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映画『ドラえもん』で勃発“トリガーアラート”論争、配慮かネタバレか 識者が語る「絶対にしてはいけないこと」

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映画『ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』


 春休み恒例、通算45作目となる『映画ドラえもん』シリーズ。今年も2月27日に、1983年版のリメイク新作『新・のび太の海底鬼岩城』が公開されるが、それに先立ち、同月11日に公式Xが異例の呼びかけを行った。

世界中で高評価も日本で“無視”されるワケ

〈本映画には、海底火山の噴火、および海底火山による地震を描くシーンがございます。
ご鑑賞の際にはあらかじめご了承ください〉

 近年、映画やドラマなどの制作・配給側が、上映の前にトラウマを呼び起こす可能性のある表現が含まれることをあらかじめ警告する「トリガーアラート」を発することは珍しくなくなった。

 特に東日本大震災以降、自然災害を想起させる描写が登場する場合には「作り手側のマナー」として求められる風潮も強い。2022年には新海誠監督『すずめの戸締まり』が「地震描写および、緊急地震速報を受信した際の警報音が流れるシーンがございます」と公開前に注意喚起し、称賛の声が上がった。逆に映画『8番出口』(2025)では、津波を想起させるシーンが含まれていることを予め警告しなかったため、炎上騒動に発展した。

「配慮」か? 「ネタバレ」か?

 トリガーアラートは「必要な配慮」とされる反面、作中の表現に言及せざるを得ないことから、しばしば議論の的になる。

 本作の場合は〈さすが国民的アニメ。配慮が行き届いている!〉〈子どもと一緒に見るので、このお知らせは助かります!〉と概ね好評だったが、一部では〈めんどくさい世の中になった〉〈(注意喚起を)言い出したらキリがない〉との意見が上がったほか、内容に触れることから〈ネタバレでは?〉との批判も散見される。

 何かリスクが想定される場合、事前に警告することは無論大切だ。しかし「トリガーアラート」が近年取り沙汰されるということは、昔は一般的にそれほど重要視されていなかったわけで、これまでにもPTSDを起こしそうな映画はたくさんつくられているのに、という疑問はたしかに残る。そもそも、今回公開されるドラえもんは1982〜1983年に「月刊コロコロコミック」(小学館)で連載され、1983年に映画化された『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』のリメイク。43年前の公開時にトリガーアラートは発されていないだろう。

 トリガーアラートをめぐる議論はなぜ起こるのか。そして今の時代、配慮はどこまで必要なのか。同志社女子大学にてメディア研究を指導する影山貴彦教授に話を聞いた。

識者の意見は「賢明な判断」

 まず、今回のドラえもんの判断について影山氏は「賢明」だと見る。

「『ドラえもん』は、家族連れはもちろん長年追い続けている大人のファンなど、幅広い層が見る国民的アニメ。それだけに、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こす観客が出る可能性は否定できない。また、配給は“世界中のお客様に 感動を”をスローガンに掲げ、老若男女、万人に作品を届ける『東宝』なので、慎重に慎重を期したという事情もあったかもしれません」(影山氏、以下同)

トリガーアラートが「映画」で必要なワケ

 トリガーアラートは、1990年代後半に海外のインターネット掲示板で登場した考え方だとされる。戦争や性暴力、人種差別など特定のセンシティブな投稿において、その当事者が閲覧した場合にPTSDの症状を引き起こす可能性があるとのことから、その必要性が叫ばれてきた。2000年後半になると「Twitter」や「Tumblr」といったSNSでも使われ始め、2010年代にはアメリカの大学の授業シラバスや文学作品の教材でも採用例が登場した。

 一方、日本においては、2010年代中盤にまず「映画」や「演劇」の分野で浸透してきた。刺激的な表現や演出があるのは小説やマンガ、ゲームなどでも同じだが、映画、演劇業界がより敏感に注意喚起を行うのには理由がある。

「テレビ放送であれば、その番組視聴を止めるのはリモコンで手軽に回避できますが、映画や演劇の場合は、基本的に密室なので“逃げ場”がない。そうした視聴環境の違いは大きかったでしょう。2010年代以降は舞台芸術向けの勉強会が開かれるほど、制作者が見る人の状態に配慮するのは当たり前の流れになりつつある。こうした取り組みは議論され続けるべきで、徐々にテレビの世界でも増えていくでしょう」

議論をよんだ「ネタバレ」批判

 他方、「ネタバレ」との批判も上がる。「完全にまっさらな気持ちで見たい!」という理由で事前情報を一切入れたくない人にとっては、作品内容に触れざるを得ないトリガーアラートは興を削ぐことにつながるという理屈だ。

「内容に関わる注意文をあらかじめ発表するのは“作品”としてどうなんだ、という気持ちもわからなくはない。しかしやはり大切なのは、つらい思いをする当事者がいることに想像力をはたらかせることだと思います。今回のドラえもんに限っていえば、タイトル以上の情報を出しているわけではなく、ネタバレというほどでもない。

 ただ今後、こういった告知が増えることはあっても減ることはないでしょうから、伝える側の工夫が求められはしますよね。たとえば警告キーワードだけを表示して、気になる方だけクリックすれば詳細まで辿り着けるようにするとか」

問われる「表現のあり方」は

 影山氏は、トリガーアラートは「表現を守る」ことに繋がる、とする。

「たとえ残酷でも、描くべきところはちゃんと描くことが必要な作品だってあるわけです。配慮すべきところを十分に配慮するのは当然として、時には根性入れて表現する姿勢も尊重されていい。視聴者(観客)に届けるまでの“配慮”を考えすぎた結果、表現から逃げていてはクリエイティブが死んでいきます」

 その意味で、今回警告文を出した『ドラえもん』は、1983年版が持つ残酷な部分から“逃げなかった”。その覚悟はSNSでも評価する声が寄せられていた。

 日本における「トリガーアラート」が、東日本大震災の影響を大きく受けていることは前述したが、過去に東日本大震災を描いた作品として、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013)がある。同作は、2008年夏から2012年7月の岩手県三陸海岸沿いを舞台とした物語。脚本の宮藤官九郎(55)はファッション・カルチャー誌「GQ Japan」(コンデナスト・ジャパン)のインタビューで、

「そのときのムードから言うと、(編註:東日本大震災をフィクションに取り入れるのは)まだ早いっていうのが一般的な考えだったんですよね。でもみなさんのなかであまりにリアルな問題として残っているから、震災がない世界を描くのはあまりにファンタジーだと思って」

と、葛藤の末に描くことを決めたと明かしていた。

「宮藤さんが選択したのは、観光協会が町おこしとして作っていたジオラマが破壊された姿を撮影し、どんな被害があったのかを表現することでした。朝ドラということもあって、実写の映像や写真を使ってリアルな表現をすることは避け、しかし“実際に起きたこと”はちゃんと描く。放送から10年以上経った今もその手法は絶賛されていいて、宮藤さんのクリエイターとしての優れたところを見せつけられた演出でした。

 もちろん、ジオラマだけじゃ描けないという演出家もいるでしょう。場合によっては血を流すことも必要だと思います。どちらがいいということではなく、トリガーアラートが必要になる表現こそ、クリエイター側の判断や技量によって描き方がわかれる時代になっている、ということだと思います」

懸念されるのは「時代に同調しすぎて、描くべきテーマに蓋をしてしまうこと」だと影山氏は語る。

「本質を配慮でコーティングして、表層的な描き方しかしないのは本末転倒です。エンタメとしてどう描くかを作り手側が考えて、指し示していかなくてはならない」

「安心して見たい」感情がある

 また、トリガーアラートには別の需要もある。同志社女子大学で教壇に立つ影山氏は、時代によって、エンタメ作品を摂取する際の心理が変化していることを指摘する。

「学生たちから寄せられる声に『安心して作品を見たい』というものがあります。トラウマを避けるという目的意識を過敏に持っているわけでもなく、単純にドキドキハラハラしたくない。“この作品はこういう感じなんだ”ということを先に把握し、なんなら多少ネタバレされた状態がいい、と感じている若者が増えているようです」

 そうした需要があってか、映画を見る前にトリガー(苦手な描写)が含まれているかどうかを調べられるサイト「milma.jp」(ミルマ)が2024年にサービス開始。ホームページでは「ネタバレを含みますのでご注意ください」と但し書きがあった上で、「動物が酷い目に遭うか」「性的描写があるか」「マイノリティへの誤解があるか」など、トリガーの有無がかなり詳細に確認できるようになっている。
 
 フィクションが多くの人に愛され、そして受け手に大きな影響を与えるからこそ必要とされるトリガーアラート。“安心してコンテンツを楽しみたい”時代には、じわじわとその意義を高めていきそうだ――昨今増加するリメイク版には、なおのこと。

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(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2026/02/26 12:00