『おむすび』第106回 仕事現場にリアリティがないから、無理難題に臨む主人公に全然ワクワクしないのよ

うーん、NHK朝の連続テレビ小説『おむすび』第22週は「理想と現実って何なん?」だそうです。なんか日本語として変だよねえ。「理想と現実って何なん?」って、ちょっとしばらく考えてみたけど、この違和感の正体はなんだろう、よくわかりませんでした。「タコとイカって何なん?」というのとも違うし……。
よくわからないんだけど、例えば入院中に夜の病院の廊下で、向こうからバインダー抱えた結さん(橋本環奈)が床を這ってきて、目の前で「理想と現実って何なん?」って聞かれたら、怖くて泣いちゃうと思う。
第106回、振り返りましょう。
管理栄養士、「嫌われてナンボ」だった
冒頭から不機嫌な顔芸を振りまく結さん。どうやら患者に「怖い」と言われてしまった様子。患者のために一生懸命栄養を管理しようとしているだけなのに、と不満そう。
「ほかの患者さんも言うてたよ~、米田さん最近厳しいって」とスーパーシェフ柿沼も言ってますが、あれ? この人、患者さんと接点あるんだ、と思っちゃうんだよな。
カレーと味噌汁で結さんが患者を懐柔した件って、柿沼と患者の間に接点がないという前提がないと成り立たないというか、これだとガチのマジで結さんの行動が「手柄の横取り」になってしまうんだけど、それはいいのかな。
実際のところは「結さん、総攻撃に遭っている」という演出をしたいがための柿沼の追撃なわけだけど、こうやって単発の演出のために前提条件をやすやすと崩してくるあたり、本当に雑なドラマだなと感じるところです。
そしてマリ科長がこんなことを言うんですね。
「しゃーないよ、管理栄養士なんて、嫌われてナンボ」
そうだったのか。
ここまで『おむすび』における管理栄養士・米田結の活躍は、栄養についての専門知識やNSTという組織のチームワークではなく、主に結さん個人のコミュニケーション術によって患者の心を開かせることに重点を置いて描かれてきました。師匠の紀香から踏襲した「ちゃん呼び」「タメ口」それに「ハイタッチの強制」。どれも視聴者的には違和感のある言動でしたが、それが「功を奏している」というのがドラマの主張だった。
そういう規格外のコミュニケーションを実践しているから、結だけが患者を救うことができた。それはほかの誰にもできないことだった。だからこそ、患者も家族も結さんのおかげで人生が開けていった。そう言い続けてきたのが『おむすび』だったし、こっちも見続けるからにはその苦々しい毒味を飲み込んできたわけです。
それが今さらになって「結さんが怖がられている」「管理栄養士は嫌われてナンボ」という一般論に当てはめられてしまうと、この人が栄養士としてバージョンダウンしたように見えてしまうんだよな。管理栄養士の世界にギャルでポジティブなコミュニケーション術を持ち込んだことによるスペシャリティを描こうとしていたのに、全部なかったことになっている。
順番が逆なんですよ。普通の管理栄養士のスタンスでやってた人が「怖い」と言われて、「管理栄養士なんて嫌われてナンボ」という現実を突きつけられて、より患者の信頼を得るために「そうじゃないはず! そうだ私はギャルだった!」という思いに至る。そして「ちゃん呼び」や「タメ口」を使い始めたら、それが功を奏した。それなら話も入ってくるんですが、これだとシンプルに「誰こいつ?」としか思えないんです。
しかもチョコ食べちゃった患者が結さんを怖いと思った理由は「顔」だという。たぶんこのドラマが結さんというか橋本環奈の「顔」に言及したのって、これが初めてなんじゃないかな。いわずもがな、こんな整った顔の人間は1000年に1人くらいしかいないわけで、その顔が「美しいであろう」という主張もたびたびされてきたわけですが(神戸の高台で翔也を見上げるシーンのカメラ目線、おぞましかったよね)、ここに来てその顔が「怖い」のだという。
もう、いろいろどう見ていいかわからなくなる月曜日、ずいぶん混乱した始まりでしたね。もう一回言うけど、誰なんだこいつ。
そして圧倒的な美貌……
どうやら休日に、なっちゃんに「相談がある」と言われて神戸を訪れている結さん。「複雑な気持ちになる……」とか言いながら、完璧なメイクに巻き髪イヤリングで圧倒的な美貌を披露してしまいます。
どう見ても、30歳の主婦が友だちとお茶しに来たって顔面じゃないんだよな。これはもう橋本環奈の顔が美しすぎるという、俳優としての不幸なのかもしれない。仕事場ではひっつめて、プライベートでは巻いてるというだけなのに、ヒロイン感が出すぎちゃってる。そりゃメイク担当としちゃ美しい橋本環奈を仕上げるのが仕事でしょうけれども、意図的に美しさを抑制してあげないと「庶民のシーン」にならないというか、すごくこの俳優の顔の整いっぷりが邪魔だなと感じる場面でした。
そして今回も「結さんのおかげ」パートが繰り返されるわけですが、ここでなっちゃんの勤め先が「大手コンビニ」と限定されましたね。大手コンビニの商品開発部に7年、スイーツからお弁当へ。令和ニッポンにおける量産食文化のド真ん中にいる人だ。
そういう人が、高齢者向け弁当は「需要あるんやないかなぁ」じゃないんだよ。ヤマカンでやってんじゃないよ。それに「ささみの代わりにサワラを入れたらどうか」と提案されたら、まず仕入れコストのことを考えると思うんですよ。ささみは安くてサワラは高いじゃん。それ以前に、開発段階の商品企画を外部に漏らして大丈夫? 部長も大賛成? 情報漏洩でクビじゃなくて? そういうコンビニ弁当の開発におけるハードルが一切描かれていない。コンビニの弁当開発部門には当然、優秀な栄養士が在籍しているはずなのに、まるでいないかのようにされている。
ここでやろうとしているのは、「結さんコンビニ弁当を共同開発することになってスゴい!」というエピソードなわけですけど、その弁当開発の現場にリアリティがないから、「結さんスゴい!」とも思えないんです。ただ総じて「ごっこ」をやってるな、としか感じられない。スゴい仕事に取り掛かろうというのに、その仕事のスゴさが描かれないから、ワクワク感が全然ない。社会人野球も炊飯器開発もそうだったけど、その現場のリアリティを描けないのは『おむすび』というドラマの明確な弱点だと思います。それこそ綿密な取材が発揮されるべきはこういう場面でしょう。
「えっ! 代表って、サッカーの!?」
えっ! はこっちですよ。サッカーに決まってんだろ。
なんでこんなに結さんと花ちゃんの距離を引き離すようなセリフばかり書くのだろう。ここのところ、翔也と花ちゃんの距離はぐんぐん縮まってるんですよね。一緒にママに内緒でアイス食べたり、食後にストレッチしたり、父娘が仲良しであるという描写は増えてる。一方で、不自然なくらい結さんと花ちゃんのつながりが描かれない。
夫が家事・育児に積極的に参加する令和の夫婦像といったところなんでしょうれけども、これも失敗してると思うんだよな。「結さんも、もちろん花を愛している」という表現が全然ないから、役柄としてマジで娘に興味がないか、もしくは橋本環奈がマジで子ども嫌いすぎるのか、そのどっちかにしか見えない。
花ちゃんがオリンピックへの夢を語ったとき、結さんは愛子(麻生久美子)からも一歩引いて聞いてるんですよね。「いいねぇ~」なんつって、そこは親戚のおばちゃんの立ち位置なんですよ。母親だったら駆け寄ってしゃがみこんで、目線を合わせて聞いてやるくらいやってちょうどいいんです。つくづく、このドラマの作り手が愛情表現というものに興味がないんだなと感じるシーンです。
ついでにいえば、翔也がここで語るべきは代表へのロードマップではなく、「膝が痛くなったらすぐ言え、隠すな、二度とサッカーできなくなるぞ」なんだよな。「翔也、今はパパさんだけど、ヨン様だった」と愛子に言わせたら、そのヨン様がなぜヨン様じゃなくなったのか視聴者の頭には浮かぶじゃん。泣いてたじゃん。つくづく、このドラマの作り手が翔也という人物のキャリアに興味がないんだなと感じるシーンでした。
じいじ(松平健)も死んで、これからコロナが始まるのか。高齢者向け弁当も自分の家のジジババにからめて語ればいいのに、結さんが大人になってから、なんかずっと主人公の心を揺さぶることから逃げてる感じがするんだよな。
まあでも、この感じの作り手がコロナを描くとどうなるのか、という実験結果が今後披露されるわけで、それには少し興味が湧いています。これホント。
(文=どらまっ子AKIちゃん)