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『あんぱん』第60回 「戦争を描きました」という盛大なアリバイ工作の2週間

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『あんぱん』主演の今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第12週、「逆転しない正義」が終わりました。今日は玉音放送が流れて終戦を迎えましたので、今期の朝ドラにおける「戦争を描く」がいちおう完了したことになりますね。

『あんぱん』やなせ作品の部品を置いただけ

 ここでやりたかったことは、後に作家となる嵩(北村匠海)の創作の原点が戦争体験であって、その戦争体験がどんなものだったのかを描くことなんでしょうけど、いろいろ失敗してたなぁというのが正直な印象です。

 まず入隊直後ですが、嵩の暴力に対する本能的な嫌悪感を描けなかったことで、この人が「軍隊大きらい」「戦争大きらい」な人に見えなくなっていた。

 子どものころはハチキンが自分を守るために発動させた暴力にさえ拒否感を示していたし、当然、父親やおじさんから殴られたことだってないだろうに、あんなにバチボコに殴られてショックを受けていない。いくら殴られても次のシーンではピンピンしているし、「八木(妻夫木聡)は何者か?」と聞き回るなど人間観察をする余裕もある。嵩という人が暴力に蝕まれていないどころか、謎のバディシステムとチート人物によって実にスムーズに出世してしまった。

 立場については八木が全部お膳立てしてくれるし、健ちゃん(高橋文哉)はあんぱんくれるし、殴ってた連中もお酒持ってきてくれるし、小倉での訓練パートは嵩から時間以外の何も奪ってない。一見、八木がチートであるという形に見えていますが、八木が嵩の進路を先読みして整えてくれているわけですから、嵩こそがチートなんですよね。チートというのは理解を超えた能力を持つ者のことですから、当然、共感なんてできるわけがない。

 大陸にわたってからは「空腹がいちばんつらかった」という状況を描くことになるわけですが、駐屯地が敵の大攻撃に遭って死傷者が大量に出るという“悲惨さ”の過剰演出を挿入してしまったことで「つらいこと」の序列が崩れてしまった上に、その空腹の表現がトンチキすぎて共感どころか失笑してしまう。

 補給が絶たれて乾パン1コになっても、わざわざ全員分の皿を取り出して盛り付けている。

 産みたての卵が6コ出てきて、限界まで腹が減ってるのに大鍋にお湯が沸くまで5~10分、さらに固ゆで卵ができるまで10分くらい、おとなしく待ってる。

 草原のタンポポを食い尽くしたという。

 画面の映えとエモ感を優先するあまり、エピソードにリアリティがない。

 岩男とリンのくだりも、そもそも嵩と岩男の友情を何も描いてこなかったので、関係がない。リンの復讐によって嵩が「仇を討ちたい」と思った気配すらない。その気配すらないから、八木ちゃんの激高も勝手にテンション上げて何言ってんの? という見え方にしかならない。

 結果、急に出てきた父の手帳から着想を得た紙芝居がデタラメな通訳によって偶然ウケて、それが「この人の創作の原点でござい」ということになっちゃった。何もつながってないし、正義がどうしたこうしたの話も着地していない。

 まあそれでも、描こうとしただけよかったのかもしれませんね、というのが今日の感想なんだよな。主人公・のぶ(今田美桜)については、ほとんど何も言ってないもんね。

 第60回、振り返りましょう。

さぞお疲れでしょう、のぶさん

「戻んてこなかったら承知せんばってん!(だっけ?)」と熱烈告白をして嵩を送り出したのぶさんですが、その後は特に嵩の身を案じるわけでもなく、ただただ「勤労奉仕で疲れている」という愚痴だけをこぼす人となっていました。

 海軍病院で久しぶりに会った夫の次郎(中島歩)の顔を見ても駆け寄るでも抱き着くでもなく、ソーシャルなディスタンスを保っている。

「よかった、お元気そうで」

 こっちはハガキに何が書いてあったか知らないのですが、この状態の次郎を見て「お元気そう」と言えちゃうってことは、もう身体も起こせないし言葉も発せられない状態を想像していたということだよね。そういう想像をさせる内容の手紙を、本人が書いたということなの? そういう状態でも手紙は書けたの?

 病室での会話にしてもそうだけど、作り手側が「のぶと次郎を仲良くさせない」「次郎の印象を劇中に残さない」ことばかりに執心しているようで、見てらんないんだよな。次郎という人は『あんぱん』というドラマにカメラというガジェットだけを残して、あとはキレイさっぱり忘れてもらわなきゃならない人として登場したことが、このあたりの冷徹な描写で浮き彫りになっちゃってる。軍用船に乗ってた愛する夫が、生きて戻ってきたんだぜ。まず狂喜乱舞せえよ。

忙しいから空襲に突っ込んでいく

 次郎の容態について実家に報告に行ったのぶさん。忙しいから高知に帰るんだそうです。

 えーと、平和か?

 ここでは7月4日の大空襲が描かれるわけですが、警報を聞いたのぶさんは防空頭巾をかぶって外に飛び出しています。つまり、空襲警報を聞いたのは初めてではない、ということが説明されるわけです。

 史実としても高知の町は7月4日以前に何度も空襲に遭っていますし、どう考えても御免与の実家から高知に戻る理由が「忙しいから」では弱すぎるんですよ。笑顔で見送っておいて、いざ空襲がきたら「いてもたってもいられない」なんて言われても、「だったら帰すなよ」としか思えない。

 要するに、戦時下という空気感を描けていないということです。まるでこの大空襲が、突然襲ってきた大地震のように扱われている。いつ空襲が来てもおかしくないし、高知は御免与よりその確率が高いことは明らかでしょう。

 ここで描かれる戦争は、平和な日常が根底から覆されてしまった、その覆された日常が何年も続いて人々を苦しめた、というものでは決してありません。銃後では平和な日常が続き、人々は危機管理をすることもなく、発生する苦悩といえば肉体的な疲労と腰痛くらいです。

 空襲の中で、命がけで子どもを救った。だから何? 史実をまったく知らなかったとしても、第1話の冒頭で老けメイクの今田美桜が出ている時点で、この空襲でのぶが死なないことは保証されているわけで、「たっすいがあ」だ「ハチキンだ」つって子どもを奮い立たせる一連のシーンも茶番でしかない。そんで「なおきくんのおとーさーん!」って何だよ。名字くらい聞けよ。母ちゃんすぐ出てきすぎだよ。

 なんかねえ、盛大なアリバイ工作を見せられた気分なんですよね。「戦争を描いたぜ」というアリバイのための2週間。1日目はめっちゃビンタしました。駐屯地は大攻撃に遭いました。のぶの暮らす高知に空襲が来ました。それらのエピソードが常に単発で現れて、消化されていく。誰の感情も連続していない。

 で、もっとも感情が連続していないのが主人公様なんだよな。なんか次郎との病室のシーンで軍国教育について後悔めいたこと言ってたけど、だったらなおさら教師辞めんなよおまえ。辞めたらマジで大っ嫌いになっちゃうからな。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/06/20 14:00