大ヒット劇場版『TOKYO MER』 鈴木亮平の高速セリフと怒涛のご都合主義が令和に与える「安心感」

映画『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』が好調だ。8月1日に封切られると、公開13日間で観客動員数196万人、興行収入26億円を記録。興収45億円を突破した前作『劇場版TOKYO MER~走る緊急救命室~』(2023)との公開初日午後3時時点の動員対比は160%というロケットスタートを切った。
本作は、最新の医療機器とオペ室を搭載した緊急車両「ERカー」を用い、救命救急にあたる東京都直轄の医療チーム・TOKYO MERの活躍を描いたテレビドラマの劇場版第2作。沖縄・鹿児島の離島地域に新発足した「南海 MER」に、主人公の医師・喜多見幸太(鈴木亮平)や看護師の蔵前夏梅(菜々緒)が派遣されるなか、トカラ列島の諏訪乃瀬島で大規模噴火が発生。「死者を一人も出さない」ことを使命にするチームとして、島民79名全員を救うためのミッションに挑む──というストーリーだ。
2021年にTBS「日曜劇場」枠で放送されたドラマ版は、最終回で世帯平均視聴率19.5%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)をマーク。同年放送の民放ドラマ1位を飾った『ドラゴン桜』最終回(20.4%)、『天国と地獄・サイコな2人』最終回(20.1%)に続く快挙で、その後もスペシャルドラマや劇場版など、人気シリーズとしての礎を築いてきた。
タイパ時代の“ハイテンポ医療ドラマ”
本作の特徴は、なんといっても“テンポの速さ”だ。紋切り型のエピソードの連続ではあるが、絶体絶命のピンチとヒーロー感溢れる救出が息つく間もなく重ねられることで、観客に爽快感を与えてくれる。そうした構成にXでは、〈ご都合主義が多くてツッコミどころ満載〉という声があがりつつも、〈こういう分かり易い正義があってもいい〉〈鬼気迫る演技に圧倒された〉など絶賛の声も多い。
「人命救助」というテーマのもと矢継ぎ早に繰り出される展開は、どこまでも直球勝負。視聴者に余計なことを考えさせないスピードと構成は、“倍速視聴”時代にピッタリだとも言える。実際、主演の鈴木亮平(42)は2023年10月、『中居正広の金曜日のスマイルたちへSP』(TBS系)に出演した際、「今の人たちはYouTubeとかTikTokに慣れているお客さんなので、ちょっと(セリフの)テンポ上げようかなと」と語っていたほか、脚本を担当した黒岩勉氏もこだわりのひとつに「圧倒的スピード感」を挙げている。
起伏激しい“悲劇×奮闘” ルーツは「大映ドラマ」
もはやナチュラルに倍速視聴をしているかのような『MER』は、忙しい現代をよく捉えているともいえそうだが、映画評論家・前田有一氏は、『MER』の制作会社に着目する。
同ドラマ及び劇場版第2作の制作を担っているのは、1971年設立の大映テレビ株式会社。前身の大映テレビ製作室時代からドラマ制作に注力し、1980年代には『スチュワーデス物語』(1983〜1984)や『スクール☆ウォーズ〜泣き虫先生の7年戦争〜』(1984〜1985)など、数々のヒット作を送り出してきた。
「大映ドラマは、大胆な起伏を繰り返すストーリーと暑苦しい演出が特徴なんです。悲劇と奮闘の予定調和で、“お涙ちょうだい”をそそってくる。『TOKYO MER』はそれを令和に上手に蘇らせているイメージです」(前田氏、以下同)
近年、特にお仕事ドラマにおいては“リアリティ”がもてはやされてきた。一方で『MER』は、一見現実味がありつつも、リアリティをぶっ飛ばしていく清々しさがある。
「移動中の車内で手術をするのは衛生面・安全面で懸念がありますし、スピード面でも救急車やドクターヘリに軍配があがる。ただ、そんなツッコミは無粋とばかりに、秘密基地のようなところから出動したり、車体の変形ギミックなど、ワクワクする設定がこれでもかと盛られていて、個性豊かなメンバーと合わせ、スーパー戦隊もののように楽しめる」
「わからないものはわからなくていい」という潔さ
「全員」の「人命救助」にフォーカスする『MER』は、ストーリーのわかりやすさも特徴の一つだ。本作も“火山の噴火で離島に取り残された島民を助けにいく”という至極単純な内容で、ややこしい悪役や伏線は一切ない。
映画に限らず、さまざまな創作物において、昨今“定番”のテーマこそ独自の切り口が求められ、あの手この手でひねりが加えられてきた。ド直球でヒットを叩き出すのは難しそうにも思えるが、前田氏は『MER』ヒットの秘訣として「専門性やキャラクターを中途半端に掘り下げない潔さ」を指摘する。
「かつては、セリフや展開を『ゆっくり』『短く』『少なく』提示し、視聴者に内容を理解・解釈する時間を与えることが“わかりやすさ”でした。ところが最近では、内容以上に“雰囲気のわかりやすさ”が重視される。“わかりやすさ”の定義が変化しているんです。
本来医療ドラマなら、医療用語やなぜその手術をするかなど、ある程度の専門的な説明があってもよさそうなところ、『MER』ではそうした説明は極限まで削られ、オペシーンでのやりとりも、全員が超早口で何がなんだかわからない。ともすれば観客は置き去りにされてもおかしくないのに、むしろ凄まじい情報量の洪水に飲み込まれ、緊迫感のある状態に没頭できる」
近年ドラマや映画ではナレーションやテロップなどで説明を補足することも多いが、本作にはそれもない。作り手側が「わからないものはわからなくていい」とばかりに、テンポ重視に振り切っているため、観客にとっても「理解しないと全体像が見えない」というストレスがないのだ。
「情報過多になると人間の脳が処理できず、必要な部分だけを本能的に抜き取る“取捨選択”をするようになる。『MER』はそうした時代特性をわかったうえで、短い時間にいかに情報量を詰め込めるかに徹した結果、“プロ現場の雰囲気”を伝えることに成功しているといえます」
そうした“情報量で圧倒する作風”は、庵野秀明が総監督を務めた『シン・ゴジラ』(2016)で花開いた――と前田氏は振り返る。
「同作では、ゴジラ対策のため、政府関係者や専門家など総勢300名を超える人物が専門用語を使い、高速でやり取りを交わす会議シーンがありました。それまでの映画制作では、セリフ自体が見せ場と考えられていましたが、庵野さんは一つひとつ言葉の意味を理解させるのではなく、アニメやマンガ的な演出で“雰囲気を伝える”ことをやってのけた。これは斬新な手法でした」
「刺激消費」時代の“早く安心したい”需要に応える
さらに『MER』はご都合主義を見たい、という現代のニーズにもマッチした。
デジタルが発達し便利になると、人間は「待つ」ことが苦手になり、刺激を消費するようになる。振り返れば2000年代、携帯電話によるネット通信の普及とともに登場した「ケータイ小説」は性犯罪やドラッグなど刺激的な要素を次々と盛り込んで隆盛を極め、2007年には、年間ベストセラーランキングのトップ3を独占した。
そして時は令和。スマホも動画も当たり前になり、検索すればすぐに答えが見つかる時代において、人びとは即座に安心と結果を欲する。
「緊迫した場面と危機回避のシーンが間髪入れずに繰り返され、一場面の見せ場は短い。たとえば溶岩に島民が飲み込まれる寸前、MERが登場する。フェリーが燃料切れでMERメンバーが窮地に陥った数秒後に、予備燃料を持つ漁船が登場する。見ているうちに、観客は“絶対に助けが来てくれる”という安心前提で危機を楽しむようになり、ちゃんと助けられると涙腺が崩壊する」
矢継ぎ早の問題と解決がコマ送りされるさまは、もはやショート動画を延々と見ているようなものだが、そこにヒーロー感とメンバーの絆や成長を上手に編み込んだのが『MER』。情報にも考察にも疲れた脳、そして殺伐としがちな現代社会において、『MER』は人が助かったら涙する、というシンプルでまっすぐな感情を揺さぶってくる。
(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)