“理想郷”にはびこる差別と偏見『ズートピア』 無自覚な人ほど危険なことを伝えた実証作

普段はディズニーアニメを観ない人たちの間でも評判となり、サプライズヒットとなったのが3DCGアニメ『ズートピア』(2016年)です。擬人化された動物たちを主人公にしているので、子ども向けアニメだろうと思いがちですが、そうした思い込みこそがバイアスってやつですよ。実は偏見や差別を題材にした奥の深い社会派ドラマとなっています。
世界興収は10億ドル以上、日本でも主人公ジュディの声優に上戸彩を起用し、興収76億3000万円という大ヒットを記録しています。
12月5日(金)から続編『ズートピア2』が日本でも劇場公開されることから、同日の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)では『ズートピア』を本編ノーカットで放映します。オジさん世代は、『ズートピア』からパワハラやセクハラについて学んでみてはどうでしょうか。
ハリウッドの伝統的なバディムービー
舞台となるのは、動物たちが人間のように暮らす街「ズートピア」。草食動物と肉食動物が一緒に暮らしている理想郷です。多種多様な人たちが暮らす米国社会を投影したもうひとつの世界だとも言えます。
アナウサギのジュディ(CV:上戸彩)は正義感が強く、幼いころから警察官になることを夢見ていました。体の小さなウサギは警察官になるのは無理だと両親に言われていたジュディですが、警察学校を見事に首席で卒業し、ウサギ初の警察官としてズートピア警察署に配属されます。夢はきっと叶うという、ディズニー作品ならではの伝統的なテーマが謳われています。
張り切って初勤務に向かったジュディですが、水牛のボゴ署長(CV:三宅健太)からは駐車違反の取り締まりを命じられます。やはり、ウサギは凶悪犯罪の捜査には向かないと思われたのです。違反車を取り締まっていた際に出会ったのが、詐欺師のキツネ・ニック(CV:森川智之)でした。したたかなニックに、新人警官のジュディはまんまと一杯食わされるはめになります。
折しもズートピアでは、次々と肉食動物たちが行方不明になる失踪事件が多発していました。ジュディは単独でこの事件を追うことになります。警察署の同僚たちの力を借りることはできません。そこでジュディは、裏社会の情報に詳しいニックを相棒に選ぶのでした。やがて、2匹はズートピア全体を震撼させる陰謀に巻き込まれることになります。
草食動物のウサギと肉食動物のキツネが異色のタッグを組むことで、捜査が展開していきます。シドニー・ポワチエ主演の『夜の大捜査線』(1967年)、エディ・マーフィー主演の『48時間』(1982年)といった黒人と白人がタッグを組む警察バディムービーの系譜を受け継ぐものとなっています。エンタメ作品として、とてもよく練られたストーリーとキャラクターです。
自分が多数派に属していることには気づきにくい
ズートピア警察署の初出勤日、ジュディは受付けをしているチーターのクロウハウザー(CV:高橋茂雄)から「思っていたより、ずっとかわいいよ」と声を掛けられます。この言葉に、ジュディはさっそくクレームをつけます。外見で判断することの不適切さを、ジュディは指摘したわけです。いわゆる「ルッキズム」ってやつですね。
気のいいクロウハウザーは好意のつもりで発した言葉でしたが、差別や偏見は無自覚から起きていることがほとんどです。いくら「悪気はなかった」と弁明しても、相手を不快にさせてしまったらアウトです。
警察のような男性社会では、女性は少数派で、しかもジュディは新人です。職場の先輩や上司は、少数派の立場に立って適切に対応することが求められる時代に今はなっています。
自分が多数派に属していることは自分では気づきにくいので、かなり意識していないとクロウハウザーと同じことをやってしまうんじゃないでしょうか。
マイノリティー側も持っている偏見
意識高い系を自認していたジュディですが、彼女自身がバイアスの持ち主だったことが物語中盤で明かされます。
ジュディとニックの独自の捜査によって、連続失踪事件で姿を消した動物たちを見つけることができました。新人警官ながらお手柄を挙げたジュディは、マスコミを相手に記者会見を開くことになります。失踪したのはみんな肉食動物たちで、凶暴化していました。まだ凶暴化した原因がはっきりしない段階で、ジュディは「生物学的な要素が関係あるかもしれない」と自分の推測を語ってしまいます。
ジュディの「生物学的な要素が関係」という発言は、マスコミによって「肉食動物が凶暴化する可能性がある」と報道され、ズートピアはパニック状態に陥ります。草食動物と肉食動物が共生していたズートピアは、ジュディの失言によって分断化されてしまうのでした。
肉食動物であるニックは、ジュディの心の中に肉食動物に対する恐怖心があることを指摘。その恐怖心が、偏見や差別を生み出していたのです。せっかく息の合ったバディ関係は、ここで解消されてしまいます。
2016年に『ズートピア』は劇場公開されたわけですが、この年の米国は大統領選挙でドナルド・トランプが初勝利を収めています。大統領に就任したトランプは、移民排斥を強く進めていきます。動物たちを主人公にした『ズートピア』ですが、現実社会の問題点をタイムリーに描いたことが大ヒットした要因でもあるようです。
ヒット作と大衆の深層心理との関係
アニメーションの世界は、現実世界の「写し絵」でもあります。ピクサーの大ヒットシリーズ「トイ・ストーリー」で描かれるオモチャの持ち主とオモチャとの関係性は、かつて米国社会にあった奴隷制度の暗喩でもあるように感じます。心の優しい持ち主のもとで過ごすオモチャは幸せだという設定は、奴隷制度の実情を描いた小説『アンクル・トムの小屋』を連想させるものがあります。
ディズニーアニメの歴史的なメガヒット作となった『アナと雪の女王』(2013年)も、女性の非婚化、LBGTQといった社会の多様性が日常的に取り上げられる時代だったから多くの人に支持されたわけです。
大ヒットしている作品は単にエンタメとして優れているだけでなく、作品の根底には現実社会の問題点が込められていることで、大衆の深層心理に訴えかけているように思います。
『ズートピア』公開の翌年に起きた大事件
本作を撮ったバイロン・ハワード監督は、お姫さまとコソ泥との冒険バディムービー『塔の上のラプンツェル』(2010年)をヒットさせた実績の持ち主。もうひとりのリッチ・ムーア監督は、社会風刺で人気のTVアニメ「ザ・シンプソンズ」シリーズの演出家でもあります。理想的なタッグチームでしょう。
ディズニーにとっても予想以上の大ヒット作となった『ズートピア』ですが、いちばん驚いたのは『ズートピア』公開の翌年となる2017年、製作総指揮を執っていたジョン・ラセターをめぐるセクハラ騒ぎが発覚したことです。
ジョン・ラセターの女性スタッフへのハグやキスが不適切と判断されたのです。ジョン・ラセターは愛情表現のつもりだったのですが、一部の女性スタッフは不快に感じていたのです。ピクサー&ディズニーアニメ最大の功労者は、ポリコレを重んじるディズニー社から締め出されることになりました。
まさに、無自覚であることの恐ろしさを伝える大事件でした。アニメーションの世界は、決して絵空事ではないことが分かってもらえるのではないでしょうか。
(文=映画ゾンビ・バブ)
