コンプラに捉われない異質のディズニー映画『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』

街に仮装した人たちが溢れるハロウィンが今年も訪れました。アイルランド発、米国経由のお祭りですが、日本人は変身願望が強いのかSNS世代にすっかり定着した感があります。
そんなハロウィン当日となる10月31日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、ディズニーのハロウィン映画二本立てです。地上波初放映となる短編アニメ『トイ・ストーリー・オブ・テラー!』(2013年)と、ティム・バートン製作の『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993年)です。大人も楽しめる組み合わせとなっています。
ブギーマンが現れる前に、さっそく両作品の見どころを紹介しましょう。
感動作『トイ・ストーリー3』の後日談
3Dアニメ『トイ・ストーリー・オブ・テラー!』の本編時間は17分です。感動作として人気の『トイ・ストーリー3』(2010年)の後日談となっています。お気に入りのオモチャがなぜか忽然と消えてしまうという、誰もが子ども時代に体験したミステリーが描かれます。
大学に進学するアンディから、保安官人形のウッディをはじめとするオモチャ一式を譲られた少女ボニー。今回はウッディたちを連れ、ボニー一家は離れて暮らすおばあちゃんの家を目指していました。ところが途中で車がパンクしてしまい、モーテルで一泊することになります。
ボニーたちが眠っている間、人形たちが好奇心から部屋を抜け出そうとしたところ、一体また一体と姿を消すことに。仲間の救出に向かったバズやウッディも戻ってきません。ひとり残されたカウガール人形のジェシーは、恐怖心を克服し、恐ろしいモンスターに立ち向かうのでした。
究極の「ヒトコワ系」ホラー
見知らぬ土地のモーテルを舞台にしたホラー映画といえば、数々の必見作があります。ヒッチコック監督の古典的名作『サイコ』(1960年)から、イーライ・ロス監督の『ホステル』(2005年)まで、究極の「ヒトコワ系」作品が並びます。これらの作品を観ると、旅行に行くのが嫌になるので要注意です。逆に日本版『サイコ』や『ホステル』を製作すれば、異常な訪日インバウンドは抑えられるかもしれません。
もともと「トイ・ストーリー」シリーズは、ホラー要素が強かった作品です。子どもたちはオモチャで遊ぶことが大好きですが、新しいオモチャの奪い合いでケンカになり、オモチャをすぐ壊してしまい、飽きるとポイッしちゃいます。子ども=分別を身につけていない人間の残酷な一面を、「トイ・ストーリー」シリーズはリアルに描いてきました。
オモチャを主人公にした「トイ・ストーリー」シリーズですが、人権が認められず、人身売買が平気で行われていた米国の奴隷制度の歴史をなぞっているようにも思えます。
はたして、ジェシーは姿を消した仲間たちを救えるのでしょうか?
閉塞的なコミュニティから抜け出したい主人公
昔ながらの手法である「ストップモーションアニメ」の傑作として高い評価を得たのが、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』です。原案・製作は『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)などで知られるティム・バートンです。このころのティム・バートン監督は、『ビートル・ジュース』(1988年)、『バットマン』(1989年)、『シザーハンズ』(1990年)と乗りに乗っていました。
ティム・バートン自身は『バットマン リターンズ』(1992年)の撮影と重なっていたため、カルフォルニア芸術大学で同級生だったヘンリー・セリック監督に現場を委ねています。ヘンリー監督はティム・バートン世界のよき理解者です。のちに『モンキーボーン』(2001年)や『コララインとボタンの魔女』(2009年)といった味わい深い作品も撮っています。
ストーリーをサクッと紹介しましょう。人を驚かせることを生きがいとする「ハロウィンタウン」で暮らすカボチャ大王のジャックは、毎年繰り返されるハロウィンにすっかり飽きてしまっています。そんな折、ジャックは「クリスマスタウン」に通じる入り口を見つけます。そこは人を喜ばせることを生きがいとする街でした。ジャックはすっかり夢中になります。
クリスマス前夜、ジャックはサンタクロースに代わって、プレゼントの品々を「クリスマスタウン」の子どもたちに配って回るのですが、配られるプレゼントは生首や大蛇などです。「クリスマスタウン」は大パニックに陥るのでした。
ビアズリーの残酷イラストと『カリガリ博士』(1919年)を足し合わせたようなモノクロトーンの「ハロウィンタウン」に対し、「クリスマスタウン」はカラフルな色彩にあふれ、ふたつの世界の違いがとても印象的に描かれています。
日陰者がキラキラと輝くティム・バートンの世界
善意のつもりでプレゼントを配ったジャックですが、価値観の相違、文化・風習の違いという大きな壁にぶち当たることになります。落ち込むジャックに、優しく寄り添ってくれるのが、幽霊犬のゼロに、フランケンシュタインの怪物みたいに全身がツギハギ状態のヒロイン・サリーです。
不気味なはずの「ハロウィンタウン」のキャラクターたちのデザインが、どれも秀逸です。ジャックをはじめとする不気味キャラクターはほとんどが黒目ですが、みんな表情がとても豊かなんですよ。
同時進行でティム・バートンはブロックバスタームービー『バットマン リターンズ』を撮っていたわけですが、『リターンズ』もティム・バートンの最高作と言っていい作品です。キャットウーマン(ミシェエル・ファイファー)やペンギン(ダニー・デヴイート)ら悪役がとても魅力的で、正義のヒーローであるバットマン(マイケル・キートン)は完全に引き立て役となっています。
ホアキン・フェニックス主演の『ジョーカー』(2019年)など悪役やサブキャラクターを主人公にしたスピンオフ作品が近年はしばしば製作されていますが、この流れを起こしたのは間違いなくティム・バートンでしょう。
暗い部屋の隅っこで過ごすのが大好きだったというティム・バートンが描く、見た目は変わっているけど心の根っこは純真なキャラクターたちは、今ではすっかりスクリーンの真ん中に立つ人気者になった感があります。日陰者たちがキラキラと輝くのが、ティム・バートン世界の魅力です。
クリエイターが描く、本当の多様性
企業買収を繰り返し、巨大企業となった現在のディズニー社は、同時にコンプライアンスに厳しい組織になりました。その分、ディズニー社からは『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』のようなおかしな作品は姿を消しました。「トイ・ストーリー」の生みの親であり、ディズニー社に多大な貢献を果たしたジョン・ラセターも、MeToo運動の際に切り捨てられています。
まぁ、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』も、ディズニースタジオで新人時代を過ごしたティム・バートンが提出していた企画を10年間近くお蔵入りさせていたものです。ディズニーを離れたティム・バートンが売れっ子となり、またハリウッド映画としては比較的低予算ということもあって、GOサインをディズニーは出したわけです。
ディズニーって、株主やヒットメーカーに対してはとても腰の低い企業なんだなぁと思う次第です。
なので、最近のディズニーが「多様性を重視した作品」を謳っても、どうも信用ならないんです。もちろん、企業のトップが差別やパワハラのない職場づくりに努めることは大切ですが、ティム・バートンのような現場にいるクリエイターが作品の中で多様性の豊さを描いたほうが説得力が断然あると思うんですよ。
ハロウィンはキリスト教がその存在を求めていない、オバケたちの年に一度のお祭りです。今夜は権力者や権威に抑圧されているクリーチャーたちに、思いっきり感情移入してみるのもいいかもしれません。
文=映画ゾンビ・バブ
