「守備力」だけではない! 変わりゆく遊撃手像――坂本勇人と源田壮亮の次を担うのは誰か

次世代の遊撃手論で最も重要なのは、「坂本勇人の後継者は誰だ」「源田壮亮の後継者は誰だ」と、ひとりの名前を当てにいくことではない。むしろ論点は逆で、「遊撃手に何を求めるのか」という点にある。
坂本と源田は、同じ遊撃手でも完成形がまったく異なる。坂本は“打てるショート”というレベルではない。中軸を打てて、なおかつショートを守れたからこそ特別だった。
一方の源田は、派手な長打ではなく、守備範囲、送球、判断力、犠打、走塁、相手にとっての嫌らしさまで含めて価値を作るタイプだ。坂本が「ポジションの常識を壊したショート」なら、源田は「守備で試合の流れを握るショート」である。
遊撃手というポジションは、野球の中でも最も時代性が出やすい。かつては「守れること」が最優先だった。二遊間の打球を処理し、送球を安定させ、投手を助ける。打撃は多少物足りなくても、守備で試合を壊さなければレギュラーとして成立した。
しかし、現代野球ではそれだけでは足りない。守れるだけでも、打てるだけでも、遊撃手のレギュラーは成立しにくくなっている。
その意味で、平成から令和にかけての遊撃手像を考えるうえで、坂本勇人と源田壮亮は非常に象徴的な存在だ。坂本は「攻撃型遊撃手」の完成形であり、源田は「守備型遊撃手」の完成形である。この2人が示した基準のどちらを、次世代の標準にするのかが問われている。
坂本勇人と源田壮亮は対極にある2つの完成形
坂本勇人は、遊撃手の打撃価値を大きく引き上げた存在だった。本塁打を打てる。長打を打てる。上位も中軸も打てる。若い頃は走力もあり、守備でも長く遊撃を守り続けた。
これまでの日本球界において、遊撃手でありながら打線の中心になれる選手は極めて少なかった。坂本は、その希少性を長期間にわたって示した。
一方の源田壮亮は、まったく違う方向から遊撃手の価値を再定義した。源田の凄みは、守備範囲、送球、捕球の安定性だけではない。打球への一歩目、併殺の完成度、投手に与える安心感、相手打者に「ここに打ったらアウトになる」と思わせる存在感。数字に表れる部分と、数字に表れにくい部分の両方で試合を支配する遊撃手だった。
つまり坂本は、遊撃手が打線の主役になれることを証明した。源田は、遊撃手が守備だけで試合の流れを変えられることを証明した。
この2人は優劣ではなく、方向性の異なる完成形である。こうした議論はよくあるが、本質的には「誰が上か」ではない。重要なのは、どのタイプを次世代の基準にするのかである。
坂本型を目指すなら、遊撃手にも長打力と得点創出力が求められる。打線の中で上位や中軸を担い、守備負担の大きいポジションでありながら、攻撃でも明確なプラスを出す必要がある。
源田型を目指すなら、まず守備で試合を壊さないことが前提になる。さらに、ただ堅実に守るだけではなく、守備範囲と判断力で投手を助け、チーム全体の失点を減らす存在でなければならない。
ただ、現代の遊撃手は、このどちらか一方だけでは足りなくなっている。守れるけれど打てない。打てるけれど守備に不安がある。このどちらも、長期的なレギュラーとしては評価が難しい。現代野球では、攻撃と守備のどちらかで大きな穴を作ると、チーム全体の設計に影響が出てしまうからだ。
若手への期待! 宗山塁は次世代の基準になれるか
そのため、後継問題は「誰が上か」ではなく、「どのタイプを次世代の基準にするか」に置き換えたほうが正確だ。
実際、NPBの評価軸はすでに分かれ始めている。2024年セ・リーグのベストナイン遊撃手は長岡秀樹だった一方、同年のゴールデングラブ賞遊撃手は矢野雅哉だった。さらに2025年は、セ・リーグのゴールデングラブ賞を泉口友汰が獲得し、パ・リーグのベストナイン遊撃手は宗山塁だった。
つまり球界全体が、「打てるショート」と「守れるショート」を別々に評価する局面に入っている。後継者論がひとりに定まらないのは、球界自身がまだ“次の正解”をひとつに決めていないからだ。
しかも現代は、“守れるだけ”でも“打てるだけ”でもレギュラーが固定されにくい。現在のレギュラー級遊撃手を見ると、その傾向ははっきりしている。打撃だけの三遊間でも、守備だけの職人でもない。どこかで両面を持っていないと、現代の遊撃手はフルタイムの価値を作りにくい。これは、現在のレギュラーたちの数字がそのまま示している傾向でもある。
その中で、若手の本命として最も期待されているのは、やはり宗山だろう。2025年パ・リーグのベストナイン遊撃手に選ばれたうえ、侍ジャパン周辺でも井端弘和監督から「欠点が見つからない」と評価され、本人も源田のグラブさばきを学ぼうとしていた。
ただし、2026年は3月に左手関節TFCC損傷と診断され、開幕に出遅れた。つまり現状の宗山は、“本命”ではあるが、まだ答えにはなっていない。期待値は極めて高いが、いまはその才能がシーズンの土台に乗る前に止まっている。後継者問題を決め切れない最大の理由は、まさにそこにある。
坂本型は希少種! 源田型は次世代の土台になる
坂本勇人と源田壮亮は、同じ遊撃手でありながら、まったく違う価値を日本球界に示した。坂本は、遊撃手でも打線の中心になれることを証明した。源田は、守備で試合を支配できることを証明した。
ただし、次世代において同じような選手が簡単に現れるかといえば、話は別である。坂本型は、歴史的に見てもあまりにも希少だ。遊撃手として守りながら、長年にわたって高い打撃成績を残す選手は、育成だけで生まれるものではない。技術、身体能力、耐久性、野球脳、勝負強さがすべて揃って初めて成立する。
一方で、源田型は次世代の土台になりやすい。守備範囲、準備、判断力、送球精度、走塁、つなぎの打撃。これらは育成によって伸ばしやすく、チーム作りにも組み込みやすい。
だからこそ、今後の遊撃手は「源田型をベースに、どこまで打撃を上積みできるか」が、一つの基準になる。
宗山のような若手に期待が集まるのも、そこに理由がある。坂本のような打撃のスター性を最初から求めるのではなく、遊撃手としての総合力を土台に、どこまで攻撃面で価値を伸ばせるかがポイントになる。
遊撃手の系譜は、坂本から坂本型へそのまま受け継がれるわけではない。源田から源田型へ単純に続くわけでもない。この2つが混ざり合いながら、次の遊撃手像は形成されていく。
“誰が後継者か”ではない! “どの基準を次の時代が選ぶのか”
坂本勇人と源田壮亮の存在が大きすぎるからこそ、次世代の遊撃手たちは、そのどちらかを模倣するだけでは足りない。攻撃型と守備型の対極を理解したうえで、自分なりの勝ち筋を作らなければならない。
そして、その先にこそ、日本球界における新しい遊撃手の系譜がある。「ショートの正解」は、もはや12球団でひとつではない。投手力の強いチーム、長打が足りないチーム、機動力を使いたいチームで、遊撃手に求める機能は異なる。後継者論が散るのは当然である。
しかし、国際大会になると少し話は変わる。少なくとも2026年WBCの侍ジャパンには源田が入っていた。短期決戦は、シーズン以上にひとつのアウトの価値が重い。打線は上振れも下振れもあるが、内野守備の安定は崩れにくい。
だから国際大会では、いまでも“守備型ショート”への信頼が強い。これは現時点の代表選考や、侍ジャパン周辺の評価から見える傾向であり、次世代ショート像を考えるうえでも無視できない。
結論を言えば、坂本勇人と源田壮亮の“後継者”は、たぶんひとりでは決まらない。次の時代の本流になりそうなのは、源田型をベースに打撃を少し上積みしたハイブリッド型だ。
宗山が健康であれば、その中心候補であることは間違いない。長岡、水野達稀、矢野、泉口なども同じ流れの中にいる。
一方で、坂本型の系譜は、紅林弘太郎のような大型ショートがさらに一段階跳ねない限り、しばらく空席のままだろう。
スターとしてのショートが減ったのではない。遊撃手というポジションが、いま“坂本のように打つか、源田のように勝たせるか”から、“両方をどこまで混ぜられるか”へ進化しているのである。
(文=ゴジキ)

