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『あんぱん』第31回 「ヤムの過去」にこだわる主人公、視聴者の目線を何から逸らそうとしているのか

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』も第7週、「海と涙と私と」が始まりました。永瀬ゆずなさんと木村優来さんがのぶと嵩を演じていた最初の2週がもう懐かしくなってきましたね。蘭子が河合優実になったのはすごく歓迎なんですが、何かこう学生パートになってからパッと映える演出が見えなくなったなと感じるんです。結太郎(加瀬亮)が亡くなったときの葬列とか、嵩が高知から帰ってきて座り込んでいた畦道の逆光とか、ひとりで歩く海辺もよかったよね。

『あんぱん』愛国への目覚めに信念が乗らない

 そういう印象的なシーンが少なくなっている気がする。舞台が、のぶ(今田美桜)周辺はほとんど師範学校と実家だけだし、嵩(北村匠海)のほうも学校と喫茶店とセットの銀座ばかり。先週の金曜に、ついに「『おむすび』じみてきた」などと書いてしまいましたが、こういうところも前作の雰囲気に近づいてきた気がします。

 あと黒井先生(瀧内公美)の急デレね。『おむすび』社食の立川コック長(三宅弘城)を思い出しましたよ。第31回、振り返りましょう。

ヤムが銀座で働いていたからなんなんだ

 先週のクライマックスとなった電話でののぶと嵩のケンカのシーン。のぶに話があると言って電話をかけてきた嵩の話を遮って、のぶは「ヤム(阿部サダヲ)が銀座で働いていたというのは本当か?」という疑問を嵩にぶつけます。そこから会話が噛み合わなくなって、のぶが激昂することになる。

 ヤム自身が銀座で働いていたことを言いたがらないのは、まあ何か事情があるんだろうなと察するわけですが、のぶたちが「ヤムが銀座で働いていたか否か」にこだわる理由がわからんのよね。そりゃあんだけ美味しいパンを作れるわけだからどっかでパン修業をしていたことは明らかだし、それが銀座だろうが横浜だろうが関係ないじゃん。のぶという子にとって銀座という土地にはなんの思い入れもないはずだし、そもそも行ったこともないはずだし、じゃあヤムが「そうだよ、銀座の美村屋で働いてたよ」と正直に言ったとして、のぶがどんなリアクションをするのかまるで想像できない。

「ヤムさん、銀座におったんや! たまるか~!」ってなるの? ならないでしょ。「あっ、はい」でしょ。

 加えて、のぶは銀座に行ったことはないけれど、美村屋のあんぱんは食べたことあるんだよな。嵩が受験の帰りにお土産で買ってきた美村屋を食べたときに「ヤムさんのパンと同じ味や! ヤムさん銀座で修行したんか! たまるか~!」ならギリセーフだけど、のぶがヤムの銀座疑惑に興味を持ったのはあくまで嵩の見た写真きっかけであって、なぜかこの話題で誰も「だってヤムのパンと銀座のパンは同じ味だったじゃん」と言わないのも不自然なんです。さらに言えば、ヤムのパンのあんこは御免与のダンゴ屋が作っているわけで、今度は御免与のダンゴ屋と美村屋が同じ味のあんこを作っていることになってしまう。

 いろいろ状況がこんがらがった上に、のぶの「ヤムの銀座疑惑を暴きたい」という動機不明の執念が描かれているので、もう「何かが引き伸ばされている」という感覚しかないんです。のぶの視線を何かから逸らすために、ヤムの銀座疑惑への拘泥がある。そういうふうにしか見えない。だから共感できない。そういうことが起こっている。

就職先は自分で決めるのか

 夏休み、師範学校から帰ってきたのぶは(こいついつも帰ってきてんな)、この帰省の間に就職先を決めなければいけないと言います。

 よく知らないけど、師範学校なのに就職の斡旋とかないんですかね。立派な女性教師になりなさいとか言っといて、就職先は自分で探すしかないの? どうやって? のぶは新聞に載るような愛国少女だから御免与の尋常小学校で働けなくても手紙を出しまくればどっかで採用されるでしょうけど、ほかの子たちはどうやって先生になっていくんだ、このシステムで。

 そんで、うさ子(志田彩良)はのぶと一緒に御免与の小学校に来て「うちも懐かしい」とか言ってましたけど、うさ子の登場は師範学校の前の女学校からで、小学生時代には影も形もありませんでしたよね。うさ子が小学校からのぶと一緒だったら嵩とも面識あるはずだし、東京のデザイン学校に進んだ同級生に言及しないのも変すぎる。

 変すぎるといえばメイコ(原菜乃華)が単独で嵩を駅まで迎えに行くのも変だし、嵩も嵩でおじさん(竹野内豊)は検診中だとしてもおばさん(戸田菜穂)は家にいるんだろうから、すぐ帰って挨拶をしなさいよ。健ちゃん(高橋文哉)は柳井家に泊まるんだよねえ。いったい何をやってるんだこれ。

 なんというか、社会のシステムも人物の相関関係も個人が何を考えているかも、いろいろ腑に落ちないところばかりが目立ってきた感じで、前作とは違うしんどさが生まれてきている気がします。物語がどこかへ向かおうとしていることは明らかなんだけど、のぶと嵩が動かしている感じがしないというか、のぶという人に意志を感じないんだよな。作り手側が主人公・のぶを「愛国の鑑」というアイコンにして、その設定でもってドラマを動かそうとしているように見える。

 設定には心躍らんのですよ。今のぶが抱いている愛国心が正しいとか間違っているとかはどうでもよくて、その本気度が伝わってこないことがストレスになっているんです。

 あと健ちゃんの瞬間記憶能力すげーな。今後、さまざまなデザインを見て、その脳内に膨大なデザインパターンのデータベースを蓄積していくことになるのでしょうね。引き出しの多さはデザイナーにとって大きな武器になりますからね。がんばってください。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/05/12 14:00