細田監督最大のヒット『竜とそばかすの姫』 日テレにもハブられた『未来のミライ』

話題の劇場アニメ『果てしなきスカーレット』が、11月21日(金)より公開される細田守監督。今月の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、ケモナーかつショタ好きな細田監督のヒット作を連続オンエアする「細田祭り」を絶賛開催中です。本日の放映作品は『竜とそばかすの姫』(2021年)。放送時間を35分延長しての本編ノーカット放映です。
コロナ禍で制作、そして劇場公開された『竜とそばかすの姫』(以下『竜そば』)は、King Gnuの常田大希が主宰する音楽プロジェクト「MILLENNIUM PARADE」とBelle(中村佳穂)によるテーマ曲「U」が話題となり、ロックダウンにうんざりしていた若い世代がシネコンに殺到することになりました。興収は66億円と、細田監督最大のヒット作となっています。
CGを駆使した仮想空間「U」のゴージャスな世界観に目を奪われる反面、インターネット上を飛び交う誹謗中傷や匿名性といった社会問題を取り上げたストーリーは脆弱さも感じさせます。『時をかける少女』(2006年)や『サマーウォーズ』(2009年)などの初期作品に比べ、ファンの間でも意見が分かれる作品でしょう。
テレビの前のみなさんも、主人公たちの行動にツッコミを入れつつ、登場人物のひとりになったつもりで視聴を楽しんでみてください。
仮想空間で美女に変身するする「陰キャ」の主人公
これまでも細田監督は、『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000年)や『サマーウォーズ』で仮想空間を描き、人気を博してきました。インターネットの世界はスタジオジブリ作品では扱われない、細田監督が得意とするジャンルです。ネットを介すれば、誰もが手軽にファンタジー世界の住人になることが可能です。
主人公は、高知で暮らす17歳になる女子高生のすず(CV:中村佳穂)。母親(CV:島本須美)を小さいころに亡くし、父親(CV:役所広司)とのふたり暮らしです。
学校では目立たない「陰キャ」のすずですが、母親から教わった音楽アプリを使って曲づくりを続けてきました。すずは仮想空間「U」でベルとなり、オリジナル曲を歌い、カリスマ的な人気者となっていきます。
ベルによる「U」でのライブシーンは、『竜そば』の大きな見どころです。デジタル世界で美しい歌姫となったベルの華やかなパフォーマンスと耳なじみのいい楽曲は、観る者に心地よい陶酔感をもたらします。
声優初挑戦の幾田りらをはじめとする豪華声優陣
仮想空間「U」の人気者になっていくベル/すずですが、華やかな「U」の世界を楽しむ人たちの中で違和感を放っている存在が彼女の目に映ります。「竜」と呼ばれる荒くれ者です。すずは「竜」の正体が気になって仕方ありません。自分と同じように、救いを求めているように感じられるのです。
一方、現実世界のすずは、母親が亡くなって以降、父親とうまくコミニケーションすることができずにいます。また、幼なじみのしのぶくん(CV:成田凌)に想いを寄せているすずですが、しのぶくんは学校中の女子たちに大人気なので、うかつに言葉を交わすこともできません。仮想空間のベルと違って、現実世界のすずはままならない日々を過ごしています。
ベルのプロデュースに尽力してくれた同級生のヒロちゃん(CV:幾田りら)に手伝ってもらい、「竜」の居場所を探し続けるベル/すずでした。そして、「竜」の意外な正体を知ることになるのです。
音楽ユニット「YOASOBI」の幾田りらは声優初挑戦。他にも吹奏楽部の人気者・ルカちゃんは玉城ティナ、カヌー部のカミシンは染谷将太、「竜」は佐藤健……、と超豪華な声優陣です。声優陣の起用を見ても、細田監督&「スタジオ地図」の超メジャー志向ぶりが分かります。
うまく融合していない物語と社会問題
細田監督は前作『未来のミライ』(2018年)がフランスのカンヌ国際映画祭にアニメーション作品ながらプレミア上映され、米国のアカデミー賞長編アニメーション賞にもノミネートされるなど、すっかり海外でも有名なアニメーション監督となっていました。
ベルのキャラクターデザインに、ディズニーアニメ『アナと雪の女王』(2013年)などを手掛けた韓国のアニメーターであるジン・キムを起用するなど、スタッフ編成もゴージャスです。ジン・キムは『果てしなきスカーレット』のキャラデザも担当しています。また、ベルのパフォーマンスは、レディーガガやビヨンセといった海外の人気アーティストを参考にしているそうです。「U」の世界は、これまでの細田作品以上にグローバルなものになっています。
ディズニーアニメ『美女と野獣』(1991年)をモチーフにしたミュージカルとして、『竜そば』は吸引力のある作品となっていますが、ドラマ部分をチープに感じる人もいるのではないでしょうか。子どものころから音楽アプリを使い慣れていたとはいえ、すずが仮想空間で瞬く間に人気アーティストになっていく展開は、かなりのご都合主義です。すずの唯一の親友であるヒロちゃんがデジタルツールに関して天才的な能力を発揮するのも、同様です。
そうしたご都合主義的なフィクショナリーな物語性と、傷ついた「竜」の正体=現実的な社会問題とが、必ずしもうまく融合しているように思えないのです。
ファンタジックなアニメーションの世界で、SNSにおける誹謗中傷や承認欲求、さらに家庭内暴力といった現代的な問題を取り上げたことを評価するか、物語として充分に咀嚼されていないと感じるのかは、観る人によって意見が割れるところでしょう。
国内では「ウザい」の声が殺到した『未来のミライ』
日テレは4週にわたって『金ロー』で細田監督の代表作を放映しているわけですが、今回の4作品の中には『未来のミライ』は含まれていません。このことも気になります。
細田監督は、自身の結婚体験をベースに『サマーウォーズ』(2009年)を制作し、ブレイクを果たしました。続く『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)では亡くなった母親の思い出、さらに『バケモノの子』(2015年)では父親/師匠の存在の重要性を描いています。自分自身の感じる切実なテーマや体験をアニメーション化してきたわけです。
日テレからハブられた『未来のミライ』は、ふたりの子どもを持つことになった細田監督の子育て体験をアニメ化したものです。家族のアイデンティティーを掘り下げたテーマ性は、カンヌ映画祭やアカデミー賞会員ら欧米の上流階級層には非常にウケがいいものでした。
しかし、上白石萌歌が声優を務めた主人公である男の子・くんちゃんのわがままぶりは、日本の観客にはウザく感じられてしまったようです。高級住宅街で暮らす主人公一家の裕福な生活ぶりが、出産も結婚も諦めている若者たちの反感を買った部分もあるように思います。興収は28.8億円と伸び悩みました。
日本のファンに『未来のミライ』が受け入れられなかったことは、日本社会の貧しさ、余裕のなさが反映されているようにも感じられます。
主人公が下した決断は「適切」ではない
ネット社会をたびたび題材にしてきた細田監督は、そうしたファンの声もキャッチしているはずです。自分自身を語ることはいったんやめ、華やかなミュージカルパートでファンを呼び戻し、さらにキラキラ系青春映画を思わせるコメディ要素をトッピングし、若い世代にとっての社会問題を盛り込んだのが『竜そば』なのではないでしょうか。
ただし、社会の底辺であえぐ人たちに、仮想現実やアニメーションがどれだけの救いになるのかは疑問です。『竜そば』では、主人公のすずは「竜」が現実世界で苦境に立たされていることを知り、ひとりで助けに向います。地方で暮らす女子高生ひとりの力で、「竜」が日常的に置かれている環境から救い出すことは可能なのでしょうか。
クライマックスですずの下した決断は、決して「適切」とは言えないものです。でも、すずは行動せずにはいられませんでした。大人たちや社会に頼っていては、間に合わないと考えたのです。若者たちにとっては、未来よりも今こそが大事なわけです。
自分がすずの立場だったら、すずの仲間だったら、すずの保護者だったら……。家族間やSNS上でそんなやりとりが交わされることを、実は細田監督がいちばん望んでいるのかもしれません。
生活と心にもう少し余裕ができるようになれば、日テレがハブした『未来のミライ』も「けっこう面白いじゃん」と思えるようになるのではないでしょうか。
(文=映画ゾンビ・バブ)
