映画『秒速5センチメートル』、下馬評覆す大発進 “こじらせアイドル”松村北斗が示す「STARTO俳優の新境地」

劇場版『秒速5センチメートル』が10月10日に全国公開され、動員数ランキングでは初登場2位スタート。3連休を含めた初週4日間の興行収入は5億3800万円と大一番のスタートを切り、主演を務めたSixTONESの松村北斗(30)にも称賛が集まっている。
同名の劇場版アニメを原作とする同作は1991年〜2009年を舞台に、淡い初恋の思い出にとらわれ続けている青年・遠野貴樹役を演じた松村。新海誠監督のアニメ傑作とあって、実写版には不安視する向きもあったが、鑑賞後の感想には〈こじらせ感が強い原作キャラを松村北斗が完璧に再現していた〉〈ここまでハマるとは思わなかった〉などと松村の演技に高評価が並ぶ。
俳優としての着実な階段
松村は2009年に旧ジャニーズ事務所に入社し、アイドルとしての一歩を踏み出しながら、俳優としては2012年にテレビドラマ『私立バカレア高校』(日本テレビ系)でデビュー。その後、映画『坂道のアポロン』(2018)ではオーディションで出演を勝ち取り、また『ライアー×ライアー』(2021)で初主演を務めるなど(森七菜とダブル主演)、着実にキャリアを積む。近年はNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(2021〜2022)で朝ドラ初出演を果たした。
2022年には累計1400万部突破のダークファンタジーを実写化した映画『ホリック xxxHOLiC』に出演したほか、新海作品への初参加となったアニメ映画『すずめの戸締まり』(2022)では宗像草太役で声優を務め、2023年の「第46回日本アカデミー賞」では新人俳優賞・話題賞(俳優部門)を受賞している。
“もともと「こじらせ系」松村北斗の素顔とは
『秒速』の主人公・遠野は、初恋の女の子との約束を18年間想い続けている青年。ある種“こじらせ”た男子を描いた物語ともいえるが、かくいう松村もしばしば“こじらせ男子”の素顔をのぞかせてきた。
“こじらせ”――ときとして感情に振り回され、話や状況を不必要に複雑で面倒にすること。長期化させること。
松村はトークバラエティ番組『トークィーンズ』(フジテレビ系)2022年4月13日放送回に出演した際は、自身が“陰キャ”で、女性に対して異様に怯えているというエピソードを披露。また、『あざとくて何が悪いの?』(テレビ朝日系)2024年2月8日放送回では、男女の友情に恋愛感情を持ち込まれることが納得できないと力説するなど、独自の恋愛観を熱弁し、MCの山里亮太(48)から「お前、めんどくせぇな!」とツッコまれる一幕もあった。
そんな松村が役者として心の機微に触れる物語に身を投じたとき、“こじらせ”が滲み出た演技は高く評価される。映画『ファーストキス 1ST KISS』(2025)では、タイムトラベルで未来から来た妻・硯カンナ(松たか子)と出会う古生物学の研究員・硯駈を演じたが、カンナとの会話に詰まると古生物の話を持ち出すなど、ナードみ溢れる言動は揺れる心情と人間関係の妙を紡ぎ出した。
同作の松村にはXでも〈性根が繊細だからこそ、深い演技できるんだろうな〉と感嘆の声が上がり、〈アイドルとして別に興味もなかったのにめちゃくちゃいい演技するじゃん〉〈松村北斗全然知らなかったけど演技すごい良かった〉など、特にこれまでファンではなかったという層にも響いたようだ。
俳優・松村がもつ色の正体は何か。これまで松村が見せてきた魅力を、テレビドラマのノベライズやドラマ評を多く手がける木俣冬氏に聞くとともに、映画評論家・前田有一氏に『秒速』での松村の存在感を語ってもらうと、STARTO社所属タレントの現在地も見えてきた。
NHK朝ドラ出演で掴んだチャンス
STARTO社所属のアイドルがドラマや映画に出演するとなると、ファンが熱狂的になるあまり、それ以外の視聴者が置いてけぼりにされるきらいがあったのは否めない。誤解を恐れずに言えば、演技力がおぼつかないアイドルが起用されるケースも散見され、視聴者からは『作品は気になるけど、◯◯(アイドル)が出るのは不安』という声も出がちだった。そうしたなかで、松村は出演が警戒されないアイドルだ。
松村はなぜ、「ファンでない」人の目にも俳優として違和感なく受け入れられているのか。その秘密について木俣氏は、「NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(2021〜2022)への出演が大きかったのでは」と見る。松村は出演シーンこそ序盤と中終盤の回想のみと控えめだったが、ヒロイン・橘安子(上白石萌音)の1人目の夫という大役をこなした。
「恥ずかしながら、私は、彼が当時旧ジャニーズのアイドルとは認識していなくて、新人俳優の抜擢と思って見ていました。朝ドラのヒロインの夫は、全国区で人気が出る登竜門。そのチャンスを彼は見事に掴みました。
演じたのは折り目正しい、古き良き日本人青年という役で、高年齢層にもハマったのではと思います。もともと空手をやっていたということで、所作に礼儀正しさが漂うところは“昭和のいいところの子息”感が出ていましたし、軍服が似合うのもポイントが高い。ドラマの内容も、役もよ良かったという幸運。それを的確に演じたことで、好印象しかなかったのです」(木俣氏、以下同)
松村の俳優としてのキャリアは、『カムカム』出演時ですでに10年を超える。木俣氏は、「それまでに、恋愛ドラマや青春群像劇のイケメン枠みたいに印象づけられなかったのがかえって良かった気がします」と、松村が下手に“キラキラ系”のアイドル王道ドラマをひた走ってこなかったから故の奏功に言及する。
「“やや漏れ”する無防備さ」のギャップ萌え
木俣氏は、そんな松村が輝いていたドラマ作品として、『ノッキンオン・ロックドドア』(2023、テレビ朝日系)と『西園寺さんは家事をしない』(2024、TBS系)を挙げる。
「『ノッキンオン』では、料理を作りながら推理する、ちょっと風変わりな探偵・御殿場倒理役。堅物で変人、でもウラの本音を隠しているという人間のおもしろさを描こうとする堤幸彦監督の演出に、みごとに応えていました。
『西園寺さん』では、天才エンジニアの楠見俊直役。一見とりつくしまがないようにみえて、シングルファザーで娘を懸命に育てているという設定が、女性ファンの心をくすぐりました。子供の扱いがとても優しく見えたのも良かったです。また、松村さんはポーカーフェイスっぽい佇まいも得していて、頑張りすぎた結果、あるとき感情が決壊して弱さを見せるナイーブな演技とのギャップも見事でした」
木俣氏は、より松村の魅力が光るのは“多面的な役柄”だという。
「極端に真面目な部分やエキセントリックな部分があるが、実は……みたいな役。頑なところはで周囲に対する壁を作り、自分を守ろうとするけれど、その壁は完全に固い壁じゃない。優しさがダダ漏れとはいわずとも“やや漏れ”る無防備さの、絶妙な配分がすばらしいです」
『秒速』の世界観に溶け込む納得感
アイドルの俳優業においては、人気先行型の起用や、アイドルとしての無意識なオーラが強すぎて、作品の世界観から浮いてしまうこともしばしばだ。その点松村は、木俣氏の言うように「無防備」な余白を残すことで、作中に溶け込んだ等身大の人物像になることを可能にする。
松村は『秒速』出演にあたり、オリコンニュースの取材で「『自分よりもずっとこの作品に思いを持っている人たちがたくさんいる』と思ったら、怖くなって」とプレッシャーを明かしていたが、前田有一氏は、「世界観に合っていて、納得感があった」と語る。
「アニメ版は、とことん男子のやさぐれた心情が描かれる。無駄な説明を省き、表現を研ぎ澄ませることで行間を読ませる文学的な作品です。純愛ファンタジーとして美しくありつつ、現実の残酷さも丁寧に描く。男女の間にある異常なまでの非対称さが際立つ作りでした。
一方で実写版は、ヒロインの心情描写をふんだんに盛り込むことで、男女ともに共感しやすいテイストに変更されました。松村さんは女性心に振り回されつつ、繊細な感性で向き合う男の子をうまく表現していました」(前田氏、以下同)
STARTO社タレント起用のメリットは
原作からの変更について前田氏は、「原作ファンだけでなく、女性ファンの呼び込みを意識して制作されたように思います」と指摘する。そして実際問題、女性ファンの集客という点でSTARTO社アイドルを起用するメリットは無視できない。
「STARTO社のアイドルには多くのファンがいるので、ある程度確実な動員数が見込めます。そのため制作予算を増やすことができ、出資も募りやすい。宣伝や上映館の規模も広げられ、興収アップも期待できます。事務所側にとっても、映画出演はアイドルのキャリアとして“箔付け”できる利点がある。映画の出演自体はギャラが高いわけではないと言われますが、タレントとしての“格”が上がり、結果的に大手企業のCMオファーが来るなど、他の仕事へと繋がります」
もちろん集客力があるからといって、「俳優」としての評価はまた別物だ。
前田氏は「松村さんは、木村拓哉さんみたいに個性を出すタイプではない。繊細な、世界観が重要な作品にきちんと溶け込む役作りができる」と評する。事実、『秒速』で共演した高畑充希は『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA)11月号で、松村について「アイドルとして世の中を輝かせる力をもっているのに、貴樹くんのうじうじした感じや日常に埋もれていく姿が、妙になじむ」とその不思議な存在感を語っている。
また同誌で松村は「貴樹は貴樹のスピードでしか生きていけない」ことを見つめ直したと話していたが、松村自身、自分だけのたしかなスピードで生きている。前田氏が、時代の申し子とでもいうべき松村ならではの“俳優力”を語る。
「昔は男性アイドルといえば“憧れのイケメン”で、スポットライトを浴びる“スター系”。ただ今や歴史の長くなったSTARTO社ではファン層が広がり、松村さんのようなこじらせイケメンは、母性本能をくすぐる“守ってあげたい系”としてニーズも強くなっています。
そして俳優としての松村さんも、こじらせっぽいダメ男が抜群にいいんですよね。圧倒的顔面偏差値だけではないポジションで、今後も松村さんの需要はあがり続け、役者としても息の長いキャリアとなっていきそうです」
シンデレラ・フィットともいえる本作のキャスティング。今後も独自に“こじらせ道”を突き進む松村から目が離せない。
(構成・取材=吉河未布 文=町田シブヤ)