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『あんぱん』第55回 嵩、特に変化のないまま戦場へ「史実だからしょうがない」でいいのか

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第11週、「軍隊は大きらい、だけど」が終わりました。

『あんぱん』関係性が蓄積されてない

 終わった瞬間に感じたことは「だけど、なんやねん?」でした。「だけど」というからには嵩(北村匠海)の中で価値観の逆転が起こったという話であるはずなんだけど、週を通じて嵩の価値観、戦争観が全然伝わってこなかったんだよな。

 なぜ伝わってこなかったかと言えば、嵩という人物が能動的に物語を動かしてこなかったからです。この週、嵩が自分で考えてやったことといえば、久しぶりに再会した健ちゃんに怒鳴られて歌を歌ったことと、伍長になったのに新兵と一緒に靴を磨いたこと、それに今日の似顔絵を描いたことくらいじゃないかな。

「自分はこうして絵を描いていると心が落ち着くんです」と嵩は言うけれど、絵を描いているシーンなんてデザイン学校での卒業制作以来だし、そもそも嵩は基本、ずっと落ち着いていたように見える。殴られていたときでさえ心身にダメージを残すこともなくコンタに食事を分け与えたり謎人物・八木上等兵(妻夫木聡)について情報収集に勤しんだりしていたし、千尋に呼び出されて行った食事会での会話も、本来なら何年もかけて蓄積されるべき情報や感情を「アンパンマンマーチ」に乗せてダイジェストで流したに過ぎない。

 そして伍長になったり周囲と和解したりという状況の変化は、すべて八木上等兵によって行われている。嵩の中に「揺らぎ」と「その結果」がないんです。殴られたストレスも傷も表現されないから、嵩が軍隊を「大きらい」だったとも思えないし、「大きらい」が伝わってないから「だけど」の意味もわからない。八木は嵩を「弱い」というけれど、むしろ正体不明の軸か、もしくは自分の命に対する諦観か無関心か、いろんなことが全部他人事で、なんらかの傷を抱えているであろう八木ちゃんより強くさえ見える。

 入隊から出陣まで2年あって、嵩は結局、御免与での出征式と同じ顔をしてるんです。登場人物が変化していないなら、この訓練パートは丸ごと意味がなかったことになると思うんだよな。

 第55回、振り返りましょう。

謎はすべて解けた(解けてない)

 八木について、今日はいくつかの種明かしがありました。

 八木が嵩に目をかけた理由は、同じ井伏鱒二好きとしてのシンパシー。そして、嵩を幹部候補生試験にねじ込んだのは「嵩のようなやつが軍隊で生き残るには階級が必要だ」という親心だったそうです。それと、みんなが八木を恐れ、八木の言うことを聞いてきた理由もなんとなく示唆されました。大陸に渡って、どうやら八木は現地にいる軍曹と顔見知りだったっぽい。そのあたりの八木の過去を小倉のみんなも知っていて、言うことを聞いていたということなのでしょう。

 これをもって八木という人物に抱えさせた謎の種明かし終了、「そうだったのか! なるほど!」と気持ちよく膝を打ちたいところですが、そもそものバディシステムが無理筋なのでやっぱり納得できませんよねえ。なんで嵩と八木だけにシステムが採用されて、ほかにバディらしき2人組が存在しないのか。

 八木が嵩に目をかけた理由は井伏鱒二だったけど、その詩集を八木が発見する前に「戦友(バディ)」になることは決定していたわけだよね。だったら八木が嵩のバディになるという設定には、八木の神通力は作用してないことになる。上からの命令だとすれば、やっぱりこの2人にだけシステムが採用されるのは不自然だし、あからさまなご都合主義だと思うんです。いろんな謎を残しておいて、その一部を開示することで「謎はすべて解けた」みたいな顔してるけど、解けてませんからって思っちゃいますから。残念。

 あと、伍長になったのに班の中で下っ端みたいな位置に居続けるのも、なんか混乱してしまいます。軍隊では階級よりめんこの数(勤続年数)がモノをいうから、みたいな話もあったけど、これは軍隊の側から見て、嵩をこの班の下っ端に置いといたら試験を受けさせて下士官にした意味がないじゃんね。下士官なりの仕事や立場を与えて然るべきだと思うんだけど、まあそれはそういうもんなのかな。

 なんかこう、結局のところ伍長になったのも、嵩が暴力による支配に屈しないまま平常心を保ちつつ軍からドロップアウトしなかったことも「史実なんだから納得せえよ」と言われ続けた感じで、かなりモヤっております。ドラマとしての辻褄は合ってないのに、史実を盾に不味いあんぱんを飲み込まされた感じ。

みなさん「卑怯」の登場ですよ

 八木さんに「戦場で生き残るには卑怯者になれ」と言われた嵩くん。大陸で幼なじみの岩男氏と再会しました。高知ではコンタくん、小倉では健ちゃん、福建では岩男氏と、場所を移すたびに旧友が出現するところを見ると、実はもう嵩は死んでいて、これは嵩の見ている走馬灯なのかもしれないと思ってしまいますが、それはもういいや。

 岩男といえば『あんぱん』における卑怯の代名詞。何しろ、あの厳粛なパン食い競争で肘を使うという暴挙を冒した、食パンの角に頭をぶつけて死ぬべき人物です。今日の再会シーンでは嵩の弁当を集団で奪っていたところをはちきんおのぶに見つかって制裁されてましたね。

「よってたかって卑怯やき!」永瀬おのぶはかわいいですなあ。

 そういうわけで卑怯者が登場するということは、「岩男は卑怯者だから生き残る」ということにはならないんだろうなぁ。これも死亡フラグなんでしょう。あの岩男が、卑怯になり切れんかったから死んだ……なんて悲しいことだね。ここはね、正直うまいなと思いました。うまくパズルがはまりそう。うまくパズルがはまるかどうか考えながら、ドラマなんか見たくないわいな。ほいたらね。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/06/13 14:00