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米倉涼子に降りかかった「薬物疑惑」はどんな結末を迎えようとしているのだろうか

元木昌彦の画像1
米倉涼子(写真:Getty Imagesより)

<今週の注目記事>
第1位「米倉涼子(50)麻薬疑惑ガサ入れ撮った」(「週刊文春」10月23日号)「米倉涼子『嵌められた』麻薬疑惑と“消えた恋人”」(「女性セブン」10月23日号)「米倉涼子を追い詰めたマトリと4人の男たち」(「週刊ポスト」10月31日号)

第2位「前橋ラブホ密会 小川市長の少林少女時代と“ブチ切れ”エッセイを発見した」(「週刊文春」10月23日号)「呆れた茶番劇! ラブホ密会『小川前橋市長』の非公開“市民対話会”を実況中継」(「週刊新潮」10月23日号)

第3位「利用者『1000万人』は目をつぶる『ふるさと納税』の暗部」(「週刊新潮」10月23日号)

第4位「高市&麻生VS公明党 破談の戦犯5人」(「週刊文春」10月23日号)

第5位「参政党神谷崇幣代表インタビュー 起こるべき分断を乗り越える」(「ニューズウイーク日本版」10月21日号)

第6位「JOI大平祥生が妹分ME:Iと二股バレた!『元カノには誓約書を送って…』」(「週刊文春」10月23日号)

第7位「“誕生日ショッピング”で小室さん一家が訪れた高級チョコレート店」(「週刊新潮」10月23日号)「小室弁護士夫妻の『お忍び生活』はまるで『伝説の大女優の晩年のようだ』米雑誌が注目した『無欲』とは」(「デイリー新潮」10月17日より)

第8位「佐々木朗希『あと2マイル』の向上心」(「週刊文春」10月23日号)

第9位「スカルノ大統領との縁も…ノーベル賞『坂口志文さん』を育んだスパルタ家族」(「週刊新潮」10月23日号)

第10位「ノーベル化学賞北川進 お酒、合コン、バレーの超人伝説」(「週刊文春」10月23日号)

 高市早苗が総理に就任するようだ。公明党の予期せぬ連立離脱で、高市総裁は玉木国民民主との連立を模索したが、折り合わず、以前から“秋波”を送ってきていた日本維新を取り込み、何とか総理の椅子をつかみ取った。

 だが、以前から、公明党に代わって連立入りを熱望していた維新の本心は、政権入りして大臣の椅子にありつこうという連中が多くいるといわれる。

 高市がちょっとでも冷たい態度をとれば、「自維」連合は簡単に崩れるはずだ。また、年内にもと噂されている衆院解散・総選挙をやれば、党の存亡をかけて死に物狂いで向かってくる公明党に維新の会の候補は蹴散らされるかもしれない。

 そうなれば、高市自民党は維新を弊履のごとく捨て去るのではないか。

 この連合は脆いと私は思っている。

 さて、今週の最初は、ノーベル賞を受賞した二人のお話から。

 今年のノーベル化学賞に決まったのは北川進京都大学特別教授(74)。

 夢の材料と呼ばれ、地球環境分野で実用化が進む「多孔性材料」を開発して受賞となったというが、私には何のことかさっぱりわからない。

 北川教授は1951年生まれで、京都市の中心部である四条河原町で3人兄弟の長男として育ったという。

「一学年一クラス(四十人程度)だけの小さな学校です。和気あいあいとした雰囲気で六年間一緒でした。北川君はガリ勉タイプということもなく、三角ベースをやってよく一緒に遊んでいましたよ。友達同士の喧嘩があると『分かった。もう仲よくしよう』と間に入るようなタイプです」

 近所の市立中学校へ進学すると、バレーボール部で活躍したそうだ。

「身長が高く、エースアタッカーでキャプテンでした。集中力が凄くて、試合に負けると『次は頑張ろう』と皆に声をかけ、人がついていくようなリーダーシップもありましたよ。今年3月の同窓会では、本人も出席して、『そろそろノーベル賞かなぁ』と話題になっていましたね」(バレーボール部の同級生)

 今年の早い時点でノーベル賞をもらうことが決まっていたようである。

 北川は、地元の公立高校から京都大学工学部へ進学。ここで、アジア人初のノーベル化学賞を後に受賞する故・福井謙一一門の研究室へ入ったという。

「この研究室は各々が好きなテーマを研究し、自由闊達な雰囲気が特徴でした。ある時、北川さんに『勉強不足だぞ』と私が指摘すると、『森島さんこそ勉強不足だ!』と言い返してきたことも。負けず嫌いな性格で、そこが研究者向きで伸びると思いました」(指導教官だった京都大の森島績名誉教授)

 修士課程を終えると、民間企業へ就職するか博士課程(ドクター)へ進むか迷った。だが、能力を高く評価していた森島から「ドクターへ行ってみないか」と助言を受け、本格的に研究者の道を歩み始めたという。

 酒豪としても有名だそうだ。

「研究が終わって一緒に飲んでから帰宅したときのことです。彼は飲んで帰った後、家族にバレると家で酒が飲めないので、(酒のにおいを隠すため)奥さんの方を見ないで、そっぽを向いてまで家で飲み直したそうですよ」

 北川教授も頭が上がらない奥さんとの出会いは、大学院生時代だったという。

「男女が参加する飲み会、いわゆる“合コン”で知り合った。鴨川沿いをよくデートしたそうです。身長が高く良い男なので、奥様から逆プロポーズをされた学生結婚と聞いています。しっかりした奥様で、息子さんお二人を立派に育て上げられました」(知人)

 北川教授の趣味の1つは読書。学術書だけでなく小説や漫画まで幅広い。愛読書は例えば医師が過去にタイムスリップする漫画 『JIN-仁-』(著:村上もとか/集英社)だそうだ。

 お次は新潮から。

 ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文大阪大学特任教授(74)。

 がんや自己免疫疾患など新たな治療法の開発に道を開いた功績が評価されたというが、ここまで来るには逆風が吹き荒れていたという。

「当時の医学界は、免疫を抑える細胞などは存在しないというのが常識で、同大大学院に進んだものの中退。この分野を研究する愛知県がんセンターに移り、無給のまま実験にいそしんだそうです」(社会部デスク)

 ここで出会ったのが妻の教子(のりこ・71)だった。1977年、夏休み期間中の研究室で見学会が開かれた際、名古屋市立大医学生の教子が訪れ、それが縁で距離を縮め、結婚。

「見た目は質素なのに研究中に見せる坂口さんのギラギラしたところに引かれたと聞きました」(同)

 その後、坂口は新天地を求め妻と共に渡米し、二人三脚で研究に没頭する日々が続いたという。坂口が米国留学中の85年、マウスのT細胞の一部を取り除くと自己免疫疾患が起きることを発見し、制御性T細胞の存在を提唱した。

 確定するまでに約20年という月日が流れたが、自分を信じ続け、お互い支え合いながらの実験生活は続き、阪大の坂口研究室では、いまや教子は「ラボママ」と呼ばれているという。

 坂口教授の父親は京都大学哲学科の出身。西洋哲学の研究者を志していたというが、陸軍に徴兵され、終戦で復員後は教職に就いたそうだ。

 戦時中、インドネシアの初代大統領になるスカルノの世話をしたとのことで、大統領が来日したときは、2人で会ったそうだ。

 父親は家では「まさしく“地震カミナリ火事親父”の世界だった」と、坂口の兄は話している。

 そうした父親がいたから、逆境にも耐えてここまで来たのだろう。

 ガラッと話は変わるが、ポストシーズンに入ってドジャースが好調である。苦手だったはずのブルワーズに4連勝。

 最後の試合は、大谷翔平が先発ピッチャーで0で抑え、ホームランを3本も打つ大活躍でポストシーズンMVPに輝いた。

 大谷と同じように、ポストシーズンでは抑えに起用されている佐々木朗希も好調で、シーズン中のあの姿は何だったのだろうと、ドジャースファンを驚かせている。

 その佐々木に文春が直撃している。

――初めての中継ぎ。気持ちの入れ方、肩の作り方などの助言は?

「うーん、実は特に誰にも聞いてないんですよ。ブルペン陣の調整の仕方を見ておきなよ、ってコーチたちから言われたので、結構見たんですけど。でも彼らのように一年中ブルペンに入る選手は、いかに短い時間、少ない球数で肩を作るかが大事。長年練り上げたその方法を、僕がすぐにマネすることはできないので、僕は僕なりにやるしかない。キャッチャーを座らせてそんなに多くは投げ込めないので、その前の壁当てなども大事になってくる」

――先発と比べて、試合前のルーティンにも変化が?

「僕、先発の日は、試合前はご飯を食べないんです。バナナをかじるぐらいで1日2食。先発しない日は、きちんと3食摂ります。中継ぎになって、毎日2食にするのはさすがにきついので、ちょっと食べる量は増やしています」

――ピッチャーの先輩でもある大谷選手から、声をかけられることは?

「登板後には、ナイスピッチ! とよく声をかけてもらいますが、投球について詳しく話すようなことはありません」

――会見で佐々木選手が明かした大谷選手からの「早く投げんかい」の檄、どんな時に?

「僕がリハビリ中、ダグアウトにいるときに、『(お前が)早く投げんかい』と何回か言われました」

――インピンジメント症候群の肩の痛みは?

「全然ないです。しかも、出力は上がっているのに、登板後の身体の張りや疲労感があまりないんです。少し前は、身体の使い方が良くなかったので、張るべきところが張っていなかった。だから投げた後のケアも大変でした」

 日本で完全試合を達成した3年前と同じ張り方になってきているという。

 あと佐々木に必要なのは、少し打ち込まれるとマインドが弱いから、焦ってしまうことだ。このまま自信をもっていけば、ワールドシリーズでも「大魔王」のごとく相手チームには嫌な存在になることだろう。がんばれ佐々木!

 お次はニューヨークで暮らす小室圭と眞子さんの近況。新潮が本誌とデイリー新潮で報じている。

 まずは新潮本誌から。

 10月4日、土曜日。アメリカのコネチカット州は秋晴れだったという。北欧の高級車ボルボを駆って「ウエストポート」という地区に止めた車からベビーカーに子供を乗せた夫婦が出てきた。

 10月4日は日本時間でいうと、小室圭の誕生日だそうで、眞子さんの誕生日も23日である。

 この地区はお洒落な服屋やカフェが並んでいるそうだ。彼らが向かったのは「ケリー・ローゼンタール」という店。

「アーティストからデザイナーに転身したケリー氏のカラフルな作風を反映した服や雑貨、インテリアが売りの店舗です。ハート柄をあしらったものが多く服は女性向けだけなので、眞子さんの希望で立ち寄ったのだと思われます。価格はTシャツ1枚で1万7000円ほどです」(一家を知る住民)

 たけ~。次に訪れたのは「ブリッジウォーター・チョコレート」。ここも高級店だ。

「多数の受賞歴があり、映画監督のスティーヴン・スピルバーグ氏や歌手のレディー・ガガ、セリーヌ・ディオンにも愛されているという、チョコレートの銘店です。洗練されたパッケージも魅力の一つで、何種類かのチョコが入った小さな箱でも45ドル(約6800円)は下らず、贈答品用では400ドル(約6万円)を超すものまであります」(同)

 2人はレストランとカフェが併設された園芸店『テレイン』にも足を延ばしたという。

 ここでは食事を楽しんだのか、1時間半ほど滞在していたという。優雅な休日を過ごしているようである。

 デイリー新潮(10月17日)には、米国の雑誌の最新号でニューヨーク州の弁護士・小室圭さんと結婚した秋篠宮家の長女、小室眞子さんが表紙と特集記事で取り上げられていると報じている。

 表紙全面が眞子さんの写真である。

 これだけ大きく使っているのだから、眞子さん本人には了解をもらっているのだろう。

 彼女が表紙を飾った「タウン&カントリー」は、1846年創刊のライフスタイル誌で、読者には富裕層やそれにあこがれる層、経済的、社会的地位が高い層が多いとされる。

 少し長くなるが、ネット版に記された記事の内容を紹介してみたい。

「ライターのティム・ティーマン氏は専門家のコメントを引いて《もしあなたが街で小室さん夫妻に会っても、すぐには見分けがつかないでしょう。だからこそ、彼女たちの物語はこれほどまでに印象深いのです》と指摘。

 英国王室を離れたハリー王子とメーガン妃と比較し、彼らが展開した書籍の出版、Netflixとの契約、各種のインタビュー、インスタグラムでの発信の数々とは対照的に、小室さん夫妻は《真にプライベートな生活を送ることは可能だということを示した》とした。ハリー王子らはメディア露出により大金を手に入れたが、小室さん夫妻はそうした誘惑に負けなかった旨も記されている。

 また、日本の皇位継承のルールにも言及し、《男系男子の継承は多くの批判や議論の的となってきたが、現状、変更されていない》と言及。専門家のコメントから《皇室の女性と一般人が結婚するということは、事実上、その女性は皇室から外されることを意味します》と指摘した。さらに、《眞子さんの結婚で一部の日本人にとって本当に衝撃的だったのは、夫の圭さんがごく普通の家庭で、その母親が多額の借金を抱えていたという事実だ》と続けた」

 記事は圭さんの母・佳代さんの借金騒動や圭さんのニューヨーク留学を振り返りつつ、2021年10月に2人が結婚し、渡米する前の眞子さんのコメントをこう紹介する。《新しい環境で、ただ穏やかに暮らしたいのです。これから先、様々な困難が待ち受けていると思いますが、2人の力を合わせて乗り越えていきたいと思っています》。ティーマン氏は渡米後の生活について《これまでのところ、彼女は成功を収めている》と綴った」(デーリー新潮)

 皇室担当記者はこの記事を読んでこう感想を話している。

「読んでみて小室さん夫妻のことを知らないアメリカの読者にもわかりやすい内容になっていると感じました。全体的に夫妻に好意的で、日本の皇室制度の問題点を指摘しつつ、眞子さんは圭さんと結婚して静かな生活を選び、現時点でそれはうまくいっているという中身ですね。眞子さんは結婚時の会見で圭さんの留学について“前倒しして海外に拠点を作ってほしいと私がお願いした“と述べており、プラン通りに人生が進んでいるという見方と言えるでしょう」

 ただこの記事中に、「眞子さんは今もメトロポリタン美術館で働いていると考えられている」という記述があるという。

 ただし、「タウン&カントリー」誌の取材に対し、メトロポリタン美術館の広報担当者は、「眞子さんは美術館の職員ではありません」と否定している。

「眞子さんは渡米するにあたって美術館勤務を切望していたと聞いています。ニューヨークを離れてフルタイムの仕事は難しいにしても自宅などで美術館向けの仕事を続けているのなら、それはそれで興味深い動きだと感じました。それとは別ですが今回、雑誌側は小室さん夫妻にも取材依頼をしたようですが回答はなかったとのことです」(同)

 まあ、たとえメトロポリタンで働いていても、今は育児休暇中だろう。

 姉の眞子さんがニューヨークの地で充実した人生を送っているのに、妹の佳子さんは公務に追い立てられ、自分の人生の設計図さえ描けないままである。

 佳子さんは一度ゆっくり姉の眞子さんと話がしてみたい。そう思っているのではないか。

 深い憂いを笑顔で隠し、佳子さんは今日も公務に励む。

 さて、「JO1」というのは3年連続でNHK紅白歌合戦に出場した男性アイドルグループだという。その人気メンバーの大平祥生(25)の卑劣な“二股交際”が発覚したと文春が報じている。それも当事者は、恋人だった一般人女性、そして妹分グループのメンバーだったというのである。

 芸能デスクがこう語る。

「JO1は二千一九年、人気公開オーディション番組で誕生したグループ。百一人の練習生の中から投票で選ばれた十一人組です。今や日本を代表するJ-POPグループに成長。今年は世界六都市を回る初のワールドツアーを開催し、四月には東京ドームで単独初公演を行っています」

 グループ随一の美容男子として知られ、ダンスとラップを担当する大平は京都府出身で、23年、京都府文化観光大使にも就任しているという。

 その大平が密かに手を出していたのは、女性アイドルグループ「ME:I」のSHIZUKUこと飯田栞月(しづく・20)だそうである。

 ME:Iは、JO1と同じ番組から誕生した、いわば妹分グループ。昨年、デビュー1年目で紅白出場を果たしている。飯田は歌唱力に定評のある人気メンバーの1人だ。
文春が大平の裏の顔をキャッチするきっかけとなったのは、大平の本命の恋人だった一般人女性のA子(20代)の存在だったという。彼女から相談を受けた友人がこう憤る。

「A子は、大平くんの二度にわたる飯田さんとの“浮気”が原因で、二年以上続いた恋人関係に、自ら終止符を打ったんです」

 A子は仕事先で大平から声をかけられ、23年から彼と交際を開始したそうだ。
一度目の“浮気”が発覚したのは今年5月のことだという。

「大平くんの部屋を片付けていたA子が、たまたま手紙を見つけたんです」(同前)

 手紙の送り主が、ME:Iの飯田だったというのである。

 A子は飯田と二股をかけられていたことを知った。

 大平に問い詰めると、「結婚を匂わせたりしながら、平謝りして『もう二度としない』と約束したそうです」(A子の友人)

 しかし、またも大平は彼女を裏切ったという。疲れ果てたA子は、大平に別れを告げたそうだ。

 それから2週間ほど経った10月初旬。大平は「もう一度話し合いたい」と、A子の家の近くまで車で押しかけたという。

「車中で行われた話し合いで、大平くんは『自分の罪を償いたい』と言い、お金を払うと切り出した。A子は精神的なショックで仕事を休んでいたので、その慰謝料だと思ったそうです」(同)

 だが翌日、大平から送られてきた「誓約書」の雛形には、そのことが一切触れられていなかった。

「要は、大平くんと交際していたことや、飯田さんとの浮気が原因で彼と別れたことを口外しないよう、解決金名目で“口止め料”を払う内容でした」(同)

「会社や関係先も損害賠償を請求できると。2人の問題なのに、会社を持ち出して自分を守ろうとする姿勢に、A子は納得がいかなかった。『こんな誓約書にはサインできない』、『口止め料ならいらない』と突っぱねたそうです」(同)

 自分が二股をかけていたのに、それがバレると、今度は金で口を封じようとする。あまりにも身勝手すぎるではないか。

「最終的に誓約書は交わさず、大平くんが個人の気持ちとして慰謝料を出したそうですが、A子が辛かったのは、二度も裏切られたことに加え、大平くんが保身に走ってお金で口封じをしようとしてきたこと。これが、紅白にも出ている人気者の本性なんです」(同)

 文春が大平の事務所に確認したところ、事務所側も大平と飯田が「過去に交際していたことは事実」とし、大平がA子に対して口外禁止などを設けた誓約書を提案したことも認めたという。

「飯田は大平に彼女がいることを知らなかった。全ての元凶は、交際相手がいながら、飯田をたぶらかした大平です。今後、大平は活動休止になる見通しです」(事務所関係者)

 こんな連中が“跋扈”している芸能界という世界で生きていれば、常識が通用しなくなるのだろう。

 だが、50、60まで第一線でいられるアイドルなどごくごくまれである。アイドルで生きられなくなる何十年を、こういう人間たちはどう生きていくのだろう。

元木昌彦

編集者。「週刊現代」「FRIDAY」の編集長を歴任した"伝説の編集者"。

元木昌彦
最終更新:2025/10/21 18:14