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細田守監督作品につきまとう「コレジャナイ」の正体 『おおかみ』『竜そば』で巻き起こる賛否、『サマウォ』の“呪い”

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細田守(写真:Getty Imagesより)

 11月7日、『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で細田守監督(58)の『おおかみこどもの雨と雪』(2012)が放送された。興行収入40億円以上、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞したヒット作だが、令和の今。国立大学に入学するも、おおかみの血を引く《おおかみおとこ》と恋に落ち、妊娠、シングルマザーという主人公・花の生き方とそれを取り巻く環境に一部SNSでは拒否感を示す声が上がり、“ファンタジーなんだから……”という意見との間で議論が勃発した。

『あの人が消えた』1年越しの話題化

 この放送は、細田監督の最新作『果てしなきスカーレット』が11月21日に全国公開される前の盛り上げとして、『金ロー』が4週連続で“細田アニメ祭り”をおこなっているもの。『果てしなき―』は前作『竜とそばかすの姫』(2021)から4年ぶりで、これまで主に現代日本を舞台に描いてきた細田監督が一転、《死者の国》という架空の世界で繰り広げられる復讐譚に挑戦する。

 アニメ界ではもはや大御所となった細田監督だが、これまでとは大きな変化がうかがえる本作のルックに、ネット上では「コレジャナイ」という声も散見される。ただし振り返れば、『おおかみこども』を含め、細田アニメにはいつからか「コレジャナイ」という不満がつきものとなってきた。いったいなぜ、そして分水嶺となったのはどの作品なのか。

「金ロー×細田アニメ」今回も気合いたっぷりのPR

 細田アニメが幅広い層に届いた結果、賛否が可視化される背景には『金ロー』との縁が切っても切り離せない。新作の公開前後には数週にわたって過去作を扱うのが恒例で、今回も11月7日から前述『おおかみこども』、『バケモノの子』、『竜そば』、『時をかける少女』を放送する気合いの入れようだ。

さらに今から3カ月前、8月1日放送の『サマーウォーズ』(2009)では本作の初公開映像も披露されるなど、番組は宣伝に積極的。なお『サマウォ』は細田監督の出世作と名高く、『金ロー』ではこれまで7・8月に計7回も登場。放送時には、X上で作中の名セリフ「よろしくお願いしまぁぁぁす!!」の大合唱がお決まりで、夏の風物詩ともなっている。

興収66億円の大ヒットなのに…『金ロー』でブーイングの嵐を呼んだ『竜そば』

 前述『サマウォ』のように、細田アニメには長く広く愛される作品がある一方で、SNSが普及するとともに、その作品は見る人によって“好き・嫌い”が激しく分かれることが露わになってきた。

 顕著に拒否感が渦巻いたのは、『金ロー』2022年9月23日の『竜そば』放送回だ。地上波初登場だったこの日、映像や音楽に称賛があがる裏で、キャラクターの言動や展開には疑問を呈する声が続出。なかでも主人公の女子高生・すずが、虐待を受けている少年を救うため、その親の元へ地元・高知から単身東京へと向かう流れには、すずを送り出した周囲の大人たちの存在を挙げながら、“無責任過ぎる”“問題を未成年に背負わせすぎ”などといった批判が噴出した。

 それでも同作は興収66億円と、細田監督の手掛けた歴代長編アニメで1位の成績を収めている。評価は二分するものの、確かな吸引力を持つ細田アニメ。映画評論家・前田有一氏が、その変遷を追いつつ、これほどまでに「賛否」を巻き起こす理由を紐解く。

細田監督の作風が『サマウォ』以降変わった、大人の“事情”

 まず前田氏は、細田監督の作風が、2009年の『サマウォ』を境として大きく変わったことを指摘する。同作以前の主な作品には『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000)、『時をかける少女』(2006)があり、以降『おおかみこどもの雨と雪』(2012)、『バケモノの子』(2015)、『未来のミライ』(2018)、そして『竜そば』と続く。

「昔からの細田ファンは、“『サマウォ』以前こそ至高”とする向きが圧倒的です。また、その後の作品はすべて監督自身が脚本も担当していることを受け、『細田さんは脚本に向いていない』という見方が定説になりつつあります」(前田氏、以下同)

 同時に前田氏は「『サマウォ』以前/以降のファンで、それぞれの作品に求める“理想”が異なる」と分析する。“理想”のギャップは、なぜ生まれるようになったのか。

「もともと『時かけ』が高い評価を受けました。興収は2.6億円と、いわゆる大ヒットとは言えませんが、見た人にとっては心に残る名作たり得た。なんとも言えないエモさがあり、今も“原点にして頂点”のような語られ方をする作品です。

 そして、続く『サマウォ』が興収16.5億円とヒットしたことで、(配給会社である)東宝が欲を出したんですよね。細田さん=“ヒットメーカー”としての立ち位置を強固にしようと考え、やたらメジャー&ファミリー志向になっていく。それが大衆に受け入れられる反面、『時かけ』を愛する初期作品のファンにとって、その方向性は“コレジャナイ感”が強かったのでしょう」

東宝と日テレから、“ポスト宮崎駿”を背負わされた細田監督

『サマウォ』の大ヒットを経て、細田監督は日本テレビとの共同出資によりアニメ制作会社「スタジオ地図」を2011年に設立。翌年『おおかみこども』で大ヒットを叩き出したのだが、その直後、アニメ界に激震が走る。巨匠・宮崎駿氏の引退表明だ。

 宮崎氏は2013年9月4日、「公式引退の辞」を発表すると、同6日に開いた会見で「僕の長編アニメーションの時代ははっきり終わった」と、現役から退く意向を明言した。これにより、いよいよ業界が細田氏に寄せる鼻息は荒くなる。

 実際、細田アニメは地上波でも確かな数字を持っていた。たとえば『金ロー』における『サマウォ』の初回放送(2010年8月6日)は視聴率13.1%(関東地区/ビデオリサーチ調べ)、2度目(2012年7月20日)は前回を上回る視聴率14.1%(同前)をマーク。時間が経っても褪せない魅力は証明済みだったのだ。

「業界は“ポスト宮崎駿”を見つけなくてはならない。特に、『風の谷のナウシカ』(1984)のテレビ放送からスタジオジブリと懇意にある日本テレビは躍起になりました。その期待を当初、一身に背負わされたのが細田さんです。その際、東宝や日テレは、老若男女が毎日食べられるような万人ウケするラーメン、すなわちファンが偏らない映画を作って欲しい。細田さんは、『時かけ』のような玄人ウケのラーメンは作らせてもらえなくなりました」

細田監督が、自ら「脚本」にこだわるようになった理由

 それでは、『サマウォ』をターニングポイントとした細田アニメが、そうした“外の事情”にベッタリ巻き込まれただけかといえば、そうでもなさそうだ。前田氏は、細田監督の「作家性」を語る。

「僕が思うに、細田さんは“自分のこと”しか描けない。2012年に長男が生まれると『おおかみこども』で“母子愛”を、2015年に長女が生まれると『バケモノ』で“父子愛”を描き、どちらのテーマも完全にパーソナルな環境が反映されています。その時の身近なものに興味が偏るタイプだから、『おおかみこども』以降、家族・時間・成長を描く“ファミリー映画”は、細田さんの『今』そのものでもあるんですよね」

 事実、細田監督はWEBメディア「クリエイターズステーション」の中で、『おおかみこども』以降の映画作品は「僕の内から出てきたものだけ」を原作としている、と語っている。くわえて、同作は「僕の母についての物語」とも明言。「それを僕以外の人が脚本にするというのも、ちょっと変な話で。なぜなら僕以上に、僕の母のことを知っている人はいないわけですから」と、自身が脚本を手がけるようになった理由は、まさに“自分の目で、自分ごとを描く”からだと示唆しているのだ。

「細田さんは宮崎さんと似て、年齢を重ねたり周囲の状況が変化したりすると、興味・関心も移ろうタイプ。そうこうするうちに『君の名は。』(2016)『天気の子』(2019)など新海誠アニメが東宝のヒットコンテンツとなることで、細田さんは自由度が高まり、ますます自分のテーマとして、社会問題や人間の生き様に焦点を当てるようになりました。次回作の『スカーレット』も生と死、主人公・スカーレットの過酷な旅路の話ですよね。制作期間中にコロナ禍があり、世界では戦争が起こっている。いろいろ考えるところがあったのでしょう」

 前田氏の言葉を借りれば、細田監督は「時代とともに“成長”していく作家」。監督自身、「ダ・ヴィンチ」2025年12月号(KADOKAWA)で、「(映画には)今の人たちが持っていることを、物語にして提示するという側面がある」と語っている。近年の細田アニメは一見ファンタジーの皮を被りつつ、その実、ダークで生々しいリアルがピックアップされているのだ――深度や解釈の趣向はさておき。その視点は、あくまでも「今」の「監督」の「目線」が色濃く反映されているがゆえに、見る時代によって、また見る人によって論点が変わるのは当然といえば当然のことといえる。

 そういえば『おおかみこども』のプロデューサー・渡邊隆史氏は、ヒットした2013年当時、デジタル情報メディア「アスキー」のインタビューに「あの映画の画期的なところのひとつは、テーマが映画の中にあるんじゃなくて、見ている自身の中にあるっていうこと」だと語っていた。「この映画で何が見えたかを語ろうとすると、その当人自身の境遇や人生観を語ることになったりする」と。

 つまり細田アニメで抱く感想はその時の自分の問題意識であり、監督自身は、アニメを通して“対話”をしようとしているに過ぎない。前田氏が続ける。

「細田監督は自身の目で“今”関心をもっていること、“今”訴えたいメッセージにこだわっているだけで、それに共感できない人は、一生合わない。特に時間が『時かけ』や『サマウォ』で止まっているファンにとっては、細田監督が世に送り出す作品の実態と求める理想が、どんどん乖離していくというわけです。キャリア初期に大ヒットした天才の宿命とも言えます」

「あの頃の細田を返せ」追いかけ続ける根強いファン

 新作が出る度に“コレジャナイ”という声が上がりつつ、『サマウォ』以降も安定した興収を獲得する細田アニメ。理想像との乖離に不満を抱きながらも、ついつい追いかけてしまうファン心理の正体は何か。

「かつてインパクトを受けたものがあり、それによって作られた強固な“細田守ワールド”が自分の中にあるので、『いつかまた俺の好きなアレを作ってくれるのではないか』『次は俺の好みに寄ってくれるかも』と期待してしまう。もはや博打を打つような感覚で、『今度こそは』と見にいくわけです(笑)」

無論、どのファンも根底には「今」の細田監督が、何を描くのかを見てみたいという純粋な興味がある。いよいよ放たれる『果てしなき―』がどういった評価を得るのかは未知数だが、気になっている時点で“沼”っている証拠。ファンはソワソワしながら、細田アニメの行く先を見守り続けている。

映画評論家もバッサリ「40点」

(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/11/11 22:00