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KIBA x マコト インタビュー対談 自分でやる、自分が責任を取る——KIBAとマコト、バンドという生き方

マコト x KIBA
マコト x KIBA 撮影=石川真魚
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 CDプレス会社でGARGOYLEのアルバムに触れた若者が、やがて同じステージに立ち、さらに深い対話を交わすようになる――。

 GARGOYLEのKIBAと怪人二十面奏のマコト。日本語でのロックシーンの最前線に立ち続けた二人は、驚くほど近い場所で同じ問いに向き合っていた。

 バンドの責任を誰が背負うか。メンバーとはどうあるべきか。長く続けるとはどういうことか。音楽性も出自も違う二人が語り合う中で見えてきたのは、一体何か。異色のインタビュー対談が実現した。

── お二人の接点はどこから始まったんですか?

KIBA 最初は名前を聞いたことがある程度でした。当時、GARGOYLEは特殊なジャケット印刷をよくやっていて、そこの印刷所の人が「ドレミ團というバンド知っていますか?」と話してくれたのが最初のきっかけです。雑誌で見たことあるな、くらいでしたけどね。

マコト その頃は僕がドレミ團を始める1年ほど前で、大阪でCDのプレス会社で働いていた時期なんです。そこでCD制作や印刷、デザインを覚えたりしながら、GARGOYLEさんのCDをプレスする機会があって。

── それは何のアルバムだったか覚えていますか?

マコト 初めて関わったのが『倭』というアルバムでした。スリーブ仕様で、だから「倭」には僕の指紋がいっぱいついています(笑)。もともとその前からGARGOYLEさんが大好きだったので、CDに触れているだけで嬉しかったですよ。

KIBA 印刷の人からドレミ團という名前を聞いたのは、その後だったんでしょうね。

KIBA x マコト
KIBA x マコト

マコト その後、KIBAさんがプロデュースされた『きわものたちの果実』というコンピレーションにドレミ團として参加させていただいて。そこで演者として初めてご一緒できたんです。本当に一番緊張した場だったと思います。ずっと憧れていた方に会えるというだけで。

KIBA その2、3年後からミュージカルの舞台で何度もご一緒するようになって、がっつりという感じでしたね。稽古もあったし、長い時間を共にする中でどんどん親しくなっていった。

マコト リハーサルでGARGOYLEさんの曲をたっぷり聴けるという、もう役得そのものでした(笑)。

── GARGOYLEのどんなところに影響を受けましたか?

マコト 音楽性はもちろんなんですが、やはり見た目と歌詞ですね。今でもほとんど日本語でしか書かないんですが、それはもうめちゃくちゃ影響を受けています。

 初めてGARGOYLEを生で見た時に、CDで聴いてきたものがそのまんまだったんです。当時対バンしたりしていたバンドとは全然違う音で、自分の身近にこんな完璧なステージがある。初めて「プロを見た」と感じた瞬間でしたね。結構衝撃を受けました。

KIBA そんなふうに言ってもらうのは嬉しいですけど、マコト君はいつも気持ち良く持ち上げてくれるんだよね(笑)。みんなに好かれている人だと思います。

マコト いやいや、本当のことですよ(笑)。ステージングも、日本語の歌詞の世界観も、KIBAさんにしか出せないオーラがある。それを学生の頃にスクリーン越しに見ていたものが、生で目の当たりにした時に全くそのままで。本当に感動しました。

── KIBAさんはマコトさんのボーカルをどう見ていますか?

KIBA 器用な人だなと思っています。こういう歌い方もできる、こんな表現もできるというバリエーションがある。でもそれ以上に、センスがいい人だという印象ですね。バンドとして一つ一つやることにセンスがある。クリエイティブに物を作っていく部分で、刺激を受けています。あと、常に第一線でやり続けているのも、すごいと思ってますよ。

KIBA x マコト
KIBA x マコト

── 音楽以外で、今の自分を作り上げたものはありますか?

マコト バンド以外でいうと、4つ上の兄が大きいですね。兄がバンドをやっていて、家に楽器があって、ライブを見に行く環境が自然とあったんです。田舎だったのでそう頻繁には行けなかったんですが、初めて見たライブが兄のライブで。常にそういうものが身近にあったことが、一番影響を受けていると思います。

── 楽器はやらないんですか?

マコト 最初はちょっとギターをやっていたんですが、今はほとんど弾かないですね。今のバンドになってから、ボーカルに専念しようと決めました。作詞に集中したいというのと、アートワークやバンドの見せ方を自分がしっかりやる、楽曲は作ってもらう、という分担にしようと。

KIBA 僕はその「ちょっと」も弾けないですけど(笑)。

マコト それも影響を受けています。本当に(笑)。KIBAさんのスタイルに近いなとずっと思っていたので。

── 両バンドともサポートメンバーを多用されていますが、その背景は?

マコト 前のバンドで5人メンバーでやっていた時に、5人の考えがあって進まないこともあって、しんどい思いをしたんです。一生バンドをやりたいと思った時に、本当にこの人と思える人と少人数でやる方が長くできると感じた。

 あとは正直に言うと、東京に出てきた時にメンバー全員を連れてきた形になって、みんなの生活や人生を全部背負ってしまったと感じた瞬間があって。さすがに5人の人生は背負えない。それぐらい自分のやりたいようにやらせてもらっているとも言えるんですが。

KIBA 僕の場合は、GARGOYLEで何かあった時の責任は全部自分で取らなきゃいけないと思っているんです。だから他の人にはできるだけ身軽に、楽しんでやってほしい。メンバーになると責任も煩わしいことも増えるから、それは僕がやるから、という感じですね。

マコト まったく同じ考えです。怪人二十面奏でやっていることが全てで、それがあっての自分だと思っているので。

KIBA 辞めたいと言われたら「辞めた方がいい」と勧めてきたくらいです。やりたくないのにやってちゃダメだと思っているので。どの人に対しても今までそうでした。

マコト x KIBA
マコト x KIBA

── GARGOYLEの中では意見の対立はなかったんですか?

KIBA 他のメンバーが自分と違う考えを言っても、それはGARGOYLEをよくしようと思って言っている意見のはずだから、やってみようって感じでした。意見が違うなと思っても、気にしなかったです。

 僕にとって大事なのは、メンバーが「やりたいことをやっている」と思ってGARGOYLEをやってることだったんです。そう思ってると信じることで、マコト君の言った「他人の人生を背負う」ことの自分自身への負担が軽くなる面もあったと思います。

マコト 若い頃からずっと変わらずそうなんですか?

KIBA 少なくとも、ある時期以降はそうだったと思います。本人のやりたいことがなくなったら終わり、とずっと思ってて。バンドなんて、誰かにやらされてるものじゃないんだから、やりたいことが無くなったら終わり。
(文・構成=編集部/撮影=石川真魚)

※後編に続く

サイゾーオンライン編集部 

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最終更新:2026/05/31 23:17