッション:インポッシブル」(以下、『MI』)シリーズです。第1作が1996年に公開され、もうすぐ30年を迎えます。
シリーズ第8弾となる最新作『ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング』の先行公開を5月17日(土)に控え、映画界はトム・クルーズの話題で持ちきりです。5月16日(金)から『金曜ロードショー』(日本テレビ系)では、シリーズ第4弾となった『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』(2011年)を皮切りに、3週連続で同シリーズをオンエアします。
もともとは青春映画の人気スターから演技派へと成長していったトム・クルーズが、危険なアクションにスタントマンを使わずに挑むようになった経緯と共に、トムの代名詞となった「MI」シリーズを振り返りたいと思います。
イーサンは一匹狼からチームリーダーに
トム・クルーズ演じるイーサン・ハントは、IMF(Impossible Missions Force)という米国の諜報機関のベテランエージェントです。今夜放送の『ゴースト・プロトコル』では、イーサンは機密ファイルの奪回を命じられるのですが、モスクワ潜入中にクレムリン爆破事件が起き、イーサンは爆破犯の容疑をかけられてしまいます。
そのため米国政府は、極秘機関であるIMFを即解散。組織の後ろ盾を失ったイーサンたちは爆破犯としてロシア当局に追われながら、機密ファイルを盗み出した真犯人「コバルト」を追うことになります。
前作『ミッション:インポッシブル3』(2006年)からメカ担当として登場していたベンジー(サイモン・ペッグ)が、現場での作戦に加わるようになります。『アベンジャーズ』(2012年)のホークアイ役でおなじみのジェレミー・レナー、女性エージェント役のポーラ・パットンもIMFのメンバーです。
それまでのシリーズはイーサン・ハントの単独行動が目立っていましたが、本作からイーサンを中心にしたチーム戦といった趣きが強くなっています。敵役である女殺し屋のサビーヌを演じたフランス女優のレア・セドゥは、この後『007 スペクター』(2015年)のボンドガールに選ばれます。セクシーなレア・セドゥとポーラ・パットンの女同士の熾烈な戦いも見どころです。
トム・クルーズ=ハリウッドきっての「ヤバい奴」
第1作はブライアン・デパルマ、第2作はジョン・ウー、第3作はJ.J.エイブラムスといった大物監督を招き、1作ごとにカラーを変えていた初期の「MI」シリーズですが、シリーズ興収記録を更新した『ゴースト・プロトコル』からトム・クルーズが超絶スタントを披露する生身のアクション映画として方向性が確立されます。
本作の監督を務めたのは、3DCGアニメ『Mr.インクレディブル』(2004年)をヒットさせたブラッド・バード監督。アニメ畑の監督を、トムはいきなりアクション大作に起用したわけです。そんなブラッド監督の考えたアクションシーンは、実写映画の常識から逸脱した無茶なものばかり。それをプロデューサーでもあるトムは、自分自身で次々と演じています。
今回の最大のキラーショットは、ドバイにある世界最高峰ビルの外壁をイーサンがよじ登るシーンです。CG合成ではなく、トム本人が実際に登っています。まるでスパイダーマンのように、高層ビルの外壁を登り、さらには前傾姿勢で駆け下りるシーンまで撮影しています。さすがに命綱はつけての撮影ですが、万が一のことを考えるとハリウッドスターがやるようなスタントではありません。
この作品のトムはマジでどうかしちゃっています。それまでのナルシスト系二枚目スターから、ハリウッドきっての「ヤバい奴」にパブリックイメージが変わることになります。
観客の驚きの反応に気をよくしたトムは、来週放送の『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』(2015年)では離陸する輸送機の扉に素手でしがみつき、再来週放送の『ミッション:インポッシブル フォールアウト』(2018年)では高度8000mからのスカイダイビングに挑戦……と、どんどん過激なスタントになっていくのです。
権威的なアカデミー賞に対する不信感
若手時代のトム・クルーズは、『アウトサイダー』『卒業白書』(共に1983年)などに出演して注目を集めるYA(ヤングアダルト)スターのひとりでした。当時はショーン・ペンやエミリオ・エステベスのほうが格上扱いでした。『トップガン』(1986年)が大ヒットして以降のトムは、ポール・ニューマン主演作『ハスラー2』(1986年)やダスティン・ホフマン主演作『レインマン』(1988年)に助演し、演技力が認められるようになっていきます。
オスカー狙いで反戦映画『7月4日に生まれて』(1989年)に主演したものの、大熱演にもかかわらずアカデミー賞はノミネートどまりでした。『ザ・エージェント』(1996年)や『マグノリア』(1999年)の演技も評価されたものの、アカデミー賞は受賞できずに終わっています。
2025年4月、アカデミー賞の投票権を持つ会員は、ノミネート作品を全部観ることが義務づけられたというニュースが報じられましたが、これには驚きました。それまでの会員たちはノミネート作品を観ることなしで投票していたことを明らかにしちゃったわけですよね。アカデミー賞の権威は、はなはだ怪しいものであることが露呈したように思います。
トムは早い時点で、アカデミー賞に対する興味は失っていたんじゃないでしょうか。いい加減な権威を振りかざしたアカデミックな映画賞よりも、はっきりと実感できる映画興収や劇場での観客の歓声に価値基準を置くことに、「MI」シリーズを進めていくうちにトムは決心したように思います。
狂気じみたスタントに挑み続ける62歳
トムの代表作「トップガン」シリーズと並ぶ「MI」シリーズですが、もうひとつトムのフィルモグラフィーを語る上で外せないのが、コメディ映画『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(2008年)でしょう。ベン・スティラー監督&主演のこの作品で、トムは暴言しか口にしない薄毛の映画プロデューサーを怪演しています。二枚目イメージを自分でぶち壊す快感に、トムは陶酔しきったようなダンスまで披露しています。
トムは再々婚相手だったケイティ・ホームズと子どもの信教や教育方針をめぐってごたつき、2012年に正式に離婚するなど、『ゴースト・プロトコル』を制作していた前後の時期は、プライベートもいろいろとあったようです。
みんなをあっと驚かせるような超絶スタントに挑むことが、トムにとっての生きがいになっていったんじゃないでしょうか。アクションシーンは、スタッフとの強い信頼関係なしでは成立しません。幼少期に実の父親が家を出て、継父との仲もあまりよくなかったトムにとっては、スタッフとの付き合いやファンとの交流は欠かせないものとなっています。
シリーズ集大成を謳った最新作『ファイナル・レコニング』では、複葉機にぶら下がるなどの狂気じみたスタントを披露しており、またまた大きな話題になりそうです。
現在62歳になるトムの暴走は、どこまでいっちゃうのか興味津々です。まずは今夜放送の『ゴースト・プロトコル』を楽しんでください。高層ビルを全力で駆け下りるトムに向かって「あんた、どうかしてるよ!」と思わず叫びたくなるはずです。
(文=映画ゾンビ・バブ)