CYZO ONLINE > 芸能の記事一覧 > 『あんぱん』邪魔になる主人公

『あんぱん』第29回 邪魔になる主人公と雑すぎる出入りのコントロール、もっと優しくお願い

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 思えばのぶちゃん(今田美桜)が全寮制の学校に入ることになって、ああ残念だなと思ったんですよね。

『あんぱん』作劇の借り物感が説得力を削ぐ

 これからカメラはのぶちゃんの学校生活を追いかけることになる。生まれて初めて厳しい規律の中に放り込まれたハチキン娘がどんなカルチャーショックを受けて、どう変化していくかが語られていくわけで、当然、俺たちの蘭子(河合優実)は出番が減ってしまうだろう。正直のぶちゃんより蘭子のほうに興味があるけど、まあそれはしょうがないよな、NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』はのぶと嵩(北村匠海)の物語だし、主人公が暮らしの場を移したのなら、そこでの生活が描かれなければならない。何しろ半年間にわたる朝ドラのまだ序盤ですから、ここはじっくりとのぶという人物像を理解する上での足場を固めてほしいところ。

 そう思っていたんですが、実際厳しい全寮制だったはずののぶはしょっちゅう家に帰ってくるし、なんかここ数日はずっといるし、肝心の学校生活で描かれたのは標語もろくに覚えないし、なぎなたの練習もうさ子に比べたらサボってるっぽいし、ほかに何か勉強している感じもしない不真面目な1年間であって、思いのほか蘭子にフォーカスが当たっている。

 それはそれで望むところではあったはずなんだけど、今日はいよいよ「のぶ邪魔すんな」と感じるところまで来てしまいました。主人公が「いないほうがいい」と感じてしまう瞬間が現れたということは、これはもう「失敗してるぞ」と言うしかないんだよな。

 失敗しています。第29回、振り返りましょう。

出入りのコントロール

 この日は招集を受けた豪ちゃんの盛大な壮行会が描かれたわけですが、この壮行会の出入りのコントロールがめちゃくちゃ雑なんですよね。誰がいて誰がいない、いつ入ってきていつ出ていく、その出入りにまったく説得力がない。

 まず柳井家です。以前、柳井の家で嵩と千尋(中沢元紀)が兄弟ゲンカをおっ始めて、使用人のおしんちゃんが朝田家に駆け込んできたことがありました。「ヤムさん、2人を止めて」。このシーンでは2つのことが語られています。ひとつは、柳井家と朝田家がおしんの足でケンカ中に到着できるほどの近距離、徒歩圏内であること。加えて、柳井家にとってケンカを止める救世主は朝田家に身を寄せるヤムおじ(阿部サダヲ)が最適な人物であると認識されていることです。加えて柳井家は、朝田パンにとって最大の太客でもありそうだ。

 この壮行会には、「ぱーっと賑やかに送り出せ言うて、釜じいがこじゃんと呼んじゅう」というからには、柳井夫妻と千尋にも声がかかっていて然るべきです。この3人が、完全に消されている。

「兵隊に行くことが祝い事である」という時代背景を語ろうとするとき、寛先生のような主張を持った人物は邪魔なんでしょうね。ここで寛先生を登場させたら、「豪ちゃん、なんのために戦争に行くか」とかなんか一家言ぶたなきゃいけなくなっちゃうし、千尋がいたら「俺も将来は……」とか考えさせなきゃいけなくなる。柳井家を聡明で先進的な一家として描いて存在感を持たせてきたことが、ここにきてドラマ内に思想的な矛盾を生むことになってしまった。で、そんなのは面倒なので消しちゃった。

「黙れダンゴ屋、勝とうが負けようが兵隊は虫ケラみたいに死ぬんだよ」とか言い出したヤムも変だ。こいつ、どういう気持ちで参加して酒飲んでるわけ?

 言ってることはたぶん、この人の魂の叫びなんでしょう。それはいいよ。だけど、だったら壮行会に誘われたときに「行くわけねえだろ」って言うでしょ。この人、根無し草のフーテンだったよね。飯もどっかで食えるみたいだし、「しょうがねえから参加してやる」という動機の欠片もない。百歩譲って「豪のため」だというなら、その豪が「虫ケラみたいに死ぬ」なんて予言する意味がわからない。あとシンプルに無礼だからダンゴ屋は明日から朝田にあんこ卸すのやめちゃえばいいよ。このときダンゴ屋と豪ちゃんの間に座ってるのは住職なんだよな。あんまよく知らないけど、このころの宗教家ってこんなふうにただ出征を祝ったりするもんなのかな、という疑問も残りました。

 で、出入りのコントロールとして究極的にヤバいと思ったのが当の豪ちゃんね。何その出ていくタイミング。なんで誰も咎めない? もともと夜の内に汽車で足摺岬に向かう予定だったんだったらなおさら最後までいるのが自然だし、壮行会の初っ端に感謝を述べたからと言って中座していなくなるのは失礼にもほどがあるでしょう。

 そんで蘭子が追いかけてきて、まあこれはこれでロマンチックだしいいか、と思ってたらのぶまで付いてくる。付いてくんなよ、おまえの出る幕じゃない。

ラブホ? ラブホなの?

 のぶがついてきてなんか言ったことで、蘭子が自分の思いすらひとりじゃ伝えられない女の子ということになってしまって魅力が削がれているし(それでも逡巡する姿はかわゆくてもう)、ママが着替えを持ってきたのも「ラブホ行けってこと? ラブホあるの?」という疑問が先に立ってしまってセンチメンタルに浸ることができない。

 2人で汽車に乗って顔を寄せ合うシーンがあって「そうか、そういえば足摺岬に寄ってから出征するって言ってたな」と思い出したけど、今度は足摺までけっこう遠そうだよなと思ってGoogleMapsで御免町から足摺岬までの終電を調べてみたら令和7年で16時35分発だ。じゃこれ何時ころの出来事なの? しかも鉄道は中村駅まででそこから43kmはバスだという。当時バスないよな。歩くの? 12時間かかるよ? 明日の朝には出征でしょ? 豪ちゃんと蘭子はいつどこでセックスすればいいのよ!

 という話ですわ。セックスくらいゆっくりさせたれよ。豪ちゃんは知らんけど蘭子は初めてだろ。どうかもうちょっと優しくしてやってください。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

どらまっ子AKIちゃん朝ドラ『あんぱん』全話レビュー

『おむすび』最終回もダメダメ

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/05/08 14:00