興収45億円ごえの大ヒット『あの花が咲く丘で』 水上恒司が特攻隊員を演じた「ライト戦争映画」

現代の女子高生がタイムスリップして、戦時中へ。イケメンの特攻隊員と出会い、運命の恋に陥るー。福原遥&水上恒司主演による『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(2023年)は、とてもシンプルなストーリーです。
松竹系で全国公開された本作は若い世代に支持され、興収45.5億円の大ヒットとなりました。その一方、戦争映画としてもタイムリープものとしてもアラが多いことから、酷評する声が多かったことも事実です。
8月8日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、地上波初となる『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(以下『あの花』)を放映します。35分の拡大放送です。賛否両論となった部分をピックアップしてみたいと思います。
戦時下で「生きる喜び」を知る女子高生
主人公の百合(福原遥)は、母親(中嶋朋子)と団地暮らししている現代の女子高生です。シングルマザーの母親は仕事に追われ、「働けど働けど、わが暮らし楽にならざり」の状態です。担任教師からは大学進学を勧められているものの、家計のことを考える百合は「大学に行きたい」と素直に言うことができません。
進路がきっかけで母親とケンカになった百合は家を飛び出し、裏山にある防空壕跡で一夜を過ごします。翌朝、百合が目を覚ますと、そこは戦時中になっていました。茫然自失となった百合がフラフラしていると、親切な特攻隊員の彰(水上恒司)が助けてくれました。
彰に連れられて、百合は「鶴屋食堂」で食事をごちそうになります。女主人のツル(松坂慶子)に気に入られ、行き場のない百合は「鶴屋食堂」で住み込みで働くことに。彰や特攻隊の仲間たちと、百合は仲良くなっていきます。彰と一緒に百合の花が一面に咲く丘に行ったり、基地で野球観戦したり、かき氷を楽しんだりと、百合は生きていることの楽しさを実感するようになっていきます。
現代から来た百合は「日本はもうすぐ戦争に負ける」ことを知っており、特攻は無意味だと彰たちに出撃を思いとどまらせようとします。しかし、自分から特攻隊に志願した彼らの意志を変えることは容易ではありません。
そして、いよいよ彰たちに出撃命令が下されるのでした。
タイムスリップはそんなに頻繁に起きるもの?
7月に『金ロー』で放映された時代劇コメディ『侍タイムスリッパー』(2024年)と同じくタイムスリップをモチーフにした『あの花』ですが、現代人が過去へ時間旅行するという逆パターンとなっています。
百合がタイムリープした原因は明かされていません。タイムリープ&ラブロマンスの先駆作『ある日どこかで』(1980年)は、憧れの舞台女優に逢うために、クリストファー・リーヴは自分に催眠術を掛けています。アーシュトン・カッチャー主演の『バタフライ・エフェクト』(2004年)は過去の日記を読むことで、少年期に戻るという設定になっていました。
でも、『あの花』は、なぜ百合にタイムリープ現象が起きたのかという説明はありません。
もしかして、自分が気づいていないだけで、実はけっこう多くの人がタイムリープを経験しているのでしょうか? 序盤に防空壕跡で遊んでいた子どもたちは、いろんな時代を行き来しているのでしょうか? クリスティーナ・リッチ主演のホラー映画『ギャザリング』(2003年)を思わせて、ちょっと不気味です。
最後まで回収されない、長い長いタイトル
劇中もツッコミどころが満載です。空襲で百合たちがいた街は一面焼け野原になるのですが、次のシーンでは鶴屋食堂はまるで何事もなかったかのように描かれています。さらに物語終盤、百合は現代に戻ることができるのですが、それまで着ていたモンペから、いつの間にか制服姿に戻っています。
もしかしたら、すべては百合が寝ている間に見た夢の世界の出来事なのかなとも思ったのですが、夢オチであることを否定する結末となっています。
ラストシーンも、「えっ、ここで終わりなの?」と驚くようなところで唐突に物語は幕を下ろします。物語の終盤に百合は、意外な場所で彰と再会を果たすのですが、「でも、それって“あの花が咲く丘”じゃないよね?」と思ってしまうんです。
空襲シーンがあるだけで、戦闘描写はありません。日本はあくまでも戦争被害国として描かれています。タイムリープものとしても、戦争映画としても、すべてにおいて、ふんわりしていて、中途半端感は否めません。
石原慎太郎が製作したリアルな特攻映画は大爆死
酷評ポイントはいくらでもあるんですが、でも石原慎太郎元東京都知事が製作総指揮&脚本を手掛けた『俺は、君のためにこそ死ににいく』(2007年)は同じ特攻隊を扱った戦争映画ながら、製作費が18億円だったのに対し興収は10.8億円。タイトルからして重すぎたのでしょう、大爆死を遂げています。戦争をサラッと描くことで『あの花』は、戦争映画に興味のない若い世代を動員することに成功したわけです。
スマホのチェックで忙しい今の若者たちに、上映時間が4時間37分あるドキュメンタリー映画『東京裁判』(1983年)を観ろとか、鴻上尚史が書いた『不死身の特攻兵』(講談社現代新書)を読め、などと言ってみても関心を持たないと思うんです。来週放送の高畑勲監督の劇場アニメ『火垂るの墓』(1988年)でさえ、「トラウマになりそうだから観ない」という声は少なくありません。
でも、水上恒司みたいに若くて、イケメンな男性には、「守られたい」「ときめいてみたい」と多くの観客は思うわけです。言ってみれば、『あの花』は韓国の人気ドラマ『愛の不時着』の日本版です。もしくは「ライトノベル」ならぬ、「ライト戦争映画」とでも呼ぶべきジャンルとなっています。
ロマンスが感じられないと、女の子たちはわざわざ映画館にまで足を運んではくれません。
水上恒司と福原遙におすすめの共演作
岡田健史から改名し、本名を名乗るようになった水上恒司は福岡出身で、高校時代は野球部だったそうです。高校3年のとき、演劇部の顧問に誘われて舞台で特攻隊員を演じ、全国高校演劇大会九州ブロックの最優秀賞を受賞しています。特攻隊員は水上恒司にとって俳優デビューにつながった重要な役でした。『劇場版 アナウンサーたちの戦争』(2023年)でも、学徒出陣する早大生を好演しています。キリッとした青年兵士役がハマっています。
NHK大河ドラマ『べらぼう』で花魁役を演じている福原遙は、モンペ姿がキュートです。子役時代に料理番組『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』(Eテレ)に出演していたので、調理も得意なようです。出番は多くないけれど、彰と同じ隊にいる石丸(伊藤健太郎)に想いを寄せる勤労女高生の千代を演じた出口夏希は、次世代ヒロインとして注目の存在です。若いキャストが集まった、太平洋戦争をモチーフにしたひと夏の青春ドラマだとも言えそうです。
タイムリープもの、戦争映画としての欠点は多いものの、あの戦争で特攻隊員として亡くなった4000人近い若者たちを、歴史資料や数字ではなく一人ひとりが生きて、青春期のど真ん中にいたことを『あの花』は伝えることには成功したんじゃないでしょうか。
もちろん、特攻隊員たちだけでなく、軍人と民間人と合わせて300万人以上の戦死した人たち、そして日本との戦争で命を散らした海外のそれを上回る多くの人たち、みんなに名前と顔と家族があったわけです。きっと、それぞれが好きだった花があったことでしょう。
本作でブレイクした水上恒司と福原遙ですが、いつか父親役や母親役が似合う年齢になったら、ぜひ実写版『はだしのゲン』で再共演してみてはどうでしょうか。
文=映画ゾンビ・バブ