石川瑠華インタビュー「二十代前半は“女性性”から逃げていた時期があった」

自分は、女なのか、男なのか。この気持ちは、恋なのか、友情なのか……。揺れ動く十代の心を、瑞々しい映像とともに描いた青春映画『水の中で深呼吸』。本作で“普通” とは何か、“自分らしさ” とは何かに戸惑いながらも、自身の輪郭を探し求める主人公・葵を瑞々しく演じた石川瑠華に、撮影に臨むにあたって考えたこと、撮影時のエピソード、今ハマっていることなどを中心に話を聞いた。
<インフォメーション>
『水の中で深呼吸』
新宿シネマカリテ他全国公開中!
監督:安井祥二
脚本:上原三由樹 岳谷麻日子
主演:石川瑠華
出演:中島瑠菜 倉田萌衣 佐々木悠華 松宮倫 八条院蔵人
伊藤亜里子 川瀬知佐子 山本杏 森川千滉 倉林希和里 小西有也 野島透也 池上秀治 しゅはまはるみ
水泳部に所属する、高校1年生の葵(石川瑠華)。理不尽な上級生からの嫌がらせに耐えながら、黙々と練習に打ち込む日々を送っている。そんな葵には、誰にも言えない、もうひとつの悩みがあった。同級生の水泳部員・日菜(中島瑠菜)に惹かれる気持ちを抱えていた。この胸の高鳴りは、友情なのか、それとも──? ある日、日菜への嫌がらせに耐えかねた葵は、ついに上級生たちに歯向かってしまう。その結果、葵たち1年生は、上級生と水泳でリレー勝負をすることに。だが、実力不足の1年チームは、圧倒的に不利な状況。葵は同級生から批判され、日菜のことも困らせてしまった。後悔する葵を、幼馴染で同じ水泳部の昌樹(八条院蔵人)が、そっと励ます。その存在に救われる一方で、葵は昌樹に対しても友情以上の感情が芽生え始めていることに気づき、戸惑いを隠せない。日菜と昌樹の間で、揺れ動く想い。恋とは何か。友情とは何か。自分は何者なのか。抑えていた感情は、昌樹のある行動をきっかけに、爆発する。傷ついた友人、仲間、そして自分自身。だけど、逃げたくない。リレーの練習を重ねながら、葵は少しずつ自分の心と向き合い始める。泳ぎ続けたその先で、葵が見つけた答えとは──。
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<プロフィール>
石川瑠華(いしかわ・るか)1997年3月22日生まれ、埼玉県出身。『きらきら眼鏡』(18)でスクリーンデビュー。その後、『うみべの女の子』(21)など数々の作品で主演、『猿楽町で会いましょう』(21)でヒロインを務め、第31回日本映画批評家大賞新人女優賞(小森和子賞)を受賞。近年の主な出演作に映画『市子』(23)『三日月とネコ』(24)、ドラマ『バントマン』(東海テレビ)『TRUE COLORS』(NHK)など。
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着る服ひとつでも、自分を女にするものがあれば排除していた
──映画『水の中で深呼吸』の出演はオーディションで決まったそうですが、初めて脚本を読んだときの印象はいかがでしたか?
石川 オーディションの時点では一部抜粋したものを読ませていただいたんですが、出演が決まって、脚本を読んだときは、オーディションのときに見えなかった全体像が見えて。とても繊細なテーマですし、群像劇でもあるし、大きなものを描こうとしているんだなと感じました。ただ自分の中で整理できていなかったのもあったと思いますが、いろんなものが埋め込まれている印象があって、脚本を読んだだけでは何を描きたいのか分からなくて。それで事前に安井祥二監督と話す機会をいただいて、いろいろ質問をさせていただきました。まだ決定稿ではなくて、「ここから直します」という段階だったので、自分の意見を伝えました。
──石川さんが演じた高校生の葵はノンバイナリーかもしれないという葛藤を抱えていますが、決してLGBTQ+を正面から描く作品ではありません。
石川 そうですね。そういう意味で言うと、難解な脚本だったと思います。私は自分の性別や感性に悩む葵という役を背負っていたので、何か一つでも掴める強いものがないと、自分自身よく分からなくなるのではという不安がありました。
──葵自身、まだノンバイナリーという言葉も知らない状態ですしね。
石川 私がハッキリさせたいと思い過ぎたと思うんですが、いろんなものが不確定な状態の葵ちゃんは、脚本を読んでいて怖かったんですよね。観る人によって受け取り方はいくらでもあっていいと思うけれど、誤解を与えることが怖かった。誤解されても、本当はいいはずなんですけどね。大切にしていたからこそ、その先を想像すればするほど怖いなと思うことがたくさんありました。でも、現場中はその不安とかも全て使って「分からない状態」でいることは気をつけていました。

──葵の髪型はご自身で決めたのですか。
石川 そうですね。撮影前はもうちょっと前髪が長かったんですが、私は眉毛より上にしたくて、それを監督にお話ししたらイメージが重なりました。髪を切ることによって、ちょっと自分とは違う人になりたかったんですよね。
──葵は母親が買ってきた女性らしい洋服を着ることに違和感を抱きますが、同じような経験はありますか?
石川 学生時代は、女の子らしいものを嫌がるということはなかったです。ただ二十歳を超えて、自分ってなんだろう、自分って何が好きで、どういう感性を持っているんだろうと探り始めた頃に、女性として見られることに大きな苛立ちを覚えて。女性であるということから逃れようとしていました。スカートを全部捨てたり、ずっと真っ黒な服を着たり、髪を切ったりと、二十代前半は女性性から逃げていた時期があったんです。
──どうしてですか?
石川 女であるだけで、女性として消費される感じが身に染みて分かってきて。それを上手く使えればいいんですけど、私は搾取されることばかり敏感になって。スカートを履いているだけで人としてというよりも、女の子として扱われることに絶望感があったんです。
──そう感じてしまうきっかけがあったのでしょうか。
石川 あったんでしょうね(笑)。今となっては明確に思い出せないのですが、当時は着る服ひとつでも、自分を女にするものがあれば排除していました。

新しい自分のやり方みたいなものを見つけられた
──『うみべの女の子』(21)公開時にインタビューをさせていただいたときに、中学2年生の小梅を演じるにあたって、自分自身を「私は中学生だ」と思い込むために、中学生が着るようなブランドの服を着て、普段の生活から慣らしていったと仰っていました。
石川 今回もイン前は制服を着て行動するなど、極力、高校生でいられるような外見を心がけていました。あとロケ地が群馬県の中之条だったんですが、約2週間泊まり込みで合宿のような撮影だったんです。その間も小学生が着るような服を持参して、ずっと現地で着ていました。
──服によって意識も変化するのでしょうか。
石川 服はスイッチを入れるのに重要ですね。たとえば普段から高い服を着ていたら、現場にいるときに罪悪感なのか、その自分がよぎるんです。「普段はそんないい服を着られているのにね」ともう一人の自分が言ってくる(笑)。役に近い服装でいるほうが気持ち的にも楽なんですよね。

──葵は水泳部に所属していて、水泳シーンもふんだんにありますが、もともと泳ぐのは
得意だったんですか?
石川 小学校のときにスイミングスクールに通っていました。実力によって帽子が赤から黒になるんですが、私は早い段階でバタフライまでできて、黒になるのは早かったんです。ただ、どれだけ頑張っても選手コースには選ばれなかったんですよね。それで断念したのですが、泳ぐのは好きだったので、大人になってからは趣味でずっと泳いでいました。あとイン前に水泳部のメンバーを演じた共演者の子たちと、都内で水泳の練習をしました。
──水泳部内で1年生と2年生が対立して、リレー勝負をするシーンがありますが、石川さんは吹き替えなしで泳がれているんですよね。
石川 はい。100メートル休憩なしで泳げないとダメだったので、上級者向けのプールに通いました。撮影のときは中之条の水泳部員の方々も来てくださったので、実際に泳ぎを見せていただきましたし、「私の泳ぎは大丈夫ですかね?」と確認もしました。
──プール内でのシーンも多かったです。
石川 水に浸かりっぱなしでふやふやでした(笑)。しかも撮影は夏だったんですが、最初のほうは気温も低くて、プールの水が冷たかったんです。休憩中はプールから上がって、控室で暖をとっていました。ただ徐々に慣れていくうちに、気温も高くなって、みんなでプールの中にずっといました。

──共演者の大半が年下ですよね。
石川 私よりも年上は葵の母親を演じた、しゅはまはるみさんぐらいでした。それまでの現場は私が最年少ということが多くて、共演者さんに甘えて、いろんなことを吸収しようと思いながらやってきました。それがいきなりひっくり返されて、主演の自分が責任を背負わなくてはいけない。映画の中では、自分より年下の子たちが葵の先輩役を演じているので、先輩という圧倒的に強い人たちに体当たりで立ち向かわなくてはいけない。二つの自分をうまく使い分けなくてはいけないのかと思っていたのですが、そんなことはできませんでした(笑)。でも、そのときの経験が、自分自身が切り替わったポイントだったかもしれません。ターニングポイントと言ったら大袈裟かもしれませんが、新しい自分のやり方みたいなものを見つけられました。年齢によって出てしまう余計なものを自分で危惧することは悪いことではないと思いますが、そんなことで頭をいっぱいにするより「自分らしく」いることの方が大切かなと。今、若い役のほうが私は自分らしくいられるのかもしれないです。
──高校生らしい、アクティブな立ち居振る舞いも印象的でした。
石川 高校生って体と心の距離がめちゃくちゃ近いんだと思います。ちょっとした心躍ることがあると、すぐ走りたくなってしまう。普段の私よりも動いています。
──豪雨の中、田んぼでケンカするシーンは、泥だらけになって地面を這いずり回っていて迫力がありました。
石川 正直、終わった後は傷だらけでした(笑)。やっているときはテンションも上がっていますし、痛みもないんですけど。ただ雨降しもあり、泥のコンディションもあり、感情的なお芝居でもあり、何か一つでも「良くない」となれば作れないシーンでもあったので、ミスはできないですしプレッシャーもありました。

今ハマっていることはキャッチボールと野球観戦
──中之条というロケーションはいかがでしたか。
石川 昔ながらのラーメン屋さんが残っていたり、24時間やっているコンビニがなかったり。空き時間にやることといったら散歩ぐらいで、夜やっているお店もないんですよ。葵たちが買い食いするパン屋さんは実際に営業しているお店なんですが、日が落ちる前には閉まってしまう。そのパン屋さんが本当に美味しくて、お店のおばあちゃんも優しくて。便利さはないかもしれないけれど、その分、人の心の温かさを存分に感じました。葵はそういう場所で育った子というのを、ちゃんと刷り込めたのはロケーションのおかげですね。
──パン屋の前で葵が子どもたちと遊ぶシーンもリアルでした。
石川 実は子役の子たちの一人がお友達なんです。3年前ぐらいに芸大の作品で共演したんですが偶然再会して。だから、普通に遊んでいたら子どもたちの素顔が良い形で引き出せるのかなと思って、プライベートに近い感じで、カメラも気にせず遊んでいました。試写のときは、どう映っているのかとビクビクしながら観ていました(笑)。
──撮影中、高校生を演じることの不安はありましたか?
石川 めちゃくちゃ不安でした。ふとしたときに自分が出てしまう危険性みたいなのを感じていて。映画は残りますし、自分の実年齢が悪く影響するのは避けたい。それが心配で、「この言い方は大人びていなかったですか?」など、何回か監督に確認していました。
──完成した映画を観たときはどう感じましたか?
石川 清々しい青春を感じられる映画だなと。高校生らしいスピード感があって、画面に良い“青”が映っていて、今の自分にないものを感じました。「すごくいいなぁ」と思いました。

──最後に最近ハマっていることをお聞かせください。
石川 今ハマっていることは、キャッチボールをすることです。暇さえあれば、公園とかでやっていますね。人と仲良くなりたいときに、お茶に誘うよりも、キャッチボールに誘うほうが、ハードルが低いんですよ。
──普通は逆のような気もしますが(笑)。グローブはどうするんですか?
石川 私はグローブを3個持っていて(笑)。3人いると、疲れることなく、キャッチボールできるんです。あと野球観戦も好きです。ヤクルトファンで、神宮球場に行ったりもします。
──なんとなくインドアのイメージがあったので意外です。
石川 以前は映画を観たり、本を読んだりと、ほとんど家から出なかったんですけど、人間は変わるものですね。それが大人になっているのか、子ども返りなのかは分からないですけど(笑)。

(取材・文=猪口貴裕)