新作公開は延期に延期、東日本大震災時の衝撃 15周年『魔法少女まどか☆マギカ』が変えた“世界”とは何だったのか

今年、放送15周年を迎えたTVアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年、略称『まどマギ』、TBS系)。2月には13年ぶりとなる新作『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』が公開予定だったが、1月23日になって延期が伝えられ、2月も終わろうとする27日に「8月28日公開決定!」と発表された。
実は公開が延期されるのは3度目だった。もともと2021年に制作が発表され、2024年冬公開の予定が2025年冬→2026年2月と何度もお預けを食っており、もはや慣れっこ。とはいえ、ファンの間に漂うのは決してガッカリムードではなく、「よいものを作ってくれればよい」という雰囲気であった。
名作アニメ多しといえど、『まどマギ』は特異な立ち位置だ。
女児向けのイメージが強い「魔法少女モノ」を謳い、“萌え”が押し出されたキャラ。“オタク向け”に見えつつも広い支持を集め、放送後2011年11月には文芸誌『ユリイカ』(青土社)が臨時増刊で「総特集=魔法少女まどか☆マギカ」を出すほど、文芸批評のな観点から語られた。いったい、何がそこまで凄かったのか。
2010年前後、ゆるふわ“空気系”全盛期に「魔法少女」の概念を覆した衝撃
初出時、『まどマギ』の放送枠は深夜だった。1990年代後半~2000年代、コアなファンがターゲットだった深夜アニメ枠では、2010年前後、まったりとした日常を描く「空気系」ジャンルが流行。そうした中に、『まどマギ』は彗星のごとく登場した。日本映画大学の准教授で、SF・文芸評論家の藤田直哉氏が振り返る。
「軽音楽部の女子高生たちがワチャワチャする『けいおん!』(TBS系)が2009年に放送され大ヒット。2010年前後は、コミュニケーションによるストレスや圧がなく、競争や過酷な現実を描かない“空気系”の作品が増え、人気となっていました」(藤田氏、以下コメント同)
『まどマギ』のキャラクターデザインを担当した漫画家・蒼樹うめ原作の『ひだまりスケッチ』(芳文社)も、“空気系”を代表する作品の一つ。2007年~2013年にかけて全4クール+SP+OVAが制作されたヒットコンテンツだ。
ユルい雰囲気と可愛らしいキャラクター、魔法少女という題材から、『まど☆マギ』当初は“空気系”の延長線上かと思われたが、そんな予想を覆したのが第3話だ。主人公・鹿目まどかのお姉さんポジションである巴マミが、『お菓子の魔女』に頭部を丸かじりにされてあっさり死亡(メインキャラなのに)。ファンの間で「伝説」として語り継がれるこのシーンも、放送当時を知る藤田氏は、「阿鼻叫喚でした」と述懐する。
さらに、残虐な設定が次々と発露。魔法の使者を名乗る「キュゥべえ」と契約して魔法少女になると、バトルロワイヤルめいた様相を帯びてくる。殺し合いに巻き込まれることが“後出し”で伝えられ、実はシビアでリアルに通じる話だと分かってくる。
「主人公とヒロイン2人の関係性にフォーカスした“セカイ系”や、競争社会の写し鏡である“バトルロワイヤル系”、そして“空気系”とで分裂があったのが2000年代のオタクカルチャーでしたが、それらを統合したのが『まどマギ』。セカイ系が描くユートピアを否定せず、競争・奪い合いの構造をストーリーに仕込むことで、残酷なまでの『リアル(現実世界)』の反映を思わせるところが、画期的な仕掛けでした」
アニメ・文芸批評家の町口哲生氏も、著書『教養としての10年代アニメ』(ポプラ新書、2017年)にて、『まどマギ』が2000年代アニメの総決算と高く評価されている理由に、
〈ゼロ年代にジャンル批評で言及されたセカイ系、空気系(日常系)、サヴァイブ系、ループものといったジャンルを横断し、戦闘美少女というファリックガール(Phalic Girl、斎藤環の造語でペニスをもった少女という意味)、すなわち魔法少女のバトルものという独自の展開を示した〉
と記している。
東日本大震災が突きつけた「ハッピーな空気は続かない」という「現実」
「路線ブレ」となれば視聴者の離脱を招きそうなものだが、むしろ『まどマギ』は熱狂の渦を大きくしてゆく。味方したのは、複合的な時代の流れだった。
「インターネット黎明期とも言える2000年代のオタク文化は、内向的な無力感を示す作品と、それでも救いとなる萌えの多幸感が並列していました。現実世界では2008年にリーマン・ショックが発生し、不況社会に突き進んでいましたが、片やIT界はバブル到来。現実・労働環境と、ネット・オタク文化の分裂の感覚が進行していました」
そうした中、本作のレギュラー放送(2011年1月〜3月)と重なるタイミングで東日本大震災が起きた。その影響で、急遽TBSでの第10話は放送休止。地上波は震災関連ニュース一色となり、終盤3話分のエピソード(関西地域では2話)は延期となり4月下旬に放送された。放送そのものが危ぶまれる日々で視聴者の心に影響を与えたのが「作中の残酷なメッセージが、現実と重なる」という実感だった。
「東日本大震災は、これまで当たり前に信じていたものが、足元から崩れていく絶望感を日本中に突きつけました。それが『まどマギ』の世界観とリンクし、『表面でどんなに楽しそうに見えていても、裏にはシビアなリアルがあり、そのインフラは持続可能ではないかもしれない』という作品のテーマが、日本人の無意識を揺さぶりました」
二次創作とファンの重層化
その後15年経った2026年現在もファンの熱量が衰えない本作だが、いくつものシーズンを作られてきたわけでも、劇場版が定期的に公開されてきたわけでもない。実にアニメ12話+劇場版1作しか制作されていないのだ。『まどマギ』の何が見た人の心を捉え、その中に何が棲みつくのか。
「一度心に刺さったものが強烈な印象として心象風景に“持続”する理由に、『大事な問いを解決しないまま残してきていること』が大きいのだと思います。それまで魔法少女といえば、可愛い衣装に変身して願いを叶えたり、強大な敵と戦ったりする、少女の憧れ的存在でした。
ただし『まどマギ』が描いたのは、契約すればハッピーになれると思っていたら、シビアな競争社会の中で互いに争い合ったり奪い合ったりしなきゃならないという、現実社会の構造です。夢や理想の象徴である『魔法少女』として生き続けるためには、他者の生命を犠牲にしなければいけないシステムになっている。新自由主義の労働環境ですよ。その中でどう人を救うかという根源的な“問い”がこの物語のテーマにある。そして、その問いに明確な唯一の答えはありません。その問いは、私たちがこの社会で求めざるを得ない希望を担っています」
そうした『まどマギ』のテーマは、二次創作欲を駆り立てた。背景には、どうにか「ハッピーエンド」、あるいは「落としどころ」を見つけたい――というオタクたち自身の“折り合いの付け方”がある。
「二次創作は作中や現実の不幸に対して、別の結末を迎えてほしいという願いの投影ですよね。原作では不幸に終わるけど、幸せに塗り替えたい欲求が多くのファンの中にあります。そのような欲望を、このシステムの中での救済願望とつなげることで、“キャラクター推し”なライト層の共感と社会批評を結び付けました」
2011年のコミックマーケットでは、キャラデザの蒼樹氏や新房監督らスタッフが制作した同人誌も頒布され、約2時間で完売。即日約20倍のプレミア価格で取引されるほどの人気を見せた。ファンの誰しもが、“本編のその先”を求めていた証左ともいえる。
SNSで大きなムーブメントに
SNSの力も見逃せない。2000年代後半に上陸したTwitter(現X)は、東日本大震災の情報共有手段として重要な役割を果たしたことで、日本でも急速に普及。藤田氏いわく、『まどマギ』は「SNSの盛り上がりと同調して成功した記念碑的作品」だ。
「当時のSNSは、今のように議論の場ではなく、思ったことを好き勝手につぶやく場だった。『まどマギ』においては、その性質が有効に機能してムーブメントになっていた記憶があります。
特に第3話以降、この衝撃を共有したい、みんなにも驚きやショックを味わってほしいという思いでつぶやかれた内容がリアルタイム性を帯び、大きなムーブメントになりました。その盛り上がりを見た一般層が気になってアニメを見るという循環も起き、結果としてさまざまな入口から、さまざまな層のファンを取り込みました」
異なるジャンルのファンによる相互作用も
藤田氏は、『まどマギ』の別の側面を「リアクションアニメ」と呼ぶ。なにしろ、本作の脚本とシリーズ構成を務めた虚淵玄は鬱展開の名手として知られ、一部のオタク層にとってはダークな展開もある種“想定内”。とはいえ、いや、だからこそ、「初見」が大事になる。
「初回しか有効じゃない、ピュアな驚きを楽しむ作品ですよね。また制作陣それぞれにファンがいて、互いの反応の違いで盛り上がっていた面もあったように思います。虚淵さんによる“バトルロワイヤル系”と、蒼樹さんによる“空気系”、両方のファンがクロスオーバーして対話的な現象が起こることも新鮮でした」
狩野英孝の“リアクション”も大きな話題に
“『まどマギ』=リアクションアニメ”だと考えれば、昨年10月から放送された、お笑い芸人・狩野英孝による「副音声コメンタリー版」が話題になったことも納得がいく。「40のおじさんが見るアニメじゃないでしょ」と、当初こそ躊躇していた狩野だが、怒涛の衝撃展開に絶叫したりパニックになったりと“ピュア”なリアクションをするさまが人気を呼び、第1話〜第5話配信時点でTVerの総再生数100万回を突破するほどの大人気番組となった。
「初めて見た人がどういう反応をするのか、一度“鬱展開”にしてやられた、という記憶のあるファンは見たい(笑)。来るぞ来るぞ……とわかっているところへ、狩野さんが『うわー!』と期待通りの、かつての自分のようなリアクションすると単純に面白いし、嬉しくなるわけですよね。お化け屋敷のような感じです(笑)。狩野さんは当時の観客が感じた心の動きに近いものを可視化してくれた。さすがはリアクションのプロでした」
公開延期となりつつも、日本各地でこの2月~3月はコラボカフェやスタンプラリー企画、POP UPショップを展開するなどのキャンペーンが進行中。今頃は公開されていたのに……と思う関係者も多そうだが、あの頃の“ピュアな驚き”をまた味わうことができるのを楽しみに、8月28日こそ公開されると信じたいところだ。
(構成=吉河未布 取材・文=町田シブヤ)