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『あんぱん』第64回 ギュンギュンに猛威を振るう「ご都合主義」の嵐、そこに人の心はないのか

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『あんぱん』主演の今田美桜(写真:サイゾー)

 普通、ドラマのヒロインを描く場合、そのヒロインが視聴者に愛されることが目的だと思うんですけど、なんだろうNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、主人公・のぶ(今田美桜)を嫌われ者にしたいのかな。ひいては、モデルとなったやなせ氏の妻・暢さんを「こんなに嫌な奴だった」と言いたいのかな。そんなふうに感じてしまいました、第64回。

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 振り返りましょう。

それは遺書だったんだよ

 次郎が「自分の新しい夢ができた」と言いながら日記帳に書き記した速記文字、次郎ママが置いてってくれた本を見ながら解読すると、それはのぶさんへの遺書でした。

 なんかどっかで聞いたことのあるようなことが書いてありましたけど、それを読んでのぶさんニッコリ。このあたりからもうやべーんだよな。

 それが遺書だったということは、次郎はそのときに自らの死を悟っていたということです。自分がもう死ぬとわかっていて、メッセージを書き残して笑顔を見せていたんです。

 すごく、愛じゃないですか。何を書いたかより、何か書いてくれたという行為そのものが尊いじゃないですか。

 NHKプラスの今日のあらすじのところに「のぶは、彼からのメッセージに胸が熱くなる」と書いてありますけど、人の心があるなら、胸が熱くなるべきはその内容ではないんですよ。それを書いてくれたという行為、絶望の淵にあっても自分を思ってくれたという、その尊厳に打たれるべき場面なんですよ。

 だってさ、あのときのぶは次郎が間もなく死ぬとは思ってないわけだよね。じゃなきゃ、あんなに平然と車イスで検査に向かう次郎を見送ったりしないよね。その「新しい夢」だって、「のぶと2人でなんちゃら」みたいなのろけたやつを悪戯心で速記文字にして書いたと思っていたはずだよね。あとで次郎自らが種明かしをしてくれると思ってたよね。

 それが遺書だったんだよ。遺書だったことに打たれなさいよ。速記の勉強に打ち込むのはいいよ。それよりまず、あなたの夫だったその人を思えよ。その思いに咽び泣けよ。こんなのはもう「のぶは次郎を愛していませんでした!」という宣言以外の何物でもないよ。

「その日からのぶは、次郎の本で速記の猛勉強を始めました」

 さっき、速記の勉強に打ち込むのはいいよと書きましたけど、やっぱよくないわ。なんでそうなるの。

 これについては次郎ママが「速記を習得したら女性でもええ仕事に就ける」と後付けで説明してますけど、ホント自分勝手だなと思うわけですよ。自分の家はきれいに残っていて、周辺は焼け野原なんだよね。その復興を手伝おうとするわけでもなく、昨日はそのガレキの山を借景してセンチメンタルを披露したと思ったら、もう就職活動ですか。終戦して、次郎が死んで、今日の今日まで今の自分にできることを何も考えずに自己憐憫に浸るだけ浸ってフラフラしてたくせに、急に自分の人生に色気づいてんじゃないよ。だいたいおまえの今の食い扶持はなんなのよ、食費は誰が稼いでんだよ。

 そもそも昨日まで自分の仕事について「資格がない」とか「向き合えない」とかメソメソしながらお気持ちを表明してた人が、「自分の目で見極め、自分の足で立ち、全力で走れ」という遺書を読んで、「ええ仕事に就ける」という理由で速記を勉強するという行為自体が浅ましいんですよ。

 先に自分が「資格がある」「向き合える」仕事とは何かを自分の目で見極めて、そこに向かって全力で走り出すなわかるけど、なんだかよくわからない「ええ仕事」のためにまずは技術を習得しましょう、結果、新聞社に入りました、なんて展開を誰が応援できるんでしょう。昔どっかに「ラジオ体操をしていたら教師になりたくなった!」とか言って実際に教師なったやつがいたけど、あれ以上のトンデモモチベーションですよ。あなたは自分がですよ、この戦後の混乱期に、価値観がひっくり返った世の中で、マスメディアの一員として情報を届ける仕事に「資格がある」「向き合える」と思ってるの? 思ってるなら単なる思い上がりだし、思ってないなら「自分の目で見極め」てないよね。クソダサいよね。

 あと羽多子さん(江口のりこ)は家に帰ったら、そこには就職を考えているカワイコちゃんが1人いるので、速記の勉強を勧めてあげてください。このご時世に女性でも「ええ仕事」に就けるらしいですぜ。

おのれ生きとったんけ

 さて、のぶさんが記者道を邁進するためには死んだ次郎の若松家と切り離す必要があるわけですが、ここで驚愕の事実が発覚しました。

 次郎ママは「主人と2人」で大阪の長男の家に身を寄せると言います。だから、のぶさんには自分の道を歩んでほしいと。

 もともとママとのぶは別居だし、大阪に身を寄せるから好きにしろというロジックもよくわかりませんが、それより「主人と2人で」なんですよ。生きとったんか、主人よ。

 いや、こっちが勝手に思い込んでただけで、劇中で死んだとは明言されていませんけれどもよ。のぶが、気が進まない次郎との見合いに臨んだのは「父・結太郎(加瀬亮)の話が聞けるかもしれない」という理由でしたよね。次郎は父親と一緒に船に乗ることもあって、結太郎に会ったこともある。次郎の父親が、結太郎とめちゃくちゃ仲がよかったから。そういう話でしたよね。

「そのお父様はご存命なんですか? 会って父(結太郎)の話を聞きたいです」

 あの縁談が舞い込んだ瞬間に、のぶがもっとも思っていそうな、ほかに何も思わなかったはずのこの言葉を、『あんぱん』はドラマのご都合で主人公に無理やり飲み込ませて、結婚させていたということです。なんという残酷な作劇。そら遺書を書いた次郎の気持ちなんて蔑ろにされてもしょうがないな。怖いよ、人の心がないんか。

それは差別なんよ、のぶさん

 さて、速記もあらかた習得して、町に出て屋台で盗み聞きをしているのぶさん。人々は「困ったときはお互い様」だとか「日本中、衣食住なんもかんも足りん」などと嘆きながら、力強く生きています。

 そこに現れたのが、衣食住足りまくりで家では優雅にラジオで歌謡曲などを聞いているのぶさんなのです。働きもせず、地域や国のためにボランティア活動をしようなどという思いもなく、趣味半分の速記を楽しんでいる。

 こいつ「困ったときはお互い様」という枠の外に自分を置いている自覚あるんかな。自分と違う人の生活環境を眺めて、それを趣味や娯楽の対象とするのは卑しい行為なんですよ。差別なんです。物見遊山してんじゃないよ。家に帰ったら、鏡でそのツルテカフェイスを今一度よく見てみなさい。鬼の顔をしているよ。首尾よく新聞社に雇ってもらえるみたいでよかったね。中園ミホとかいうあんたの神様によく感謝したほうがいいね。

健ちゃんはもうええわ

 福岡に帰ったら家がなくなっていて、それを立て直すために御免与にやってきた健ちゃん(高橋文哉)については、意味不明すぎてもうどうでもいいです。嵩(北村匠海)が昨日「ボクは逆転しない正義をやるんだ!」みたいな決意を偉そうに述べていたのに何にも行動してなかったのも、もういいよ。こういうのを受け入れることが『あんぱん』を視聴し続ける「資格」なんだろうね。メイコ(原菜乃華)が可愛かったので許しましょう。

 メイコ可愛かったんだけどさ、すごい泣いてたのは恋愛だからってことなのかな。のぶが生還した嵩を見て泣かなかったのは恋愛してないから、メイコが泣いたのは恋愛してたから、ということだとしたら、この恋愛脳にも付き合わなきゃいけないのか。

 朝ドラを見続けることは、かくも修行なのですね。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/06/26 14:00