芸人が語る“事務所不要論”が話題…識者が「自力でブレイク」「事務所の意味」のリアルを解説

「今の時代、芸人は事務所に所属する必要があるのか」。現役芸人からのそんな問題提起が話題になっている。事務所の力に頼らず、動画サイトなどから自力で芸人としてブレイクすることはできるのか。逆に事務所に所属するメリットは何なのか。お笑い事情に詳しい芸能ライターの田辺ユウキ氏が解説する。
芸人志望者は事務所に入る必要なし?
話題になったのは、3日放送のMBSラジオ『アッパレやってまーす!』でのドランクドラゴン・鈴木拓の発言。鈴木は芸人を志す若者に向けて「まったく事務所に所属する必要がないと思いますね。もうYouTubeやTikTokとかがあるんで。今から事務所に所属して何かやりたいっていうやつはセンスがないからやめたほうがいい」と断言し、鳥居みゆきも「マジでそうですよね」と同調した。
ビビる大木が「テレビのゴールデンタイムのMCをやりたいという芸人がいたら(事務所に)入ったほうがいいんじゃない?」と疑問を呈すと、鈴木は「R-1グランプリ2025」で優勝したピン芸人・友田オレを例に「どうですかね。友田オレくんは事務所に所属してるけど、お笑いがメインの事務所じゃない。だからどの事務所からでも、所属していなくても、実力があって賞レースに勝てば、テレビとかにポンっと出られる時代だと思う」と返した。
さらに鈴木は「それだったらYouTubeとかでやって、事務所に所属しないで、金もふんだくられないで、実力をつけて人気が出て、賞レースで勝って残れば(テレビなどでも活躍できる)」と続け、事務所に頼らずに大手メディアで成功している例として「さらばだって、結局自分たちでやってる」とし、2013年に松竹芸能を退所して個人事務所を立ち上げたお笑いコンビ・さらば青春の光を挙げた。
鳥居は「でも(フリーだと)自分たちで力をつけるのが難しい」と指摘したが、鈴木は「まあね」と同意を示しつつも「でも事務所主催じゃないライブが結構ある。だったら事務所に所属しなくても、自分たちでネタを見てもらってできるのでは」とし、フリーでも出演できるライブなどで実力を磨くことは可能だとの見方を示した。
事務所に頼らずにブレイクは可能なのか
実際、鈴木が主張するようにお笑い系の事務所に頼らず、芸人として自力でブレイクすることはできるのだろうか。芸能ライターの田辺ユウキ氏はこう解説する。
「YouTube、TikTokを通し、セルフプロデュースのような形で自らを売っていく方法は可能だと思います。たとえば、吉本興業に所属する男女コンビ『たまゆら学園』は賞レースで結果を残していませんでしたが、YouTubeを使って自分たちで方向性を開拓し、知名度を上げてファンをつけていきました。このところは『まいにち賞レース 神速49秒お笑いバトル』などでネタを見ることができ、徐々に目立つ存在になってきています。
ほかにもYouTubeチャンネル『岡田を追え』の岡田康太さんもアマチュア時代から名前は知られていましたが、やはりYouTube進出を機に、コアなお笑いファン以外にも名前が広がりました。また、ブチギレ氏原さんは芸人の中でもいち早くYouTubeチャンネルを開設(2014年)し、まさに自力でのしあがっていきました。
2024年8月に解散した都トムの高木払いさんは、TikTok、Instagramのショート動画を使った『日常にいそうな人のモノマネ』で支持を集めていますし、同ジャンルでは元江戸川キャデラックのクロヤナギコウジさんも絶妙なラインのキャバ嬢あるある、日常あるあるを披露してじわじわ人気を広げています。こういった方々は、いまのショート動画コンテンツにぴったりはまった芸風で、その人気は事務所の恩恵によるものではないと思います」
ネットを駆使することで、事務所に頼らずに人気を高めている芸人は少なくないようだ。田辺氏は続ける。
「これらの人たちは事務所の大々的なプッシュなどなく、自分たちで自らを押し上げていった感がありますし、そういう部分を見ると、たしかに事務所に所属しなくてもやっていける方法はいろいろあると感じられます。流行のコンテンツに自分の芸やキャラクターをうまくはめることができれば、事務所に頼らなくても収益は上げられ、テレビ出演などにもつながる可能性があり、その結果としてお笑い活動を続けていけるのではないでしょうか」
令和時代の「芸能事務所の意味」
では芸人が事務所に所属するメリットは本当にないのだろうか。田辺氏は事務所の存在意義について、このように指摘する。
「これはお笑い芸人だけに限らない話かもしれませんが、芸能事務所は今後ますます『きっかけ作り』の場になっていくと思います。右も左も分からない新人タレントは、たとえばテレビ番組のオーディションなどの業界情報を受け取ることはできません。新人タレントは大体、みんななんらかのオーディションやコンテストから出発しますから、その情報を得られないとスタート地点に立つことすらできません。その点で業界情報が集まる芸能事務所に所属することは大きなメリットになります。またプロモーションをする上でも、個人でメディアに売り出すのはかなり厳しいです。知名度を上げていくには、やはり事務所の支えがあったほうが有利です。
さらに吉本興業や松竹芸能などの大きな事務所は、自前の劇場を構えていて、自社制作公演を毎日おこなっているので、若手でも早い段階から舞台をたくさん踏むことができます。これは芸人にとっては非常に大きいことです。おもしろいネタというのは、懸命に考えて作って、舞台に上がって披露し、お客の反応を見てまた練り上げて……という過程を何度も繰り返しながら完成させていくもの。そうなると、自前の劇場を持つ事務所に所属するのはメリットしかない。あとネタだけではなく、いわゆるコーナーもあるので平場も鍛えられます。そこでの経験はバラエティ番組などにも生かされます」
吉本に所属するお笑いコンビのレイザーラモン(HG、RG)はかつてエンタメ系プロレスイベント「ハッスル」にレギュラー参戦していたが、運営会社が潰れたことで約1年分のギャラ未払いが発生。これを吉本が肩代わりしてくれたというが、もし彼らがフリーだったら「取りっぱぐれ」で終わっていた可能性がある。これも事務所に所属するメリットの一つといえるだろう。また、事務所が間に入らないとギャラ交渉なども難易度が上がる。
そうしたメリットも踏まえたうえで、田辺氏はこのように指摘する。
「ただ、売れっ子になって業界内に知り合いが増えていき、個人的な付き合いも生まれるようになれば、事務所に頼る必要はあまりないですよね。自分でいろいろアプローチができるようになる。そうなれば、ギャラを事務所と分けずにすべて自分で持っていける。もちろんトラブルが起きれば自分の責任にはなりますが、普通に芸能活動をしていくうえでは、売れっ子であれば独立するほうが当然良い。そういう意味で芸能事務所は、これからますます新人タレントの発掘・育成が中心となるのではないでしょうか」
(文=佐藤勇馬)
協力=田辺ユウキ
大阪を拠点に芸能ライターとして活動。映画、アイドル、テレビ、お笑いなど地上から地下まで幅広く考察。