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「刺さる」と話題の恋愛考察バラエティ『セフレと恋人の境界線』は何が新しかったのか

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恋愛バラエティ番組『セフレと恋人の境界線』より(リリースより)

 Amazon Prime Videoで9月3日から配信されている恋愛バラエティ番組『セフレと恋人の境界線』が〈リアルすぎて苦しい〉〈最高すぎた〉など、注目と支持を集めている。背景にあるのは、リアルではなかなか話題にできないテーマ設定もさることながら、その斬新な制作手法だ。

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 まず本番組は、一般人やタレントの恋愛を追いかけながら、MCが見守り役として感想を述べる“リアリティショー”型ではなく、実恋愛に基づいて制作された短編映画を見ながら、MC陣が自由に意見をやり取りするスタイル。繰り広げられる恋愛模様はリアルの人間関係から生まれるものでも再現ドラマでもなく、あくまでも「映画」という建て付けだ。そして映画が放送されている間、MC陣のお喋りは画面に“重ね”られる。

 MCは令和ロマン・くるま、ラランド・サーヤ、千葉雄大、YOUの4人。また、映画が放送されて終わりではなく、〆には監督が自ら登場し、それら考察に対する「答え合わせ」が用意されている。

これまでの恋リアに足りなかった「3つの要素」

 番組では、ハッキリしない関係にスポットを当てた3本の短編映画が扱われる。いずれも撮り下ろしの新作で、脚本はすべて今泉力哉監督(1〜2作目は、今泉かおり氏も脚本に参加)。メガホンは山中瑶子監督(1作目、代表作に『ナミビアの砂漠』など)と今泉監督(2〜3作目、代表作に『愛がなんだ』など)が担当した。

 今泉監督は“曖昧な男女関係”の名手として知られる。角田光代氏の同名小説を原作にした『愛がなんだ』では恋人になれない男女のもどかしさを鮮やかに描き、独立系低予算映画としては異例の興行収入3億9000万円を記録した。

 そんな監督らの生む恋愛映画とその感想戦、さらに解説までのセットは、これまでの恋リアに足りなかったものがすべて詰め込まれた“発明”だ――と述べるのは、元テレビ朝日社員で、ドキュメンタリー番組も多く手がけてきたテレビプロデューサー・鎮目博道氏。同氏が、「だから視聴者に刺さった」という3要素を、順を追って解説する。

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恋愛バラエティ番組『セフレと恋人の境界線』より(リリースより)

【①】恋愛リアリティの”弱み“を解決

 大前提として鎮目氏は、恋愛番組と配信サービスとの相性の良さを指摘する。

 かつて地上波では、恋愛リアリティ番組(以下、恋リア)として『あいのり』(フジテレビ系、1999年〜2009年)や『テラスハウス』(フジテレビ系、2012年〜2014年)が人気を博した。しかし後者は後年Netflixに場を移した(2015年〜2020年制作中止)ように、地上波よりも配信系との親和性を感じさせるようになる。さらにそうした配信サービスの普及と並行して、ジャンル人気が一気に加速。『オオカミくんには騙されない』(ABEMA)や『バチェラー・ジャパン』(Amazon Prime Video)など、ヒット番組が次々と誕生した。

 配信系なら狙った層にアプローチしやすいことも人気を支える。現役高校生が出演する『今日、好きになりました。』(ABEMA)や、社会的地位のある独身男女がゴージャスなデートを繰り広げる『バチェラー』、またNetflix『あいの里』は35歳から60歳までの中高年男女が共同生活を通じて真実の愛を見つけていくというコンセプトで、企画の豊富さがうかがえる。

 さまざまな切り口で“等身大の恋愛”が支持されてきた恋リアだが、弱点もある。「ドラマの起こり待ち」だ。

「恋リアの売りは、脚本がなく、視聴者の視点に近いこと。そのため出演者は一般人やタレントの卵がキャスティングされます。カップルが成立するかどうかというゴールまでのドラマを楽しむのが定型で、読めない展開が面白い反面、ドラマが起こる保証もない。番組にする以上、制作陣はどうにか盛り上げるためにゲームを用意したり、設定を工夫したりしてきました」(鎮目氏、以下同)

 なんとかして“脚本のないドラマ”を作り出そうと、過去には過剰演出やヤラセが問題になった例もあったが、鎮目氏は「実は恋愛リアリティの面白さは、“脚本がないこと”ではない」という。どういうことか。

「他人の恋愛をみてわちゃわちゃ言いたいという欲求を叶えるのが恋リアで、実はそこに脚本の有無は関係ない。これまでの制作陣にあった、“一般人の恋愛は、ご都合主義のドラマに飽きた視聴者にとって新鮮で興味を惹くだろう”という思い込みを覆したのが『セフ恋』だと思います」

 本番組は、実エピソードをもとにした「映画」を用いることで「ドラマ待ち」という課題を解決する。その際、「再現ドラマ」では意味がない。

「再現ドラマは実体験をなぞるだけで、人の感情を揺さぶるものにはならない。映画であれば、揺れる心情や生活などのディテールを作り込み、ストーリー展開にもこだわったうえで、『ありそう』だと思わせたり、個々人の実体験に照らし合わせて議論を呼ぶような物語に落とし込んだりすることができます。リアリティラインの高いフィクションが、ノンフィクションを超えるということです」

【②】まるで茶の間、映画とMC陣のクロストーク

「恋バナ」という言葉があるほどに、人は「恋」について語りたい生き物だ。だからこそ恋愛バラエティにおいて、スタジオのMC陣は重要な意義を持つ。本番組では男女芸人、赤裸々トークが得意なベテランタレント、俳優と絶妙のバランスで配置された4人が、物語の進行と同時にさまざまな見方を“代弁”してくれる。

「シーン毎に、視聴者が『今、そう思った!』『そうそう!』と言いたかったことを、タイミングよくMCが言ってくれる。副音声的に思えますが、副音声は制作の裏側や登場人物の心理を“雑談”しているに過ぎず、本筋の邪魔をしてしまうこともある。本番組のMCはどちらかというとワイプ芸やガヤに近い。ただ、あくまでも本筋は映画なので、MCの声は決してうるさくなく、そばにいる友達と雑談しているかのよう。この作り方は秀逸でした」

 配信サービスにおいて、ライブ(生配信)であればコメント欄で出演者や視聴者が同時に盛り上がることは可能だろうが、そうでない限り個の場所で個の意見が投稿されるだけとなり、同時ならではの“共有”感はない。その意味でMC陣の声が映画の展開とともに交わる手法は疑似リアルタイム性を帯び、スタジオと視聴者の一体感を生む。

 たとえば第1話では、男性のシャワーを待つ間、女性がスマホゲームをしているシーンがある。心ここにあらずといった女性の姿が映し出されるなか、視聴者にはくるまが「なんでゲーム?」とツッコミを入れる声が聞こえてくるのだが、すぐさまサーヤとYOUの「(そのシーンが)いる」という主張も耳に入る。恋愛中の男女のふるまいに関して、人によって意見が異なることを見事に拾い、視聴者の溜飲を下げてゆく。

「要所要所で恋愛観の違いや納得感が補強されながら物語が進む心地よさがありますよね。ツッコミポイントが最後まで残されているのも、リアリティショーや再現ドラマにはない、プロの映画監督の仕事です」

【③】みんなが評論家時代に提示される「答え合わせ」

 究極、恋愛に“正解”はない。だからこそ恋バナには「個々人の価値観を語り合う」楽しさがある。「セフレ」と「恋人」の境界線は、リアルではなかなかトークしづらい着眼点でまさに配信向きといえるが、本番組には今泉監督による“答え合わせ”までもが用意されている。公式に「答え」を提示するメリットは何か。

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恋愛バラエティ番組『セフレと恋人の境界線』より(リリースより)

「レビュー投稿も当たり前になったSNS時代、みんなが評論家化してきました。視聴者が作品を分析・批評して、論を戦わせる。同時に、何か作品を見ればネットで他人の感想を検索し、共感・安心したり、疑問点を解消したりします。いずれにせよ、“答え”がほしい人たちが増えました」

 その潮流は恋愛を扱う作品においても同様だ。SNSには『誰と誰に付き合って欲しかった』『あのタイミングで告白していれば』などといった感想・意見が溢れ、いいね数やリポスト数によって、どの意見が“正解”に近いのかを無意識に測るようになってきた。そうして議論に発展する時、最強のカードは「だって原作者(制作者)がそう言っていたもん!」だ。

「監督がタネ明かしをしてくれることで、視聴者はその場でスッキリし、推理モノやクイズに近いカタルシスを得られる。明確に作り手がいる映画だからこそできる技です」

 リアルな恋愛をあえてフィクションに昇華させ、よりリアリティが増した本番組。ふとした時に挟まれるMCたちの等身大の言葉は、最もリアルで“生身”の息遣いを感じられる。『セフ恋』が今後、配信系恋愛バラエティのパラダイムシフトを起こすかどうか見守りたい。

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恋愛バラエティ番組『セフレと恋人の境界線』より(リリースより)

不穏しかない報告書型ホラー

(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/10/08 20:00