トム・クルーズ最凶スタント『デッドレコニング』 「MI」シリーズが名作にならないホントの理由

トム・クルーズのクレイジーぶりが発揮された最新主演映画『ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング』が現在公開中です。トム・クルーズがパンツ一丁で深海を泳いだり、燃え上がるパラシュートで降下したりと、ハラハラドキドキの2時間49分となっています。
6月20日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、『ファイナルレコニング』の前編にあたる『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』(2023年)をオンエアします。夜9時から日をまたいで深夜0時14分まで、本編2時間43分をノーカットでの放映です。これから『ファイナルレコニング』を観にいこうと考えていた人には、いいタイミングでしょう。
それにしても「ミッション;インポッシブル」(以下『MI」)シリーズって、上映時間が長過ぎませんか? いや、アクションがすごいのは分かるんですが、シリーズ第1作『ミッション:インポッシブル』(1996年)は、上映時間110分と普通でした。おじさん世代はトレイが近いから、あまり長いのは困るんですよ。
今回は『デッドレコニング』の見どころだけでなく、あえて「MI」シリーズへのダメ出しもしたいと思います。
自我を持つ人工知能と戦うイーサン・ハント
IMFのエージェントであるイーサン・ハント(トム・クルーズ)が今回戦う相手は、「AI」です。歌手の「ai」ではなく、「人工知能」のほうです。ロシアの次世代型潜水艦が撃沈したエピソードから始まります。「エンティティ」と呼ばれる最新型「AI」が暴走したことが原因でした。「エンティティ」を放っておくと、人類の脅威となることは明らかです。
イーサンのミッションは、「エンティティ」を唯一コントロールすることができる2つの鍵を手に入れること。ひとつは元MI6の女性エージェント・イルサ(レベッカ・ファーガソン)が、すでにゲットしていました。
もうひとつの鍵をめぐり、『ミッション:インポッシブル フォールアウト』(2018年)にも登場した「死の商人」ホワイト・ウィドウ(ヴァネッサ・カービー)やイーサンと因縁のあるガブリエル(イーサイ・モラレス)との争奪戦が繰り広げられます。
黄色いフィアットは、宮崎アニメへのオマージュ?
タイトルの「デッドレコニング」とは、これまでの経路や速度から現在位置を割り出す「推定航法」のことです。つまり、トム・クルーズがこれまでの俳優としてのキャリアを総決算して、現時点での集大成を披露するよという意気込みを意味しています。直訳すると「死の見積もり」でもあり、トムは生死ギリギリのデススタントに挑んでいます。
映画中盤の見どころは、ローマ市街で繰り広げられるカーチェイスです。鍵の行方を左右する凄腕のスリ・グレース(ヘイリー・アトウェル)を乗せ、手錠をされた状態のイーサンは片手で黄色いフィアット500を走らせます。もちろん、トム・クルーズ自身によるカースタントです。ローマの凸凹した石畳を、華麗に運転してみせます。
このカーチェイスシーンを見て、来週6月27日(金)に放映される『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)がフラッシュバックしたファンも多かったのではないでしょうか。クリストファー・マッカリー監督は『カリオストロの城』は観ていないと発言していますが、どうでしょうか。『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』(2011年)のブラッド・バード監督(ピクサー出身)は、間違いなく宮崎駿作品を繰り返し観ているはずです。
仮にマッカリー監督が宮崎アニメを観ていなくても、アクションチームは確実に観ていたと思います。アニメでしか描けなかった世界を、CGに頼らずに実写で実現してしまうところが「MI」シリーズのすごさです。現在公開中の『ファイナルレコニング』の複葉機上でのバトルは、『未来少年コナン』(NHK総合)や『紅の豚』(1992年)を彷彿させます。
さらに今回の『デッドレコニング』のクライマックスでは、イーサンは断崖絶壁からバイクでスーパージャンプしてみせます。このシーンの撮影のために、トム・クルーズは1年間の準備期間を費やしたそうです。桁違いの時間、労力、予算を投じて映画史上空前のスタントシーンを撮り上げています。
「MI」シリーズの弱点を考察する
アクション映画好きには高い評価を得ている「MI」シリーズですが、一般層の反応はいまいちなように思います。トムが命懸けのスタントに毎回挑んでいるにもかかわらず、評価されないのはなぜでしょうか?
いちばん大きな理由は、アクションシーンを最初に撮っていることでしょう。つまり、トムは自分ができるアクションスタントをまず考え、その撮影が成功した上で、そのアクションシーンにつながるようなストーリーを考えているわけです。そのためアクションがすごいのに比べ、ストーリー性が希薄なんです。
イーサンは険しい岩山をロッククライミングしてみせたり、離陸する軍用機にしがみついたりと超絶スタントを披露してきましたが、驚くことにそれらのスタントシーンは映画の本筋とはまったく関係していません。ストーリーにまるで関係しないスタントに、トムは命を張ってきたわけです。「MI」シリーズのアクションシーンは鮮烈に覚えているけど、内容はきれいさっぱり忘れてしまうのはそのためです。
まるで価値のない、無駄なものに、全力投球する。それが「MI」シリーズの弱点であり、同時に俳優トム・クルーズの面白さにもなっています。
洗練さを売りにした「007」シリーズとの違い
トム・クルーズが主演とプロデューサーを兼ねている点も、「MI」シリーズのよさであり、問題点にもなっています。トムがプロデューサーを兼任しているからこそ、危険なスタントにGOサインが出ているわけですが、その分、トム以外のキャストはどうしても弱くなっています。洗練さを売りにした「007」シリーズだと、『007は二度死ぬ』(1967年)でボンドガールに扮した浜美枝、若林映子なども印象に残っているけど、「MI」シリーズのヒロインは総じて存在感が薄く感じられます。
その点、レベッカ・ファーガソンが『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』(2015年)から3作続けて演じたイルサは、美しさと戦闘力を併せ持った女性キャラとしてファンから愛されていたのに、『デッドレコニング』で実にあっさりと退場します。
レベッカ・ファーガソンはイルサ役に愛着を見せながらも、「MI」シリーズは拘束時間が長いことを降板理由に挙げています。イルサのカジュアルな退場劇、これもまぁ「MI」らしいと言えばらしいのですけどね。
主演とプロデューサーを兼ねていることの落とし穴
やはり、トムがプロデューサーであることが影響していると思いますが、最初に述べたように最近の「MI」シリーズは上映時間がやたらと長いんですよ。『デッドレコニング』と公開中の『ファイナルレコニング』は、同じひとつの事件を描きながら、『デッド』163分、『ファイナル』169分はどうかと思います。
トムが体を張ったアクションをたっぷり見せたいという気持ちは分かりますが、どっちも2時間で充分に収まる内容です。いつも笑顔のトムに対し、クリストファー・マッカリー監督らは反対意見を言えずにいるんじゃないでしょうか。
さらにダメ出しすれば、「MI」シリーズは悪役が弱いんです。今回の二部作は特に「AI」という実体のない相手ということもあり、カタルシスが得られにくいんです。しばらくは見納めとなりそうな「MI」シリーズですが、再開される際はそこらへんが課題になるんじゃないでしょうか。
どんな夢も実現してしまう「トム・クルーズ教」
いろいろとツッコミを入れましたが、トムの後を継ぎ、「007」シリーズのように代替わりするのは難しいでしょう。ハリウッドスターのトムだからこその「MI」シリーズです。
空からカエルが降ってくることで有名な、ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『マグノリア』(1999年)があります。この映画でトムは「自己啓発セミナー」のカリスマ主宰者を熱演していましたが、将来的にはトム自身が「クルーズ教」の教祖になっていてもおかしくないように思います。ちなみにアンダーソン監督は「サイエントロジー」創設者をモデルにした『ザ・マスター』(2012年)も撮っています。
どんな夢も実現してしまう「クルーズ教」のお題目は、こんな感じになるんじゃないでしょうか。
「不可能とは現状に甘んじるための言い訳に過ぎない。不可能とはみずからの力で世界を切り開くことを放棄した臆病者の言葉である―」
って、これはアディダスのCMに出演していたモハメド・アリの言葉なんですけどね。
文=映画ゾンビ・バブ