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『あんぱん』第45回 周囲は悪くないのに主人公だけがまったく信用できないという珍作になってきた

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第9週、「絶望の隣は希望」が終わりました。グッバイヤム、元気でやれよ。

『あんぱん』矛盾が爆発したサイテー回

 なんだかせわしない週でしたね。月曜に寛おじさん(竹野内豊)が急に死んで、高知の次郎(中島歩)の家に嫁入りしたと思っていたのぶ(今田美桜)は御免与の実家に帰ってきて、「子どもたちに愛国教育するのが嫌だ」という思いを次郎に吐露したことで結婚にこぎ着けたのに、そのことがなかったように愛国精神を発揮し、嵩(北村匠海)はなぜか銀座で登美子(松嶋菜々子)に再会し、ヤムおじ(阿部サダヲ)は乾パンの焼き方を朝田の家に残してどこかへ旅立っていきました。

 いろいろあったけど、今週は主人公ののぶさんが決定的に信用ならない人物になってしまったことが本当に痛いと思う。

 まず寛おじさんが死んだことについて、のぶの中で寛との最大のイベントは駅での号泣エピソードだと思うわけです。自分が愛国に目覚めて、嵩が東京に染まって、2人は疎遠になった。その2人が「涙を分け合ってきた」「今は平行線でもいつかは交わる」と言ってくれた人が亡くなったわけで、のぶと嵩が寛おじさんの死について語り合うとしたら、まずこの話じゃなきゃおかしいんです。

「あのね嵩、嵩が東京に帰った日、寛おじさんはこういうことを言ってくれたんだよ」という話をして、2人でその寛おじさんの言葉について考えるべきタイミングなんです。のぶにとって寛おじさんは「そう言ってくれた人」として存在していたはずなのだから。

 でも、ここでそれを語り合ってしまうと、のぶと嵩の距離が急接近してしまう。のぶにとって嵩は再婚であるという史実に無駄に忠実であろうとするあまり、ここでのぶと嵩が距離を詰めてしまうのは都合が悪い。だから「寛は嵩に『お父さん』と呼ばれたかったはずだ」という、これまでの展開とまったく関係のない「義父テンプレート」を持ち出すしかなく、結果、寛おじさんの死をのぶという人物の中で咀嚼させることができなかった。寛が死んだことについての、のぶの悲しみが伝わってこない。

 その嵩に対して「親友」という、初めて関係性を明示するワードが登場したわけですが、今度はのぶがその「親友」という言葉を裏切る行動ばかりしている。親友なら、いの一番に自分が結婚することを知らせるはずなのに、嵩と次郎が鉢合わせするまでずっと隠している。嵩にショックだけを与えて、物語がのぶと嵩の相互理解を深めさせない方向に舵を切らざるを得なくなっているから、おのずとのぶが嵩を「本当はどう思っているか」を語ることができない。

 次郎との結婚についても、例えば次郎が熱心な愛国の徒であり、「愛国の鑑」たるのぶにホレ込んでプロポーズしたのなら話はわかりやすいんですが、そっちに振り切ることもできないから「笑顔が好き」くらいしか言うことがないし、のぶのほうも「愛国に躊躇が出始めた」ことを本心として提示するしかない。そうして本心として提示した愛国への躊躇も、それだと御免与でのエピソードが進まなくなってしまうから、また裏切っていく。

 のぶという人のありとあらゆる考えと行動がブレにブレまくり、不自然の極みに到達してしまった。そういう週だったと思いますね。

 第45回、振り返りましょう。

釜じいはまだ信用できるんです

 釜じい(吉田鋼太郎)はね、言ってることはあっちこっち飛ぶし癇癪持ちだし気分屋だし一見信用ならなく見えるんだけど、羽多子さん(江口のりこ)を「羽多子さん」と呼び続けているというその一点において、ちゃんと人物として成立してると思うんですよ。この「羽多子さんへの気遣い」だけはブレない。ただひとつでもブレない点があるだけで、のぶよりよっぽど実存感のあるキャラクターになっていると思うんです。

 だからねえ、あの土下座にはぐっときたんですよ。視聴者なんて現金なもんですから、こんな簡単にぐっとくるんです。先週の蘭子(河合優実)の「嘘っぱちや!」からの「豪ちゃんに会いたい……」でも、大いにぐっときたからね。それどころか、今日のメイコ(原菜乃華)が乾パンつまみ食いしながらハシャいでるところだって、「家族がバラバラになってしまう」という昨日の表情を思い出したらぐっとくる。それくらい簡単なの。それくらい簡単なことが、主人公ののぶ周辺で全然できてないことが残念なのよ。今日もヤムちゃんが去っていくところ、のぶが家から出てきたら「おめえ出てくんなよ」と思っちゃったもんな。

ヤムの謎について

 なんか書いてましたね。手紙かな。釜じいが土下座しにくる直前、ヤムが何か書いていた。

 そして、釜じいの土下座に打たれてずっと隠してきた過去を告白したらしい。その過去は、私たちには今のところ開示されない。

 視聴者に対して情報を隠しすぎてるように思うんですよね。もともと謎だらけなんだよ、この人。フーテン気取りなのに10年も朝田の家に奉公し続けて、飯ももらえないのにひとりでパンを焼いてきた。普段からわかりやすい人が実は大きな謎を抱えてたなら意外性もあるけど、謎人物がさらに謎をひた隠しにしています、とやられると、さすがに興味を持ち続けられないというか、ヤムがなぜ頑なな反戦主義者になったかより先に、いろいろ解決してほしい問題が山積みなんです。どこで飯食ってんの、なんで朝田の家に居付いてんの、わざわざ乾パンの焼き方を羽多子さんたちに教えるのだって、ヤムは朝田家に対してどんな義理を感じてるの、なぁーんにもわかんないから、反戦思想の要因にまで興味が及ばないんです。でもまぁ、この人は妖精ポジションってことでまあいいかと思ってます。

 ともあれ、ヤムは一時退場ということになりそうですね。劇中、あんぱんを焼けるのはヤムしかいないし、酵母らしき壷も持って行っちゃったので、これまで都合よく使われてきた「あんぱん」というアイテムも、ヤムと一緒にドラマから一時退場ということなんでしょう。それをもって「そんな時代じゃなくなる」ということの象徴にしたいんだろうな。

 大切な人が死んだり、戦争による同調圧力に屈しそうになったり、過去に抗ってみたり、みんなそれぞれに戦っている。ただ、のぶだけが何とも戦っていない。予告によれば来週は嵩が出征するみたいですね。のぶの泣き顔がアップになってたけど、今のところあののぶちゃんの涙に共感して泣ける気はまったくしません。今田美桜も大変な仕事を引き受けちゃったもんだな。がんばってくれ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/05/30 14:00