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日本アカデミー賞も『国宝』の独壇場か? 対抗馬は佐藤二朗、北川景子&森田望智

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(写真:Getty Imagesより)

 三谷幸喜がテレビ中継のためのおちゃらけ要員として出席していた頃に比べれば、日本アカデミー賞もずいぶんまともになってきた。『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007年)で最優秀主演女優賞を受賞した樹木希林が「他の作品が賞を獲ると思ってた」「組織票?」などと苦言を呈した甲斐があったように思う。

“蒸発者”たち、残された家族それぞれの心情

 はっきりと「変わったな」と感じさせたのは昨年の最優秀賞作品賞の発表だった。インディーズ映画『侍タイムスリッパー』(2024年)が読み上げられ、安田淳一監督が主演の山口馬木也と抱き合いながら男泣きする姿を日本テレビのカメラは映し出した。日本アカデミー賞史上、最大のサプライズかつ感動的なシーンだった。

 映画会社や芸能事務所の力関係に左右されずに、いちばん面白い映画に賞を贈ることを日本アカデミー賞が表明した瞬間だったと思いたい。

 第49回日本アカデミー賞の授賞式が3月13日(金)夜9時より、日本テレビ系で録画中継される。司会は元日テレの羽鳥慎一アナと『あんのこと。』(2024年)で昨年の最優秀主演女優賞を受賞した河合優実が務める。

 興収200億円を超えた『国宝』はすでにブルーリボン賞作品賞や「キネマ旬報」ベスト・テン1位など国内の主だった映画賞を席巻。日本アカデミー賞では13部門に選ばれ、各部門の最優秀賞も総なめしそうな勢いだ。『国宝』の映画賞独占を止めるのは、どの作品か。また『国宝』が謳う「日本映画の歴史に刻まれる、美しく熱い、圧倒的な傑作」という表現が妥当なのかを考察したい。

最優秀助演男優賞を競う佐藤二朗と田中泯

 監督賞の李相日、主演男優賞の吉沢亮、助演男優賞の横浜流星、渡辺謙、田中泯、助演女優賞の高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、脚本賞の奥寺佐渡子……。そうそうたる顔ぶれが日本アカデミー賞に選ばれている。3月15日(日本時間で3月16日)に発表される米国アカデミー賞はメーキャップ&ヘアスタイリング賞のみのノミネートとなったが、日本アカデミー賞の話題は『国宝』が最高賞を独占するかどうかになりそうだ。

 今年の日本アカデミー賞でいちばん注目されるのは助演男優部門だろう。現在81歳となる田中泯は『国宝』で女形俳優を演じ、圧倒的な存在感を示した。後述するが、田中泯の怪物的存在がなければ映画『国宝』は成立しなかった。

 対抗馬となるのは『爆弾』の佐藤二朗だ。取調室が主舞台となり、重要参考人である佐藤二朗の顔がスクリーンにずっと映し出されたわけだが、中年のオッサンである佐藤二朗の表情を追うだけで137分間を最後まで飽きさせなかった。佐藤二朗のバイプレイヤー人生の集大成的な作品だと言える。

 佐藤二朗が受賞してもおかしくない最優秀助演男優賞だが、歌舞伎界の闇をひとりで表現してみせた田中泯がやはり有力だろう。舞踏家として身体表現を磨き続けてきた田中泯だからこそ、寝床で片手を挙げたシーンには神がかり的なものを感じさせた。

 助演女優部門は、梨園育ちならではのリアリティーを『国宝』に与えた寺島しのぶが最有力。『国宝』が唯一絡まない主演女優部門は、梨園育ちの松たか子(『ファーストキス 1ST KISS』)か。フランス映画『パリタクシー』(2022年)を山田洋次監督がリメイクした『TOKYOタクシー』の倍賞千恵子も、長年の映画界への貢献から票を集めるかもしれない。『ナイトフラワー』からは北川景子が主演女優賞、森田望智が助演女優賞&新人賞に選ばれており、社会性の強い『ナイトフラワー』組が受賞してもおかしくない。

オリジナル脚本作を撮り続ける内田英治監督

 脚本部門も順当なら、上下2巻ある原作小説の美味しいところをうまくまとめた奥寺佐渡子氏で確定だろう。『サマーウォーズ』(2009年)など劇場アニメの印象が強い奥寺氏だが、彼女が最高賞を獲れば『八日目の蝉』(2011年)以来の2度目となる。だが今回の脚本賞では、完全なるオリジナル脚本を書いたのは『ナイトフラワー』の内田英治監督だけという点は考慮したい。

 興行的には不発だった『ナイトフラワー』だが、シングルマザーである北川景子が育児のためにドラッグの売人になるというハードな社会派ドラマとして見応えがあった。格闘家を演じた森田望智の熱演も目を惹いた。内田監督はもう一本、オリジナル映画『逆火』を2025年に公開しており、現在の映画界はやたらと「実話」を謳った企画が多い胡散臭さに疑問を呈していた。

 内田監督は『ミッドナイトスワン』(2020年)が日本アカデミー賞最優秀作品賞と最優秀男優賞を受賞しているが、草なぎ剛演じるトランスジェンダーの主人公が悲劇的な結末を迎えることを非難する声もあった。一部の批判を受け止めつつも、内田監督が社会の底辺で懸命にもがく人たちを主人公にしたオリジナル作品を手掛け続けていることは評価したい。興収面で報われなかった秀作を顕彰するのが映画賞の本来の役割のはずだ。

戦争の残酷さを伝える『ペリリュー』

 近年の日本アカデミー賞で激戦区となっているのが、アニメ賞だ。今年は『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』『名探偵コナン 隻眼の残像』『チェンソーマン レゼ篇』と興収100億円を突破した話題作3本に、太平洋戦争末期に起きた知られざる悲劇を題材にした『ペリリュー 楽園のゲルニカ』、100m走に費やすわずか10秒の世界に人生を賭けた男たちの物語『ひゃくえむ。』が並ぶ。

 メガヒット作の3本はシリーズものということもあり、最優秀アニメ賞を競うのは『ペリリュー』と『ひゃくえむ。』と思われる。『ペリリュー』は戦争の恐ろしさをリアリティーたっぷりに描いて高く評価されているが、外伝も含めて全15巻ある原作コミックを劇場アニメ版は超えることができたかというところが難点に感じる。

 コミック原作なのは『ひゃくえむ。』も同じだが、それでもなお岩井澤健治監督の情念があふれた作品となった。メッセージ性の高さから『ペリリュー』が優位だと思われるが、アニメーションとしての完成度では『ひゃくえむ。』を推したい。

『国宝』に感じた物足りなさ

 最優秀作品賞と最優秀監督賞を考える上で、『国宝』は本当に「圧倒的傑作」なのかという問題を深掘りしてみたい。普段は映画に関心を持たない層まで映画館に足を運ばせた『国宝』の功績は確かに大きなものがある。吉沢亮と横浜流星という当代を代表するイケメン俳優を起用し、「二人藤娘」「二人道成寺」などの華やかな舞台で175分間ある上映時間をあっという間に感じさせた李監督の手腕はお見事だった。

 だが、内容に物足りなさを感じた人も少なくないのではないだろうか。

 公開当初に『さらば、わが愛 覇王別姫』(1993年)の日本版と評する声があったが、中国の京劇、日本の歌舞伎とそれぞれ古典芸能の世界を描いていることでしか共通はしていない。チェン・カイコー監督の『さらば我が愛』が不朽の名作となり得ているのは、京劇の役者たちが日中戦争や文化大革命という社会の変動に翻弄される姿をありありと描いているからだ。

 一方、李監督の『国宝』は高度経済成長期から物語は始まるが、日本社会の変遷を描き出すことはできていない。

スルーされてしまった歌舞伎界の闇

 もうひとつ感じたのは、『国宝』は歌舞伎界の闇には触れることができなかったという点だ。吉沢亮演じる主人公は梨園とは血縁関係のない「部屋子」として修行を積み、実子を差し置いて名跡を襲名し、やがて「人間国宝」にまで上り詰める。立女形となる主人公は五代目坂東玉三郎がモデルのひとりとなっているのは間違いないだろう。

 2012年に人間国宝に選ばれた坂東玉三郎だが、2001年に当時19歳だった弟子からセクハラで訴えられた過去がある。2023年に四代目市川猿之助が起こした事件も、セクハラ&パワハラに関する週刊誌記事がきっかけだった。そうした梨園のタブーを、『国宝』はスルーしている。これまで李監督は『悪人』(2010年)、『怒り』(2016年)、『流浪の月』(2022年)と社会のダークサイドにメスを入れてきたが、『国宝』は歌舞伎界の表向きの面しか描いていないように思う。

 吉沢亮と横浜流星との男の友情というわかりやすい形に、映画は物語をまとめ上げたゆえに大ヒットすることになった。繰り返すが、歌舞伎界の闇部分は田中泯ひとりに背負わせている。

 原作者の吉田修一氏は、小説『国宝』を執筆するために黒衣として舞台裏や楽屋を体験するなど歌舞伎の世界を間近に取材したことが知られているが、吉田氏も歌舞伎の世界と親しくなり過ぎたのではないだろうか。非常にナイーヴな問題ゆえに扱うのは容易ではないが、歌舞伎界の闇は多くの人が気になっている部分だろう。

 芸能の世界は、現実社会の生々しい縮図でもある。戦後80年以上経っても、芸人としての「格」や家柄、血縁関係が重視される。興行主やタニマチの思惑も絡み、スキャンダルを起こしても忖度が働き、選ばれし者が時代を動かしていく。

 主人公が歌舞伎界の闇に足を踏み入れる部分まで描き切れば、『国宝』は歌舞伎界のみならず日本という社会の特異性にも言及することができたのではないか。映画史に残る傑作にも、間違いなくなっていたはずだ。

不発に終わった『宝島』と電通時代の終焉

 作品賞、監督賞、主演男優賞で『国宝』の対抗馬と目されるのが、大友啓史監督&妻夫木聡主演作『宝島』だ。『国宝』を上回る上映時間191分の超大作として話題を集めたが、興収結果は『国宝』と大きく明暗を分けている。

 戦後の沖縄史を描くという『宝島』のテーマ性は魅力的だったが、こちらも上下2巻ある原作小説をダイジェスト化した感は否めなかった。歴史の暗部をより掘り下げられる配信ドラマシリーズのほうが適していたように思う。

 電通が『宝島』の製作幹事社だったわけだが、不祥事まみれだった東京五輪に続き、電通の力技がもう通用する時代ではなくなったことを感じさせる。電通の仕切りで始まった日本アカデミー賞で、『宝島』はどう評価されるだろうか?

 最後に米国のアカデミー賞の話題を。2026年のアカデミー賞から、投票権を持つアカデミー会員たちはノミネート作品をすべて観た上で投票することが義務づけられた。それまではノミネート作品を観ずに投票していた会員たちが相当数いたわけだ。これには驚いた。

 さて、21000円の年会費と引き換えに映画館はフリーパスとなっている日本アカデミー賞の会員たちは、今回の審査対象作をすべて観ているのだろうか。日本アカデミー賞はこれからも変わり続けるのか、それとも本場のアカデミー賞のように低迷していくことになるのか。こちらも気になるところである。

国家による戦争犯罪

(文=長野辰次)

長野辰次

映画ライター。『キネマ旬報』『映画秘宝』などで執筆。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。

長野辰次
最終更新:2026/03/13 12:00