ゆりやん初監督『禍禍女』公開! 北野武、松本人志、品川ヒロシ…芸人が「映画界」に踏み出すワケと“親和性”

お笑い賞レース「女芸人No.1決定戦 THE W」「R-1グランプリ」で頂点に輝き、Netflixドラマ『極悪女王』(2024)では主演を張り、現在は米ロサンゼルスを拠点にする芸人・ゆりやんレトリィバァ(35)。マルチな才能を開花させるゆりやんが、初めて映画監督に挑んだ『禍禍女』が2月6日(金)に全国公開された。
本作は、ゆりやんの実体験を基に『ミスミソウ』(2018)や『ヒグマ!!』(2026)でメガホンをとった内藤瑛亮が脚本を担当。「恋愛映画史上最狂の復讐劇」というキャッチコピーと、ターコイズブルーの目玉にキスをする女性がアップで映ったキービジュアルが、題名通り愛憎が匂い立つ“禍々しい”雰囲気を放ち、期待を高めている。
主演は、映画『愛されなくても別に』(2025)、『万事快調〈オール・グリーンズ〉』(2026)と、主演作が続く新進気鋭の女優・南沙良(23)。ほか、連続テレビ小説『ばけばけ』(2025)主演の高石あかり(高の正式表記は「はしごだか」、23)や、「2020年東京オリンピック 閉会式」でパフォーマンスを披露したダンサー・アオイヤマダ(25)ら旬の顔ぶれが集結し、お笑い界からはピン芸人・九条ジョー(32)が参加する。
詳しいあらすじは公開直前になってもほとんど明かされないままの“お楽しみ”だったが、“海外で認められている”箔付け&アピールに余念がなく、すでに複数の海外映画祭に出品済み。「ハワイ国際映画祭 ハレクラニ・ヴァンガード・アワード」や「モントリオール・ニュー・シネマ映画祭 観客賞」「台北金馬映画祭 NETPAC賞」など4つの賞を獲得している。
芸人の「映画界進出」はいつから?
もっとも、お笑い芸人による監督業への挑戦は今に始まった事ではない。すっかり「世界のキタノ」というキャッチフレーズが定着したビートたけし(北野武、79)は、『その男、凶暴につき』(1989)で監督デビューすると、『ソナチネ』(1993)、『菊次郎の夏』(1999)、『アウトレイジ』シリーズ(2010〜2017)と次々に手がけ、国際的な高評価を得た。
お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志(62)も『大日本人』(2007)で映画界進出。『しんぼる』(2009)、『R100』(2013)では監督と同時に出演もこなした。さらに、ピン芸人・劇団ひとり(48)は自身で執筆した小説の映画版『青天の霹靂』(2014)や、Netflix映画『浅草キッド』(2021)でメガホンを取り、お笑いコンビ・品川庄司の品川祐(品川ヒロシ、53)は『アモング ザ デッド』(公開日未定)でハリウッド進出予定だ。
なぜ芸人は、映画監督をやりたくなるのか――映画評論家・前田有一氏が、その歴史とともに「親和性」を俯瞰する。
「吉本興行×映画事業」の強み
まず前田氏は、映画業界にいる芸人の多くが、吉本興業所属であることを指摘する。前述の松本や品川のほか、板尾創路(62)はピース・又吉直樹(45)の原作小説を映画化した『火花』(2017)で監督を担当。ガレッジセールのゴリ(53)は、本名の照屋年之名義で、地元・沖縄を舞台にした作品を中心に10本以上の映画を制作している。
「吉本は映画事業に力を入れていて、2009年〜2024年まで『沖縄国際映画祭(島ぜんぶでおーきな祭)』の運営をしていたほど。自社製作の映画づくりとして、芸人に映画監督のチャンスを与えてきたという背景があります」(前田氏、以下同)
普段からネタ作りで腕を磨き、ストーリーテラーとしての技術も高い芸人にとって、物語を生み出す才があるタイプは珍しくない。そしてゆりやんは、2021年9月26日放送の『ボクらの時代』(フジテレビ系)で次に挑戦したいこととして「映画監督」と発言、また同年9月23日放送の『99Q』(NHK)では、いつかアメリカで映画に携わりたいとの野望を明かしていた。さらに遡ること2018年には、吹き替えで出演した『ヴァレリアン 線の惑星の救世主』のインタビューで「(いつか)映画を撮ってみたいなと思っていて」と公言。度々口にしてきた映画愛が言霊となり、実現に至ったわけだ。
「吉本は映画界を含め、芸人が活躍の場を増やすことに積極的です。知名度があれば集客が見込める点もメリットで、後押ししやすい。実際、品川(ヒロシ)さんの原作・監督映画『ドロップ』(2009)は興行収入20億円のヒットで、吉本側も大きなリターンを得ました」
「世界のキタノ」が切り拓いた“芸人×映画”の道
“芸人×映画監督”でシンボリックなのは、やはり北野武だろう。前田氏は「北野さんという先人がいなければ、映画業界を志す芸人は出てこなかったかもしれない」と語るほどだ。
「北野さんは、漫才師時代には決してお行儀が良い芸風ではなく、トガったネタばかりでPTAからの評判も最悪(笑)。それが、映画監督としての顔が世間的に評価されると、一気に“文化人枠”になりました。ただ、そもそも北野さんが監督業を始めたキッカケはあくまでも偶然です。北野さんの出演が決まっていた『その男、凶暴につき』で、本来監督をするはずだった深作欣二さんが降板となり、北野さんに白羽の矢が立ったことが始まり。そこから世界で認められるまでになりました」
近年、芸人はさまざまな分野で活躍する。活動がマルチ化する裏には、「『自分も“生きた証”を残したい』という潜在的な欲求があるタイプが多かったのでは」と前田氏は分析する。
「お笑いはなまもの。ネタはライブが基本なので、“形”に残りません。時代を瞬時に反映し、目の前のお客さんを笑わせる職業であり、言い換えれば消費される宿命です。ところが映画は文化であり芸術作品になる。クリエイターでもある芸人にとって、“作品を残したい”欲求が強いのは、不思議なことではありません。絵や小説を発表する人も多いですし、何より芸人の脳は、映画と相性が非常に良い。笑いや涙を交えながら山場をつくって、オチをつけるという作劇センスは、漫才やコント、ネタ作りで日々磨かれてきている技術と近いので」
そもそも映画を学びつつ、芸人界に飛び込んだケースは枚挙にいとまがない。たとえばお笑いコンビ・ニッチェ、狩野英孝(43)、アルコ&ピースの平子祐希(47)は「日本映画大学」出身。同校は、映画学部のみを構える日本唯一の単科大学だ。
また、脚本家として目覚ましい活躍を見せるバカリズム(50)も卒業生の1人。テレビドラマ『架空OL日記』(2017)、『ブラッシュアップライフ』(2023)といった話題作を手がけ、「第55回ギャラクシー賞 テレビ部門特別賞」「第36回向田邦子賞」(ともに『架空OL日記』)や「アジア・テレビジョン・アワード 2023最優秀脚本賞」(『ブラッシュアップライフ』)など数々の賞に輝いた。さらに国民的ドラマ枠ともいえるNHK朝の連続テレビ小説では、2027年度前期『巡(まわ)るスワン』を手がけることが決まっており、まさに芸人界の快挙。たしかな手腕が認められているところだが、彼が映画に関する“お作法”をしっかり学べる環境に身を置いていたことは見逃せない。
「内村光良さん(61)も、日本映画大学(当時は『横浜放送映画専門学院』)の演劇科を卒業していて、映画監督志望だったんですよね。芸人になってからその夢を叶え、これまでに4本の商業映画を制作していますが、やっぱり演劇をベースにしたコントの作り方とか、ボケが達者です」
「天才肌芸人」は映画監督に向かない
もちろん主戦場が“お笑い”である芸人にとって、映画への挑戦が必ずしも成功するわけではない。事実、松本(人志)はこれまでに4作品の映画を世に送り出しているが、正直評判は芳しくなく、業績も大コケの連続だった。前田氏は「“天才肌”は向かない」という。
「松本さんは論理より直感の人です。やりたいことはたくさんあっても、それを形にする技術がない。ただただセンスの押し付けになってしまうと、一般の人の心には刺さらず、まったく評価を得られないままですよね。“オレ様芸人”が作ったもの、つまり『俺がやることこそがおもしろい!』といった自己顕示欲が押し出され、観客の感情を揺さぶるまでに昇華されていない作品は、“面白く”はならないもの。作品は酷評が続き、しばらく監督業からは距離を置いている状態です」
対極に、商業的な才能があるのは品川だと前田氏はいう。
「商業監督としてエンタメ作りがうまい。『ドロップ』は自伝的小説の映画化でしたが、自分語りの映画ではなく、あくまでも一般の人に受けるもの、興収を狙いにいく作りになっていました。過去には『Zアイランド』(2015)なんてゾンビ映画も撮っていますが、作風が幅広いことからも、ちゃんと商業を考えられる監督なんだと思います」
ゆりやんは成功するのか?
では、ゆりやんの初監督作『禍禍女』はどうか。海外ではすでに複数の賞を受賞していることから「出来」は良さそうにも見えるが、前田氏は冷静だ。
「ぶっちゃけ、この映画が出品した映画祭はどれも『ある程度、何らかの賞はとれるだろう』というCクラスの賞ばかりなんですよね。カンヌ国際映画祭やベルリン国際映画祭といった世界的にも権威あるAクラスの映画祭とは、正直大きな差がある。だから、多くの日本人に馴染みのない、イマイチよくわからない海外の賞での評価が日本の大衆ウケとイコールかどうかはわからない……というのが本音ですかね。とはいえ、どんな賞でも“受賞”自体は凄いことなのですが」
芸人、女優、監督と、活動の幅を着実に広げていくゆりやん。海外志向もあるゆりやんにとって「映画」は、お笑い以上に国際的な知名度を高める足がかりとなる可能性を秘めている。さて『禍々女』は、その試金石となりうるか。
(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)