【24年秋ドラマ】『海ダイヤ』最終回に視聴者は納得できたのか? 描かれなかった軍艦島の闇
「ささやかな花でいい 大袈裟でなくていい ただあなたにとって 価値があればいい」
9週間にわたってKing Gnuの主題歌「ねっこ」が流れた日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)は、2024年12月22日に全9話の放映を終えました。現在はU-NEXTなどでディレクターズカット版が全10話構成で配信中です。
10月20日放映の初回は世帯視聴率11.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と好発進だったものの、その後は下降線をたどることに。最終回は『M-1 グランプリ』(テレビ朝日系)の決勝ラウンドと被ったこともあり、8.3%という結果に終わっています。
長崎市沖に浮かぶ「軍艦島」を舞台に、炭鉱会社で働く鉄平(神木隆之介)一家を描いた壮大な歴史ドラマとして、ネット上では絶賛されたものの、視聴率が振るわなかったのはなぜでしょうか? 2024年秋ドラマきっての話題作だった『海ダイヤ』の面白さと物足りなかった点を振り返りたいと思います。
『海ダイヤ』の影のMVP
2時間スペシャルとなった最終回、まず前半パートで視聴者を驚かせたのは意外なサブキャラでした。いづみ(宮本信子)に仕える秘書の澤田(酒向芳)の正体が明かされます。澤田は鉄平の兄・進平(斎藤工)とリナ(池田エライザ)との息子・誠だったのです。
第7話の炭鉱事故で進平は事故死を遂げ、最終回の序盤で鉄平の父・一平(國村隼)も病死したことが分かります。シングルマザーとなったリナと病気がちな誠の世話を、鉄平が看ることになります。そのため、鉄平とは両想いだった朝子(杉咲花)との間に、どうしようもなく距離が生じてしまいます。
母親のリナから島での話を聞かされていた澤田は、自分の子どもが成人した後、残りの人生は他人のために使おうと考えたと告白します。素性を隠し、朝子の50年後であるいづみの秘書として、献身的に働いたのでした。
澤田の視点から振り返っても、『海ダイヤ』は波瀾万丈の物語です。ヒロインに尽くすワケありな給仕という設定は、ビリー・ワイルダー監督の名作『サンセット大通り』(1950年)を思わせます。至るところに映画オマージュが散りばめてあるのも、野木亜紀子脚本ならではでしょう。
サワダージこと澤田を演じた酒向芳は、法廷サスペンス『検察側の罪人』(18年)で容疑者を怪演して一躍ブレイクしましたが、二兎社などの舞台で地道にキャリアを重ねてきた苦労人です。酒向芳のような実力のある俳優の魅力を存分に引き出したところも、『海ダイヤ』のよさでしょう。
酒向芳こそ、『海ダイヤ』の影のMVPと言っていいと思います。
「ねっこ」を張っていた約束の花
いづみの心の中には、今でも鉄平のことをずっと待ち続けている50年前の朝子がいます。朝子にプロポーズするはずだった鉄平は、トラブルに見舞われて朝子に近づくことができません。ヤクザ(三浦誠己)に追われ、鉄平はリナと誠と別れた後も、日本各地を逃げ回ったことが明かされます。はたして最終回で、いづみは鉄平と生きて再会することができたのでしょうか?
結果を言えば、野木脚本はそう甘くはありませんでした。長崎を再び訪ねたいづみと玲央(神木隆之介:二役)は廃墟となった「軍艦島」に上陸。2人を島へ運んだ船長から、鉄平の現住所を知らされます。
いづみと玲央はその家へ向かいますが、鉄平はすでに亡くなっていました。でも、鉄平が最期に暮らしていた住居の庭を見て、いづみと玲央は息をのみます。庭一面にはコスモスの花が咲き乱れ、しかも庭からは軍艦島が一望できたのです。
コスモスは鉄平と朝子が「いつか、一緒にコスモスを植えよう」と約束していた花です。約束のコスモスは本土でしっかりと「ねっこ」を張って、花を咲かせていたのです。おそらく晩年の鉄平は、毎日のように島を眺めながら、コスモスに水をあげていたに違いありません。
離れた場所から、ずっとヒロインのことを思い続けていたようです。『華麗なるギャツビー』(13年ほか)を思わせる感動シーンでした。涙腺崩壊した視聴者も多かったことでしょう。
『海ダイヤ』の物足りなかった点を検証
CGや実寸大セットを駆使して「軍艦島」の生活をリアルに再現した歴史ドラマとしてSNS上では大好評だった『海ダイヤ』ですが、視聴率的には低迷したまま終わりました。配信視聴者が多かったとは言え、ドラママニア以外の層を取り込むことは難しかったようです。
ドラマ中盤まで、老婦人いづみの正体は、朝子、リナ、百合子(土屋太鳳)の誰なのかという謎解きで引っ張ったわけですが、ドラママニア以外を引き込むには残念ながら引きが弱かったようです。これが犯罪ミステリーなら「真犯人は誰だ?」というサスペンス要素が強く働きますが、「いづみの正体」だけでは物語内の関心を引くだけに終わったように思います。
途中からでも視聴者を引き込む、もっと強い謎解きが必要だったのではないでしょうか。
これは制作側の責任ではなく、TBSの編成部の問題なのですが、壮大なスケールのドラマに対して最終回こそ2時間枠でしたが、全9話は短すぎました。半年クールでもっとじっくり描いてほしかったと感じた視聴者は少なくないと思います。最終回はかなり慌ただしく、バタバタと伏線が回収されていきました。半年クールは無理でも、11話~12話は必要だったように思います。
話数が短かったこともあり、1950年代の「軍艦島」で触れてほしかった闇部分は手付かずでした。炭鉱では朝鮮半島から来た労働者たちも多く働いていたことが知られています。また、軍艦島には遊郭が3か所あり、そのうちのひとつは朝鮮人専門の店だったと資料に残されています。
筆が乗っている今の野木亜紀子の脚本なら、日本の戦中・戦後史のダークサイドにアプローチすることもできたのではないかと思うのです。その点も惜しまれます。
ギヤマンが見せた夢の世界
物語の最後、廃墟と化した軍艦島の一角にあるアパートの一室に、ギヤマンの花瓶が置いてある様子が映し出されました。このギヤマンは、鉄平が朝子にプロポーズする際に渡すつもりだった手作りの花瓶です。
ギヤマンが見た夢の世界でしょうか。廃墟だった島はかつての賑わいを取り戻し、死んだはずの進平や一平も元気に生きており、その世界では鉄平は朝子に結婚を申し込み、2人は結ばれることになります。全力でそれぞれの人生を生き抜いた鉄平と朝子のことを想い、ギヤマンはそんな夢を見続けているようです。
2025年1月2日(木)には、野木亜紀子脚本の新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』(TBS系)が夜9時から放映されます。鎌倉と韓国の釜山を舞台に、松たか子、多部未華子、松坂桃李の3人きょうだいが繰り広げるホームドラマです。
戦後日本の復興期から高度経済成長に向かう時代の労働者家族を描いた『海ダイヤ』とは違った、現代の家族像がお正月らしくほっこりと描かれるのではないでしょうか。
「2018年問題」を改めて考える
最後にもうひとつ、現代パートが2018年だった問題です。「働き方改革関連法」が成立した年だからなどの説がネット上には出ていますが、個人的には『海ダイヤ』は、やはり「シェアード・ユニバース」作品のひとつなんだと感じています。2018年から2024年は、野木版「シェアード・ユニバース」が完成した時期にあたります。
野木脚本作である『アンナチュラル』(TBS系)の法医解剖医チームや『MIU404』(TBS系)の第4機動捜査隊、映画『ラストマイル』の宅配業者らは、『海ダイヤ』には登場していません。でも、玲央やいづみさんが暮らしている現代社会で、みんなそれぞれ汗を流して働いているのだと思うのです。ただ、画面には映っていないだけなんです。
自分が思うような人生を生きることは難しいけれど、悩んだり、つまずいてしまった人に手を差し伸べることはできるんじゃないでしょうか。いろんな人たちが関わり合いながら、世界は回っていることが『海ダイヤ』からは感じられました。鉄平は朝子と一緒になることは叶わなかったものの、鉄平の生き方は玲央に大きな影響を与え、結果として朝子/いづみは救われることになります。
いつか別の野木脚本作で、ツアーガイドになった玲央がひょっこり現れることがあるかもしれません。また、玲央は鉄平とはまったく血縁関係がないことが判明しましたが、これは誰の心の中にも鉄平キャラがいることを野木脚本は伝えたかったんだと思います。
鉄平とその家族、そして仲間たちが、他の人のことを温かく思いやる気持ちは、古びることはありません。ダイヤモンドのように、いつまでもキラキラと輝き続けることでしょう。
(文=長野辰次)