『M-1グランプリ』令和ロマンの際立つ“異質”ぶり「トップバッター」を考える
いよいよ今週末に迫った漫才頂上決戦『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)。なんといっても注目は、史上初の大会連覇を狙う令和ロマンだろう。
昨年、令和ロマンはランダムに出番順が決まる「笑神籤(えみくじ)」でトップを引いた。その時点で、本人たちを含む誰もが「令和ロマンの優勝はない」と感じたことだろう。
だが、令和ロマンは定説を覆し、優勝してしまった。これにより、今年からの『M-1』は「トップでも優勝がありうる」大会へと変貌することになる。
2015年のいわゆる新『M-1』におけるトップバッターのファーストステージの点数と順位は以下の通りだ。
2015年 メイプル超合金 796点(7人換算で619.1点) 7位
2016年 アキナ 446点(7人換算で624.4点) 5位
2017年 ゆにばーす 626点 8位
2018年 見取り図 606点 9位
2019年 ニューヨーク 616点 10位
2020年 インディアンス 625点 7位
2021年 モグライダー 637点 8位
2022年 カベポスター 634点 8位
2023年 令和ロマン 648点 3位(最終決戦で優勝)
令和ロマン以外の8組の平均順位は7.75位。明らかに、昨年の令和ロマンだけが異質だったことがわかる。
だが、順位こそ低いものの強い印象を残したトップバッターの存在があったことも確かだ。ここでは、特に印象的だった3組を振り返りたい。
2015年 メイプル超合金
10年にいったん終わりを告げた『M-1グランプリ』。漫才日本一決定戦の座をフジテレビの『THE MANZAI』に譲っていたが、5年ぶりの復活となった。
メイプル超合金はその新『M-1』そのもののトップバッターとなった。審査員は歴代『M-1』王者の9名。誰も『M-1』の審査の経験などない。何もかもが手探りの中、当時まったくの無名だったメイプル超合金が登場するまで、新しい『M-1』がどんなものになるのか想像もつかなかった。
その未開の舞台を、文字通り切り拓いたのがメイプル超合金というコンビの華やかな存在感だった。赤と紫の異物感満載の漫才が、会場を一気にお祭り気分に巻き込んでいった。
その後、スーパーマラドーナ、和牛、ジャルジャルという審査員たちに馴染み深いコンビが次々に登場してメイプル超合金を暫定席から追い落としていったが、そのインパクトがお笑い界に与えた影響は、翌年の「ブレイクタレントランキング」(ニホンモニター調べ)で『M-1』同年王者のトレンディエンジェルを差し置いて1位を獲得していることからも明らかだった。
2019年 ニューヨーク
前年、霜降り明星という超新星を世に送り出し、そのお笑い界における重要度がますます高まっていた『M-1』のトップバッターは、長く「ネクストブレイク枠」の筆頭とされてきたニューヨーク。ようやくたどり着いた『M-1』初出場の舞台で選んだのは、歌ネタだった。
審査員席の採点には80点台がずらりと並び、「82点」を付けた松本人志は「笑いながらツッコむのが好きではない」と一刀両断。その後に控える漫才師たちを震え上がらせた。
だが、これに屋敷裕政が「最悪や!」とリアクションしたことで、空気が一変する。この年の『M-1』が、厳粛なコンテストから、平場も含めてみんなで楽しむバラエティ番組に変貌した瞬間だった。
続く2番手のかまいたちがラストイヤーにして待ちに待った傑作漫才「UFJ」を披露し、一気に会場のテンションはマックスに。そして日本は、ミルクボーイを知ることになる。
後年、史上最高の『M-1』という呼び声も高い19年大会を盛り上げたのは、間違いなく屋敷の「最悪や!」だったはずだ。
今年の準々決勝、この年のニューヨークの一連をまるごとネタにしたラパルフェが準々決勝に大きな爪痕を残した。
2021年 モグライダー
漫才師に「正統派」と「カオス派」があるとすれば、間違いなくモグライダーは「カオス」の側だろう。ツッコミの芝大輔はボケのともしげにネタの練習をさせず、本番でともしげが戸惑い、間違える様をツッコんでいくという唯一無二のスタイルは、長く東京のライブシーンを牽引してきた。
始まってみないと、どうなるかわからない。そんなモグライダーの漫才がド真ん中を射抜いたのが、21年の『M-1』におけるトップバッターだった。
例によって6組目のオズワルドが暫定1位に躍り出るころには大会から姿を消したが、モグライダーはこの4分間でテレビスターの座をつかんでいる。
大会後、2番手に登場して最下位に沈んだランジャタイの国崎和也が明かしたところによると、芝はトップバッターに選ばれた時点で、優勝への意識を捨ててネタのテンポを落とし、一般視聴者にわかりやすい漫才を提供するという方向に切り替えたのだという。
この年の優勝はモグライダーとともに地下ライブで辛酸を舐めてきた錦鯉、「わかりやすさ」の権化のような漫才だった。
* * *
トップバッターによって、『M-1』の風景は万華鏡のようにさまざまに形を変える。
今年は誰がトップを引くのだろうか。再び令和ロマンの可能性もあるし、トム・ブラウンが混沌に陥れるかもしれない。
その運命は「絵神籤」だけが知っているのだ。
(文=新越谷ノリヲ)