『べらぼう』平賀源内の“怪しい”エレキテルのルーツと鳥山検校らの金貸しの前途、その時、元・瀬川は…

『べらぼう』第12回、「俄(にわか)なる『明月余情』」も見どころ満載でした。
前回のコラムで、安永4年(1775年)に吉原で復活した「俄」の時期は春だった云々とお話しましたけれど、ドラマに登場したのはその2年後、安永6年(1777年)の8月に行われた俄祭だったようですね。季節的にいうと、現在の9月半ばくらいでしょうか。
しかし、朋誠堂喜三二が序文を寄稿した『明月余情』は、吉原内の江戸町一丁目の正月行事で始まっています。ここで「秋なのになぜお正月?」と思うのは当然です。当時の吉原の街では正月(1月)、3月、5月、7月、9月にあった、それぞれの「節句」に合わせた祭が年中行事として行われていました。
ところが、この年の吉原俄では、すべての練り物(祭礼行列)を一挙に見せていったらしいのです。ドラマでは若木屋(本宮泰風さん)と大文字屋(伊藤淳史さん)が『ウエスト・サイド・ストーリー』みたいなダンスバトルを繰り広げていましたが、当時の吉原俄のウリも派手な練り物と、素人演芸ショーだったようですね。
禿(かむろ)の少女たちが扮装して、「煙管(きせる)の雨が降るようだ」と市川團十郎ゆかりの『助六(助六由縁江戸桜、すけろくゆかりのえどざくら)』のワンシーンを再現した場面も目を引きました。実際には吉原を訪れた主人公・助六に、並み居る花魁たちが自分が吸っていた煙管を手渡しまくる場面のセリフです。
女性が、好みの男に吸いかけの煙管を手渡すのは好意の証しという当時の決まり事を反映したシーンですが、江戸時代は男女ともに喫煙に対して何のお咎めもなく、高貴な女性もガンガン煙草を吸いましたし、優雅に煙管を使った喫煙は褒め称えられる行為ですらあったのです。
助六役の子役さんの声のハリにはびっくりさせられましたが、興味深いシーンでした。というのも、前回のコラムでは馬面太夫(寛一郎さん)など浄瑠璃の演者も含め、役者など歌舞伎関係者は「被差別民」の扱いだったところを、18世紀初頭に市川團十郎(二代目)が「被差別民」たちのリーダーだった矢野弾左衛門の支配下から独立したとお話しましたよね。
前回のドラマではこの手の問題はサラッと流されていましたが、それでも「面白いなぁ」と思ってしまったのは、『助六』が正徳3年(1713年)、矢野弾左衛門からの独立記念に作られた演目だという説があるからです。
『助六』は東銀座の歌舞伎座の正月公演には欠かせない演目ですが、なぜ新年に『助六』を演るのかといえば、歌舞伎役者の地位向上を象徴した実におめでたい演し物だからのようです。俄祭に、さりげなく『助六』のワンシーンを入れ込む脚本家の森下佳子先生にはセンスを感じてしまいました。
さらに前回興味深かったのは、平賀源内(安田顕さん)がエレキテルの修理に成功し、さっそく医療器具として売り出していた場面です。史実でいうと、平賀源内が壊れたエレキテルを入手したのは明和7年(1770年)、長崎でした。当時の日本が正式に門戸を開いていたのはヨーロッパではオランダだけですから、エレキテルもオランダから輸入されたものでしょう。記録によれば、平賀源内は6年かかってこれを修復。模造品も多数作成し、医療器具として、そして見世物として様々な機会に披露し、ボロもうけしたのでした。
静電気がバチッと弾けるのは、「身体の中の悪い気が燃えているんですよ」とか適当なことを言っているな~、と感じるのが我々が現代人だからでしょう。
エレキテルはガラス板と錫箔(すずはく)を擦り合わせて静電気を発生させる仕組みでしたが、18世紀当時のヨーロッパでも、実はエレキテルと同じ原理の静電気発生装置が医療器具として大真面目に使われていたのです。
フランス革命期の政治家として有名なジャン・ポール・マラーの前職は医師で、彼もエレキテルのような機械で患者を感電させて、「治療」していました。それで患者が「治った」と思うだけでも効果があったといえるわけですから不思議です。
当時のパリはウィーンと並ぶ医療の二大拠点でしたが、そのウィーンからパリに引っ越ししてきたフランツ・アントン・メスマーという医師も「動物磁気」なる概念を提案、それを人間の身体に流してバランスを整えることで健康になると訴え、フランスはおろかヨーロッパ中の上流貴族から平民にいたるまで幅広い人気を勝ち取りました。
メスマーは特別な容器に入れて磁化した水を云々などという謎理論を振りかざしていたわけですが、こんなメスマーでさえ医学の名門・ウィーン大学医学部を卒業できているのだから「恐ろしい」のひとことです。
マラーの電気治療とメスマーの“磁気”療法だと、前者のほうがやや古いので、現地では流行遅れの健康器具として日本の長崎まで流れてきたものが、平賀源内が入手したエレキテルだったのかもしれません。いずれにせよ、当時の最先端の治療が世界的に見ても「そういうレベル」に留まっていたという事実は記憶しておくとよいでしょうね。
盲人たちによる高利貸し
さて次回・第13回「お江戸揺るがす座頭金」のあらすじは「鱗形屋(片岡愛之助)が再び偽板の罪で捕まった知らせを受ける蔦重(横浜流星)。一方、江戸城では意次(渡辺謙)が平蔵(中村隼人)に座頭金の実情を探るよう命じる…」とあります。前回、鱗形屋の面々は朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)に手を合わせ、「鱗形屋の専属作家でいてください!」とひれ伏して頼んでいました。ドラマでは喜三二の作品や、彼と親しい恋川春町(岡山天音さん)の「黄表紙本」『金々先生栄花夢』が人気という描かれ方でしたし、史実でも鱗形屋が生み出した最後の人気新ジャンルは「黄表紙」でした。それでも借金はかさんでいたのでしょうか。
黄表紙といえば、現代の漫画の祖先のような本です。「文字が過剰に多い」ということを除くと、一コマ漫画のような作りでした。絵が苦手な喜三二の下絵を見た恋川春町が代わりに描いてやっていましたが、絵で魅せ、文字も読ませるといった新趣向のエンタメ本だったのです。
ちなみに喜三二の作品を見て、多いにインスパイアされたのが若くして絵師として成功していた北尾政演(きたお・まさのぶ)で、「自分も黄表紙本を作りたい!」と思うがあまり、作家デビューもしています。それが山東京伝なんですね。つまり北尾政演と山東京伝は同一人物で、蔦重のお抱え作家の一人でした。
次回は「座頭金(ざとうがね)」の問題も描かれそうです。幕府は盲人たちが高利貸しを営むことを許諾していたのですが、ドラマでは盲人金貸しから借りた金を返せなくなり、娘を売り飛ばす武士たちまでいるという報告を受けた田沼意次(渡辺謙さん)が調査に乗り出すようです。前回のラストは三味線をつまびく鳥山検校(市原隼人さん)の横で、退屈そうな元・瀬川ことお瀬以(小芝風花さん)の姿も見られましたが、彼女の有閑マダム生活も早くも終焉でしょうか……。
さらにドラマでは鱗形屋の孫兵衛も現在でいう「サラ金」に相当する「座頭金」に手を出し、追い詰められた末に「偽板の罪」――他の版元の出版物を無断で複製、出版してしまったという描かれ方のようです。
鱗形屋は『金々先生栄花夢』などのヒット作も出していたものの、天明3年(1783年)頃には蔦重の耕書堂に『吉原細見』のシェアを完全に奪われており、それからしばらくして廃業したとされます。鱗形屋の孫兵衛も悪役ではあるものの、どこか憎めなくて好きだったので残念ですね。というか、最近の蔦重がやけに貫禄が付きすぎて、ちょっと違和感があるのは筆者だけでしょうか……。
(文=堀江宏樹)