『ふれる。』長井龍雪監督が地元映画祭で語ったアニメ産業の現状とこれから
いまや市場規模は過去最高の3.5兆円! 今年も、劇場版『名探偵コナン 隻眼の残像(フラッシュバック)』がいち早く興収100億円を突破するなど、その活況ぶりは、数あるコンテンツ産業のなかでも、やはりアニメが群を抜く。だが、そんな活況の裏側では「腕のいいアニメーターは数多いが、個性豊かな作家があまり育っていない」と構造的な偏りを指摘する声もチラホラ。“本当の意味での地方創生”を標榜してこの3月に開催された『第3回 新潟国際アニメーション映画祭』でも、「産業としてのアニメと作家性の両立」は、多くの識者からも“今後の課題”として聞かれていた。
そこで今回は、同映画祭に地元出身のクリエイターとして招かれた長井龍雪監督のインタビューを、最新作『ふれる。』のDVD&Blu-ray発売に合わせて初出し。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』以降、オリジナルの長編作品も数多く手がける気鋭の作家に、業界が抱える構造的な問題と、すでに始まっている“東京一極集中”解消に向けた動きについてうかがった。

<プロフィール>
長井龍雪(ながい・たつゆき)
1976年1月24日生まれ。新潟県出身。デザイン系の専門学校を経て、地元の印刷会社に就職するも、東京転勤を契機に退職。求人誌で見つけた制作進行のアルバイトから業界入りした異色の経歴をもつ。06年の『ハチミツとクローバーII』で初監督。11年の完全オリジナル作品『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』で、芸術選奨新人賞を受賞した。その他の監督作に『とある科学の超電磁砲(レールガン)』『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』などがある。
『ふれる。』
不思議な生物「ふれる」との出会いをきっかけに友情を育んできた離島育ちの3人の青年を主人公にした青春譚。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』『空の青さを知る人よ』の“秩父三部作”を生んだ、脚本家・岡田麿里&キャラクターデザイン・田中将賀の3人が再結集したオリジナル作品としても大きな話題に。

©2024 FURERU PROJECT
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アニメで目指す“地方創生”の現在地
――図らずも“地元凱旋”という形になりましたが、実際に映画祭を訪れていかがでしたか?
長井 他のゲストの方々もめちゃめちゃ濃いですし、プログラムもすごく面白いですよね。せっかくなので、もっと外に向けたアピールをしてもよいのになという気はしました。他の映画祭だと、駅に降り立った瞬間から、デカデカと貼られた看板やポスターが目に入ったりするものですけど、今回は会場を訪れるまで、そういうものもあまり見かけなくて…。あまり派手なことをしたがらない、新潟県民の控え目な県民性によるところも多分にあるのかもしれないですけど(笑)。
――映画祭が立ち上がる以前から、新潟市は「マンガ・アニメのまち」を掲げていたりもします。
長井 そうみたいですね。ただ、僕も新潟を離れてわりと長いので、今回来るまで(取材場所となっていた)『新潟市マンガ・アニメ情報館』のような施設があることも、実は知らなくて。せっかくあるのに「知られていない」っていうのは、ちょっともったいないですよね。
――開校して25年が経つ『JAM 日本アニメ・マンガ専門学校』や、『開志専門職大学』のアニメ・マンガ学部など、アニメを本格的に学べる環境も、新潟にはすでにある。長井監督が10代だった頃に、もしそうした環境があれば、その後の選択も変わっていました?
長井 どうですかねぇ。僕自身が「アニメをやりたい」と思って上京したわけでは全然ないので…(苦笑)。でも、雑誌とかに載ってる『代々木アニメーション学院』などの広告を見て、「東京の学校なんかどうせ行けないし…」みたいなことは当時も漠然と感じていたとは思うので、それがわざわざ東京に行かなくても学べる、選択肢が増えるっていうのは、とてもいいことだと思います。
――いま現在は、そうした学校を卒業しても、その多くがアニメーターとして東京のアニメスタジオに就職する。今回の映画祭には、それとは別の新たな潮流をつくる、と言いますか。地方にいながらでも作家性を発揮して作品づくりができる環境の素地をつくる、というのも狙いとしてはあるようです。
長井 いまはネットなどの環境面もかなり整備が進んで、新潟に限らず、実際に地方でお仕事をされているアニメーターの方もたくさんいますし、SNSなどを駆使してがんばって作品を発表されている方に、こちらから直接原画を依頼する、ということもよくあります。個人で発信できる場所があって、それを受け入れる体制もすでにあるわけですから、そういう意味では現実的だと思います。
──実際、ここ数年で地方分散の動きが進んで、『鬼滅の刃』で知られる『ufotable』は徳島に、『呪術廻戦』などの『MAPPA』は仙台に、こと新潟にも『攻殻機動隊』シリーズや『怪獣8号』などを手がける『Production I.G』が、それぞれスタジオを構えています。
長井 アニメというものが、地方にいながらにして就ける職業として考えられるようになった、というのはひとつ大きいですよね。ただ、だからと言って、アニメ制作のすべてを、たとえば新潟という場所で完結させられるか、と言ったら、それはまた別の話かな、という気もしていて…。アニメというものを根付かせる、意識づけるという部分では、こうした映画祭が開かれる意義も、もちろん大きいわけですけど。
──若者の心理として、「一度は東京で勝負したい」、「広い世界を見てみたい」的な願望も当然あるでしょうからね。もちろんそれは、アニメ業界に限らずでしょうけれど。
長井 そうですね。僕自身も「とにかく外に出たい」と上京したタイプですし、そういう根底の部分はこれからも変わらない気がします。いまの若い世代のなかには、逆に「地元でやれるなら、地元でいい」みたいな人も少なくないのかもしれないですけど、リアルな情報量という部分では、地方はやっぱり東京には敵わない。地方にいながらでも、東京にいるのと変わらないくらいのあらゆる刺激が受けられるのであれば、それもアリだと思いますし、状況もまた変わってくるんでしょうけどね。

多様化で“作家性”の出やすい環境に
──ところで、今回の映画祭では、次代の担い手育成を目的とした「アニメーションキャンプ」なる独自の試みも行っていますが、主催者によると「いわゆる洋画から学ぶのが当たり前の映画とは違い、アニメを志す若者の多くが、国産のアニメしか観ていない」という顕著な傾向もあるようで…。
長井 単純に作品数が多すぎて、国内の作品だけでお腹がいっぱいになっちゃってる、という部分は確かにあるのかもしれないです。僕らの世代だと、ディズニーのような海外作品がベースにある人もけっこういるから、僕自身はそこまでの実感はないですけど、ここ数年は僕らでも物理的にフォローしきれないほどのタイトルが世に出ている。そのあたりは構造的にも改善の余地はあるように思います。
──一方で、興収ランキングの上位を占める作品の多くは、すでに多くのファンをもつ、いわゆる“原作もの”がほとんど。長井監督のような完全オリジナルの長編でお客さんを呼べる、本来的な意味での「アニメ作家」が、なかなか世に出てきにくい状況もある気がします。そのあたりについては?
長井 作家性云々というのは、突きつめると、クリエイター個人の話になっちゃうので、「だから、こうなんだ」とは一概に言えないところではあると思います。ひとつの側面として、日本のアニメーションそのものが、毎週放送のあるテレビシリーズをいかに効率的につくるかに主眼を置いて、分業制で発展してきたというのも、おそらくある。そういう部分で、一人だけの作家性みたいなところが海外と比べると突出しづらい状況は、確かにあるような気はします。
──それこそ、すべてをひとりで作りあげた短編『ほしのこえ』(2002)で脚光を浴びた、新海誠監督のような方もいるにはいますが、全体で見ると、まだまだレアケースではありますよね。
長井 最近はSNSなどを駆使して自作のショートアニメーションを発信されている方もいらっしゃいますし、そういう人を起用して、たとえばテレビシリーズのエンディングを1本まるっとおまかせする、みたいなことが業界内ではちょっとした流行りにもなっている。新海さんのように“自分で完結して自分で発信する”ということも、これからはもっと容易になってくるでしょうから、そうなれば、作家性もより発揮しやすくはなるとは思います。
──この先のアニメ業界を展望するとしたら、“一極集中”とまではいかないまでも、“東京中心”はこれからも続く。とはいえ、担い手を取り巻く環境の多様化は進む。そんなイメージでしょうか?
長井 そうですね。監督ともなると、自分で描くだけじゃなく、たとえばアフレコとか、いろんな人が集まる場所にも行くことになるので、現実問題として、僕自身は東京から離れられない部分がまだまだある。アニメ制作そのものを最初から最後まで地方で、という動きは、あるとしてももう少し先。いまはその過渡期なのかな、って気はします。地元に戻って何かをしようという人も、東京で何かしらの刺激を受けたことで、「こっちでやろう」って気持ちに、あらためてなっている人がほとんど。その入口となる最初の刺激を、地方、たとえば新潟という街がいかに与えられるかだと個人的には思います。
──長井監督自身が、今後、故郷・新潟を舞台にした作品をつくることも?
長井 そこはまぁ、タイミング次第じゃないですかね(笑)。やっぱり地元って、自分の内面をさらけ出すような感じがして、若干恥ずかしいって気持ちもどこかである。全然やりたくないってわけではないので、そのあたりがちゃんと消化できて、「逆にそこがおもしろい」みたいに思えるようになったら、作品にも落としこめるような気がしています。
(取材・文=鈴木長月)