ヤングケアラーを題材にした『リロ&スティッチ』 児童虐待と動物虐待はリンクするか?

ひとりぼっちの少女/少年が、人外(人間ならざるもの)と出会い、かけがえのない友情を育んでいく。ファンタジードラマの定番的ストーリーでしょう。ディズニーアニメ『リロ・アンド・スティッチ』(2002年)は、そんな人外キャラであるエイリアンのスティッチのキモかわいさが人気を呼び、息の長いロングランシリーズとなっています。
6月6日(金)から実写版『リロ・アンド・スティッチ」の劇場公開が始まるのを記念して、同日の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)ではシリーズ第1作となる劇場アニメ版をオンエアします。本編ノーカット放送です。
近年はディズニー的ポリコレを押し付けた作品が鼻につくディズニー社ですが、本作はハワイを舞台にしたほんわかしたコメディとなっています。クリス・サンダース&ディーン・デュボアの監督コンビは、気弱な少年と傷ついたドラゴンとの交流を描いた劇場アニメ『ヒックとドラゴン』(2010年)もヒットさせています。
主人公の少女・リロはACE(逆境的小児期体験)、姉のナニは妹の面倒を看るヤングケアラーという設定になっている点も注目されます。ファンタジーと社会問題をうまく融合させた、大人も楽しめる『リロ・アンド・スティッチ』の見どころを紹介します。
「オハナ」になっていくリロとスティッチ
ハワイのオアフ島で暮らすリロは、5歳になる女の子です。両親を事故で亡くし、姉のナニとふたりっきりの生活を送っています。ミュージカル映画『ブルー・ハワイ』(1961年)に主演したエルヴィス・プレスリーが大好きという、ちょっと変わり者です。
リロは踊るのも大好きでフラダンス教室に通っていますが、同世代の女の子たちとなじむことができずにいました。姉のナニは働きながら、リロの世話もしなくてはいけないというヤングケアラーです。しかし、精神的に余裕のないナニは、愛情に飢えているリロとぶつかり合い、いつもケンカになってしまうのでした。
福祉局の職員・バブルスは、そんな状況を見かねて「施設で育てたほうがリロのためになる」と姉妹を引き離そうとします。そんなとき、動物保護センターで、リロが出会ったのがスティッチでした。野良犬と間違って捕獲されていたスティッチですが、どう見ても犬には見えません。「悪魔のコアラ」のような不気味な外見のスティッチを、リロは気に入ってしまいます。
実はスティッチは、遠い「銀河連邦」から地球に漂流したエイリアンでした。悪の天才科学者・ジャンバ博士が遺伝子操作で生み出した「試作品626号」と呼ばれる新種の生命体です。スーパーコンピューター並みの優れた頭脳と「破壊衝動」がプログラミングされており、「銀河連邦」から追放された身だったのです。そんなことはつゆ知らず、リロは「試作品626号」に「スティッチ」という名前をつけ、いそいそと連れ帰るのでした。
当然ながらスティッチは「破壊衝動」に従って、目に入るものを次々とぶっ壊して回ります。サーチ&デストロイです。リロとスティッチの行く先々は大騒ぎとなり、姉のナニは仕事を失ってしまうはめに。それでも、リロは決してスティッチを手放そうとはしません。
ハワイでは家族のことを「オハナ」と呼びます。リロはスティッチを家族の一員として受け入れ、「オハナはいつもそばにいる」と主張します。スティッチもリロから生まれて初めて家族扱いされ、次第に変わっていきます。孤独に耐えてきたリロと、宇宙の果てから地球に流れ着いたスティッチが「オハナ」になっていく様子に、思わずウルッとしてしまいます。
子どもたちの闇の世界でリンクするもの
両親が他界して間もないリロは逆境体験下にあり、本来なら充分なケアが必要です。しかし、姉のナニは外で働いており、リロは社会からネグレクトされている状態でした。『リロ・アンド・スティッチ』が公開されたゼロ年代は、育児放棄された子どもたちが注目されるようになった時代でもあります。
実話をベースにした是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)は大きな話題を集め、母親から置き去りにされた4人の子どもたちの長男を演じた柳楽優弥は、カンヌ国際映画祭で当時14歳ながら最優秀男優賞を受賞しています。
YOU演じる母親の身勝手さによって、『誰も知らない』の子どもたちは悲惨な結末を迎えることになります。リロもスティッチという愛情を注げる対象を見つけることができずにいたら、暴力的になっていた可能性もあります。愛情に飢えていたからこそ、リロは逆に自分が愛情を注ぐ側になったわけです。
愛情を知らずに育った児童は、成長してから犯罪を起こす確率が高いと言われています。また、動物虐待をしていた児童は、人を傷つける可能性もあるそうです。
連続射殺犯の永山則夫死刑囚は、幼年期を育児放棄された状態で過ごしたことが知られています。「酒鬼薔薇事件」を起こした元少年Aは、連続殺傷事件を起こす前に小動物を殺傷していたそうです。育児放棄、動物虐待、少年犯罪は、子どもたちの闇の世界でリンクするものがありそうです。
もしも、スティッチがリロと出会っていなかったら、スティッチの「破壊衝動」はエスカレートして、地球全体が危険な状態に陥っていたかもしれません。リロの愛情は、スティッチだけでなく、地球全体をも救うことになります。
上書きされるスティッチの「破壊衝動」
スティッチを処分することを決めた「銀河連邦」は、生みの親のジャンバ博士と地球の生態系に詳しい諜報員のプリークリーを地球へ派遣します。最初はスティッチ回収に努めていたジャンバ博士たちですが、地球の暮らしがすっかり気に入ってしまいます。ここらへんのアバウトな設定も、実にハワイアンっぽくていい感じです。
高度な文明を持つ「銀河連邦」から見れば、地球なんて民度の低い未開の惑星です。当初は、地球ごとスティッチを葬り去ることも検討されていたくらいです。上流民族である彼らにしてみれば、地球も人類も取るに足りない、ちっぽけな存在なわけです。
そんな地球での生活に、スティッチは次第になじんでいきます。リロが惜しみない愛情を注いでくれたからです。オハナ=家族という概念を学んだことも大きいでしょう。この広い宇宙で、自分はひとりぼっちではないことをスティッチは知ったのです。その感動は、スティッチにプログラミングされていた「破壊衝動」を上回るほどの衝撃だったようです。
世界が大きく変わる瞬間
ちっとも進化できずに、同じ失敗を繰り返してばかりいるダメダメな地球人類ですが、それでも「銀河連邦」にはない大切なものを、5歳児のリロは教えてくれます。
母性あふれるリロを見て、思い出されるのは角川アニメ『幻魔大戦』(1983年)です。大友克洋がキャラクターデザインで参加した『幻魔大戦』は、姉と暮らすコンプレックスだらけの高校生・東丈がエスパー戦士に目覚め、宇宙全体を滅亡させようと企む幻魔一族と戦うというサイキックバトルものです。
強大な幻魔から見れば、地球なんて吹けば飛ぶような存在です。でも、幻魔にはないものが地球にはあったわけです。宇宙意識体のフロイ(CV:美輪明宏)によると「地球人には希望があり、愛と友情の連帯がある」そうです。そんなふわふわした実体のない概念を武器に、東丈やルナたちは幻魔に立ち向かっていきます。
ひとりの人間は本当にちっぽけな存在です。何のために生きているのか、時々わからなくもなってしまいます。でも、愛情を注ぐ相手が見つかるか、ほんのちょっとでも愛情を与えてくれる存在が現れた瞬間に、世界は大きく変わっていくはずです。
今、生きるのがつらいなと感じている人は、まだその相手に出会えていないか、見失ってしまっている状態なんじゃないでしょうか。
大人の事情のポリコレを押し付けてくるディズニー作品は大嫌いですが、『リロ・アンド・スティッチ』には孤独な時間を過ごした経験のある人の、心の琴線をつまびくものがあるように思うのです。
文=映画ゾンビ・バブ