『あんぱん』第58回 「空腹が人を変える」から略奪をしたというなら、それは戦争を描いていない

卵が先か、鶏が先か、その因果性についてはとりあえず置いておくとして、そこに産みたての卵が6つあるなら少なくともこの家か近所に6羽の鶏がいることだけは疑いようもないわけで、ゆで卵を分け合って満足して帰っていく嵩くん(北村匠海)たちの間抜けっぷりに緊張感が削がれてしまうんです。どうせ駐屯地の食事シーンなんて小倉連隊しか映さないわけだし、1羽か2羽恵んでもらうなり奪うなりすればいいじゃない。それで今夜はパーティーだぜ。
せっかくゆで卵を殻ごと食べて、おばさんに「空腹は人を変える」なんて、まるで嵩の将来を知っているかのようなことまで言わせて飢餓を演出したのに、誰ひとりチキンについて思いが及ばないので「あんま腹減ってねーな」と思っちゃうんですよ。そういえば嵩くんは子どものころ、チキンソテーを出されてもナイフとフォークが使えないでピョーンと飛ばしたりしてましたね。あのときのトラウマでチキン嫌いなのかな。
あと、おばさんがゆで卵を出してくれたとき、嵩だけは飛びつかないんですよね。それはおばさんの大切な卵だし、銃で脅して出てきたものだから食べるのは偲びないということなんだろうけど、ここで浮き彫りになるのは嵩という人の高潔な精神性というより、やっぱり彼のタフネスと食の細さなんだよな。コンタを食いしん坊、嵩はコンタにご飯を分ける人、という描き方をしてきたせいで、嵩自身が極限状態にあるという表現ができなくなってる。
このあたりは『アンパンマン』の自己犠牲の精神とリンクさせたいところでしょうが、嵩を食への執着が薄い人物として描いてきたことも、よくない方向に作用してると思うんです。なんか食いかけのカレーを放り出して出掛けてったこともあったし、入隊して訓練序盤でもコンタにカレー分けてあげてたし、カレーもあんま好きじゃないのかもしれないけど、この感じだと『アンパンマン』そのものが「極限状態の空腹を経験して」描かれたというより「昔から食が細くて食いしん坊が近くにいた」から描けたということになってしまうんじゃないのかな。
あと、コンタがおばさんに銃を向けて今にも撃ちそうになってるのに傍観してる嵩はシンプルに怖かったです。止めろよ。
そういうわけでNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第58回、振り返りましょう。
「空腹は人を変える」
戦争を描くことについてですけど、今日は初めて日本軍による略奪のシーンがありました。
「空腹は人を変える」
コンタは、補給が絶たれて腹が減ったから民家に押し入って食い物を寄越せと迫った。『あんぱん』は日本軍による略奪の動機を「空腹」として演出しました。
月曜日に嵩は「どこが正義の戦争なんだ……これのどこが正義の戦争なんだ」なんて寝ぼけたことを言ってましたけど、その際に健ちゃん(高橋文哉)から「現地人の家を奪っているから恨まれることもある」と言われてましたよね。満腹時から、日本軍は略奪をしていたわけです。だからこそ嵩も、その正義に悩んでいたはずです。
なぜ嵩たちが満腹なのに略奪をしていたかといえば、それが戦争だからです。
コンタが空腹で変わってしまったから略奪をしました、というなら戦争を描く上での論点のすり替えが起こっていると思うし、それすらも略奪ではなく結果的に「ゆで卵を与えてもらった」形に収めるのであれば、それは戦争を描いているとは言えないと思うんですよ。「(誤った)正義による略奪」と「空腹による略奪」は切り分けて考えるべきでしょう、戦争を余すことなく描くというのなら。
スパイ大作戦
なんか知らないけど、やなせたかし氏の作品に『チリンの鈴』というのがあって、子羊が復讐をする話なんだそうですね。『あんぱん』にはリンという現地の子どもが出てきて、幼なじみ岩男くんと仲良くなっていましたが、今日はその岩男くんがリンにピストルで撃たれていました。
また蹂躙してるなぁ、と感じるんですよ。やなせたかしという作家先生のキャリアを『あんぱん』はずっと蹂躙し続けている。その名言といわれるフレーズやオリジナルの歌詞は寛おじさん(竹野内豊)からの受け売りだし、戦争だ空腹だ乾パンだの話はヤム(阿部サダヲ)の体験のほうがよっぽどシビアだし、ドラマが史実とリンクするたびに、モデルのやなせ氏の中からオリジナリティが失われて、安っぽいパクリ野郎になっていく。
だいたい岩男はそこで何やってんだよとか、高知連隊のほかのやつはどこにいるんだよとか、そんな作劇のアラがどうこうより、史実や作品からの引用のやり方がモデルとなったやなせ氏の価値をいたずらに消費し、毀損していってることのほうが大問題だと思うんだよな。私は別に『アンパンマン』にもやなせ氏にも大して影響を受けてないし愛着もないけど、ファンにとっては耐え難いことになってると想像するところです。
のぶが出たぞー
お久しぶり、のぶさん。相変わらずのツルテカフェイスで今日も紅いおべべがお似合いですね。
現状、嵩の出征式で大見得を切ったこの人が何を考えているのかもわからないし、周囲の人があの行為に何を感じたのかもわからないし、千尋が君のコト好きらしいよ、くらいしか最新情報がありませんが、大丈夫なんでしょうか、主人公。
(文=どらまっ子AKIちゃん)