『あんぱん』第52回 インスタントな伏線回収、ズルい作劇が描き出す「戦争のユルさ・甘さ」の話

昨日はイヤというほどビンタの雨を降らせたNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』ですが、今日はあんまり殴らなかったですね。昨日1日で小倉連隊の厳しさを視聴者に刷り込む作業が完了している、ということなんでしょう。これをもって、まず「戦争の厳しさを描くぜ」という志の具現化の第1弾といいますか、見せつけてやったくらいの感覚なんだろうな。「批判もあると思いますが、これが戦争の現実です」みたいな制作陣のしてやったりな顔が目に浮かびます。エッヘン、ぼくちゃん、厳しい現実を描いたゾ。みたいなね。
昨日はその暴力描写について、嵩(北村匠海)が肉体的・精神的にまったくダメージを残していない様子から、殴れば殴るほどその効力のなさがあからさまになって逆にリアリティーなくなってんじゃないの? という話をしましたが、今日はさらに『あんぱん』が描く小倉連隊の甘さ、ユルさを感じさせるシーンから始まりました。
サプライズ登場した健ちゃん(高橋文哉)、先に入隊していたのですでに軍隊に洗脳されて別人のようになって現れた、という設定でしたが、嵩がデザイン学校時代の歌を歌い出すと、即座に同調。いつもの健ちゃんに戻っていました。
それはそれで平和でいいね、と思うけど、まさかあの歌で本当に洗脳が解けたわけでもないだろうから、最初に現れて「おまえ、なんだと!」などと怒鳴りつけていたのはジョークだということになる。
嵩も健ちゃんも、ものすごい心の余裕があるんですね。健ちゃんは日々その恐怖に支配されているはずの小倉連隊の上官のモノマネをしている。嵩はそんな健ちゃんにフロウバトルを仕掛けるという試し行動に出る。結果、2人はあのころと何も変わってなかったことを確認し合って、喜んでいる。
セリフでは「炊事場は戦場」だとか「殴られてばっかり」だとか言ってるし、昨日、八木上等兵(妻夫木聡)は「首を吊ってるやつを何人も見てきた」みたいなこと言ってたけど、少なくともこの2人は全然、首を吊りそうじゃない。特に嵩はこの連隊の中で稀代の落ちこぼれ、匍匐前進もついていけなきゃ洗濯物もまともに畳めないポンコツとして描かれているのに、まったく心が折れてない。
あのフロウバトルを仕掛ける一連のくだりから見て取れたのは、やっぱり嵩という人の強靭な精神力なんですよね。変わり果てた(フリをしていた)健ちゃんを見てショックを受けるわけでも同情するわけでもなく、「おまえも軍隊になんか傷つけられてないんだろ?」と言っている。「俺も傷ついてないぜ」と言っている。だったら昨日の暴力描写はなんだったのかと言いたくなるわけですよ。ただ画面としてショッキングなだけで、物語にまるで作用していない。暴力が機能していない。無意味だ。無意味な暴力だから、ただ不快なだけだったんです。
知ってるか? 血って鉄の味がするんだぜ。第52回、振り返りましょう。
八木が「謎」である必要性
今日はそのポンコツ嵩くんが幹部候補生の試験を受けることになるまでのお話。
「中隊長殿は我々にとって父親も同然である!」などという超スーパー御丁寧な説明セリフによって紹介された中隊長殿に見初められ、受験に推挙された嵩くん。バディの八木ちゃんに「軍人勅諭」を丸暗記させられていたことが功を奏しました。これにより嵩は使役も食器の片付けも免除され、自習室を与えられて勉強に集中することになります。
分厚い軍人勅諭を丸暗記しろという指示は、昨日は理不尽なパワハラとして描かれましたが、今日は功を奏しちゃってる。こういうの、伏線回収っていうんですかね。ずいぶんインスタントですね。ここもやっぱり小倉連隊って甘い、ユルい、軽いという印象を与えるシーンでした。
受験が決まってから試験前夜まで何日あったのか知りませんが、嵩は「勉強に集中できております」とか言うわりに前夜まで準備万端というわけにはいかず、馬小屋で徹夜することに。
そこに健ちゃんがあんぱんを持って現れると(ホントにユルいな小倉連隊)、それを食った嵩は、たぶん血糖値スパイクを起こしたんでしょうね、眠りこけてしまいました。
まあ要するに嵩が幹部候補生試験を受けるという展開から逆算して八木のキャラクターが作られているわけですが、この八木の抱える「謎」が作劇の都合を誤魔化す役割を担ってるんですよね。
ここでは嵩が「ポンコツである」ことと「班の中で一目置かれる存在になる」という、相反する設定が必要になります。そのために八木という何か得体の知れない力を持った先導者に導かれることになる。
じゃあなんで八木が嵩を導くのか、軍人勅諭を与え、使役を免除させ、自習室をあてがうという優遇措置をポンコツ嵩に施すにはそれ相応の理由が必要になるわけですが、その理由を『あんぱん』は「八木=謎人物」という一点突破で押し通している。嵩に何度も「八木が謎である」と発言させて視聴者に「謎八木」を印象付けて、八木が何をやっても「謎だから」という理由で納得させようとしている。すごく、作劇として、ズルいことをやってる。物語を読み解こうとしても、そこには「謎」が置いてあるだけなんだもん。視聴意欲を削ぎますよ、こういうのは。
なんかいろいろ視聴者側の印象をコントロールしようとしている意図は感じるんだけど、全然うまくいってないんだよな。こんなんじゃ戦争を怖がれないし、憎めないですよ。マズいでしょう、戦争が憎めないヤツになっちゃったら。そういう感じ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)