『いろはに千鳥』500回記念放送 演者・千鳥とスタッフのスペシャルな関係を見た

18日、テレビ埼玉で放送されている千鳥の冠ロケ番組『いろはに千鳥』が放送500回を迎えている。番組開始から12年、相変わらず千鳥はヘンテコな衣装を着せられ、その名前は今や日本中の誰もが知る「大悟」「ノブ」ではなく「ダイ山本」「のぶ小池」と表示されている。この番組に限って、コンビ名も「千鳥」ではなく「いろはに千鳥」だ。10年前の2015年に埼玉在住の占い師に提案された改名案を、この番組限定でずっと採用し続けている。
千鳥は、現在のテレビバラエティのド真ん中にいるコンビだ。『千鳥のクセスゴ!』(フジテレビ系)、『千鳥の鬼レンチャン』(同)、『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)といったキー局レギュラーはもちろん、ローカル番組である『相席食堂』(ABCテレビ)とこの『いろはに千鳥』はTVerアワードを何度も受賞しており、23年には『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)のメインMCも張った。押しも押されもしない“天下”を取った芸人である。
その千鳥が早朝から深夜まで、この日は7本のロケをこなしている。大悟は「もうマラソンやね」と嘆き、ノブも首筋をカイカイしながら「何時に家出た?」とボヤいている。もうあきれ返りすぎてスタッフの心配をし始めた千鳥の2人。スタッフが「(今日の食事は)1食です」と答えると、別のスタッフが「みんな楽しくてやってるもんな」と堂々、やりがい搾取宣言。これには千鳥も爆笑するしかない。
そんな独特の雰囲気がいつまでたっても失われない『いろはに千鳥』という番組が、なぜ500回も続くことになったのか。この記念回を振り返りながら考えたい。
「食」に対する信頼
『いろはに千鳥』はそもそも「千鳥の2人がおいしいものを食べてカルタを作るロケ番組」とされている。おいしいものを食べない回も多いし、最近ではほとんどカルタを作ることもなくなったが、2人が「岩津さん」と呼ぶディレクターのグルメぶりがこの番組のひとつの売りになっており、千鳥も絶大な信頼を置いていることがわかる。これまでも数々のおいしそうな飲食店が紹介され、そのほとんどがネットで調べても特に評判がいいわけではない店ばかり。ロケに出られなかったコロナ期間には吉本本社での収録でさまざまなお取り寄せ品が紹介されたこともあった。
そんな「岩津さん」が今回のロケで用意したのは、埼玉・西川口のふぐ割烹。その店の名物を紹介するのではなく、岩津氏が自ら考えたという「メニューの組み立て」を2人に楽しんでほしいのだという。
「千鳥に真正面からセンスで挑む いろはにスタッフ」とテロップされ、大悟は「岩津さんは1回、(博多)華丸さんと飲みに行かせてあげたい」と言う。吉本でも屈指の酒好きで知られる華丸の名前を出すことからも、大悟が岩津氏の食についてのこだわりを最大限に評価していることがわかる。
そんな岩津氏の「組み立て」は「ばい貝の煮物」→「たらの白子ポン酢」→「ふぐの唐揚げとふぐ刺し」→「新ぎんなん」→「えびと豆腐のあげ出汁」という5品。そのすべてを千鳥の2人が絶賛し、岩津氏は「ぎんなんを軸に組み立てた」と胸を張る。
『いろはに千鳥』は千鳥が何も準備せずにロケに参加し、スタッフ側が用意した企画に「乗る」というスタイルを取っている。今回も、単に7本収録の7本目にうまいものを食わせて喜ばせようというだけの企画だったはずだ。
だが、「ふぐ」が供されたときに、事件とも呼べる事態が起こる。
気を許し切った証
しばしふぐの唐揚げとふぐ刺しに舌鼓を打っていた2人だが、大悟がこんなことを言いだす。
「エンタメって、でも組み立てやもんな。お笑いも映画もドラマも」
そうつぶやくと大悟は一度座り直してから、翌月に控えた単独ライブ用の漫才の新ネタのネタ合わせを始めるのだ。
「雰囲気だけこんな感じの、いけるかどうかの、意外と誰もやってないやつ思いついてん」
ノブもその一言にテンションが上がり、思わず机を叩き出している。
「こういうときに出るから。これが後々、あの伝説の漫才の誕生の瞬間ですって」
あまりの大悟の本気ぶりに照れもあるのだろう、茶化しつつも「新ネタが生まれる」という興奮を隠そうとしない。
「わしらの漫才って、ホントにこんな感じで作るから。何も言わず」
大悟はそう前置きすると、「はいどうも」とネタに入っていく。ノブも「はいどうも、お願いします」と続ける。誰も見たことのない、千鳥本人さえ何が起こるかわかっていない新作漫才が、カメラの前で突然に始まったのである。
「うわぁああ……」
スタッフの声が漏れる。テレビの前でさえ、これは大変なことが始まったと感じられるのである。現場の雰囲気は察するにあまりあるところだ。
「まだ世に出てない新作漫才ネタ作りは尊すぎるのでカット」
いくつかの静止画をつなぎあわせたダイジェストで、その一連のくだりはカットされた。当然の判断だろう。重要なのはそれが放送されたか否かではなく、カメラが回っていることをわかった上で、千鳥がネタ作りを始めたことなのだ。このスタッフには、その姿を見せていい。どう編集されて何が放送されてもいい。そういう千鳥の判断の元で、収録が行われたことが事件なのだ。
収録が早朝から深夜に及ぶ『いろはに』のギャラは、この回でも大悟が「安いけどね、ダントツじゃない?」とボヤく程度には安い。それでも500回の放送を重ね、その記念にスペシャルなプレゼントを収録させてみせる。
演者とスタッフが、こんな幸せな関係を築いた番組がほかにあるだろうか。
(文=新越谷ノリヲ)