『鬼滅の刃』史上最速100億円突破で浮き彫りになった3 つの“弊害” 映画会社とシネコンに振り回される邦画界

『鬼滅の刃』が毎週、日本の映画史を塗り替えている。7月18日に全国公開した『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は公開17日間で動員1255万人、興行収入176億円を記録し、日本歴代興収の10位にランクイン。また、興収100億円突破までにかかった日数は「8日間」で、これは前作『無限列車編』(2020)の「10日間」よりも2日早い日本最速記録だ。
現在、日本の歴代興収トップに位置している『無限列車編』(407億円)は2020年10月とコロナ禍の公開だった。巣篭もり需要で原作マンガやアニメが注目を集め、かつ競合作品が少なかった背景が数字を伸ばした要因とも言われている。それから5年。特別“追い風”もない本作の行方が注視されるなか、蓋を開ければ前作以上の勢いを見せるかたちとなった。
配給を担う映画会社「東宝」傘下のシネコン・TOHOシネマズを始めとして、1日20回超も上映する劇場が続出しており、夏休みシーズンとも相まって、日本全国で巻き起こる“鬼滅現象”はしばらく続きそうだ。
しかし、そうした『鬼滅』のメガヒットの裏では、懸念点も指摘されている。その一つが“スクリーンの占有問題”だ。1劇場で40回も上映されるとなると、必然的に他の作品は上映回数が限られる。たとえばアメリカでは公開3日で興収1億2200万ドル(約183億円)を叩き出した『スーパーマン』が大きな盛り上がりを見せているが、日本では公開4週目にして早くも上映回数を1日1回に絞る劇場が増えてきているのだ。
ほかにも“鬼滅現象”の「弊害」はある。本作を取り巻く3つの“懸念点”について、映画評論家・前田有一氏が解説する。
スクリーン占有が招く“多様性の喪失”
TOHOシネマズなどのシネコンにおいて、議論の的となる『鬼滅』のスクリーン占有問題。上映回数はどこが決定権を握るのか。
「基本的に配給側とシネコンの合意です。特に公開初週は配給側が、劇場に対して“劇場最大のスクリーンで1日最低◯回上映する”など何かしらの条件を提示することが通例です」
では、異常とも思えるほどの上映回数は、東宝の意向が強いのか、劇場の独自判断なのか。
「少なくともTOHOシネマズにおいては、『東宝』の意向が強く反映された結果だと思います。前作『無限列車編』の公開時、『TOHOシネマズ新宿』で公開初日に42回上映されたことがネット上で大きな話題となりましたが、本作の初週上映回数も異常なまでに多いのは、東宝がこれを“戦略”として組み込んだ側面もあると思います。
前作は、コロナ禍の映画館にとってはまさに救世主のような存在でした。エンタメニュースも話題に乏しかったため、マスコミは日々『鬼滅』に関するニュースを量産し、SNSでも“考察”がブームになりました。そうした背景から、配給側はSNSやマスコミを『無料の広告として使える』ことを学んだわけですね。世間で『なにかとんでもないことが起きているぞ』という空気感が醸成されれば、大きな興収に結びつく。本作ではそれを意図的にやっているのでしょう」(前田氏、以下同)
ただし、当然東宝以外の配給会社にとっては面白くない。映画館では、初週の成績を元に2週目以降の上映回数を決めるのが一般的だが、これでは『鬼滅』以外の作品が陽の目を浴びるチャンスは一向にやってこないことになる。
「アメリカでは長く『映画会社が映画館を持つのは避けるべきだ』という考え方がありました。資本関係を持つと市場競争の偏りが発生し、映画の多様性が失われると懸念されていたためです。やはりコロナ禍をきっかけにアメリカの映画業界も苦しくなり、風向きが変わりつつありますが……。『鬼滅』のヒットは映画史に残る偉業に違いありませんが、多様性という観点を考えると、そう単純な話ではないように思います」
日本人の「映画鑑賞」のあり方を変えた?
本作の上映では、“鑑賞マナー”も物議を醸している。子供にも人気のコンテンツだが、155分と長尺ということもあってか、Xでは〈途中で飽きた子供が劇場を走り回っていた。親が注意してほしい〉〈目の前の小学生うるさい〉など、映画そっちのけになる子供の行儀に関する嘆きのほか、〈スマホビカビカ、上映中にひそひそおしゃべり〉など鑑賞マナーの悪さを報告する声が多数見受けられる。
諸外国と比較して、日本人の映画館を訪れる頻度は少ないと言われている。株式会社サンライズ社が2025年5月に発表した調査結果によると、直近1年間で映画館を利用した回数で最も多かったのが「0回」で51%、次いで「1〜2回」が23.8%だった。日本人の4分の3が、年間2回以下の利用回数なのだ。
『鬼滅』の話題を受けて劇場へ足を運んだ観客の中には、普段は映画館を利用しない人も多かったと思われるが、前田氏は、「大ヒット作では、予想だにしないマナー違反が起きてしまうもの」だと冷静だ。本作に限らず、過去には『君の名は。』(2016)や『千と千尋の神隠し』(2001)でも起こった議論だという。
「マナーは国と文化によって全然違うもの。『普段映画館に行かない人たち』が槍玉に上がっていますが、それこそが『日本人の生活の中に、映画館が当たり前のものとして存在していない』ことを示しているとも言えます。
日本ではシネコンを中心に、上映前には『No Light』『No Kicking』『No Noise』などを説明する“マナーCM”が放送されるのが当たり前ですが、これは世界的には珍しいことなんです。そもそも、海外で映画館は“リビングの延長”。くっちゃべるし、物を食べながら見るのも“普通”です」
前田氏は、「もちろん上映中に騒いだりスマホで通話したりといった迷惑行為は論外」だとしたうえで、「ある程度は“そんなもの”だと寛容さが必要になるフェーズに来ているのかもしれない」と話す。
相次ぐ盗撮→YouTubeやTikTokなどで違法公開騒動も
もう1点、今回の『鬼滅』で新たに浮かび上がったのが「盗撮」問題だ。
本作の公開直後から本編映像を盗撮した動画がネット上にアップロードされる騒動が勃発。その数は1本や2本ではなく、外国語の字幕がつけられているものが大多数を占める。これを重く見た公式サイドは、7月25日にXにて〈劇場での映画の盗撮行為は犯罪です。悪質な著作権侵害に対しては、刑事告訴を含む厳正な対処をしていく所存です〉と日本語、英語、中国語、韓国語で警告。8月1日にも再掲し、注意喚起を促した。前田氏は、盗撮は「世界的な問題」であることを指摘する。
「盗撮は、スマホのカメラの性能向上と動画SNSの普及によって新たに現れた問題です。大人気作のため拡散性が高く収益が見込めるのはもちろん、個人的な承認欲求を満たすための投稿とも見られています。
今年4月4日にアメリカで公開された『マインクラフト/ザ・ムービー』(日本では4月25日)では、原作に登場するレアキャラ『チキンジョッキー』の登場シーンを盗撮し、バズ狙いで投稿するという騒動が発生しました。かつては著作権を侵害し、権利者に無断で複製・販売する“海賊版”が問題視されましたが、現代ではより個人単位で犯罪に手を染めるようになっているのは厄介です。劇場とプラットフォーム側が何らかの対策をするしかありませんが、それもイタチごっこで、完全に取り締まるのはなかなか難しいのが現状でしょう」
このままヒットが続けば前作の興収407億円を抜き、シリーズ累計1000億円突破も見えてくる鬼滅ムーブメント。歴史的な現象は、現在の日本映画界が直面しているさまざまな課題をあぶり出している。
(構成・取材=吉河未布 文=町田シブヤ)