映画『きさらぎ駅 Re:』はいかにして生まれたのか 『電車男』ほか2ちゃんねる発“参加型コンテンツ”の功罪と今昔

映画『きさらぎ駅Re:』が6月13日に公開され、《めっちゃ面白かった》《何を言ってもネタバレになってしまう》など、満足度の高さと構成の綿密さをうかがわせる口コミが広がっている。
本作は3年前に反響を呼んだ『きさらぎ駅』(2022年6月3日公開)の続編。前作で助演ポジションだった本田望結を主演に、作中でも3年後の世界が描かれる。永江二朗監督曰く「ウルトラZ級ホラーエンタメ」の本作は、上映館数112館だった前作を超える初週147館(一部劇場は休映)でスタート。初日の観客動員数も前作超えを果たしたといい、好調なスタートを切ったようだ。
『電車男』と同時誕生した『きさらぎ駅』
匿名掲示板・2ちゃんねる(当時)発祥の怪談、通称「きさらぎ駅」を元ネタとする同シリーズ。元のスレッドは2004年1月8日の深夜に「はすみ◆KkRQjKFCDs」と名乗る人物が、静岡県を走る私鉄に乗車中、「きさらぎ駅」という謎の駅に到着したという書き込みから始まる。
不可解な現象に遭遇しながら、この世とは思えない世界を散策する内容が実況されるなか、唐突にはすみ氏はスレッドから消息を絶つ。それまでわずか4時間半ほどという短さだったが、想像力をかき立てる不気味さと、ありそうでない駅名というキャッチーさから、一連の投稿は形を変えて語り継がれ、インターネット上では最も有名な都市伝説のひとつだ。

ところで、2ちゃんねる発のヒット映画といえば『電車男』(2005)がある。「彼女いない歴=年齢」の男性が電車内で中年男性にからまれていた女性と繰り広げる純愛は、ネット住民の書き込みで展開する物語構造が画期的で、ドラマ化・映画化もされるなど社会現象を巻き起こした。
「電車男」の元スレッドは、「きさらぎ駅」と同じ2004年だ。商業化されるネタの同時誕生は、偶然か必然か。この頃の2ちゃんねるには、どんなパワーが渦巻いていたのか――。
放送作家で、「電車男」のスレッドを実際に見ていたというトトロ大嶋氏(以下、大嶋氏)が、“あの頃の2ちゃんねる”を振り返りながら、ネット発コンテンツのもたらした世界を解説する。
2ちゃんねるは“参加型の遊び場”だった
匿名掲示板2ちゃんねるの登場は1999年。黎明期は、それ以前からあったパソコン通信などから流れた手練れの利用者を中心に賑わいを見せており、同年の「東芝クレーマー事件」に代表される世論喚起や政治論争も盛んなプラットフォームだった。
しかしその後、Windowsや携帯電話、ブロードバンドの普及によって、ネットが一気に手軽で身近な存在になると、2ちゃんねるにも若年層の流入が拡大。大嶋氏は「ネットユーザーが低年齢化するなか、現代のSNSのような“手軽な遊び場”的な側面が強まっていった」ことを指摘する。
「それまで匿名掲示板は『便所の落書き』と軽んじられ、相手にされない存在でした。ところがユーザー数の増加とともに2003年ごろからFLASHアニメやコラ画像、音楽作成ソフトなどを駆使し、世の中の事象を“揶揄して遊ぶ”文化が急速に広がり、無視できない勢力になっていったのです。
そういった流れのなかで、書き込みの“ドラマ性・物語性”が可視化された結果、2ちゃんねるの『まとめサイト』ができたり、出版業界の手によってネット上のコンテンツが書籍化されたりするようになりました。その決定版が『電車男』です」(大嶋氏、以下「」内同)

とあるきっかけで出会った男女が、すれ違いを経て結ばれる物語は古今東西ありふれているが、当時リアルタイムで『電車男』のスレッドを見守っていた大嶋氏は、その面白さを「“参加型”の応援」にあったと語る。
「電車男に対して、2ちゃんねるの“住民”がアドバイスや私見を言い合うことで翌日の彼の動きが左右される。自分も電車男の恋路に関わっているという実感が、予測不能な展開を楽しみにする熱狂に繋がっていったんだと思います」
この手の“参加型”の動きは、当時の2ちゃんねるでいくつも生まれていた。大嶋氏によれば、2000年代初頭は“オフ板(リアルに集合する呼びかけなどを行う掲示板)”で、たとえば『新宿の真ん中で無名の人をアイドルに見立てて声援を送る』といった突発的な遊びを企画・実行するのが流行していたという。
本来出会うはずのない人たちが、ネットを通じて“共犯関係”を結ぶ。そうした土壌が育ちつつある環境で「きさらぎ駅」は誕生した。
「2ちゃんねるではオカルト系も非常に人気が強く、怪談めいた話題が注目されたり、廃墟や心霊スポット探訪が企画されたりしていたものです。『きさらぎ駅』もそのひとつ。ネタだろうと思いながらも、いろんな人がリレー小説のように知識や情報を投下し合い、大きな流れとなっていくのを全員で楽しむという文化が、当時の2ちゃんねるにはありました」
『電車男』の功罪、“2ちゃんねる発コンテンツ”のその後
『電車男』はフジテレビ系のドラマ版が最高世帯視聴率25.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、劇場版が興行収入37億円。同年公開の邦画興収トップ10入りを果たすなど、リアルの世界で一大ブームを巻き起こした。その結果、2ちゃんねるが社会と地続きの“もう一つの空間”として世間から認知される。一方で大嶋氏は、「ネットの遊びがビジネスと結びつけられるようになった」と俯瞰する。『きさらぎ駅』シリーズにも通ずる『電車男』の功罪だ。
「あの頃の2ちゃんねるには、住民同士がコンテンツを共同制作していくような楽しみがあって、原典や原作者を曖昧にした“暗黙の了解”で秘密の共有ができた。でも『電車男』の大ヒットによって、ネット発のコンテンツが金儲けになることが証明されると、ビジネス目線で発展していくようになったのは否めないと思います」
実際、本作のモチーフとされる『遠州鉄道 さぎの宮駅』は自ら“聖地”のPRに余念がない。大嶋氏は、「純粋な遊びから生まれたタネが予想外に成長していくさまを面白がっていた当時の空気感を知っている身からすると、PRされるのは不思議な感覚にはなる」と言う。
とはいえ、罪もあれば功もある。まさに本作は『電車男』の大ヒットがもたらしたものだともいえるのだ。
「逆に言うと、可能性の扉を開いたということでもあるかなと。ネット上のコンテンツは “遊び場”というノリが息づくからこそ、優れたクリエイターや作品が生まれ、商業的に成功する可能性が広がったとも思うんです」
元ネタ「きさらぎ駅」には、しばしば新展開も生まれている。2011年6月、都市伝説を集めるサイトのコメント欄に、はすみ氏を自称する人物が「7年ぶりに普通の世界に帰ることが出来た」と投稿。同年7月にはTwitter(現X)で「東京メトロ東西線に乗っていたところ、きさらぎ駅に到着した」との内容が呟かれている。

いずれも真偽は定かではないままに大きな反響があったことから、大嶋氏は「いかにあの頃の遊びの“原作性”が秀逸だったということかがわかる」と話す。
「『きさらぎ駅』は昔から存在する怪談話や都市伝説と同じで、フォーマットとして古びない。だから20年経った今でも映画のネタになりえるのでしょう」
ただし本作は転生やゲーム要素など、元ネタにはない現代感覚もふんだんに取り入れている。「きさらぎ駅」が謎の多い魅力から語り継がれ、育まれてきたことを考えると、それもまた、“遊び”の延長といえそうだ。
『きさらぎ駅 Re:』
2025 年 6 月 13 日全国公開中
監督:永江二朗
脚本:宮本武史
主題歌:弌誠「ガタゴト」(VAP)
企画・制作:キャンター
配給:イオンエンターテイメント
製作:「きさらぎ駅 Re:」製作委員会
出演:本田望結、芹澤興人、瀧七海、寺坂頼我、大川泰雅、柴田明良、中島淳子、奥菜恵 / 佐藤江梨子
恒松祐里
https://kisaragimovie-re.com/
(C)2025「きさらぎ駅 Re:」製作委員会
(C)2022「きさらぎ駅」製作委員会
(取材・文/町田シブヤ)