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『あんぱん』第46回 ドラマの「ウソ」を受け入れたら、それもまた「ウソ」になる ストレス!

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 妹が「今日も泊まっていくがやろ」と言ったり、のぶ(今田美桜)本人が「明日も帰りに寄って手伝うき」と言ったり、こういうのってもう嫌がらせみたいなもんなんですよね。

『あんぱん』主人公だけが信用できない

 のぶは高知の次郎(中島歩)の家に嫁いで、家族とは別居することになった。離れ離れになる妹2人と泣きながらラジオ体操を踊って、その寂しさを分かち合った。寛おじさん(竹野内豊)が言ってた「涙を分け合う」というのは、あのような行為のことでしょう。

 そういうドラマチックなシーンがあって、すぐさまのぶは実家に帰ってくる。次郎が長い航海に出て、その間のぶは御免与で暮らすというナレーションが入る。

 じゃあ、あの涙涙のラジオ体操はなんだったんだよ。祝言をあげたのは航海の直前だったはずで、だったらのぶの実家暮らしは予定通りということになってしまう。寛の名言も、3姉妹の涙も、この時点でゴミ箱に捨てられてしまったようなものです。

 ドラマを見ていて、自分が良いなと思ったシーンがこうして意味を失い、ゴミ箱に捨てられるのは悲しいことです。でも、基本的にNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』を楽しく見たいと思っているので、こっちもその矛盾を受け入れるしかない。いつまでも「あのラジオ体操はなんだったんだよ!」ばっかり言ってても楽しくないですからね。

 そうして、のぶが次郎の航海中は実家で暮らすことを受け入れて見ていたら、今度は「泊まっていくがやろ」とか「明日も帰りに寄って」とか、いつの間にかのぶの実家ステイはイレギュラーであって、基本的には高知に帰って次郎の留守を守っていることになっている。

「ウソじゃん」と思ったそのウソを嫌々受け入れたら、今度はそのウソも「ウソです」と言われてしまう。とっても嫌な気分です。何を信じたらいいのやら。第46回、振り返りましょう。

「地獄に落とされた」

 検索したらWikipediaに載ってましたね、諸岡幸麿さんという方が『アラス戦線へ』という回想録を書いていて、当時のカナダでは激しい人種差別に遭っていた日本人たちが地位向上のために義勇軍に参加することになって、呼びかけに応じた約200人がカナダ軍に入隊し、欧州を戦場とした第一次世界大戦に送られたのだそうです。当時のカナダはイギリス領ですから、ヤム(阿部サダヲ)の今日のエピソードのモデルは、おそらくこの人たちのうちの1人でしょう。

 移民としてカナダに渡り、現地で差別を受けた人たちが呼びかけに応じて軍に入隊する。そう聞けば、そういうこともあるのかなと思います。

 でもヤムは銀座のパン屋で職人として働いていて、「もっと美味いパンを焼きたい」と思って密航船でカナダに密入国して、そこで「地獄に落とされた」と言ってる。明らかに「徴兵された」というニュアンスです。

 いや、帰れよ。日本からカナダに渡る密航船に忍び込むスキルがあるんだろ、パンを焼きたいんだろ、だったら兵隊に取られる前に帰りなさいよ。

 諸岡さんたちのことを知ってみると、彼らが義勇軍に参加せざるを得なかった背景と、生粋の自由人で密航船に飛び乗るほどの人並外れたバイタリティを持っていたヤムが「地獄に落とされた」と告白する状況とが、まるでつながってこないんです。「密入国の日本人がカナダで義勇軍に徴用されることなんてある?」と思って調べ始めたら、「なんだまたぞろ適当なことやってんな」としか思えない作劇でした。あと美村屋のパンってカナダより不味いの? イギリス領だぜ?

 さらにここに、アンパンマンの思想である「腹が減るのがいちばんつらい」まで引用されてくる。なんだかよくわからない状況で戦地に送られて、周囲でバタバタ人が死んでいく中で乾パンを食べた。死んだ仲間の乾パンも食べた。だから乾パンは作りたくなくて、ヤムは御免与を出ていく。

 とりあえず戦争が激化していく上でヤムが近くにいるのが都合が悪いから、劇中から追い出す必要がある。それなりの重い過去を設定したつもりなんだろうけど、何もうまくいってないと感じます。

 憲兵が乾パンのレシピを持ってきたとき、ヤムはその製法が「昔と変わってない」と言いました。そういうことを言ったら、私たちはヤムが乾パンを焼いた経験があって、その経験が苦いものだったという想像をします。ところが、種明かしをされてみると「作る側の悲劇」ではなく「食べる側の悲劇」だった。ヤムというオリジナル要素をオリジナルの作劇で固めることができず、中途半端に史実をつまみ食いしただけ。実に手癖が悪い。メイコちゃん(原菜乃華)の乾パンつまみ食いはかわいかったけど、ミホちゃんの史実つまみ食いは全然かわいくない。かわいくないんだよ。愛せない。

朝田家の隠蔽体質

 10年以上ヤムの一馬力で突っ走ってきた朝田パン、ヤムがいなくなったらパンを焼ける人間がひとりもいません。

 釜じい(吉田鋼太郎)が土下座しにくる前、せっせとヤムが書いていたのは乾パンのレシピだったんですね。この時点でヤムは乾パンを焼く気はなく、レシピだけ置いて朝田パンを去るつもりだったことになる。

 憲兵がレシピを持ってきて、その製法はヤムが知っているレシピと同じものだったんだよね。だったら、憲兵のレシピとヤムの書き残したレシピは同じ内容だということになるよね。なんで書いたんだ? レシピはもうあるじゃないのよ。

 で、朝田の連中はそのレシピ通りに作ってみても、乾パンを上手く焼くことができません。そりゃそうだ、そう簡単に焼けるわけがない。

 陸軍は朝田パンの評判を聞いて乾パンの製造を依頼してきたんだよね。ヤムがいなくなって、そのクオリティは担保されなくなる。もう物資も乏しくなって「贅沢は敵だ」みたいな貼り紙がされる時代になってきているのに、朝田家は軍から支給された小麦粉を乾パン作りの練習に使っている。

 とんだ背任行為じゃないですか。横領ですよ。知らんけど、銃殺刑じゃないの、こんなの。もうヤムはいないのだから「職人がいなくなったので昨日と同じ乾パンは焼けません」と言って、原料を軍に返上するべきでしょう。

 ヤムひとりにパン作りを押し付けておいて「朝田パン」を名乗って10年以上営業してきたことにもその神経を疑うし、そのヤムがいなくなったことを陸軍にも子どもたちにも隠している。なんだこの朝田家の隠蔽体質は。そんであんぱんも食パンもこれからは見よう見まねで作るという。

 見よう見まねって、何を見るんだよ。羽多子さん(江口のりこ)は先週、乾パン作りを嫌がるヤムを詰めているのぶを「ヤムさん、明日も早いき」と言って咎めてましたね。このセリフから推測するに、ヤムは早起きしてひとりでパンを焼いていたことになる。見てねえじゃん。過去にも見てねえし、今後も見られねえじゃん。何が見よう見まねだよ、いい加減なこと言ってんじゃないよ。人の口に入る物を軽々しく扱うんじゃないよ。

 何より、今日の義勇兵のエピソードの作り方が雑すぎたことで、今後描かれる嵩(北村匠海)や千尋(中沢元紀)にとっての戦争の描写が非常にこう、不安と言いますか、千尋、死ぬんだよな。大丈夫なのか、この作り手に任せていて。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/06/02 14:00