侍ジャパン始動! 来年3月WBCへ──小久保・稲葉・栗山・井端のマネジメント比較「代表監督」の戦略

2006年の第1回WBCで日本代表が初めて「世界一」に輝いてから、およそ20年。その間、日本の監督たちは“勝ち方”をアップデートし続けてきた。
データを駆使し、長打力を武器にしながらも、選手の信頼を土台とするチームマネジメント──。
小久保裕紀、稲葉篤紀、栗山英樹のそれぞれの采配哲学には、“人を動かす力”という共通の軸が通っている。そして、稲葉から栗山にわたっては、プレミア12・東京五輪・WBCと主要な国際大会で世界一に輝いている。
この3人の代表監督と、来年行われる第6回WBCでチームを率いる井端弘和の戦略と思想を比較しながら、日本野球が歩んできた進化の軌跡を読み解いていく。
「スモールベースボール神話」の終焉
かつて「日本野球=スモールベースボール」という構図は、ある種の信仰のように語られてきた。送りバント、進塁打、犠牲フライ、1点を拾いにいく慎ましやかな美学……。しかし、いまの日本はもう“つなぐだけの野球”の国ではない。
近年のWBCやNPBのデータを見れば明らかだ。得点源は長打と出塁率に移行している。2023年のWBC日本代表は大会全7試合で出場国1位ながらも犠打わずか3。チーム出塁率は1位、長打率4位、OPSは2位の.961。さらに、打点は1位を記録。これはもはやスモールベースボールではなく、“最適化されたベースボール”である。
まずは、小久保裕紀。経験がない中で苦い思いもしたが、そこから変わった。理論と情熱の交差点で、学びを活かした監督となった。
代表監督としてはもちろん、ソフトバンクでの采配という学びも活かし、最後は自分の感覚で決める。失敗と成功の体験を高い次元で使いこなす姿は、今の時代の象徴といえる。
「固定」でも「流動」でもない。彼のチーム運営は、試合状況・疲労度・相手投手のタイプを踏まえて最適化されている。そこにあるのは、勝つための再現性。そして、人を納得させる力である。
稲葉篤紀は、人徳を生かした監督だった。チームが重いときには静かに寄り添い、緊張が走るときには笑顔で和ませる。采配は極めて合理的だが、戦いの根底に流れるのは「人間らしさ」だった。
数字を操るよりも、人を信じる。その信頼の厚みが、選手たちの自信へ、そして人徳へと変わっていった。代表チームには、理屈よりも空気で動く一体感があった。勝負の中で最も大切なものが、数字ではなく“空気の変化”だと知っている監督。それが稲葉である。
信頼で勝つ歴代最高峰の日本野球! 現監督は?
日本の指揮官たちは、その変化を正面から受け止めてきた。栗山英樹は「信頼」を起点としながらも、データを裏づけとして活用した。数字の前で人を見る。彼の采配は感情的ではなく、信頼をベースにした設計図のように整っていた。選手たちは、数字ではなく誠実さに動かされていた。
チームは、戦術の統一よりも「心の連鎖」で機能していた。ヌートバーを自然に溶け込ませ、大谷翔平やダルビッシュを中心に据えながらも、全員が“自分の役割を理解しているチーム”だった。栗山の強さは、信頼を戦術の中に組み込んだことにある。
それでは、井端弘和はどうか? 彼はまだ「完成された監督」ではない。だが、そこにこそ可能性がある。技術論にも精通しており、現役時代から野球を構造的に捉える視点を持っている。
ただし、代表監督という立場に求められるのは、戦略的な部分だけではない。選手を動かす人間的な部分で「この人のために戦いたい」と思わせる存在感──それが、彼にとっての次の段階だ。
井端には、情熱の橋渡し役としての使命がある。数値を扱う知性に、人を惹きつける温度が備わったとき、初めて真の「代表監督」としての姿が浮かび上がるだろう。
代表監督という職は、選ばれる人ではなく、人を呼び寄せられる人が務まる。
小久保裕紀が代表監督後に球団から監督のオファーを受けたのは、学習や改善能力があり、信頼できる人という印象が根強かったからである。
稲葉篤紀がベンチで選手と同じ目線に立ち、緊張を溶かしていったのは、人徳という名のリーダーシップだ。
栗山英樹が大谷翔平やダルビッシュ、ヌートバーを自然にチームに迎え入れられたのは、信頼の積み重ねだった。
井端弘和に求められているのは、まさにその呼び寄せる力だ。どんな戦術を描こうと、どんなロジックを組もうと、最後に人を動かすのは人間力でしかない。
日本野球の本質は、もはや“スモール”でも“パワー”でもない。状況に応じて最適化し、再現性を持って勝ち続けること。そのためにデータを使い、信頼を積み重ね、人を束ねる。勝利を偶然ではなく設計で掴む──その思想こそが、小久保から稲葉へ、栗山を挟んで、そして井端へと受け継がれている。
代表監督に求められるのは、戦術の巧みさではなく、人を動かし、場を整え、チームを信じる“人格の深さ”である。
小久保の学習、稲葉の人徳、栗山の信頼──形は違っても、向かう先は同じだ。「勝つ理由を説明できるチーム」をつくること。
そして、井端に求められるのは、その中心に立てるだけの人間的説得力を持つことだ。
(文=ゴジキ)

